僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第38話『軋轢』

 後続の国連部隊と共に村民の避難を終えた隼人達は、回収の契約が完了したとカズヒサから連絡を受け、正式な手順の説明を受けに城へ向かった。

 

 そして、謁見の間にて、襲撃の一軒を巡って騎士団と衝突を起こしていた。

 

「貴様らよくもおめおめと戻ってこれたな! 王子を侮辱したまでならず、我ら騎士団の任務すら奪うとは!」

 

 先頭にいた隼人に掴みかかった騎士団長は、見かねて止めに入った俊を睨みつける。

 

 その視線に、嫌な予感を感じた俊は殴られると直感し、身構えかけた。

 

「お止めなさい!」

 

 強く響いた叱咤に、身を竦ませた団長と俊は、人形の様な、見る者を惹き付ける整った体つきの女エルフと目が合う。

 

 ドレスに身を包んだ彼女は、その場の誰もが一目見ただけで、王族であると判断できるほど品格にあふれていた。

 

「シルフィード王女……」

 

「我らの客人に、騎士団が手を出すとは何事ですか!」

 

「しかし、この者達は外様の分際で我ら騎士団の任務を奪い、王国の名誉に傷をつけたのです!」

 

「あなた方の任務は国民を守る事。我ら王家、ましてや王国のみを守る事ではありません。それを代行して下さったと、どうして考えられないのです!

国も、王家も、国民あってこそ。それを履き違えた上に、客人に手出しをするとは無礼千万! もう良い、下がりなさい」

 

「は、はっ、申し訳ありません! では、失礼いたします」

 

 そう言って、王女、シルフィードに謝罪し、その場を去る騎士団長を見送った彼女は嘆息と共に俊達の方へ振り向く。

 

「皆様、どうか騎士団の無礼をお許しください。彼らに代わり、謝罪いたします」

 

「いえ、お気になさらず。こう言った歓迎は多少覚悟しておりましたので」

 

 王女の謝罪に、皮肉で返した隼人は諫める様に小突いてきたリーヤ達の方へ視線を流し、苦笑した。

 

「しかし、皆様……お見受けした所、学生でしょうか?」

 

「ええ、平時は新日本は新関東の地方学院の2学年に所属しております」

 

「そうでしたか。では、国は違えど同じ学院に通う級友と言う事になるのですね!」

 

 そう言って満面を笑みを浮かべるシルフィードに、全員が驚愕する。

 

「あー、えっと、すいません。シルフィード王女。あなたはもしや」

 

「ええ、新ヨーロッパは、新フィンランドの地方学院、2学年に所属しております。ですので皆様、私の事はシルフィとお呼びくださいね」

 

「は、はぁ。いや、えっと、その……」

 

 シルフィードに対して立場上呼び辛い愛称に、俊をはじめとした全員が困惑していた。

 

「一国の王女だからと、私の事をそう呼べませんか?」

 

「え?! あ、いや、よ、呼べますよ?!」

 

「では、お願いしますね」

 

 そう言って微笑むシルフィードに、引きつった笑みを浮かべた俊は、両脇から隼人とシグレに小突かれていた。

 

 隼人からは面倒事を増やされた事から、シグレからは単純な嫉妬から叩かれた俊は、そう呼ばれる事があまりないらしく目を輝かせている姫の視線に晒された。

 

「し、シルフィ……王女」

 

「はいっ、ではあなたの事は何とお呼びすれば」

 

「しゅ、俊でお願いします」

 

「はい、分かりました。シュンさん」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 そう言って引きつり笑いを浮かべたまま、手を取られた俊は、ニコニコ笑顔のシルフィードとは対照的に物凄く不機嫌なシグレに鈍い汗を掻く。

 

「あら、こちらの方は」

 

「え、あ、幼馴染です」

 

「まあ! 人形みたいで可愛らしい子ですね」

 

 目を輝かせるシルフィードに照れて隠れたシグレを見て苦笑していた俊は、いつの間にかいなくなっていた隼人達に驚いた。

 

 だが、先にデブリーフィングするとのIMを見ると、安心して二人のやり取りに挟まれていた。

 

「ねぇあなた、お名前は?」

 

 そう言ってシグレをのぞき込むシルフィードは、俊に隠れ続ける彼女に微笑む。

 

「すいません、人見知りで」

 

「いえ、気にしないでください。ですけど、こんな可愛らしい子が国連軍だなんて。ふふっ、意外です」

 

「俺もです。まさか、この子と一緒に戦うなんて、加入するまで俺も思ってませんでしたから」

 

 そう言って苦笑した俊は、少し驚いた顔をするシルフィードから目線を逸らす。

 

「まだ言ってるんですか俊君」

 

「だってさ……」

 

「俊君と同じで、これは私が決めた事ですから。責任くらい取れます」

 

 そう言って裾を強く握るシグレは、苦笑した俊とシルフィードに気付き、顔を赤くしながら縮こまる。

 

「素晴らしい考えです」

 

「……ありがとう、ございます」

 

「何だか、羨ましいです。私は、自分の事を自分で選んだことはありませんでしたから」

 

 そう言って、寂しそうな顔をするシルフィードは、俊から顔をのぞかせたシグレを見つめながら心中を吐露した。

 

 彼女は、話すと長くなる、と前置きを置きながら応接室の一つに仮設されたデブリーフィングルームへと歩き出す。

 

