僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第39話『散策』

 午後2時半―――エルフランド首都、ゼフィール城下町。

 

 観光気分でも無ければ周囲を見回す余裕すらない男子達を他所に、何だかんだで楽しんでいる女子達は、同性の友人を喜ぶシルフィードとショッピングやらを楽しんでいた。

 

「のん気なもんだなぁ。狙撃されたってのに」

 

「国民の為に、一々怯えてられないんだろう。見かけによらず、気丈な人だ」

 

「にしても、朝に比べてこの賑わい様は異常だぜ。倍以上の人がいらぁ」

 

「それも昼の内だろうよ。夜になれば、また人が減る。皆、明るい内に備えて夜は外出しないんだろう。戦時中だしな」

 

 フライフィッシュを食べ歩きする和馬にそう言った日向は、道を過ぎる人外達に軽く会釈しつつ女子達の後を追う。

 

 この手の地域は無駄に女性を低く見る風習が多く、その分突っかかる馬鹿がたまにいる。

 

「どこ見てんだアマァ!」

 

 荒くれらしいエルフが吠える先、ウサギ系獣人の親子が怯えていた。

 

 どうやら軽く接触しただけらしい彼らのやり取りを遠めに見ていた日向は、率先して止めに行こうと歩み寄るシルフィードに賞賛と驚愕を胸に抱いた。

 

「お止めなさい。エルフ族に泥を塗るおつもりですか」

 

「ああん? こちとらこの地域を見守って、無礼な外様に礼儀を教えてやろうと思ってるんだ邪魔するんじゃねえ」

 

「無礼なのはあなたです。すぐにお止めなさい」

 

 ぴしゃりと言う王女に嫌な予感を感じた日向は、薬で狂っているのか、逆上し手にしたナイフを振り上げるエルフに踏み込もうとした。

 

 その瞬間、エルフの体が吹き飛び、遅れて宙を舞っていたナイフがレンガで舗装された道路に落ちて砕け散る。

 

「止めろと言われて止められないんですか、あなたは」

 

 ニーヴェルングを手に蹴り足を戻したシグレは、目を輝かせるシルフィードに恥ずかしそうに俯く。

 

「何すんだこのクソ犬ゥ!」

 

 それでもなお殴りかかろうとしたエルフは、割り込んだ俊に腕を掴まれ、締め上げられた。

 

「引けよおっさん。じゃねえとこの腕握り砕くぞ」

 

 アシスト出力を上げて締め上げた俊は、手にした龍翔の穂先を見せつけると怯える男を睨む。

 

「それとも片足、槍でぶち抜かれたいか」

 

 そう言いながら腕を離した俊は、失禁しながら逃げていくエルフから視線を逸らし、獣人の親子を助けているシルフィードとシグレの元へ歩み寄った。

 

「あ、ありがとうございました俊さん」

 

「二人とも無茶し過ぎだぜ。気負う事は無いのによ」

 

「いえ、王女たるもの、こう言った部分からしっかりとやって行かないと」

 

 そう言って眉を吊り上げるシルフィードに苦笑した俊は、睨んでくるシグレと侍女に気付いて顔を逸らした。

 

 その様子を遠目に見ていたシュウは、呆れながらアップルパイを頬張っていた。

 

「俊君と王女様、仲良いですねぇ」

 

「ああ、そうだな。見ていて胃が痛くなる」

 

「あわわ、朝食が当たりましたか?!」

 

「いや、そうじゃないんだ……」

 

「?」

 

 首を傾げるハナに、引きつった笑みを浮かべたシュウは、良い雰囲気を察してか別行動をとり始めた隼人達に内心怒りを覚えていた。

 

 呆れ半分に俊の元へ歩いて行ったシュウは、能天気な彼の顔に軽めの手刀を打ち込むと先へと歩かせる。

 

「何すんだよシュウ」

 

「馬鹿、お前は要人と幼馴染で二股かける気か」

 

「ぁあ?! そんな気ねえよ! それにそもそも俺はまだ恋人なんてだな!」

 

 強めの語気でそう言った俊は、呆れ気味の半目を向けるシュウに首を傾げると彼に指差された方を見る。

 

 そこでは涙目のシグレがフルフル震えており、泣くまいとしている彼女は驚いている俊から逃げる様に路地へ走っていく。

 

「あ、おいシグ!」

 

