僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第33話『新ヨーロッパまでの日常(その3)』

 その夜、夕食後のリビングで左腕の湿布を張り替えてもらっていた俊は、謝る美月を苦笑しながら宥めていた。

 

「腫れが引きやすい奴貰ったから大丈夫だって」

 

「いえ、でも怪我させてしまったし……」

 

「全身装甲型着てる時点で覚悟してっから。俺もお前にやっちゃったし、お互い様だって」

 

 そう言ってケラケラ笑う俊に、申し訳なさそうにしている美月は彼の隣で不満そうなシグレと、自身の隣で下品な半目を向ける和馬を交互に見た。

 

「和馬、それ以上その眼で見たら殺すわよ」

 

「あぁ? 良いじゃねえかよォ~、何だよ、俊は良くて俺はダメなのかぁ?」

 

「ええ、そう。あなたは駄目よ」

 

 そう言って横目を向けた美月は、不満そうな和馬に睨みを利かせると、腫れた所をシグレに殴られている俊を見下ろす。

 

「シグ、患部を殴らないの悪化するでしょ。そんな事したらあなた俊と一緒に出れなくなるわよ。良いの?」

 

「……良くない、です」

 

「だったら止めなさい。仲間の怪我を攻めるのは味方ではやっちゃいけない事よ」

 

 そう言ってシグレの頭を掴んだ美月は、怯える彼女に微笑みながら彼女の頭を撫でる。

 

 その後ろでは、同人誌を読んでいるミウに膝枕させられている日向が、気だるげにアクション映画を見ていた。

 

「ミウ」

 

「なぁにぃ」

 

「重い」

 

「えぇ~、酷くない?」

 

「酷いもクソもあるか。さっさと降りろ」

 

「首痛くなるんだもん」

 

「座って読めバカ」

 

 淡々と応対しつつ、彼女の額を叩く日向は、不満そうなミウを睨み下ろす。

 

 退こうともしない彼女を見ていて呆れた彼は、深いため息を落としつつ、テレビに視線を戻す。

 

「相変わらず仲良いですねぇ」

 

 そう言って、ミウを挟んだ先、座って漫画を読んでいるナツキが苦笑する。

 

「腐れ縁なだけだナツキ。仲が良い訳じゃない」

 

「でも、そう言うやり取りができるのは仲が良い証拠ですよぉ」

 

 不機嫌そうな日向に、クスクス笑うナツキはムスッとした表情の彼から視線を外しながら問いかける。

 

「腐れ縁って、ミウちゃんとはどう言う関係ですか?」

 

「一族で仕えてる家系の跡取り兼許嫁。それ以上でも以下でもない。ロマンチックも何も無い」

 

「良いじゃないですか、漫画にありがちな関係って、私憧れます!」

 

「リーヤの事は蔑ろか? お前にだって幼馴染はいるだろうに」

 

「それとこれとは別ですよ、日向君」

 

 皮肉を流したナツキに、やり難さを感じた日向は分解整備をしながら苦笑しているリーヤを睨む。

 

 分かってないな、と言わんばかりの笑みを浮かべながら、支給品買取で私物化したACRを組み立てたリーヤは、交換したグリップやアクセサリの感触を確かめながら話を切り出す。

 

「女の子の願望って限りが無いからねぇ。一つ叶えたら終わり! って訳じゃないからさ」

 

「なるほどな。そう言うお前は、無数の願望の中に入れられて不満じゃないのか?」

 

「最終的に戻ってきてくれるなら、何でも良いよ」

 

 そう言って胡坐の上に銃を寝かせたリーヤに、少し驚いた顔をした日向は苦笑する彼に気まずくなって顔を逸らした。

 

「話は戻るけど、日向君達は許嫁の関係だよね? 住んでる所って結構離れてる筈なのに」

 

「何でも、曾祖父の代からの関係だそうでな。親父の代で警備の仕事をする為に新フィンランドから新ドイツに引っ越したから変な事になってる。

主従関係なのに許嫁って事になったのも、家が没落してきてどうでも良くなったからとっとと結婚しろと言う事らしい」

 

「えぇー……適当だなぁ」

 

 若干呆れているリーヤに、鼻を鳴らしながらそっぽを向いた日向は家の事をバカにされて不機嫌なミウを見下ろす。

 

「日向の意地悪」

 

「意地悪で結構だ」

 

 同人誌から顔を上げてふくれっ面を見せるミウは、ぴしゃりと額を叩いた日向を少し睨む。

 

 睨まれるのにも慣れているのか、涼しげな顔で流した日向は、日常シーンに入ったアクション映画から顔を逸らし、リーヤに話しかける。

 

「そう言えばリーヤ、頼んでおいた物は用意してくれるのか?」

 

「頼んだ物って……ああ、MP7の事? うん、用意してもらえるって。中古のA1モデル2丁で良いんだよね?」

 

「ああ。しかし光学サイト無しとは言え、よくも急場で2丁も用意してもらえたな」

 

「何か偶然余ってたんだって。春は買い替える人多いし、良いタイミングだったよ。はい、振込先と請求額。個人調達だから団体割引効かないってさ」

 

「覚悟の上だ。しかし、マグとホルスター付きでこの値段は良い方だな、明日払ってくる」

 

 伝票を見て確認した日向は、微笑を浮かべているリーヤに一礼する。

 

 そのやり取りを見ていたナツキは、ふと疑問に思った事を口に出す。

 

「そう言えば、日向君はサブマシンガンも2丁で扱うんですか?」

 

「ああ、格闘戦の他に中近距離から瞬間的に弾幕を張るのも俺の役割だからな。そうなると短機関銃も両手2丁の方が都合が良い」

 

「瞬間的な弾幕ならソードオフのショットガンでも良い様な……」

 

「別に良いが、片手撃ちできるくらいのソードオフだと遠距離に対応できないからな。ある程度遠くまで届く短機関銃が良い」

 

「あ、そう言う事ですか」

 

 納得がいったナツキは、アクション映画に戻った日向に会話を打ち切った。

 

 そして、目の前で私物のKSGを弄っているリーヤと話し始める。

 

「あれ、KSGを引っ張り出すって珍しいですね」

 

「そうかな。まあ、あげちゃうから、それに向けて整備しようと思って」

 

「上げるって誰にですか? シュウ君? それともハナちゃん?」

 

「どちらでも無いな~。正解は香美ちゃんです」

 

「……リーヤ君、香美ちゃんに甘くないですか?」

 

 漫画で顔を隠し、半目になるナツキに気付いたリーヤは慌てて取り繕う。

 

「いやいや、隼人君から頼まれたんだって! ちょうど要らなかったし、ブリーチャーにも使えるからさ」

 

「だとしても、香美ちゃんばかりズルい。私も何か欲しいです」

 

「えぇ~。今日のナツキちゃんは強気だなぁ。あ、じゃあナツキちゃんにSRSあげるよ」

 

「銃じゃないですか! せめて武器じゃない物を……」

 

「そう言われてもなぁ……。そもそも僕の趣味は収集系じゃないし」

 

 頭を掻きつつそう言って苦笑したリーヤは、ふくれっ面のナツキに何かを思いついて彼女の隣に座った。

 

「じゃあ、今夜は一緒に寝よっか」

 

 そう言って、KSGをソファーに立てかけたリーヤは、嬉しそうなナツキの瞳孔の開いた眼を見て覚悟を決めた。

 

(お互いの為にも貞操だけは守ろう)


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