僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

85 / 113
第29話『いつもの日常』

 それから30分後、入学式が終わり、H2の受け取りのサインをした隼人は手押しで駐輪場にバイクを移動させている途中、両親、義姉夫婦とアキホと香美にあった。

 

「あ、兄ちゃん」

 

「もう入学式終わったのか」

 

「うん、今から家に帰ってご飯食べに行く所」

 

「そうか。気を付けてな。俺はまだ仕事があるから」

 

「え……うん」

 

 しょぼんとなるアキホに苦笑した隼人は、オープンフィンガーのグローブ越しに彼女を撫でると苦笑していた香美も撫でて駐輪場にH2を駐車した。

 

 両親と義姉夫婦には軽く手を上げて見送り、校舎へ引き返す隼人は通信機を起動して各員と通信を始める。

 

「全ユニット撤収まで30分だ。何もないと思うが、最後まで気を抜くな」

 

『了解。所で、行かなくて良かったの?』

 

「ああ」

 

『家族と話す良い機会じゃないか。レンカちゃんも連れて、行ってきなよ』

 

「良いよ。レンカ連れてったってぎくしゃくするだけだし、俺一人で行ったって、話もできないしな」

 

 そう言ってレンカと合流した隼人は、くすくす笑うリーヤに苦笑を返すと階段に入った。

 

『まだ気にしてるの? 二人を振った事』

 

「ちょっとだけだがな。それよりも二人を新ヨーロッパに連れて行くって義父さん達に言った事が気になってる」

 

『ああ、そっか。反対されたんだっけ?』

 

「義母さんと義姉さんからだけどな。義父さんは何も言わなかったよ。賛成も反対もしないって感じだった」

 

『君の仕事内容を知ってるからだろうね。まあ、アキちゃん達に関しては、反対されてもおかしくは無いよ。去年と違って今年は特に何もないし、今回はわざわざ危険に飛び込ませるって感じだしね』

 

「それでも押し切って連れてくってなっちまったからな。まあ、行きたくないんだよ」

 

『あはは、それは気まずいね』

 

 通信の中で笑うリーヤに応じながら階段を上がる隼人は、慌ただしく通り過ぎる生徒に手を上げつつ、生徒会室に移動する。

 

 階段を上がろうとしていたレンカは、道を外れて歩く隼人を慌てて追いかける。

 

「どこ行くのよ!」

 

 そう言いながらドロップキックを放ったレンカは、軽く避けた隼人に受け流され、廊下をスカート丸出して滑走した。

 

 そんな彼女を放置して素通りした隼人は、スカートを直し、態度もきゃぴきゃぴした物に変えて抱き着いてきたレンカに鬱陶しさを感じた。

 

「おい、レンカ」

 

「何?」

 

「鬱陶しい。離れろ」

 

「えへへ、やだって言ったら?」

 

「締める」

 

 そう言って眉間を掴んだ隼人に、身の危険を感じたレンカは大暴れする。

 

 うるさかったのか眉間に青筋を浮かべてキュッと占めた隼人は、激痛に泣き叫ぶレンカの口を塞いで生徒会室前に立つ。

 

「よう、ヒィロ」

 

「え、誰その子」

 

「サイク○プス」

 

「ネズミの会社に訴えられるよ?」

 

「ああ、あの作品の版権あそこが持ってんだっけな。まあいい、流星は?」

 

 そう言って生徒会室に入った隼人は、レンカから手を放すと奥の方で事務仕事をしている流星に気付いた。

 

「ああ、隼人君。どうしたの?」

 

「いや、そろそろこっちの業務終了時刻なんでな。手続きをしに来た」

 

「ああ、そっか。君らの雇い主は僕らだもんね。執行内容と、かかった経費についてはセーレから送信されたIMから確認してるから。後は、書類を……あれ?」

 

「どうかしたのか?」

 

「いや、ここに置いてたんだけど……あれ? 無い?」

 

 がさがさと書類の山を漁る流星に心配になってきた隼人は、暴れるレンカに軽いビンタを打ち込んで黙らせた。

 

 案の定書類を崩した流星に、慌てて拾い上げに行った隼人は、新ヨーロッパと書かれた書類に気付いた。

 

「あ、それ見ちゃダメだよ」

 

「え? あ、悪い」

 

 手伝っていた奈々美の叱咤に驚いて突き返した隼人は、警戒している彼女に苦笑しつつその場から離れる。

 

「奈々美ちゃんそれ別に見せても大丈夫な奴だよ? ほら、隼人君達だって向こうに行くんだから」

 

「あ、そっか……」

 

「まあ、後で話すよ。あ、ごめん隼人君。書類、あったよ」

 

 そう言って、若干しわになっている書類を渡した流星は、少し不満そうな隼人に苦笑した。

 

「また隠し事か?」

 

「うん、まただよ。まあ、おいおい話すから、安心して」

 

「分かった。サインはしたから、勤務時間超過したらこちらは勝手に撤収するぞ。いいな?」

 

