僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第35話『新ヨーロッパ入り』

 出航から一週間後、隼人達は、寄港地である新イタリア国連基地から陸路で北上して目的地のエルフランド領内仮設基地に到着した。

 

「随分と山奥なんだな。もう日が暮れている」

 

「港からこちとら7時間ツーリングよ、馬鹿じゃないのこの旅」

 

「馬鹿を言うなレンカ、陸路の移動は普通それくらいかかる。それに、SAでカズヒサさん達ゲロ吐いてたしな」

 

「周りのお客さん凄い嫌そうだったわよ」

 

「むしろ喜ぶ奴の方がいないだろう」

 

 言いながら、国連基地で借りて運転しているアウディ・A3から通信でそう言った日向は、H2の後部座席から話すレンカを後ろから見て苦笑する。

 

 駐車誘導待ちのX師団の車列は、交通整理の兵士に従って車を移動させる。

 

「まあ何にせよ、しばらくはここで過ごすんだ。今日の疲れば明日取ればいい」

 

「それもそうね」

 

 楽観的に返した日向は、気楽な口調のレンカと会話を止め、バックミラーを見る。

 

 後部座席では、暇そうに端末を見ている和馬を挟む様にして、美月とミウが寝ており、視線を動かした助手席ではナビゲートに疲れた三笠が寝ていた。

 

「和馬、もうすぐ着くから二人を起こしてくれ」

 

「お? ああ、はいよ。それよりも腹減ったぜ。飯何だろうなぁ……」

 

「配給なら新ハワイ基地で出てたものさほどは変わらんぞ」

 

「マジかよぉ……。あのよく分かんねぇラインナップ?」

 

「贅沢を言うな馬鹿。ここは新日本じゃない。日本食が恋しいなら隼人に頼むんだな」

 

 誘導に従って駐車した日向は、ナイスアイデアと言わんばかりに声を上げた和馬に、三笠を起こしながら半目を向ける。

 

「言っとくが、旅行じゃないんだ。お前のわがままで隼人の負荷を上げるな」

 

「違ぇよ、俺らで作るってこったよ!」

 

「俺らって、戦場に出るのに俺達が作れる訳ないだろう」

 

「アキナ姐さんが」

 

「事務仕事とオペレーションと料理とで姐さんを忙殺する気か貴様は」

 

 そう言って運転席から出た日向は、荷物を下ろすとばつの悪そうな和馬に雷切を投げ渡す。

 

「おいおい、大事に扱えよ」

 

「宝刀でもあるまいに、簡単に壊れないだろう?」

 

「そうだけどさぁ。武器を雑に扱われて良い顔する剣士なんざいねえだろうが」

 

 そう言いながら腰に刀を付けた和馬は、同じ様に武器を装備する日向に苛立った顔を見せる。

 

「だったら人も大事にしろ。雷切と同じくらいにな」

 

「分かったよ」

 

 日向から顔を逸らしつつ、腰に刀を回した和馬はアタッチメントに雷切をひっかけると寝起きの二人の方へ振り返った。

 

「ほら、起きろよ二人共。三笠姐さんも」

 

 柄を車に当てないようにしながら近寄った和馬は、発注したMP7も含めた武器を装備し、荷物を持っている日向からフレームの入ったバッグを受け取る。

 

 シュウ達が仮設テントへ移動するのを見送りながら、周囲の深い森を見回していた和馬は、日向を戦闘にミウ達を連れてテントへ向かった。

 

「テント暮らしなんか合同訓練以来だな。なぁ、ミィ」

 

「そうね。二度目とはいってもどうも慣れないわ」

 

「都会っ子だもんなぁ、ミィは」

 

「和馬もでしょ。同じ新千葉出身なんだから」

 

「へっへっへ。俺は爺ちゃんちがあるからな、こう言う場所は慣れてんだぜぇ」

 

 そう言いながらニヤニヤ笑う和馬は、悔しそうな美月が腰に手を回したのを見てからかいの手を止める。

 

「銃は止めとけ、仮設って言ったって軍基地だぜ」

 

「だったら余計な事言わないでよ」

 

「悪かったよ」

 

