僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第36話『エルフランド』

 その夜、消灯したテントの中で一人天井を睨んでいた隼人は隣のエリアから聞こえる話し声に無意識に耳を傾けていた。

 

「ねぇ、アキちゃん。私、またフラれちゃったんだ」

 

「え、またって、兄ちゃんに?」

 

「うん。レンカさんの事、どう思ってるかって聞いて」

 

 そう言って、すすり泣いた香美を抱き締めたアキホの影を見た隼人は、どろりと鈍い感覚を抱くと赤黒く変わった空間に気付いた。

 

(スレイか)

 

『ご名答。もう慣れてきたかしら、私との共存は』

 

(おかげさまでな。それで、人の安眠を妨害してまで何をする気だ。スレイ)

 

『あら、まだ何もしないわよ。でも戦うんでしょう? 血もいっぱい浴びれるじゃない? うふふっ』

 

(俺達は後方支援だ。直接戦闘はしない)

 

 そう言って仰向けになった隼人は、つまらなさそうに天井に移動するスレイを睨む。

 

『あら、残念。あのおもちゃから美味しく頂けると思ったんだけど』

 

(はっ。そんな機会があればいいな)

 

『皮肉も上手くなったわね。私のお陰かしら?』

 

 そう言って、クスクス笑うスレイが宙を泳ぐのを見上げた隼人はくるんと体を丸めた彼女が顔を近づけるのに顔をしかめる。

 

(何だ、スレイ)

 

『ねぇ、あなたはどう思ってるの?』

 

(何をだ)

 

『あなたを想ってくれる子たちの事』

 

(そう言う事なら、こうだ。殺したいとは思わない)

 

 吐き捨てる様にそう言って視線を逸らした隼人は、クスクス笑うスレイの声を聴きながら深い眠りに落ちていった。

 

 翌日、早朝の寒さと喧騒で目が覚めた隼人は、慌ただしく出ていく装甲車のリアを見ると時刻を確認する。

 

「午前4時……。そんな早くから作戦行動を起こすのか……」

 

「作戦地域が遠いからな。ま、出てった奴らは増援だが」

 

「カズヒサさん、おはようございます」

 

「おう。おはようさん。早速だが、午前10時くらいにエルフランドに行くぞ。午前8時までに全員武装してゲート前に集合。ランド城へ徒歩で行くぞ」

 

「了解」

 

 気だるげにタバコをふかしたカズヒサに頷いた隼人は、浩太郎以外まだ眠っているテントに引き返すと早速準備を始める。

 

 それに合わせて浩太郎も、カナを起こさない様に必要なものを準備しながら通信を開く。

 

「何だ、浩太郎」

 

『ただ黙って作業するのも何だからさ、何か話そうよ』

 

「……お互い、話せる趣味も無いのにか?」

 

『趣味の事じゃなくても良いじゃないか。まあ、話そうよ』

 

「まあ、良いだろう」

 

 そう言って隼人と浩太郎は何気ない会話をしながら準備を始める。

 

 今までの事や、新ヨーロッパの印象、これから起こりそうな事。

 

 共有しやすい趣味が無い二人らしい事務的な会話を続け、準備を終えたのは一時間後だった。

 

 その時間になると起きるものも出て来、朝食を摂っていた二人は、寝起きの面々に任務を伝えて時刻まで備えた。

 

「んで、この有り様か」

 

 ライフルを背負い、そう言ったカズヒサは寝ぐせでぼさぼさのシグレとレンカを交互に見るとパートナーに髪を整えてもらっている彼女らを睨む。

 

「お前ら何時起きだよ」

 

「く、九時半」

 

「ったく、学校行くんじゃねえんだぞ。マガジン、装備、諸々自分で持ってねえじゃねえか!」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「ったく、良い仲間がいてよかったな二人共。装備着けて行きながら飯を食え」

 

 そう言って時刻を確認したカズヒサは、綺麗なポニーテールに結ってもらったシグレが、美月達に装備を着けてもらっているのを見ていた。

 

 むすっとしているシグレは、不満があるのか尾を縦に振りながら装備を付けてもらっていた。

 

「別に一人でできます」

 

「そう言うなら早起きしなさい、シグ。寝坊してる時点で大人扱いできないわよ」

 

