二時間後、バスからの徒歩で帰宅した隼人は、玄関から騒がしいリビングに入ると入学祝のパーティーの準備が進んでいた。
「あ、おかえり」
「ただいま。準備はどうだ?」
「アキちゃん達が来る頃にはできてるよ。プレゼントも、ラッピングをナツキちゃんがやってるし」
「武器をラッピングってシュールだな」
「あはは」
そう言って笑うリーヤの隣で手を洗っている隼人は、調理の手伝いに入る。
シュウも加わって三人で準備していた隼人達は、数十分くらいで調理を終え、ダイニングテーブルに並べていく。
「アキホ呼ぶか」
「まだ良いんじゃない? それに、スペシャルゲストもいるしさ」
「は? 誰だそいつ。聞いてないぞ。まあ、大体察せるが」
ため息交じりにそう言った隼人はカバンの中から紙袋を取り出してダイニングの椅子に置いた。
それに気づいたリーヤは、大切そうに中身を確認している彼に話を向けた。
「それは?」
「義妹達への個人的なプレゼントだ」
「プレゼントねぇ……。レンカちゃんが怒るよ」
「アイツに構ってる分のプレゼントだ。怒ろうが怒るまいが渡す」
「律儀だね、そう言うところ」
そう言って苦笑したリーヤは、鼻で笑っていた隼人を睨み上げているレンカに気付いて目を逸らした。
その様子に気付いた隼人は、袋を取り上げてひったくられない様にすると飛びついてくる彼女を追い散らす。
「邪魔するなバカ」
「何よー! 私置いてそんなもの買いに行ってたの!?」
「ああ、そうだ。そんな物を買いに行ってたんだよボケナス。お前よりも大切なものだ」
「何で私には無いのよ!」
「お前は今まで、俺といただろうが。あいつらはそうじゃなかった。だから、その分のプレゼントだ」
そう言って追い払った隼人は、不満タラタラなレンカにため息を落とすと紙袋を置いた。
「今度で良いから、そう言うプレゼント、私にもちょうだい」
「ああ、分かった。お前の誕生日にな」
「ケチ」
「やかましい。文句を言うなら四年に一度にするぞ」
「何でオリンピック形式なのよ!」
ギャーギャーと喧嘩する二人を見ていたリーヤは、あげない訳じゃないんだ、と内心呟いて苦笑していた。
十数分揉めていた二人は、不意になったインターホンで喧嘩を中断した。
「こんばんわー」
夜に出すにしてはバカでかい声でそう言うアキホに、出迎えに言った楓がどすどすとやかましい足音を鳴らす。
「いらっしゃーい。待ってたよん、ほら入って入って」
「あれ? 他の兄ちゃん姉ちゃんは?」
「中で待ってるよ~ん」
そう言って先導する楓の後をついて行った二人は、ドアを潜ると同時にわっと沸いたリビングに驚いた。
「アキホ、香美」
「あ、兄ちゃん」
「よく来たな。まあ座ってろ。お、アハトも連れてきたのか」
「うん。今日パパとママはどっか行くみたいだし。お留守番もかわいそうだしね」
「そうか。じゃあその分も用意しないとな。カム、アハト」
そう言って足元のアハトを呼び、タオルで彼の足を拭いた隼人は、アキホ達をソファーに着かせた。
「おらお前ら、運べ」
「あいよ。あ、アキホ達は座っててくれよな。今日の主役だし」
そう言って配膳を始める隼人達に、座って待つアキホ達は、つまみ食いしようとするアハトやレンカに切れる彼を振り返って笑っていた。
それからしばらくして、配膳が終わり全員が集まる。
「よし、それじゃあアキホと香美の入学前祝を始めるぞ。それじゃあ、先に乾杯だ。皆グラスを持て」
「うい」
「よし、じゃあ、クソ妹と可愛い後輩の活躍を祈って乾杯!」
そう言ってグラスを掲げた隼人に武達が追従する中、不満タラタラのアキホが香美のグラスと合わせて共振音を鳴らす。
