場所は動かず、そのままアキホの指導に入った隼人は、うんざりしているアキホに呆れつつ、彼女の訓練データをラテラのインターフェイスで確認していた。
「今日のお前はダメダメだな。二週間前の自信はどこへ行った」
「だって皆大人げないんだもん」
「当たり前だ。相手が格下と分かったら舐めてかかる様な奴は三流だ。それに、俺達に勝てない様じゃ今後の見込みが無いぞ」
「兄ちゃん達最強だから、勝てる訳無いじゃん!」
「相手が強いからと諦めるのか? そんな根性じゃ現場に出たら即死だぞ」
厳しい言葉をかけながら、アキホのデータを見ていた隼人は、なるほどなと内心頷いて半分へそを曲げているアキホと向き合う。
「アキホ、本題に入るぞ。今回の訓練を通して、自分に何が無いか、自覚できたか?」
「自分の戦い方が無い?」
「そうだ。俺も今、データを見てそう確信した。だが、それは当然だ。お前は元々戦う事を学んでいないからな。そこでだ、俺達からは、お前が自分の戦い方を見つける手助けをする。無論、その為の近接系のメニューだ」
そう言って、レンカに拳銃とコンバットナイフを渡させた隼人はそれを受け取ったアキホが、手慣れた動きで回すのを見つつ、浩太郎に後を譲った。
「僕らが思うアキちゃんの基本的な戦い方としては、味方の位置を中心に常に動きながら戦う事。要は味方周辺に限定した遊撃だね。そうなってくると、アキちゃんは近接距離での戦闘能力が必要になる。アキちゃん、近距離戦闘で大切な事って何だと思う?」
「武器を扱う事?」
「ううん、違うよ。突発的な事に冷静に対応する事さ。武器の扱いはその為の手段に過ぎない」
そう言ってセイフティをかけたMk23でガンプレイしていた浩太郎は、アキホの眼前でぴたりと銃口を向ける。
「仮に、近接戦でこう言った状況になった場合、君はどうする?」
「え、えっと。避ける?」
「うん、良いね。でもそれは、正解の一つだね。選択肢としてはナイフがあれば峰で銃を抑え込んで胸部を撃つ、足を蹴って姿勢を崩させる、とかね。まあ、曲がり角の鉢合わせした時にやる事だから」
「ううーん、えげつないね」
「うーん、まあ、やらなきゃ死ぬからね。で、もしナイフが無い時は空いた手で相手の銃を持っている手を弾いて腹部にダブルタップ」
そう言ってMk23をアキホの腹部に腰だめで向けた浩太郎は、感嘆の声を上げる彼女に苦笑して銃をホルスターに納めた。
「じゃあちょっとやってみようか」
そう言っていきなりMk23を引き抜いた浩太郎に、瞬時に反応したアキホは、ナイフの峰で銃を押さえつけると浩太郎の頭部に銃口を合わせた。
「うん、オッケーオッケー。でもちょっと惜しいのは、頭に照準している事かな」
「え? ダメなの?」
「ダメって言うか、あんまり良くないかな。ちょっと一発抜いて見て」
そう言ってアキホにスライドを引かせ、9㎜弾を出させた浩太郎は、弾の先端を彼女に見せる。
「拳銃弾の先端は丸いんだ。そして、人の頭も曲面で構成されている。もし掠ったら反撃されるのはアキちゃんだ。で、相手が体格のいい人物なら、抑え込みを剥がされてお陀仏、って事になる。
だから胸や腹を狙うんだ。弾丸の侵入に対して滑る事はないし、被弾面積は広いからね」
「でも一発で殺せないじゃん」
「胸を撃ち抜かれれは、呼吸が難しくなるし、腹を撃ち抜かれれば胃液でいずれ死ぬから大丈夫。上か下かなんて早いか遅いかの違いだから」
そう言って笑う浩太郎に背筋が冷えたアキホは、彼からの指示で手に持っている武器をホルスターに納める。
「さて、次は別のシチュエーションだ。僕と君は援護がない状況で、お互いに近接武器を持って、真っ向から打ち合う事になった。こうなった場合、君はどう言う方針で戦えばいいかな?」
「えーっと、速度で翻弄してじわじわダメージを与える……かな?」
「うーん、不正解。確かに、一撃離脱でじわじわとダメージを与えるのは良いけど、それは仕留めてくれる味方がいないとやっちゃダメ。それに、他の状況が分かってないのになぶり殺しの持久戦はハイリスクだよ。敵がどこかで増援要請をしたり戦闘の音で気づかれて集まられたら、アウト。