「むぅ……」

 

 頬を膨らませながらそっぽを向くシグレは、美月の前で全身に取り付いた装備の感触を確かめ、整えた。

 

 隣のレンカも同様に整えており、お互いに目が合った彼女らは睨み合う。

 

「珍しいわね、“大人の”アンタが寝坊なんて」

 

「たまたまですよ、レンカ。子どものあなたみたいにいつも寝坊している訳ではないので」

 

「ふぅん、たまたまねぇ。それにしては、俊のリアクション、だいぶ慣れた感じだったけど?」

 

 そう言って詰る様に見たレンカに、うっと詰まったシグレは、櫛をしまいながら苦笑している俊を睨む。

 

「たまたまですよね俊君」

 

「え? シグの寝坊って3日ぶり今年に入って24回目だよな」

 

「いいえ、“たまたま”ですよねぇ……?」

 

「いや、見栄張るなよ。ユニウスの連中は皆知ってんだから」

 

「たまたまだと言ってください……」

 

 涙をにじませ始めたシグレに困惑した俊は、彼女越しにニヤニヤ笑うレンカを見る。

 

 やる事が子どもっぽいんだよなぁと思いながら、後頭部を掻いた俊は、頭頂部を思い切り殴られているレンカが隼人に叱られているのを見た。

 

「ほら、レンカがマジで叱られてっから、変な見栄はもうどうでも良いだろ? ほら、飯。食堂でもらってきたから」

 

「フィッシュアンドチップス……朝から油もの……」

 

「サンドイッチ無かったんだよ。おいしかったからお前に食わせたかったのに」

 

 そう言って悔しがる俊から包みを受け取ったシグレは、どう考えてもやっつけ仕事で作ったに違いない油でテッカテカの衣を見下ろして露骨に嫌な顔をした。

 

 隣で好き嫌いを主張して殴られているレンカを見たシグレは、対抗意識からフリッターを一つまみすると、口に入れた。

 

「俊君……」

 

「お? どうした?」

 

「このフリッター、味しないです」

 

「え? マジで?」

 

「凄い、脂っぽくて……胸やけが……」

 

 脂っぽいげっぷを出したシグレは、青ざめる俊にフィッシュアンドチップスを突き出す。

 

「シグちゃん焼ける胸も無いのにね」

 

 気分が悪くなっているシグレにしれっと毒を吐いたミウは、それどころじゃない、と頭を叩いた日向に諫められる。

 

 見かねて携帯食料と牛乳を朝食代わりに出した美月は、照れているシグレの頭を軽く叩いて諫める。

 

「ほら、早く食べなさい」

 

「あ、ありがとう……ミィ」

 

 XD自動拳銃をチェックしながら歩く美月にお礼を言いつつ、もそもそ食べているシグレは最後尾でレンカと並び未舗装路を歩いていた。

 

 のどかな道でエルフ族の農家とすれ違うシグレ達は、武器を手に周辺を警戒しつつ城下町を目指す。

 

「レンカちゃん、リベラさん、列の真ん中へ。二人が後ろなのはちょっとまずいから」

 

 そう言って入れ替わったリーヤ達ブラボーチームに導かれて真ん中へ来た二人はいつもより5割増しで殺気立っている面々に気付く。

 

 とてつもない殺意に晒されて味も感じられない二人は、そのまま城下町へとたどり着く。

 

 門番に手続しているカズヒサ達を他所に、周辺警戒を行う隼人達は、奇怪な目で見てくる通行人の仕草に警戒を向けていた。

 

「良いかぁ、タマをスラれんなよ?」

 

「笑えない冗談は止めろ馬鹿」

 

「良いじゃねえか、緊張ほぐれてさぁ」

 

 ゲラゲラ笑う和馬を睨む日向は、マイペースなミウがいなくならない様に服を掴んでいた。

 

 一方、門の壁に寄り掛かって周囲を見回していた美月は、警戒をしている隼人達の表情が僅かに曇っているのに気づいた。

 

(あの二人、どうかしたのかしら)

 

 心配しながら腰に手を回している美月は、視線に気付いて警戒のハンドサインを出してきた隼人にバツが悪そうに視線を逸らした。

 

 それから手続きを終えたカズヒサの先導で城下町へ入った隼人達は、いかにも中世ファンタジーに出てきそうな街並みを見回す。

 

