インプレッサが停めてある駐車場に到着した隼人達は、それぞれ不要な荷物をハッチバックの荷台に載せていた。
その中で、一人何か考え事をしていたミウが、おもむろに手を上げた。
「どうした、ミウ」
彼女の方へ振り返った日向は、たれ目を少し上げている彼女に嫌な予感を感じた。
「新横須賀のアニメショップに行きたい」
「行ってどうする」
「漫画と雑誌買う」
しれっと言うミウにため息を落とした日向は、乗り気のレンカに舌打ちしている隼人に視線をやる。
大体を察した隼人は、インプレッサのイグニッションを入れる。
「行くか」
そう言って運転席に乗り込んだ隼人は、浩太郎達に先に帰る様に伝えると、日向達を乗せて発進させる。
バックからのハーフスピンを決めて車庫出しをした隼人は、そのまま出口のゲートに進め、出場許可を得て急発進した。
「ちょっと飛ばすぞ」
そう言いながら道幅ギリギリのドリフトをしながら駆け上がったインプレッサは、十数分のドライブの後に目的地へと到着した。
「もうちょっとまともに運転しないのアンタは!」
店内に怒号を響かせたレンカは、どこ吹く風とそっぽを向く隼人に軽くキレながら店内を進む。
ウキウキ顔の彼女の後ろをついていく隼人は、心底嫌そうな顔で棚の物を見る。
「何よ隼人。私といるの嫌なの?」
「ああ、そうだ。正確に言えば、今この場にいるのが嫌だ」
「何で!?」
「当たり前だバカ。何が悲しくて女性向けコーナーにいなきゃいけない」
「え? 付き添いなら別に良くない?」
そう言って首を傾げるレンカに、深いため息を落とした隼人は、ふと目についた本を手に取った。
「この本……」
「あ、それ!? 興味あるの?! 私買ってるよ! 読む?!」
「え? ああ、いや、義姉さんが持ってたなってだけだ。って言うかここのコーナーの本、大体は義姉さんが持ってるな」
「流石、お義姉様ね!」
「オタとしては良いんだろうが、一高校男子の姉貴としてどうなんだろうな……」
青ざめつつ、本を戻した隼人は、ミウの買い物に付き合っている日向の方に視線を移す。
「ミウもミウで本気だなぁ。……日向に同情するぜ」
最後だけわざと聞き取りづらい様に呟いた隼人は、買い物を続けるレンカの後をついていく。
いろいろ新刊を買い漁った女性向けコミックのコーナーから、男性向けコミックの方に移動したレンカに、事情に詳しくない隼人は意外そうな顔をする。
「お前、こっちも読むのか?」
「え? うん。そうだよ」
「ふーん、そうか」
適当な会話をしつつ、携帯端末を開いた隼人は、今日の予定を再確認する。
(アキホ達の入学祝までは時間がある。余裕を持って帰りたいがな)
そう思いながら、店内を見回した隼人は店内の大半を占める新関東高校の女子生徒を目に入れて頭が痛くなっていた。
「あ、イチジョウ君。こんにちわ、どうしたの? ここに来るなんて珍しいね」
額を抑えていた隼人は、声をかけてきた黒翼の女有翼族と茶色いボブカットの女エルフ二人に挨拶を返すと、はぐれたレンカを探すべく周囲を見回す。
「イチジョウ君?」
「あ、いや、すまん。今日はレンカと同じ部の奴らの付き添いで来てるんだ。買いたい物があるってな」
「同じ部の人? あ、そっか、イチジョウ君、PMSC部っての作ったんだよね。国連からの転校生も入ってるって言う」
「ああ、そうだ。よく知ってるな」
「えへへ、私、これでも新聞部だからね。先輩情報!」
そう言って隼人の同級生である二人組の内、エルフが少々ある胸を張るのに、苦笑した隼人は、同じくはぐれたらしく合流しに着た日向に手を上げる。
アンニュイな表情で歩いてきた彼は、自分を見て目を輝かせる二人にたじろく。
「お、俺に何か?」
「イケメン!」
「え?」
「すっごい、何で私、今まで彼の事マークしなかったんだろ!? うっわー、栄えるわー」
「いや、待ってくれ。何の話をしてる。おい、隼人、助けてくれ」
そう言って隼人の方を見た日向は、その言葉に更に反応した二人に表情を引きつらせる。
「イチジョウ君の知り合い!? 何者!?」
「あ、いや、俺は」
「待って! ここはイチジョウ君ご本人に!」
そう言って矛先を日向から隼人に向けた女子エルフは、ギョッとなる彼に握り拳を向ける。
「どう言う関係?!」