それに、体格が上の相手は時間をかけすぎるとジリ貧になるよ」
「体格が上の相手って言うと……」
「人間の男性、鬼人族、人狼族、オーガ族とかだね。とくに後者の三種族に置いては切り傷がすぐに塞がりやすいから、出血によるダメージも期待できないよ」
そう言って苦笑する浩太郎に頬を膨らませたアキホは、やれやれといった表情の隼人にさらに不機嫌になった。
「近接戦において体格差は圧倒的に勝敗を決する要素だ。漫画やアニメみたいな技術力や機動力で翻弄できるもんじゃない。それに、体格差で負けている相手に技術的に負けていたらお前どうする気だ。ぶっ殺されるぞ」
「えー、魔法は?」
「近接の彼我距離なんて、詠唱時間の間に詰めようと思えば詰められるぞ」
「詰みかぁ……」
「そうじゃねえよ。体格差のある相手にはまず隙を作らせ、そして一撃で仕留める。こ
れだけで倒せる。手順は簡単だろうが。あとはその方法を俺達から学べばいい」
そう言って装甲服のままアキホを見下ろした隼人は、ものすごく複雑な表情をしているアキホにイラつきながら浩太郎達と共に指導を始める。
「んで、明確に聞きたいんだけど、隙ってどんなのを言うの?」
「単純に言えば、確実に攻撃を当てられる時間の事だ。例えばだ、生身の人間は正中線にある体の部位が急所だ。フリーの状態からここに当てるには大体数秒かかる」
「で、隙を作るわけかぁ」
納得がいったといった風に頷く彼女に鉄仮面の下で苦笑した隼人は、背中のナイフシースからナイフを引き抜いて和馬に手招きした。
「そう言う事だ。隙を作るのもやり方はいくらでもある。が、ここでは基本的なやり方を教えておく。まず、攻撃にはナイフを使う。そして足裏を蹴って、のどを刺す」
「おお~」
「姿勢を崩す基本は相手の足元を狙う事だ。普通、人間は必ず二足で立つ。手で立っている人間はいない。だから足を狙うのは鉄則だ」
そう言って実験台の和馬を元の体勢に戻した隼人は、戸惑っているアキホを見てため息を落とした。
「どうした、そんな顔をして」
「うーん、とね。具体的にどうやればいいのかなぁって」
「じゃあ取り敢えず実践だな。美月、頼む」
そう言って美月を呼び寄せた隼人は、トレーニングナイフを持ったアキホと彼女を向き合わせた。
「やれやれ、仮想敵になるなんてね」
「まあ、我慢してくれ。そのまま、術式併用の近接戦闘術の指導も頼む」
「はいはい、了解よ。じゃあ、アキホちゃん。さっきお兄さんが見せてくれたやり方、試してみて」
そう言って軽く構えた美月は、隼人のアシストを受けているアキホを見据えて軽い手招きをした。
「取り敢えず危ないからゆっくりやりましょう。まず、私が突きを放つわよね? そうしたら、右に逸らして、そう。そうしたら、勢いが乗っていた私は背中が見えるくらいにまで外してしまう。で、ここではまだ攻撃しない。
足の裏を蹴って、姿勢を崩して、そして、喉に突き込む。そう。その流れよ」
そう言って体を起こした美月は、隼人とアイコンタクトを取ると軽く構えた掌底をアキホに繰り出す。
「ッ!」
瞬時に受け流し、美月の背後を取ったアキホは足裏を踏みつけて姿勢を落とさせると喉元にトレーニングナイフを突きつけた。
「完璧よ」
そう言って体を起こした美月は、嬉しそうなアキホの頭を撫でるとスケジュールを確認して次の訓練へ移った。
「じゃあ、本命の術式併用の格闘戦術を教えるわね」
そう言って左腕のカバーを外してスイッチを切り替えた美月に、のんびり返事をしたアキホは、掌にエネルギー球を形成している彼女を見てギョッとなった。
『某王道から逸れた戦闘ロボットの赤いフレーム』を思い出したアキホは、エネルギーの塊を宙で遊ばせている彼女に若干引き気味になりながら歩み寄る。
「何そのエグそうな玉」