 アイドリングモードのフレームの出力も加えて走った俊は、脇目も振らず裏路地に逃

げ込んだ彼女にぶつかった。

 

 前のめりに倒れそうになったシグレを抱えた俊は、先ほどのエルフと、その後ろで下品な笑いを浮かべているオークとオーガに気付いた。

 

「よお、人間の兄ちゃん。さっきはよくもやってくれたなぁ?」

 

「お礼参りか、エルフのおっさん。ダサい真似しやがる」

 

「勝手にほざけクソガキ。よし、お前ら、やっちまえ」

 

 そう言って、オーガとオークに命じたエルフは、下品によだれを垂らすオークに唐突に頭を掴まれた。

 

「ま、待てっ、おいッ! 殺すのはこいつらだ! 俺じゃない!」

 

「お前も殺せとお頭の命令でなぁ。ゴーラ、食って良いぞ」

 

「ま、待てっ、殺さないでくれ! そこのガキ!助けろ! 仲間だろ!? あ、あガっ! ギャあアアああああ!」

 

 脇腹から貪られたエルフは、大量に出血し、裏路地を赤黒い血で染める。

 

 ぼりぼりと骨まで貪られる音を鳴らし、俊達の目の前で喰らい尽くされたエルフは、断末魔の一瞬で固定された頭を残し、オークの腹の中に納まった。

 

「ぅ……うぇええ」

 

 体を折り、堪らず吐いたシグレを他所に背中の槍を引き抜いた俊は、オーガの腰から引き抜かれた両刃剣を前に構えた。

 

 体格の大きい彼らにとってはナイフ程度でしかないそれを見据えた俊は、斬りかかってきた彼の一閃を穂先でパーリングする。

 

「ぐっ!」

 

「良い筋だな人間。この俺の一撃を逸らすとは」

 

「チィッ!」

 

 シグレを抱えたまま、一歩距離を取った俊は大斧を引き抜いたオーガとオークに舌打ちして退路をちらと見る。

 

 逃げれなくはない距離だが、果たしてうまく行くかどうか。

 

「お前、これで、ミンチにする」

 

 そう言って腰の後ろからVz61を引き抜いたオークに目を見開いた俊は、スラスターを展開し全速力で逃げる。

 

 シグレが過負荷でブラックアウトする可能性があったが、それよりも被弾のリスクを選んだ俊は、背後から飛んでくる.32ACP弾から逃れる。

 

「待てぇええ!」

 

 路地の荷物をなぎ倒し、木箱を俊の方へ吹き飛ばしたオークは、木箱を回避した俊の横薙ぎを太ももに受けるも鈍い痛みしか感じなかった。

 

 麻酔を打たれた様な鈍感に怯みすらしないオークへ、浅いホバリングでステップした俊は大騒ぎを始めるエルフ達を他所に片手構えの槍を手繰った。

 

「お前ら、食う! 絶対!」

 

 そう言って重い大斧を振り下ろして牽制したオークは、冷や汗を掻いている俊にじりじりと歩み寄っていく。

 

「俊!」

 

 オークの背後から叫び、ハナと共に拳銃を構えたシュウが警告無しで発砲する。

 

 殴る程度の威力しかない9㎜弾が的確に頭蓋を穿って脳を揺らす。

 

「いでぇええ!」

 

 叫び、斧を振り回したオークは庇ったシュウ諸共ハナを殴り飛ばし、軒下の木箱に突っ込ませた。

 

 フレームで威力を相殺しきれず吐血するシュウに、泣きそうになったハナは、シグレ諸共なぎ倒された俊の方を振り返る。

 

「俊君!」

 

「クソッ、ハナ……シグを連れてシルフィ王女の所へ逃げろ。彼女も連れて……隼人の所へ」

 

「わ、私が!? む、無理だよぉ……」

 

 我慢しきれず泣き出すハナに地面に槍を突いて立ち上がった俊は、口端の血を拭う。

 

「無理だろうが、今頼れんのお前しかいねえだろ」

 

 そう言ってふらつきながら両手で槍を構えた俊は、瞬間打ち下ろされた対物拳銃弾に目を見開き、光学迷彩を解きながら降下してきた何者かに一歩下がった。

 

「何もんだお前」

 

「勘違いしないで。あなた達に死なれたら、困るから」

 

「はぁ?」

 

 首を傾げた俊の目の前で、纏っていた外套のフードを剥いだ何者か、AASか軽軍神か判別しにくいパワードスーツを身に纏った少女がアヌビスを彷彿とさせるセンサーマスクを彼に向ける。

