僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第42話『キャメロット入り』

 深夜、侍女と交互に監視についていた俊は、ちょうど重なった休憩時間に彼女と話していた。

 

「外の世界は、どんな所なの?」

 

 茶を受け取りつつ、年の近い彼女にそう問われた俊は答えに困っていた。

 

 隼人達に会う前の自分なら、迷わず素晴らしい世界だとそう返せただろう。

 

 だが、今はどうだろうか。

 

「そうだな……」

 

 一呼吸おいて、考えた俊は窓の外にある深い森を見回す。

 

 自分が見ていたのはこんな森の様に真実を隠された世界だったのかもしれない。

 

「よく分からねえな。案外、ここと変わらないかもな」

 

「背の高い建物とか、電話とか、ここには無い物があるのに?」

 

「そんな物があったとしても、人の根っこは変わらねえさ。戦争は終わらないし、人は対立するし。豊かになっても、肝心な所は結局変えられないのが、人なんだろうさ」

 

 そう言って一口飲んだ俊は少し残念そうな彼女に気付き、苦笑する。

 

「外の世界って奴に期待してたのか?」

 

「うん。ここよりももっと、良い所なのかなって」

 

 そう言って俊から外を見た彼女は、からん、と槍を鳴らす彼に暗い笑みを向ける。

 

「私の居場所はずっと、ここだったから」

 

 ぽつりとそう言う侍女に黙ったまま、茶をすすった俊は一言返す。

 

「孤児なのか?」

 

「うん。お父さんも、お母さんも、病気で死んだ。食べていくだけのお金しかなくて、治すお金が無かったから」

 

「そうか……」

 

「姫様に拾ってもらって、そのおかげで今の生活があるから。でも……」

 

「でも?」

 

「貧しかったころ、王様達はお父さん達みたいな人達をどうにかしてくれなかったのかって。そう思う時があるの」

 

 そう呟き、俯く侍女に返す言葉を失って外を見た俊は左手首を見る動作をして時刻を確認する。

 

「そろそろ交代だ。良い話をありがとうな」

 

「うん」

 

「どうにかしたいって気持ちは誰にでもあると思うぜ。事実を知っているか知らないか、その違いだけだと思う」

 

 そう言って侍女の頭を撫で、槍を背中にマウントした俊は、部屋の外へと歩いていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日、キャメロットに向け出発した俊達は、先導する隼人達と無線を使って会話をしていた。

 

『王女様、昨晩は俊ちんに変な事されなかった?』

 

「え?あ、いえ。そんな事はありませんでした。むしろ守っていただいておりましたし」

 

『ちぇーつまんないの』

 

「ふふっ、楓さんの言う変な事、とは起これば面白い事なのですね。興味あります」

 

『えっ、マジ!? だったら教えてあげるよ今端末からそっちのディスプレイにデータを―――』

 

 話途中で楓が乗っている隼人のインプレッサから通信が途絶えた。

 

 目を白黒させたシルフィは、後ろのトランクに増設された席へ座っているハナに話しかける。

 

「ハナさん、通信が途絶えてしまいました」

 

「え?! あ、ホントだ」

 

「電波が悪いのでしょうか……」

 

「うーん、違うと思う」

 

「あら? 向こうの電源が切られてますね。どうしてかしら」

 

 そう言って首を傾げあう二人をバックミラーで確認していたシュウは、隣で地図を睨んでいる俊にも視線を向けた。

 

「あまり見ていると酔うぞ」

 

「分かってるって。あ、次右な」

 

「ああ。それで、昨日はどうだった。一日とは言え城暮らしは。楽しかったか?」

 

 そう言ってニヤニヤ笑ったシュウは、不機嫌な顔の俊に半目を向けた。

 

「楽しい訳ねえだろ。殺気に晒されて飯の味も分からない上におちおち風呂にも入れなかった」

 

「不潔ですね俊君」

 

「お前らを風呂に入れる為だっつの」

 