「術式球弾。まぁ、私のは似非なんだけどね。これはエーテル変換した魔力の塊で、直撃すると溜め込んだエネルギーを開放して爆破現象を起こすの。これ、近接戦で使えるわよ」
「え? 爆発するのに?」
「コツさえつかめば何とかなるわよ。それに、ある程度指向性を持たせられるから接触しなければいいだけよ」
「簡単に言うなぁ。そんな何とか神拳じゃないんだから」
半目で言ったアキホは、自身の眼前でエネルギー球をくるくる回す美月を見ながらおもむろに掌底の形でそれを構えた彼女に首を傾げた。
「和馬、その装甲頑丈?」
「お、おい待てお前まさか」
「そ、実験台」
そう言ってエネルギー球を投擲した美月は、至近での爆発を受けて吹き飛んだ和馬から顔を背け、アキホににこやかな笑みを向けながら説明を始める。
「この攻撃のメリットは圧倒的な衝撃力。直撃すれば、いかに装甲されている相手でも衝撃が貫通してダメージを与える」
そう言って一応威力は抑えていたらしい美月は、装甲を損傷せず埋まっている和馬の惨状を見せると、アキホの胸に手を当てる。
「もちろん、圧縮しなくてもこの距離なら衝撃は飛ばせる。分かる? 十分なストローク無しでも術式なら威力は出せるのよ」
「う、うん」
「これにプラスして、術式なら属性を加えて攻撃できる。単なる衝撃だけでは無く、火炎、水圧、真空、重力。これらの属性を使う事で相手を翻弄できる。無論あなたの場合は光と水。これらを分けるだけでも十分戦えるわ」
そう言って、微笑んだ美月に戸惑いがちに頷いたアキホは、頭を掻く素振りを見せつつ起き上がった和馬に視線を動かした。
「いってえなぁ。いきなりぶっ放すなんざ酷ぇぜ美月」
「ふふっ、ごめんね。それに、あなたも冗談は止めなさい。そんなに痛くなかったんでしょ?」
「へっ、バレてたか。にしてもすげえぜ軽軍神の特殊装甲は。術式を装甲の表面で滑らせやがった」
「ああ、標準装備されてるって言う術式処置ね」
「みたいだぜ。な、隼人、浩太郎」
そう言って二人の方を見た和馬と美月は、首肯する二人の内、隼人に詳しい解説を頼んだ。
「そうだな、軽軍神は、標準で術式処置が施された特殊装甲を装備している。仮にバリアが抜けたとて、装甲に術式が直撃すれば装甲の表面で術式効果が滑って周囲に拡散する。化学現象で言う蒸発燃焼と同じだ」
「それって、攻撃が利かないって事?」
「端的に言えばな。まあ、多少効果は発揮するが、それでも狙ったほどの威力は出ない。一応使えば使うほど稼働用の魔力は減少するが、発動に要する魔力と比較して微々たる物だ」
「何それ、チートじゃん」
「馬鹿を言うな、現実にチートなぞ無い。ここだけ聞けば、確かに軽軍神に術式は通じないだけに聞こえるが、実はこれは欠点でもある」
「そうなの?」
「ああ、この術式処置は本来機体に術式効果を浸透させる為に施されるものだ。だから、術式無効化が作動すると本来の効果を発揮できなくなる。また、作動後は一定時間元に戻らない。その間に術式を食らえば、お陀仏だ」
そう言って和馬の機体表面を指さした隼人は、相槌を打つアキホに言葉を続ける。
「加えて、防げる出力は面積に依存する。一般的な術式は面積=出力だが、腕のいい術士は面積を絞って撃ち込んでくるからな。そうなると、術式の先端だけを無効化して後の威力が到達、装甲に被害が入ると言う訳だ」
「なるほど、やりようはあるんだね」
「そう言う事だ。あと、照射系にも弱いから、和馬、気をつけろよ」
そう言って締めくくった隼人は、アキホの訓練に戻らせるために美月に後を譲る。
「さて、続きね。術式併用の格闘戦のメリットはわかってもらえたと思うけど、ではデメリットは何だと思う?」
「え、デメリット? えーっと、発動時間が長い、とか?」
「それは大したデメリットじゃないわねぇ。対人用の小威力術式なら剣を振る時間くらいで発動できるし、それに、高出力をぶっ放せば良いってもんじゃないのよ」
「うーん、分かんない」
「はい、じゃあ正解は、スタミナ切れしやすいって事よ」
そう言って苦笑した美月は、呆けるアキホの額を指で小突いた。