「むぅ、兄ちゃんってば、ほんと身内の扱い雑だよね」
「身内だからな」
「もうちょっと大切にしてよぉ。身内なんだから」
そう言って頬を膨らませるアキホは、うっとうしそうにする隼人に頬ずりする。
それをニコニコ笑いながら見ていた香美は、一歩離れた様子を見て不満そうなアキホに引き込まれた。
「きゃあ?!」
「香美ちゃんも兄ちゃんに甘えようよ」
「え、でも隼人さんに迷惑が」
そう言って、アキホの胸を枕に戸惑う香美は、少し嫌そうな隼人を見上げる。
舌打ちを一つかまし、後頭部を掻いて手にしていたグラスの中身を煽った彼は、アキホと香美を抱え込んだ。
「ほら、これで良いんだろ」
「えへへ、うん」
「今日だけだぞ。過度に甘やかすとレンカがやかましいからな」
そう言って、もたれかかってくる二人を撫でた隼人は、現在進行形で不機嫌なレンカを流し見ると、深くため息を吐いた。
アキホが移動した事で、両脇にそれぞれを抱える体勢になった隼人は、しきりに甘えるアキホと戸惑いがちに引っ付いてくる香美を撫でていた。
「はっはっは、モテるなぁ隼人」
「そう言うのは止めてくれ。本当に」
「いやぁ、この光景見てそう言わねえのは不自然ってもんだぜ」
そう言ってゲラゲラ笑う和馬は、心底嫌そうな隼人を他所にグラスを傾けていた。
その隣、きれいな正座で座っている美月は、汚い胡坐を掻く和馬の膝を一発叩いて諫めた。
「何だよ姫さん」
「はぁ……。皆がいる時にその呼び方は止めなさい。それより、隼人にダル絡みしないの。射殺するわよ」
「おー怖い怖い。酒の席に銃持ち込むのかよお前」
「酒? あなたまさか」
「おう、飲んでるぜ。もちろん、俺の自腹でな」
そう言ってグラスに入った透明な液体を見せた和馬は、呆れている美月にニタニタ笑う。
酔いが回っているのか、ほんのり頬が赤い和馬は、美月のグラスに少しだけ酒を入れた。
「ちょっと!」
「だーいじょうぶだって。少しだけ少しだけ」
「あなた、私が酒弱いからってわざと言ってるでしょ」
「酔ったお前を久々に見たくてなぁ。ちょっと好みだぜ、ああいうお前も」
「この……言わせておけば……」
そう言って真っ赤になる美月にゲラゲラ笑った和馬は、隣で若干引き気味になりながらノンアルコールのビールを飲む日向にも絡んだ。
「お前、今日は飲まねえのかよ」
「ああ、そうだ。今日の主役に、迷惑はかけられないからな」
「まじめだなぁ、お前は。見てみろ、ミウとカナを。水の様に酒を飲む」
「新ロシアと新フィンランドの強さは知ってるだろう。一緒にするな、比較するな」
「はっ、そりゃそうだ。じゃ、俺は姫様と二人で晩酌すっかね」
「好きにしろ、酔っ払い」
「へーいよ」
そう言って追加を注いだ和馬に、憂鬱そうにため息を落とした日向は、ぎゃあぎゃあと騒ぐ隼人達を横目に、浩太郎達と飲んだ。
「よくもまあ騒げるもんだ」
「活発ですものね、レンカ達は」
「シグレは良いのか?」
「何がです?」
「混ざらなくて」
そう言って、レンカと楓も加わった四人に圧迫されている隼人の方を指さした日向は、一瞬反応したシグレに苦笑する。
それを見て俊とナツキ、ハナの三人が笑うのに顔を赤くしたシグレは、しれっとしている日向を睨んで毛を逆立てる。
「な、何でそんな事聞くんですか!」
「聞いては悪いか?」
「そんな事は無いですけど……」
そう言ってもごもごと口ごもるシグレにニタニタ笑った日向は、考え込んでいた彼女にからかわれていると気づかれ、鋭い視線を向けられた。
刺す様な視線も慣れっこになった日向は、楽しくなりそうだ、と思いながらグラスを傾けた。