「随分と前時代的だね」

 

「だからこそ観光資源になっている。こんな情勢じゃなければ観光客で賑わってるだろうさ」

 

「襲撃警戒からか街道には屋台も何もないね。まあ、当然か」

 

 黙々と喋りながら辺りを見回す隼人と浩太郎は、ぽつぽつといる通行人を流し見ながらカズヒサの先導に付いて行く。

 

 武装して歩いている為か、巡回の下級兵士に睨まれつつ、城門前まで移動した隼人達はビル8階相当の大きさの城を見上げる。

 

「超デカいわね」

 

「当然だ、権力者の象徴なんだからな」

 

「お城が大きいのってそう言う理由なの?」

 

「大体はな」

 

「ふぅん、変なの」

 

 無邪気にそう言うレンカに、苦笑した隼人はカズヒサ達と共に城内に入ると出迎えの侍女に謁見の間へと案内される。

 

 その途中、広々とした中庭と演説用のバルコニーが窺えた。

 

「わりと城に対して城壁が低いね。向こうの時計塔からなら狙撃できるかな」

 

「簡単そうに言うが700mはあるぞ……」

 

「あはは、ごめんごめん。いつもの癖でさ」

 

 誤魔化し笑いをするリーヤに、呆れた顔のシュウは先頭で笑っている隼人を軽く睨む。

 

 フレームを身に着け、軽い金属音を鳴らしながら歩く隼人はその隣でひょこひょこ歩くレンカがきょろきょろしているのを諫める。

 

「怪しまれるからあんまり周囲を見るな」

 

「はーい……」

 

 気楽に言うレンカの頭を抑えた隼人は、しばらく歩くと巨大な扉が目を引く謁見の間へたどり着いた。

 

 案内役の侍女に一礼したカズヒサが前に出ると、隼人はハンドサインで警戒と緊急時の迎撃指示を出し、その後に続いた。

 

「お待ちしておりました、国連軍の皆様。奥へどうぞ、国王が間もなく参ります」

 

「これはこれはご丁寧にどうも」

 

 老エルフの執事に案内され、赤絨毯の上を歩いて進む隼人達は王座の前で待つ様言われ、その間に隼人と美月を除いた面々は指示通り、脇へ動いた。

 

 そして、すぐに構えられる様に武器を持ち、対岸に並ぶ兵士を睨む彼らは近衛兵の大声に意識が逸れた。

 

「王の御なぁりぃいい」

 

 ステンドグラスを背景に入場してきたエルフの王と女王は、エルフの特徴に漏れぬ高身長の痩躯に豪奢な衣装をまとった中年で、権力者に相応しい威厳を感じられた。

 

 すぐさまかしずき、頭を垂れたカズヒサ達は、傍に武器を置き、すぐに抜き放てる様にしておいた。

 

「お初にお目にかかります。エルフ王。師団長は出回らぬ主義故、私が代理と言う形をとらせて頂きます。第一大隊大隊長のカズヒサ・リベラと申します」

 

「代理を差し許す。遠路はるばるご苦労だった、カズヒサ殿。面を上げよ」

 

「ありがとうございます。では、早速ですがこの場にてロンゴミアンタ引き渡しの件を」

 

「う、うむ……それなのだがな……」

 

 口ごもる国王に違和感を覚えたカズヒサは、そのタイミングで開け放たれた扉に後ろを振り返る。

 

「父上、一体どう言う事ですか!」

 

 大声を放ち、ずかずかと歩み寄るエルフ族の青年は、カズヒサ達を無視して王座の前へ出る。

 

「私はこの様な下種びた異種族に国宝を譲るのは反対だと申し上げたはずです! なのにどうして!」

 

「許せ、ランスロー。争いを収めるにはこうする他無いのだ」

 

「では私が、この争いを止めて見せましょう! さすれば父上も……」

 

「お主は大局が見えておらん。お主に、任せる事は出来ん」

 

「な……」

 

 絶句する王子から目を逸らす国王は呆れ顔のカズヒサに視線を戻す。

 

 その隣を通り過ぎていく王子は、脇に並ぶ浩太郎達を目に入れると、少しおびえているナツキに向けてずかずかと近づく。

 