「うん、了解だよ。お疲れ様」

 

「ああ、じゃあまた明日」

 

 そう言って机の上に書類を置いた隼人は、レンカを連れて生徒会室を後にする。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 屋上に戻ってきた隼人とレンカは、勤務時間を過ぎて撤収準備を始めるシュウ達を遠目に見ていた。

 

「何黄昏てるんだよお前等」

 

 そんな彼らの方へ歩み寄ってきたのは、手持無沙汰になっていた俊とシグレだった。

 

「いや、まあ。新ヨーロッパの事を考えていてな」

 

「緊張してんのか? お前らしくねえな」

 

「緊張はしてるな。まあ、自分の事じゃなくて、お前等や、アキホ達の事だが」

 

「俺らの事?」

 

「ああ。お前ら、実戦慣れしてないだろ。戦場での人の生き死にに触れてなければ、恐らく、パニックになるだろうな」

 

 そう言って三人を見回して俯いた隼人は、屋上の床に石突を叩き付けた俊に顔を上げた。

 

「舐めんじゃねえ。俺らがそんな事で動けなくなる訳無いだろ」

 

「舐めてるのはお前だ俊。実際の戦場の血生臭さは新関東騒乱の比じゃないぞ」

 

「そうだとしても、俺は大丈夫だ」

 

「じゃあお前、四肢を即席爆破装置(IED)に吹き飛ばされた人間を見ても平気か?」

 

「それは……」

 

 そう言って目を逸らす俊に、ため息を落とした隼人は想像して気持ち悪くなっているシグレに気付き、話を終わらせようとした。

 

「とにかく、出来もしない事をできると言って何とかなる世界じゃない。だから心配なんだよ」

 

「あ、ああ……」

 

「でもな、出来なきゃいけないんだ。死人を見る事も、人を殺す事も。俺達は戦う兵士だ。その現実と向き合う必要がある」

 

「分かってる。分かってるさ。覚悟は決まってる」

 

「その覚悟が、生半可じゃない事を祈るさ」

 

 そう言って立ち上がった隼人は、俯きがちな俊の頭を撫でて撤収準備を終えたシュウたちの方へ移動する。

 

 それぞれガンケースに銃を収めているシュウ達は、監視で使った周辺機器もまとめて持ち上げ、その一部を隼人が背負った。

 

「よし、帰るぞ」

 

 異様なほどの大荷物を抱えて撤収した隼人達は、レンタルしていた周辺機器を後方支援委員会へ返却しに行った。

 

 返却担当になった隼人と俊は、レンカとシグレを連れて機材管理担当の課へ足を運んでいた。

 

「こんにちわー。誰かいないかぁ」

 

「あーい、ちょい待ちちょい待ち」

 

 俊の声に応じてカウンターの奥から、どう見てもやる気のない格好の女子生徒がのそのそ歩き出てきた。

 

 靴は、学校で広く使われるトレッキングシューズやタクティカルブーツではなく、くたびれたサンダル履きだ。

 

「あーい、どったの」

 

「あ、機材の返却を」

 

「へいほー。おーい、お客さんよー」

 

 そう言って、奥の方へ引っ込んでいった生徒に唖然としていた俊は、やり取りを無視してカウンターに機材を置いた隼人に追従する。

 

 そんな二人の後ろから見ていたレンカ達は、返却書類を書いている隼人の隣で口笛を吹きながらスマホを弄る俊を交互に見た。

 

「俊」

 

「何だ?」

 

「うるせえ」

 

「あ、悪い。つい癖で」

 

「癖なら直せ。それと、お前変な事呟いてないだろうな。仕事の事とか」

 

「え? あ、違う違う。地元の友達とのIMだよ。仕事の事も言ってないし」

 

「そうか。なら良いが」

 

 そう言ってペンをクリップに挟んだ隼人は、誤魔化し笑いを浮かべる俊にそっぽを向いて受け取りを待つ。

 

 その後ろで、むすっとしている二人は、お互いの表情に気付いて慌ててそっぽを向いた。

 

「何よシグレ、拗ねてるの?」

 

「そう言うレンカこそ、何だかつまらなさそうですね。まるで子どもの様に」

 

「子どもはアンタでしょ、シグレ」

 

 そう言って皮肉る様に笑い合う二人は、カチンと来たのか青筋を浮かべてお互いに掌底を構える。

 

 掌に術式を展開し、バチバチと魔力を収束させる二人は、不意に感じた視線に身を竦めた。

 

「お前ら何してんだ? ケンカか?」

 

「え? あ、いえ……えっと……」

 

「おいおいシグ、ケンカっ早いのはガキくせえって散々言ってたじゃねえか。自分は子どもですって宣言する気か?」

 

「あ、う……」

 

「寂しいなら甘えて来い。大丈夫、レンカだってそうすっからさ」

 