「スタミナ切れ?」
「ええ、そう。現住種族は体調維持に魔力を使っているから、スタミナ維持に魔力も使ってるのよ。で、術式は魔力を使うから使えば使うほどスタミナ切れしやすくなる。術式併用の欠点はこれよ。どうしてもスタミナの元を使うから短期決戦にならざるを得ないの」
「あーそっか、そうだね」
「それともう一つ、否が応でも発動に意識が割かれるって事もあるわ。これらに注意して、戦闘を行う様に。じゃ、ちょっと実践してみましょうか」
「え、マジ? 誰とやんの?」
驚愕しているアキホを他所に苦笑した咲耶は、和馬を指さすと面食らっているらしい彼が戸惑いがちに美月に問い返す。
「え、マジで言ってんのかよお前。俺軽軍神だぞ」
「大マジよ。大丈夫、アキホちゃん一人でやらせる気は無いから。私も入るわ」
「二対一でもよぉ……。二人共、何の強化装備も無しじゃねえか大丈夫か?」
そう言って腰の刀型外殻を鳴らした和馬に苦笑した美月は、不安そうなアキホに横目を一度向けると好戦的な笑みを彼に向けた。
「言っとくけど、ハンデなら不要よ。それに、術式使用の現住種族二人に対して軽軍神一機って言うコンバットレシオを知らないのかしら?」
「戦術白書見てっから知ってるけどよぉ……。こんなゴツイ鎧来て女の子二人ぶちのめすって、何か見分が悪いって言うか、何つーか」
「安心しなさいな、セクハラ紛いの事してる時点で見分悪いから」
そう言って苦笑した美月に、悔しげな顔をした和馬は、アキホに追加の武装を投げ渡した彼女を見据えると隼人達が空気を読んで少し離れた。
その中に、暇そうなレンカとカナの姿もあり、予備戦力として数えた美月は、腰から拳銃を引き抜く。
刀も術式もある美月が通常なら効かないであろう拳銃を選んだのを、訝しげに見た和馬へ彼女は不敵に笑って見せた。
「え、マジ?」
「ご不満?」
「いや、これ以上言ったらメンタルボコボコにされっから良いや」
「ふふっ、意気地なし」
「言わなくてもこれだ。困ったもんだねぇ、うちの姫さんにゃ」
そう言ってケラケラ笑う和馬は、腰の一刀に手をかけつつ冷静に二人の武装を確認する。
(美月は9mmモデルのXDに杖刀、あといつも通りならサイドアームに杖刀と同じ機能を持った小太刀を一本吊り下げているはずだ。んで、アキホちゃんの武器は、と)
視線をアキホの方へ移した和馬は、彼女が持っている双刃の太刀とも、薙刀とも取れる形状の武装を目にして驚愕していた。
「何だよそれ?!」
「あら? ふふっ、さっきそこで見つけたのよ。良いでしょ? ここの後方支援委員会が作成した新型武装、双刃刀。結構便利に使えるんですって」
そう言って和馬に笑ってきた美月に、冷静にアキホの武装を分析していた彼は彼女が追加で背面側の腰に下げた三節棍を見て取る。
そして、防具にグローブをはめたアキホに頃合いと見た隼人が合図を出しに来る。
「準備は良いか? じゃあ、始めるぞ」
そう言って指を鳴らした隼人は、双刃を振り回して迫ったアキホにバックステップして下がりつつ、彼女の初撃を見送った。
まるで風車の様に振り回された刃が鞘から抜ける途中の雷切と打ち合い、激しい火花を散らした。
「意外と重てぇな!」
そう言って一刀を抜き切った和馬は、軽軍神の馬力でアキホを押し切ると掌底の構えから左のバックラーに仕込まれた
それを片手のバク転で回避したアキホは、追撃してくる和馬に振り回した刀で突っ込みを牽制する。
そして、スイッチングした左の手の平に水流をかき集める。
「穿て、スプラッシュスパイカー!」
拡散気味に水の槍を放ったアキホは、水の膜で和馬の視界を塞ぎつつ、後退する。
装甲の耐圧性能に任せて、水流をそのまま突進してきた和馬は、そこにいるであろうアキホ目がけて一文字を振るった。
「甘いわ」
だが、抜けた先にいたのはアキホを庇って立つ美月だった。
動揺の隙を見逃さず、顔面装甲へ拳銃を発砲した美月は、跳弾の火花で視界を奪った。
(くそっ、見えねえ!)