 周囲を見回した和馬は、笑顔を張りつかせながら怒っている美月がXDから手を放したのに安堵する。

 

 寝起きなのもあってか判断力が鈍い彼女が狙われているのに気づいていた和馬は、監視のスナイパーがいるであろう方向へ視線を向ける。

 

(流石に特殊部隊も詰めてるだけあって警戒網も濃いな……300m間隔で監視がいる)

 

 見回りの兵士に気付いて踵を返した和馬は、KSK所属らしい兵士に部隊章を確認されるとそのまま奥へ通された。

 

 国連軍の組織体系は、加盟国から派遣された兵士と自ら所属を選んだ兵士の半々で構成され、前者は主に戦闘と兵站部隊のみに所属を許されており、その他、雑多な用途や特殊案件を扱う部署は全て後者で構成されている。

 

 無論、セクターエクスレイ(X師団)の構成メンバーは後者になる。

 

「聞いていた通りの光景だな。まるで新ヨーロッパ特殊部隊の見本市だ」

 

 最新装備を携行した特殊部隊員を見た日向に合流した和馬は、奥の方で待っている隼人達の元へ急ぐ。

 

「悪ぃ、待たせた兄貴」

 

「おっけー、じゃあ各部隊でテントを振り分ける。ケリュケイオンとユニウスはそれぞれこの隣のテントを使ってくれ。

俺らはここのテント使うから」

 

「おう、了解だぜ」

 

 カズヒサからの雑な振り分けに応答した和馬達は、それぞれ移動を始める。

 

 武器やら何やらの搬入がある中、手持ち武器がない為に早々に荷物を置き終えた隼人は、レンカを伴って基地の散策に出ていた。

 

「大きな基地ね」

 

「仮設だからこれでも小さい方だ。ここは世界各国の部隊が集まっているんだ。余計な事をするなよ」

 

「分かってるわよ。にしても、こう人が多いのに何の娯楽施設も無いのはつまらないわね」

 

「別に、遊びに来てる訳じゃないからな。娯楽と言えば観光か食事かキャッチボールくらいか」

 

「えぇ……。だったら、ご飯美味しいと良いんだけど」

 

 そう言いながら、簡易食堂らしい大きなプレハブの前にやってきた二人は基地の向こうにある大きな城の影を見た。

 

「あそこって、確か……」

 

「ああ、あそこがエルフランドだ。明日行くぞ」

 

「どんな所かなぁ……」

 

「まあ、最も。楽しい所じゃないのは確かだろうな」

 

「えぇ……」

 

 意気消沈するレンカに苦笑した隼人は、プレハブで配給を受け取って夕食を取ると元のテントに戻っていく。

 

 その道すがら、フェンス沿いに帰っていた隼人は、周囲を見回してそわそわしているレンカに気付いた。

 

「どうした、便意か?」

 

「え、マジ? ここでおしっこして良いの?」

 

「基地敷地内でして良い訳無いだろうが馬鹿が。野原でやらずに仮設トイレでやれ。それで、何きょろきょろしてる」

 

「えへへ、エッチしたくって」

 

「俺さっき言ったろうが覚えてねえのか」

 

 呆れる隼人がそっぽを向くと、息の荒いレンカが抱き着いてくる。

 

 ぞわっと身の毛をよだたせた隼人は、荒い息のまま汗臭い服の匂いを嗅いでいるレンカに鳥肌が立ち始めていた。

 

「な、何してる」

 

「んふぅ、セルフ前戯」

 

「やらんと言ったろうがボケナス」

 

「えぇ~やろうよ。青でも良いし」

 

「青が良いならその辺の野ッ原に投げ捨ててやる」

 

 そう言った隼人は、発情しているレンカの襟首を掴んでテントへ戻る。

 

 テントの奥、仕切りが一応ある二人共用のベッドにレンカを叩き落とした隼人は、弾込めをしている香美に抱き付いているアキホを見て渋い顔をする。

 

「兄ちゃんなんつー顔してんのさ」

 

「新ヨーロッパに来てまで不純交遊は止めろ、クソ妹」

 

「良いじゃんスキンシップ位。それに兄ちゃんがやる訳じゃないんだし良いじゃん」

 