 そう言ってシグレを抱き締めた俊は、感動しているレンカに苦笑すると手続きを進める隼人の方を振り返る。

 

「おい隼人、レンカを甘やかさなくて良いのか?」

 

「甘やかす以上の事しているから良い」

 

 きょとんとなる俊へ、しれっとそう言って書類にサインをした隼人は、何故か得意げなレンカの脳天にチョップを打ち込みながらその場を去る。

 

 シグレを背負い、慌てて後を追った俊は、同様に追うレンカと並んで走る。

 

「おいおい、甘やかす以上の事ってなんだよ」

 

「混浴、半裸で添い寝、強制SMプレイ、露出プレイデート(深夜)、まだあるぞ」

 

「何だよその企画ものAVみたいな行為……」

 

「良いか、俊。間違ってもシグレを目覚めさせるなよ。女は振り切れるとやばいからな、取り返しがつかんぞ」

 

「お、おう」

 

 若干引いている俊に、そう言った隼人は嬉し気なレンカにイラっと来ていた。

 

「何で嬉しそうなんだお前」

 

「えぇ~、覚えててくれたんだもん。うへへ、お尻叩く?」

 

「黙れ、撲殺するぞ発情猫」

 

 そう言ってハンマーブローを見せつけた隼人は、背中によじ登ってきたレンカをそのままにして合流地点を目指す。

 

 めっきり大人しくなったシグレはと言うと、監視時に周囲の警戒で集中力を使っていたせいか、眠気を催していた。

 

「お? シグ、眠いのか?」

 

「はい……ちょっと」

 

「そうかそうか。じゃ、寝てて良いぞ」

 

 そう言って笑う俊は重めの頭突きを打ち込んできたシグレに軽くつんのめった。

 

「いってぇなぁ。何すんだよ」

 

「どうしてそんな事言うんですか」

 

「あ? 寝たけりゃ寝れば良いじゃねえか」

 

「恥ずかしいじゃないですか。え、俊君はそう思わない、と?」

 

「おう」

 

 しれっと言う俊に、頭突きを打ち込んだシグレは、苦笑する彼の首に浅く抱きつく。

 

 そのまま締めようと思っていた彼女は、ふんわり香る俊の体臭に動きを止めた。

 

「やっぱり、寝ます」

 

「なんじゃそりゃ。まあ良いけどさ、このまま帰るかもしんねえぞ?」

 

「別に……良いです。このままでも。恥ずかしがってるのが、馬鹿みたいに思えるので」

 

「へいへい。じゃあお休みよ、シグ」

 

「はい」

 

 そう言って寝入ったシグレは、抱き着いた背中に感じるフレームの形状とスピアケースの感触に苛立ちつつも、寝息を立てた。

 

 寝入った事に苦笑した俊は、目の前で隼人とレンカのプロレスが始まっている事に若干引いていた。

 

「離れろクソアマ!」

 

「やだ!」

 

「鬱陶しいんだよ体の周りをぐるぐると!」

 

 怒号を発する隼人の体をくるくると回って逃げているレンカは、胸を密着させているのに無反応な彼に不機嫌になっていた。

 

「そっちこそなんで私の胸に無反応なのよ!」

 

「四六時中感じてれば無反応にもなる」

 

「えっ、不感症!?」

 

「違う。殺すぞクソが」

 

「あん、乱暴!」

 

 掴みかかろうとする隼人から逃げるレンカは、巨乳の谷間で彼の顔面を挟んだ。

 

「えへへー、こう言うの好きでしょ」

 

「前が見えないんだが」

 

「え、胸の感触嬉しくないの?」

 

「散々挟んでおいて今更喜ぶかよ馬鹿が。とっとと退け」

 

「ちぇっつまんないの」

 

 そう言って一段下りて大人しくしがみついたレンカは、疲れ気味の隼人のうなじに鼻を寄せて匂いを嗅いでいた。

 

「何してるクソアマ」

 

「匂いを嗅いでるのよ」

 

「見れば分かる。俺が聞きたいのは、匂いを嗅いで何をしているんだ」

 

「ん? 発奮して汁出してマーキング」

 

「お前ホント降りろ頼むから」

 

「ん? 今何でも」

 

「言ってない」

 

「早く汁で濡れるのよ早くしなさいよ」

 

「なぁ、今お前の言ってる事分かる自分が凄い嫌なんだが」

 

「良いじゃない。嫁色に染まってるって事で」

 

 そう言って笑うレンカに嫌そうな顔をした隼人は、くすくす笑う俊を一睨みすると階段を下りる。

 

 階段を下りた先、玄関で待っていた武達が、カズヒサ達を囲む様に立っていた。

 

「遅いよ、隊長さん」

 

「すまんな。返却に手間取ってな」

 

「言い訳は良いからさ。ほら、カズヒサさん達、待ってるよ」

 

 そう言って先に通した浩太郎に、皮肉めいた笑みを返した隼人は、リボルバーをスピンさせているカズヒサの元へ行った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。