実体へのダメージが無いとは言えど、跳弾音と火花で感覚を塞がれている和馬が受けた精神的なダメージは激しく、それ故に本来なら命中させられたであろう一閃を大きく外す事となった。
大振りの一撃を回避し、側頭部を蹴った美月は、割れ金の様な鈍い音と共に吹っ飛ぶ彼に、拳銃による追撃を放ち、アキホを突撃させる。
「うりゃああ!」
風車の如く、回転する刃を叩きつけたアキホは体制を整えた和馬と何合も撃ち合い、不意に連撃が途切れた瞬間に背後に叫ぶ。
「ミヅ姉ぇ!」
瞬間、アキホの脇をすり抜けた美月が溜め込んだ魔力を刃に乗せながら柄を掴んでいた。
「金行・一閃!」
一節と共にオーラを纏った刃が柄から解き放たれ、それを腰のスイングと共に放った美月は、ガードを上げた和馬を吹き飛ばし光のバーストフレアを周囲にまき散らした。
そのあまりのノックバックにフレーム、モノコック構造の装甲を貫通して手首にダメージが入った和馬は、警告が走った外殻を見て戦慄する。
(相っ変わらずやべえ威力だなァ、おい!)
マスクの下で戦慄しながら、大きなひびの入った外殻を見下ろした和馬は、鞘ごと刀をパージすると腰からサイドアームの脇差しを引き抜いて構える。
片手で構え、リーチの差を埋めた和馬は、切り抜けつつ刀を鞘に納めている美月に苦笑する。
そして、右腕の銃口を向けつつターゲットサイトに美月を捉えた瞬間、それを阻む様にアキホが切りかかってきた。
「ッ!」
咄嗟に横にした厚刃の短刀と縦薙ぎの双刃刀が打ち合い、宙に火花を散らす。
刀と言うより打撃武器の様な扱い方をするアキホに対し苦笑しながら捌く和馬は、突進気味に斬りかかってきた彼女を往なす。
振り返った瞬間、オーバーヒートした刀を収めていた美月の銃撃を顔面に喰らい、火花で視界を塞がれる。
「ッ!」
隙を埋める様な援護に苦戦した和馬は、眼前に迫ったアキホの刃を回避すると、美月にサブマシンガンの銃口を向けて発砲する。
闇雲な射撃を回避し、五行でバリアを張った美月は、手首のスナップでグリップマガジンを振り落としてのリロードを行うと、限界近いバリアから離れて射撃する。
「くそっ、弾切れか!」
そう叫びながら手動で水平挿入式のボックスマガジンを排除した和馬は、リロードを終えて左腕を構え直そうとした。
「させるかァッ!」
気を引く為に叫びながら飛び込んできたアキホが、刀で腕を弾いて逸らす。
電子トリガーで発砲していたP90が数発あらぬ方へ放たれ、待機していた隼人達の至近に着弾する。
「さぁて、どうすんだアキホちゃん。俺の武器を弾いたのは良いが、ノープランじゃ」
「私の指示よ」
「なッ!?」
振り上げられた右腕を狙撃した美月の存在に驚愕した和馬は、一瞬注意が逸れたのに気付いた。
「切り裂け、シャイニングブレイド!」
左腕に刺していた刃をそのままに分割した刀へ術式を乗せて右脇に叩きつけてきたアキホに吹き飛ばされた和馬は、峰打ちだった事に冷や汗を掻きつつ、ブーストで勢いを殺す。
一方のアキホは、連結した刀を頭上で風車の如く振り回して薙刀の様に構え直した。
「固いなぁ」
「普通なら今ので決着ついてるから、良い線よ」
「でへへ~」
「でも、装甲兵器ならもう一撃ね。あと、相手が和馬だってのもあるわ。油断せず、慎重にね」
「あい!」