 

 敵なのか、味方なのか。少なくとも、今この場では敵ではない事は確かだった。

 

「荒くれ者のゴーラ。あなた里から追放されたそうね、同類食いの罪で」

 

「腹減ってたんだァ、良いだろうがよネフティス!」

 

「私をその名前で呼ばないでよ。私じゃなくてこの子の名前なんだから」

 

 気だるげに言いながら、腰に下げていた対パワードスーツ用の長剣をラッチから取り外した少女は、下品によだれを垂らすオークに切っ先を向ける。

 

「恨まないでよ。キーンエッジからの命令だから」

 

 そう言って高周波機構を起動した少女は、殺気を放ちながらオークへ迫る。

 

 本能的な恐怖心から斧を振り下ろしたオークは、左膝を切り裂きながら脇へ逃げた少女に、地面を砕きながら袈裟気味の振り上げを繰り出す。

 

「ふぅん、やっぱ単調。ハンデなきゃ余裕ね」

 

 そう言いながら俊の方を見た少女は、続く振り下ろしを回避すると装甲の左袖に隠していた刃で右手首を浅く切りつける。

 

 浅く切り付けられた手首から鮮血が噴出し、握力が弱まったオークは、斧を持っていられなくなり、取り落とす。

 

「思っているより弱かったのね、ゴーガ」

 

「う、うるせえクソガキぃい!」

 

「子ども扱いしないで」

 

 殴り掛かってくるゴーガの拳を回避し、左足を蹴り折った少女は姿勢を崩した彼の顎から長剣を突き込む。

 

 生気を失うまで目を見続けた少女は、絶命を確認して長剣を引き抜いてアタッチメントに取り付けた。

 

「お前ら無事か!」

 

 シルフィードを伴い、ちょうど良く駆け寄って来た和馬達に視線を向けた少女は、口端をキュッと吊り上げ、彼らを指さす。

 

「あなた達、国連の人でしょ? そこの王女から聖槍を手に入れるまで、死なないでよ」

 

「それはどう言う意味だ。それに、君……俺達よりも、若いじゃないか。君は一体……」

 

「その問い、答える必要は無いでしょ? じゃあ、私が言った事守ってよ?」

 

 路地裏へ立ち去った少女に、呆然となった俊達は動揺しているシルフィードの震え声に現実に戻された。

 

 初めて死体を見たのであろう彼女は、口を抑え、吐き気をこらえていた。

 

「シルフィード王女、大丈夫ですか?」

 

「はい……。何とか」

 

「無理はなさらないでください、彼らとあなたでは立場が違うのですから」

 

 侍女に支えられて立ち上がったシルフィードは、食べられたエルフの頭を見つけて堪えていた物を吐き出した。

 

「姫様!」

 

 路肩に吐き出す彼女を支えた侍女は、一応手袋をして死体を検分している美月達を信じられない物を見る目で見ていた。

 

 杖砲を抱えているミウが二人が見ない様に庇い、それを横目に見た日向が連絡していた。

 

「HQ、こちらオークの死体処理を頼む。ああ、数は一体。それとエルフの男性の頭部もある」

 

『HQ了解。こちらからスイーパーを派遣します』

 

 通信を切った日向は、二人にじゃれついているミウを剥がした。

 

「要人にじゃれつくな馬鹿」

 

「えぇ~、良いじゃん、慰めるくらいさぁ」

 

「そうだとしても加減しろ」

 

 そう言って睨みつけた日向は、委縮するミウを掴み上げて連れて行くと見えない位置へ死体を動かしていた美月と和馬と合流する。

 

「スイーパーは要請した。俊、大丈夫か」

 

「何とかな。シグがゲロ吐いたから窒息しない様に残りも吐かせたけど」

 

「お前凄いな……」

 

 呆れる日向に苦笑した俊は、泣いているシグレを抱え上げる。

 

「それで、どうする?」

 

「申し訳ないが、王女殿下との遊歩はここまでだな。隼人達とも合流して殿下をお送りしよう」

 

「そうだな」

 

 そう言って周囲を見回した俊は、屋根の淵に立っている少女に気付くも日向に説明する間に彼女の姿は見えなくなっていた。

 

 胡乱げに見てくる日向に首を傾げていた俊は、走って合流しにきた隼人達と共にシルフィードを城まで送った。


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