「貴様らさえ来なければ!」

 

 拳を振り上げた王子は、瞬時に割り込んだ隼人に拳を掴まれる。

 

「不敬な、人間の分際で!」

 

「八つ当たりが王族のする事か、王子様」

 

「こ、この!」

 

 自由になった拳を隼人に振り下ろそうとした王子は、容易く回避し、関節を決めた彼に捕縛され、地面に押し付けられた。

 

 それを見て親衛隊が動こうとしたが、それを牽制する様に浩太郎達が銃を構える。

 

「ナツキ、無事か」

 

「え、ええ。でも良かったんですか?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 そう言って王子にかける力を強めた隼人は、心配するナツキに見せつける様に笑いながらカズヒサ達と国王を見る。

 

「黙れ、反逆者め! 不敬罪で貴様は死刑だ!」

 

「威勢が良いな王子様。だが、先にやってきたのはそちらだ。客人に暴力を振るう国家に、協力する必要はないな。大隊長、国王。いかがします?」

 

 わめく王子を離さず二人を見た隼人に、調子を崩し、苦笑したカズヒサは、国王の方を見る。

 

「さて、国王。我々国連軍は、要請があれば応じるのがルールとして定められております。しかし、応じた後の対応は派遣された部隊の判断に委ねられております。

今ここで、王子の行為を見逃し、うちの部隊員のみ処罰する対応を取られるのであれば、我々はそれ相応の対応を取らせていただきます」

 

 そう言いながら立ち上がったカズヒサは、突然の事に呆気に取られている面々を他所に、踵を返して帰ろうとする。

 

「リベラ大隊長!? まだ話はまとまって」

 

「こんな場を設けずとも答えはとっくの昔に出てる。これ以上俺から話す必要はないさ。後はあっちゃんがちゃちゃっとやっといてくれ」

 

 そう言って、その場を去っていくカズヒサに慌てるアキナは、国王の方へ向き直ると、深々と頭を下げる。

 

「私は政治高官兼オペレーターであって事務方の便利屋じゃないんですよ! ったく、申し訳ありません国王。この正式な契約は、後程」

 

「良い。こちらこそ、息子が無礼を働いた。すまぬ」

 

「いえ、お気になさらず。さあ、イチジョウ臨時中尉、王子を開放してください」

 

 そう命じ、顔を上げたアキナは、国王の眼前でいきなり剣を抜いた王子に驚愕すると、隣で親衛隊も抜剣したのに気付く。

 

 一色触発の状況を前にして三笠に庇われたアキナは、拳銃に手をかけている美月に後ろをカバーされる。

 

「ただで帰れると思うなよ無礼者共が……貴様らをここで殺してやる!」

 

 そう言い、振りかぶった王子は、振り下ろした剣に走った衝撃に目を見開き、遅れて走った痛みに手首を抑えた。

 

 吹き飛んだ剣が二つに折れ、むなしい金属音を立てながら浩太郎の足元へと転がり、彼の足に止められた。

 

「な……」

 

「帰りてえのに誰も来ねえから戻ってみりゃ、随分とおイタが過ぎるんじゃねえか、王子様よ」

 

 ブラックホークから硝煙を立ち上らせ、澄んだ殺意を視線に乗せるカズヒサは、呆気に取られる王子に撃鉄を起こす。

 

 それを見て激高したのか、親衛隊が剣を手にアキナへ迫る。

 

「下がって」

 

 抑揚を押さえつけた声に身をすくませたアキナは、一歩前へ出た三笠が撃ち抜きの勢いをつけた居合い切りを宙に放ち、振り下ろしの軌道と重ねた。

 

 鈍い金属音と共に宙を舞う刃に舌打ちした三笠はトリガーを引き、高周波機構を停止させる。

 

「ナマクラが。所詮この程度か」

 

 血振りする様に刀を振り、一刀を収めた三笠は、呆気に取られるエルフ達を見回すと、アキナに視線を向ける。

 

 どうにか収めろ、とそう言っている視線にため息を吐いたアキナは、腰の蛇腹剣に手を置いて、腰から電子ロール紙を取り出す。

 

「では、契約書にサインをお願いします国王」

 

「う、うむ。では執務室へご案内しよう」

 

「はい。デルタ、フォロー」

 