 カーナビの設定をし、迎撃用のG26を収めたダッシュボードに地図を突っ込んだ俊は、バックミラー越しにシグレを睨む。

 

 そんなやり取りを横目に見ていたシュウは、苦笑しながら苦労を労う。

 

「そう言えばお話を聞きたかったのですが、今回回収するロンゴミアントとはどう言う槍なんですか?」

 

「本来は、お話すべきではないのですが特別にお話します。聖槍ロンゴミアントとはエクスカリバーに並ぶエルフ族の秘宝です。ひとたび振り薙げば一面を光が焼き払う無双の槍。

かの英雄アーサー・ペンドラゴンの武勇を支えた貴重な武器。ですが、その力はあまりの有名さから多種族にも轟きました」

 

「轟いた……。その割には、私達にとって馴染みがあまりないのですが」

 

「当然です。王家の歴史では魔力次元大戦(WWW)の終結後、エクスカリバーの譲渡を条件にロンゴミアントの一切を抹消する様に取り付けた、とありました。

この契約により、世代を重ねるごとに人間と手を組んでいる周辺諸国から狙われる事は無くなりました。ですが」

 

「人間と手を組んでいない国からは狙われ続けていた、と?」

 

「はい。特に、エルフの天敵であるオーガ、オーク族からは」

 

 そう言って俯くシルフィに気まずくなったハナは、端末経由で上方警戒をしているドローンのリンクを見る。

 

 会話が続かなくなった彼女を見かねたシュウは、話題を変える。

 

「王女殿下は、キャメロットに行った事がありますか?」

 

「え、ええ。何度か。ですがこの様な速さで行った事はありませんね。専らの移動は自動車ではなく馬車でしたから」

 

「なるほど。では、どの様な街並みなのか教えていただけませんか?」

 

「古き良き町、と言えばいいのでしょうか。石造りの家で出来た住宅街を城壁が囲んで守る。そんな作りの町ですね。大きさとしては中規模かと」

 

「クラシカルなヨーロッパの町並み、興味をもてますよ」

 

 そう言って苦笑するシュウに、シルフィもつられて笑う。

 

 それからしばらくして、目的地のキャメロットに到着したシュウ達は、前線らしい避難所と簡易拠点が点在する街並みを見ながら駐車場を探していた。

 

『A2停泊所に停めるぞ』

 

「了解」

 

 隼人の声に応答し、車を止めたシュウは無理矢理七人乗っていたSUVから降りると日向達が乗っている車からM249とカバンを下ろした。

 

 トランクからぞろぞろと武器を下ろしていくシュウは、ハードケースに収まった武器の数々を見て目を丸くしているシルフィに苦笑した。

 

「一度の戦いで、こんなに武器を使うんですか?」

 

「いえいえ。一度には使いませんよ王女殿下。状況に応じて使い分けるだけです」

 

「なるほど」

 

 感心して頷くシルフィに、苦笑したシュウはHK416Cと荷物をハナに任せてM249とHK416A5を運んだ。

 

 往復でボックスマガジンと5.56mmのM4対応型PMAGが入ったカバンを持ってきた彼は、興味津々のシルフィへ護身用のHK416Cを持たせた。

 

「M4カービンよりも小さいですね」

 

「本来は護衛、近距離戦用の銃ですからね」

 

「王女殿下は、アサルトライフル(AR)を撃った事がお有りで?」

 

「ええ、授業の一環でMR223を。民生仕様なので、単発しかありませんでしたが」

 

「では緊急時も単発で使用してください。変にフルオートを使うと当てられなくなる可能性がありますから」

 

 そう言って、HK416Cを回収したシュウは、ハンドガードを掴んで停めた彼女を訝しむと彼女はにっこり微笑んだ。

 

「ぜひ一度、撃たせていただけないかしら。シュウさん。私の命を預ける銃ですもの」

 

「分かりました。仮設基地ですので、どこか撃てる場所へ行きましょう」

 