そう答え、刀を振りかぶりつつ和馬へ猪突したアキホは、美月からの牽制射撃を背後から通しつつ、逆手持ちに切り替えた彼に横薙ぎを放つ。
刃と刃をぶつけ合い、火花と共振音を感じたアキホは、片手を掌底に構えている和馬に気付き、フック軌道のスイングを屈めつつ回避する。
そして、金属製のブーツプロテクタで踵蹴りを脳天に叩きこむ。
「ッ!」
激しい共振音と地面に叩きつけられた激痛、その両方を受けた和馬はバウンドの勢いを利用して立ち上がり、HPを確認する。
(チィッ、残り3割切ったか……。あんだけ揺さぶられりゃ装甲兵器って言ったって、そんぐらい行くだろうな。まあ良いさ、コイツぁ俺の戦いじゃない。でもな!)
内心で呟き、アキホの蹴りを左腕で弾いた和馬は、飛び込んでくる美月を逆手の短刀でけん制すると、そのまま横薙ぎで起き上がったアキホの側頭部を打つ。
ポイントバリアの作用で血こそ出なかったが、頭を揺さぶられたアキホは、平衡感覚と共に一瞬だが意識を失い、暗転していた視界に地面を入れた。
直後、彼女は、身体強化を入れつつのハンドスプリングで激突を回避する。
そして、そのまま回転蹴りを和馬の側頭部に打ち込み、揺さぶりつつ跳躍。
「チッ!」
よろけつつ、短刀を振り上げた和馬は、腕を軸に回転するアキホのブーツと打ち合ったそれを引いて、左腕のバックラーを向ける。
5.7㎜を発砲した和馬は、ポイントバリアを穿つそれに嫌気が生じ、それをくみ取ったのか銃口がブレて銃撃があらぬ方向へ飛んでいく。
「くそっ!」
悪態をつく和馬を他所に、擦過した弾丸のダメージから体勢を立て直したアキホは、片手に持っていた双刃刀を分割すると左を逆手、右を順手に構えた。
「やっぱ苦手だなぁ射撃は」
そう呟きつつ、予備マグを入れていた和馬は、不意打ち気味の火炎をバックラーに仕込まれた障壁術式で防ぐ。
その間にアキホを見失った和馬は、舌打ちしつつ美月の姿を探すと、加速術式を行使したらしいアキホの高速攻撃を脇差しで往なして流す。
「隙ありよ」
「そっちもな」
そう言ってお互いに攻撃を繰り出した美月と和馬は、交錯した弾丸とビームに吹き飛ばされ、立ち直りが早かった美月が、P90を向けられるより早く水圧と風圧の二層構造の防壁を作って弾丸を防いだ。
抵抗の違う二つの壁に捕らえられた弾丸に驚いた和馬の側面から攻めかかったアキホは、牽制の一振りを落とすと逆手の左を叩きつけた。
「無駄だぜ!?」
「穿て、『シャイニングブレイド』!」
「ッ!?」
まばゆい光と共に装甲を切り裂いたアキホは、過負荷に負けて砕けた刀を手放すと柄を連結させて長巻の様な形態で刀を振り上げて脇差しと打ち合う。
一瞬鍔迫り合いを繰り広げた二人は、横合いから割り込んできた美月の攻撃で迫り合いを終え、そのまま和馬の損傷負けで終わった。
「やっとか」
そう言って舞台に上がってきた隼人は、ボロボロの和馬を助け起こすと、消耗している二人に苦笑しながら全員を集めた。
「まあ、物理メインだったがアキホ、やり合ってみてどうだった」
「んー……とね、魔法剣が使いやすかったかなぁ。でも咄嗟の魔法はあんまり威力出せなかったなぁ。牽制止まりだったし」
「咄嗟とはいえ、あそこまで使えるのは良い線だと思うぞ。他には?」
「やっぱり数の有利を感じたかな。二対一だと攻めやすいのなんの」