「私は生まれから何かを選ぶと言う事が困難な身分でした」

 

「王女であるのに、ですか?」

 

「ええ。皆さんが思うほど、私は自由ではありません。血筋と権力は、私を縛ります。出歩く事も、級友と談笑する事も許されませんでした」

 

 悲し気な口調で話しながら、前を歩く王女を見つめていたシグレはふと周囲を見回す俊の視線が険しくなっているのに気づいた。

 

「だから、羨ましく感じるのです。あなた方が」

 

 シルフィードが振り返りながらそう言った瞬間、俊は驚く彼女へ飛びかかった。

 

 瞬間、弾丸が彼女の頭があった位置を走り、俊の髪と擦過して枝毛を飛ばす。

 

「狙撃か!?」

 

 背中に手を回し、マウントアームから槍を引き抜いた俊は押し倒す形になったシルフィードを下に周囲を探る。

 

 一撃を外した事で相手が諦めた事のを、気配を通して感じ取った俊は、顔を赤くするシルフィードと、むすっとしているシグレを交互に見た。

 

「俊君」

 

「いや、スナイパーが」

 

「分かってます。早く退いてあげてください。王女も辛そうですよ」

 

 グロックのグリップに手をかけつつ、白い目を向けるシグレに、冷や汗を掻いた俊は下敷きにしていた王女から退いて手を差し伸べる。

 

「申し訳ありません王女、不躾な真似を」

 

「いえ。こちらこそ狙撃手からお守りくださり、ありがとうございます」

 

「いえいえ、そんな」

 

 照れる俊は、深々と頭を下げるシルフィードに頬を緩ませた瞬間にふくらはぎを蹴られた。

 

 苛立ちつつ振り返った俊は、子どもの様に拗ねるシグレにため息を落とす。

 

「こんな事で拗ねるなよ……」

 

「拗ねてません」

 

「拗ねてんだろその顔は」

 

 そう言って槍を背中に回した俊は、ムッとしているシグレから呆れた表情で顔を逸らす。

 

 それを見てくすくす笑うシルフィードは、騒ぎを聞きつけてきた騎士団に護送され、俊達と別れた。

 

「ったく、警護対象に嫉妬するんじゃねえよシグ」

 

「ごめんなさい……」

 

「あー……まあ、別に凄い怒ってる訳じゃないから」

 

「え、少し怒ってるんですか」

 

「当たり前だろ? 仕事にならなくなる所だったんだから」

 

 そう言って少し目くじらを立てている俊は、それを見て少し怯えたシグレに吹き出し、笑いながら頭を撫でた。

 

 子ども扱いされていると自覚出来た瞬間、内心不機嫌になったシグレだったが、スキンシップされる嬉しさが勝った。

 

「えへへ」

 

 嬉しげに笑うシグレに、ドキッとした俊は口笛を吹いて茶化しに来た和馬とシュウ達を見るなり、恥ずかしそうに顔を逸らした。

 

「俊、王女が狙撃未遂に遭ったというのは本当か?」

 

「ああ、分かりやすくご丁寧にレーザーサイトで狙ってた」

 

 そう言って弾痕を指さした俊は、眉をひそめるシュウとは対照的に合点がいった様子のシグレに苦笑する。

 

「狙撃にレーザーサイト、ですか。普通ならあり得ない組み合わせですねぇ」

 

「ああ、そうだな。普通狙撃と言うのは相手にバレない様に狙う物だ。だが、これは」

 

「狙っているのを教えている。脅しているんでしょうか」

 

「さぁな、さっぱりだ。脅すなら普通はレーザーなんか使わずに足元に撃ち込むし、それに狙撃自体、狙いがぶれて外している」

 

「殺しに来たとしては結構稚拙ですね。腕が伴っていないって言うか……」

 

 そう言って苦笑したハナは、笑い返すシュウと共に弾痕を検査しながら狙撃位置を割り出す。

 

「ところで大丈夫なの? 王女様を狙撃も経験した事無い様な素人集団に引き渡して」

 

「いやぁ、流石に二回目来るとは思えねえし、やるとしても様子見位じゃねえか?」

 

「様子見ねぇ……」

 

 そう言って昼間の空を見た美月は、手摺りにもたれ掛った和馬共々現実離れした庭園を見下ろす。

 

「一体こんな見やすい所のどこから監視しているのかしらね」

 

 美しい庭園は、そのどれもが低い背の草花が連ねられ、凡そ隠れると言う事が出来そうにない場所だった。

 

 だからこそ、美月は不思議に思っていた。狙撃をしてきたのは、果たして普通の人間なのだろうか、と。

 

「光学迷彩持ちなら、日中でもこんな所に狙撃できるわね」

 

 そう言ってくすっと笑った美月は、パタパタと駆けてくる足音に気付いて体を起こした。

 

「皆様、お揃いでどうなされました?」

 

「先ほどの狙撃について調べていたところです。王女様、お体の方は大丈夫ですか?」

 

「ええ、大事ありません。それよりも、皆様、町へ散策に行きませんか?」

 

「今から散策、ですか……。我々は構いませんが、王女様は」

 

「ご心配なく。護衛に侍女を伴ってまいります。では、皆様で参りましょう」

 

 そう言って微笑む彼女に気圧され、美月を先頭にユニウスとケリュケイオンは城下町の散策に出る羽目になった。


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