 そう言って国王の後を付いて行くアキナは、その流れに自然と付いて行く美月と和馬達に、護衛を任せる。

 

 残った面々は、王子がその場を後にするまで警戒し、緊張を解いた。

 

「全く、何なんだこの出迎えは」

 

「随分友好的な挨拶だったね」

 

「ああ。さて、俺達はいったん町へ―――」

 

 そう言いかけた隼人は、携帯端末に走ったアラートに動きを止め、浩太郎達と共に状況を確認した。

 

 前線と知らされた地点から離れた農村が、駐在していた治安維持部隊ごと襲撃されているとの一報が表示に走る。

 

 それを見て、慌ただしく動き始めた隼人は、準備に時間がかかる者を先に行かせる。

 

襲撃警報(レッドアラート)だ、高校生達。急いで基地に戻って準備すんぞ。ま、お兄ちゃんたちはここにいるから、おめーら頑張ってこい」

 

「了解、各員急いで基地に戻るぞ。アーマチュラ装着要員は到着次第装着。その他の兵員は、各自戦闘用装備を装着の上、待機。俺が指示を出すまで動くな」

 

「んじゃ、頑張れよー」

 

 気楽な物言いで三笠と共にその場を離れるカズヒサは、テキパキと指示を出しながら歩く隼人に、後を任せる。

 

 それからしばらく、戻った基地にて準備を進めた隼人達は、移動用に調達したハンヴィー3台と、乗って来ていたインプレッサに分乗して出発した。

 

 スピードが出せるインプレッサが先行し、その後ろをハンヴィーの車列が追う形で未舗装路を爆走していく。

 

「グラベル(土むき出しの道)は慣れないから走り辛いな」

 

 そう言いながら、カウンターステア(当て舵)を当ててドリフトを決める隼人は、真横に吹き飛ぶ森林の景色をフロントガラスに流しながら加速し、シフトレバーを操作する。

 

 ギアを上げ、増速させた隼人は、バックミラーを見て若干ドリフト気味のハンヴィーを確認すると、浩太郎のナビを受けて左に舵を切り、減速しながらシフトダウンした。

 

 深い森にある曲道へ突っ込む直前、左足でクラッチを切り、右のつま先でブレーキを踏みつつ、踵で回転数調整をするヒール・アンド・トゥと呼ばれるテクニックで素早くギアを変える。

 

 そして、真横に車体を向けた隼人は、後輪から土煙を巻き上げながら曲道を抜けていく。

 

『流石、ラリーカーのベースになっただけあって速いな』

 

 車載無線から響く日向の声に苦笑しながら、コーナリングする隼人は、車の姿勢を直しつつ答える。

 

「こう悪路続きだと共用車両にしたかいがある。まるで、ラリーの気分だ」

 

『新ヨーロッパは、古い道が多いせいで悪路続きだからな。俺も、慣れてはいるが……な!』

 

「調子に乗って路肩に突っ込むなよ、日向。今は一分一秒でも惜しいんだ。運転ミスだけは避けろ」

 

 そう言ってまた一つコーナーを抜けた隼人は黒煙が上がっているのを確認すると、浩太郎と後部座席でもみくちゃになっていたレンカとカナに臨戦態勢を指示。

 

 アクセルを踏み、インプレッサを疾駆させた隼人は、次第に大きくなる銃声に向けて突っ込んでいくと、逃げ遅れの親子に襲い掛かろうとしていたゴブリンを側面で轢き飛ばす。

 

接敵(コンタクト)!」

 

 助手席をから降りた浩太郎がテサークを装着したまま、親子の元へ駆け寄り、引き抜いたヴェクターでゴブリンに止めを刺した。

 

 インプレッサに親子を乗せ、ルーフに飛び乗った浩太郎は、そのまま走らせる隼人と無線で通話する。

 

「大分攻められてるね」

 

『無理も無いだろう。駐在してるのは小隊規模だ。対処にも限界がある』

 

「教会前に無線反応。そっちに避難しているみたいだ」

 

『了解。敵の反応は?』

 

「生体反応が教会周辺に多数。多分オークとゴブリンだろうね」

 

 そう言ってヴェクターを周囲に巡らせる浩太郎は、後続のハンヴィーにハンドサインで追従させると教会へ向かう。


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