「だろうな。例え卑怯と罵られようが何だろうが数が多い方が有利に事を運べる。手数だけじゃない、相手の意識外からの攻撃も、人数が上回っていれば可能だ」
そう言った隼人は、地面に座るアキホにタオルを手渡すと話を続ける。
「人間は意識の外からの攻撃に対し、防御姿勢を取れない。カウンターと同じ理論だ。身構えられないからこそ大ダメージを受ける。それに、目の良い奴はどうしても目からの情報に頼りがちで、それを基に戦う」
「そっか。和兄、見えてない状態のみづ姉の攻撃避けられなかったもんね」
「ああ、和馬や美月もそこらへんは分かってる。だが、和馬にはアーマチュラって言うハンデがあったからな。軽軍神の操縦には一定の慣れがいる。その分集中力は落ちるだろうな」
「えーっと、それって慣れてないから集中できなかったって事?」
「一概にそうとは言えないが、原因の一つではある。軽軍神は神経接続で体の動きは同期できるが、それ以外の操作は意識を割く必要がある。操作に時間をかけるとその分集中力は落ちる」
そう言って武装を動かして見せた隼人は、小さく声を出すアキホに苦笑する。
「まあ、和馬の場合はこうだが、お前の場合は術式だな。接近戦でいかに早く撃てるかが勝負だ」
「そうなんだよねぇ……。私、一応高速詠唱できるけどレン姉ほど早くないんだよねぇ。かといってお姉ちゃんとか兄ちゃんほど格闘戦得意って訳でもないし」
「だが、お前には機動力がある。全身のバネを駆使した機動力がお前の武器だ」
「でもアドバンテージにならないんじゃないの? 兄ちゃんさっき言ってたじゃん」
「あー……。ああ、言ったな。だが、真っ向勝負をするならって話だ。戦いはな、スポーツじゃない。ルールは無いんだ。だから、機動力が生きる。正面から戦う必要はないからな」
そう言った隼人は、若干引き気味のアキホから目を逸らすと、話を無理矢理止めた。
「休憩が終わり次第、訓練を続けるぞ」
そう告げて、隼人はその場を後にする。
その背中を見たアキホは、急に感じた悪寒に体を抱き寄せる。
「アキホ……? 大丈夫?」
「え、う、うん。大丈夫だよ、レン姉。ちょっと、怖かっただけ。人を、殺す事を覚えてるんだなって、気付いちゃったから」
「なるほどね、そう言う事が怖いのは仕方ないわよ。私だってそうだったから」
そう言って、アキホの隣にしゃがんだレンカは、アキホを囲む全員を見回すと浩太郎と共にどこかへ移動する隼人の背を見送る。
「でも、アイツと一緒に戦いたいなら。アンタはそれを受け入れなきゃダメよ」
「人を殺す事に、慣れろって事?」
「違うわよ。むしろ慣れたなんて言ったらアイツは怒るわよ。そんな奴はいずれ虐殺を犯すってね。自分がそうなのに、さ」
「それって……」
「ダインスレイヴの後遺症、そして……アイツの根っこの感情。その全てが、アイツを殺しの罪悪感から解き放っている。あいつを、人殺しの化け物に変えてる。今でも苦しんでるわよ、アイツは。体の侵食が無くなっただけで心は蝕まれたまま」
そう言って物悲し気にうつむいたレンカに、全員が黙りこくる。
「だから、アンタはちゃんと自分が何をして、何をしなきゃいけないのか考えて戦いなさい。私が教えられるのはそれだけよ」
「……うん」
雑に頭を撫でてくるレンカに、俯いて涙を流したアキホの様子は年相応の幼い感情を抱いた少女のそれだった。