僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第26話『浩太郎』

 その夜、自室にて眠れなかった浩太郎は一人、携帯端末で一枚の写真を見ていた。一人の少女と、二人の幼女、そして幼い彼が写った写真。

 

「加賀美……」

 

 自身の隣に恥ずかしそうに立つ幼女、彼の亡くした妹である、加賀美に触れた浩太郎は、写真より幾分か成長した彼女を母親共々失った夜を思い出していた。

 

 致命傷を受け、血だらけになって事切れた母と妹、そして片腕を無くし無力感に落ちる父親と、使用人すら亡くなった自分の家。

 

『コウちゃん』

 

 幻聴に顔を上げた浩太郎は、そう呼びかけてきた黒ずくめの少女と向き合う幼い自分を客観視していた。

 

 殺害に使ったであろうサプレッサー付きの拳銃を向ける彼女と、目の前の事実を受け入れきれず呆然とした自分。

 

『ごめん、ね』

 

 贖罪の言葉と共に彼自身を掠めた弾丸は、浩太郎自身の背後にあった暗闇に消え、自失していた自分の目の前から、少女は消えた。

 

「美南……」

 

 母親と妹、そして父の片腕と使用人たちの仇であり、幼馴染だった少女、そして、自分が初めて殺した最愛の女。

 

 その事を思い出し、その頃の自分自身の怒りに恐怖した浩太郎は、血だらけになった自分自身の手を幻視した。

 

『ごめんね、コウちゃん。加賀美と、おばさまを殺して』

 

 復讐に燃え、彼女の両親と祖父母を殺した自分自身の目の前で、彼女は言った。その背後には恐怖で失禁しながら震えている彼女の妹、美沙里の姿があった。

 

 だが、彼は彼女らに向けた拳銃を震わせなかった。

 

『怒ってるよね、家族を奪ったんだから。でも、仕方なかった。コウちゃんの家族を、コウちゃんを殺さなきゃ、私の家は、お父さんも、お母さんも、ミサも……路頭に迷ってた、死んじゃうかもしれなかった!』

 

 涙ながらの訴えに、目を見開き、ついに彼の照準が揺らいだ。

 

『コウちゃんに罪は無かった、加賀美も、二人共。でも、おじさまとおばさまは違う。私の家族を殺そうとした。何もかもを奪い取ろうとした、家名も、存在意義も、何もかも。許される事じゃないって分かってる。あなたの心を変えると分かってた。

でも、私にも家族がある。守らなきゃいけない事だってある。だから、お父さんの命令で、殺したの。それが、私がやらなきゃいけない事だから』

 

 罪を吐露する彼女の瞳には、あふれる涙と共に決意があり、だからこそ、浩太郎は許せなかった。銃を下ろせなかった。

 

『コウちゃんの怒りは分かってる。私の事を殺したいって言うのも。もう、お父さんもお母さんも殺したんでしょう? お手伝いさん達も、執事の野中さんも、全員』

 

『ああ、後は君達だけだ』

 

『そう、分かった』

 

 そう言って美南は一歩前に出る。

 

『動くなミナ! 近づくんじゃない、撃つぞ!』

 

 戸惑いを怒声に変え、引きながら銃を構える浩太郎は、ポロポロと涙を流す彼女に抱き付かれた。

 

『み、ミナ……?!』

 

『最後に、二つお願いがあるの』

 

『お、おねが、い?』

 

『一つは、ミサを見逃してほしいの。あの子には、何の罪も無い。私が加賀美にしたような事、したくないでしょう?』

 

『……分かった、だけど』

 

『最期にもう一つ、聞いてほしい事があるの。大好きだよ、コウちゃん。あなたを、恋してた、愛してた。だから、殺せなかった。家族の為だって分かっても、あなただけは、殺せなかった。だから、殺されるんだって、今はそう、割り切ってる』

 

『ミナ……』

 

『さ、コウちゃん言いたい事は言ったから。早く殺して?』

 

 そう言って両手を横に広げた美南に、一筋涙を流した浩太郎は機械の様な正確さで彼女の胸に照準する。

 

『ああ、死んでくれ。ミナ。俺と、死んだ母さんと加賀美の為に』

 

『うん、バイバイ』

 

 別れの言葉と共に浩太郎は容赦なく三連射を撃ち込み、そして止めに頭部に一撃撃ち込んだ。

 

 そして、泣きわめく美沙里を置いて、彼は死人だらけの屋敷を後にした。そこまでを思い出して、ふと浩太郎は思う。

 

「ミサは……どうなったんだろう」

 

 伏目がちにそう言った浩太郎は、背後からの物音に気付き、ポケットからG26を引き抜いて振り返った。

 

「んぅ……浩太郎?」

 

「あ、ごめんカナちゃん。起こしちゃった?」

 

「……浩太郎は、寝ないの?」

 

「え? あ、ううん。寝るよ。けどちょっと、寝つきが悪くて」

 

「じゃあ、一緒に寝る?」

 

 そう言ってくるカナに苦笑しながら、拳銃を隠した浩太郎は、自分のベットに腰掛けると枕元に置いていたデジタル写真立てを見た。

 

 写真立てには、カナの家族と撮った写真が表示されており、それを見て苦笑した彼は、眠ったカナに気付いて噴出した。

 

『バイバイ』

 

 笑い出した浩太郎の脳裏に殺す瞬間の美南の笑顔が過ぎる。

 

 目を見開いた浩太郎は、震える手から顔を上げると爆発した後の発表会場が目の前に広がっていた。

 

『父さん、母さん、そんな、嫌ァあああああっ!』

 

 拳銃を手に呆然としていた自分の隣で、泣き叫ぶ咲耶が爆発の破片で傷だらけの隼人に押さえつけられていた。

 

『コウちゃん、また、殺すんだね』

 

 トリガーにかかった指が強張った拳銃を見下ろしていた浩太郎の目の前で、拳銃を構えていた美南に歯を噛んだ彼は躊躇を感じつつ照準した。

 

 引き金を引こうとする直前、声をかけられた浩太郎は、照準の先で驚くカナに、慌ててサイドボードへ拳銃を置いた。

 

「……一緒に、寝る?」

 

 震える手の向こうで、少し怯えているカナがそう呼びかける。

 

 もう一人では寝れそうにない、そう考えた浩太郎は、カナの布団に潜り込み、彼女を壊さない様に、大切に、抱える様に、眠った。


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