「同僚。仕事仲間。部員の一人だ。お前らが考えてる様な親密な関係じゃない。まだ、な」
「ええー、つまんないなぁ。って、え? まだ?」
「ああ、まだ知り合って日も浅いしな。背中を預けられる関係でもない」
「おおー、新路線」
そう言ってメモを取るエルフを軽く小突いた隼人は、皮肉に苦笑を返す日向へ笑い返す。
「あ、それで君はオタクなの?! 何の作品好き!?」
「あ、いや、俺はこう言う物には疎くてな。幼馴染なら、こう言うのは好きなんだがな」
「へぇー、じゃあイチジョウ君と同じく付き添いなんだ?」
「まあ、そんな所で」
「んで、その子は?」
「今来た。あの子だ」
「うぉわー、可愛い!」
目を輝かせる女子二人を他所に、ミウが持ってきた買い物の量を見下ろした日向は、のんびりした笑みを浮かべる彼女に青筋を浮かべる。
「何だその量は。お前の薄っぺらい貯金で、買いきれるのか?」
「えへへ。日向、お金貸して」
「またか、いい加減にしろ。撃ち殺されたいか、お前」
「え~? だって日向お金貯めてばかりで使わないじゃん。ちょっとぐらいさぁ」
「俺の貯金は、バイクを買う為の物だ。お前に貸す為じゃない」
そう言ってミウの頭にチョップを打ち込んだ日向は、不満そうな彼女の額に指鉄砲を向ける。
どこまでもマイペースな彼女に、ため息を落とした日向は、女子に気付いて駆け寄ってきた有翼の少女に気付く。
「あ、君は……」
「おわー、久しぶりぃ。っても二週間だっけ?」
「あ、ああ。そうだな」
予想外のローテンションに戸惑いがちに返した日向は、ミウを見て少しテンションを上げた少女から半身離れた。
「ミウっちもお久ー。覚えてる? 私、ヒィロ・ユーグナント」
「うん、覚えてる~。新生徒会の~、えっと~会長と仲良い子だよね~?」
「そうそう! リューの彼女!」
微妙に噛み合ってない会話をする少女、ヒィロは、のんびりした笑みを浮かべるミウに次第にテンションが上がっていっていた。
そんな彼女らを隼人と共に見ていた日向は、女子エルフ達が誰か来るのに気付き、合わせてそちらへ振り返った。
「ん? 君は、四葉奈々美、だったか。それとそちらの人狼はエクスシア・フェルツシュタット。二人ともどうしてここに?」
「へぅ!? え、えっと、ヒィロを連れ戻しに……」
「ああ、彼女か」
「あ、無理に呼ばなくて大丈夫! キリの良い所で連れ帰るから」
「そうか。所で、二人は付き添いか?」
そう言って、背の低い奈々美達を見下ろした日向はあがり症で真っ赤になる彼女に少し会話の速度を抑えようと思った。
「え、う、うん。そうなの。ヒィロの付き添いで」
「生徒会の仕事は良いのか?」
「うん、今日は流星君達だけで良いって言ってたから。時間もできたし、買い物にね」
そう言って微笑む奈々美に、少しドキッとした日向は、多少増えた女子に挟まれて右往左往している隼人の方を見た。
「モテるな、隼人」
「レンカもいるし、それ絡みで、失恋させた奴がいるから、モテたくないんだがな」
「そう言えるのはモテてる証拠だ、隼人。お前がどうだろうとな」
そう言って苦笑した日向は、唐突に何かを思い出した隼人に少し驚く。
「ど、どうした?」
「いや、少し用事を思い出した。日向、お前、車運転できるか?」
「できるが?」
「あいつ等がごねたら先に帰っててくれ。俺はバスで帰るから。すまん」
「分かった。行ってこい」
投げられたイグニッションキーを受け取った日向は、下りエスカレーターに急ぐ隼人を微笑で見送った。
そして、不思議そうにしている女子達を笑みのまま追い散らした。
渋々と言った体で、解散していく女子達の中を、駆け寄ってきたレンカは、隼人がいない事に気付いた。
「あれ? 隼人は?」
「ああ、何か用があるとかで、外に出て行ったぞ。この近辺にモールがあったな……。多分、買い物じゃないか?」
「ええ?! 何で私を呼ばないのよぉ! あ、もしかして私へのサプライズ?」
「いや、そう言うお前が喜ぶ物じゃないと思うぞ……。さて、隼人は先に帰ってて良いと言っていたから帰るか?」
「んー、まあそうしよっか。私に関係ない隼人の用事なんて、関わらない方が良いし」
そう言ってレジに行くレンカに、信用しているな、と感心しながら日向は帰り道のルートを検索し始めた。