「ありがとうございます」

 

 適当な所へカバンを置き、三マガジンを持ったシュウは後についてくるシルフィを見て慌てて駆け寄ってきたハナに目を白黒させた。

 

「どうしたハナ。そんなに慌てて」

 

「どうしたって、要人をそんな無防備に連れ出す気なの!? 私も連れて行って!」

 

「え? あ、いや、流石に壁の外には出ないさ。そこまで馬鹿じゃない。近くで射撃訓練の音がしてるから、レンジがあると思ってな。そこへ行こうかと」

 

「え、あ、そ、そうなんだ。あ、あはは。てっきり外で射撃訓練するのかなって。二人きりで」

 

「外に行くなら二人きりでやらないさ。危ないからな」

 

 しれっとそう言って、頭を撫でたシュウは、安心しているハナに苦笑するとつられて微笑を浮かべたシルフィに視線を流す。

 

「では、三人で行きましょうか。教官は多い方が上達しますから」

 

「はい! よろしくお願いしますね」

 

 ふっと微笑を浮かべ、シルフィを連れて歩き出したシュウはすれ違い様、ぼそりと呟く。

 

「……安心しろ、ハナ。俺も俊と同じで、浮気なんかしない」

 

 そう言って頭を軽く叩いたシュウは、HK417を背中に担いで後を追うハナに後ろを任せ、避難所と隣接する関係上暗殺者を警戒しながら歩いていた。

 

 警備の兵士にIDを見せ、ゲートをパスしていくシュウ達は、別の警備兵と揉めている避難民達を見ていた。

 

「こんな時に、どうして争うのでしょう」

 

「それは、こんな時だからですよ。住んでいる所から離れ、いつ殺されるか分からない日を送る。そんな環境に晒されれば、気も立ちます」

 

 そう言いながら先導するシュウは、シルフィとハナが二人して表情を曇らせているのに小さくため息を吐いているとシューティングレンジに到着した。

 

「よし、到着です」

 

 そう言ってシルフィの方を振り返ったシュウは、ざわつく周囲の声にそう言えば、と、彼女の恰好を見た。

 

 一点スリングと合わせてHK416Cを持つシルフィは凡そ射撃場に来る様な、軍服やシャツにジーンズなどと言った動きやすく汚れても良い恰好ではなく、

ハイウェストスカートに革製のブーツと言った汚れてはいけなさそうな私服姿だった。

 

「今更こう言うのもあれですが、戦闘向きの恰好では無いですね」

 

「ええ、まあ……自覚してます」

 

 マガジンを並べるシュウに、そう言いながら落ち込むシルフィは、HK416Cのワイヤーストックを展開。

 

 ストック長を自分の体に合わせ、ホロサイトの電源を付けてから初弾を装填した。

 

「撃ちます」

 

 セレクターを単発に切り替え、薄い襟付きのシャツにストックをつけ、ホロサイトで狙いを定めてトリガーを引いた。

 

 発砲と同時、強烈なリコイルが迸り、軽量故の強さでシルフィの体を突き飛ばす。

 

「ッ!」

 

 あまりの強さに表情が歪んだシルフィは、有翼族に劣りながらもある程度高い視力で直撃点を見る。

 

 円形の的よりわずかにズレて着弾した一射目を確認したシルフィは、狙いの癖を見る為に身体強化も加えつつ連続して射撃する。

 

「僅かに左寄り、でしょうか。あ、照準を弄っても?」

 

「どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 一礼し、ホロサイトの照準を調整していたシルフィは、城門の方へ歩いていく俊とシグレに気付いた。

 

「あら? 俊さんとシグレさんですね」

 

「え? あ、ホントだ。俊君とシグちゃんだ」

 

「お二人とも、城門の外へ出るみたいですね」

 

 のんびり語りあう二人を他所に、外に出る事情に心当たりがないシュウは、一人首を傾げていた。


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