「隣でやられる身にもなってみろボケ。落ち着かねえんだよ」

 

「うっへっへ。一緒にやっても良いんだよ?」

 

 そう言ってニヤニヤ笑うアキホは、鼻で笑った隼人に詰まらなさそうに口をとがらせるとその場でふて寝する。

 

「アキちゃん」

 

「ん~? どしたの香美ちゃん」

 

「弾込めの邪魔しないで」

 

 あんまりにもうるさかったのかむすっとした顔の香美に睨まれたアキホは、真っ白になってベッドに突っ伏した。

 

 ウソ泣きするアキホの声がテントに広がり、顔を出した女子が二人の様子を見て苦笑する。

 

「いやー。キレた時の香美ちゃんは恐ろしいですなぁ」

 

「あれは不機嫌なだけだと思う」

 

「そっとしておきましょうよ、ね?」

 

 煽る様な言葉を放つ楓とカナを慌てて諫めたナツキは、弾込めを終えた香美が落ち着かなさそうにしているのに気づいた。

 

 三人を見てくる彼女は、ちらちらと隼人の方を見ており、何か様子を窺っているようだった。

 

「ちょ、ちょっと二人共」

 

「ほいほーい」

 

 ハンドサインも交えて伝えたナツキに頷いた二人は、それぞれのエリアに引っ込む。

 

 端末で周辺地形を確認していた隼人は、静かになった空間に、顔を上げると目の前で明日の準備を進めていた香美と目が合った。

 

「あ……」

 

 気まずいのか、恥ずかしいのか、視線を逸らした彼女に端末に目を落としながら苦笑した隼人は、話を切り出した。

 

「寝れないか?」

 

「いえ……。眠れると思います。けど、不安で」

 

「明日の事か? それとももっと先か?」

 

 そう言って枕元に端末を置いた隼人は、顔を上げた香美に苦笑すると目を覗かせる楓達に気付いてため息を落とす。

 

「まあ、いい。アキホの事ばかりで、お前の事はほったらかしだったからな。少し外に出るか。時間、良いか?」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

「じゃあ、少し散歩に行こう。ここじゃ落ち着いて話せないからな」

 

 そう言ってカーテンを睨んだ隼人は、空気を察した相方に引っ張られた楓達に苦笑して香美の手をそっと握った。

 

 突然の事に驚く彼女をエスコートして、隼人は夜空の下へ出た。

 

「く、空気が冷たくていいですね」

 

「言うに事欠いてそれか? 男の心配を引くだけだぞ、香美。ほら、俺の上着。かけておけ」

 

「え、あ、はい。ありがとう、ございます」

 

 そう言って、受け取った上着を被った香美は、手を放そうと力を緩めた隼人の手を強く握った。

 

「……香美? どうした?」

 

「あ、そ、その……隼人さんは、レンカさんの事、今どう思ってるんですか」

 

「え?」

 

「あ、いえ! すいません、突然! でも、気になってしまうんです。明日死んじゃうかもしれないからって思うと……」

 

「なるほどな。ふっ、お前も案外バカだな」

 

 そう言って苦笑した隼人は、キョトンとなっている香美をそっと抱き締める。

 

「俺はてっきり、死ぬ事を恐れているのかと思っていたが、そうじゃなかったんだな」

 

「死ぬ事が怖いなんて、思ってません。あんな所に住んでれば、いつでも覚悟してます。でも」

 

「俺の気持ちを聞かなきゃ死にきれない、か。何だかんだで、お前も女だな。あいつ等と同じ様な事を言う」

 

 そう言って、表情を見られない様に抱き締めた隼人は少し歪んだ顔で、香美を見下ろす。

 

「答えて、もらえませんか?」

 

「ああ、答えるよ。俺はあいつを、大切に思ってる。それは、あの時から変わらない。ずっと、な。お前を、お前らを失恋させたあの日から変わる事は無い」

 

「そう、ですか。分かりました。ありがとうございます。こんな、私の質問に答えて戴いて」

 

 胸を押して離れ、一礼した香美を追いかけた隼人は、やんわりと距離を取りつつ、彼女の表情を見ない様にして元のテントまで送り届けた。


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