僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第8話『課外訓練:格闘訓練』

 せっかくだから、と広いフィールドに移動させられたアキホは、マイペースに護身用の格闘訓練を行う香美とシグレを他所に、丸腰で男三人に取り囲まれていた。

 

「あー。えっと、何で私だけこんな囲まれてんの?」

 

「期待の高さが成した結果だ。嬉しく思え」

 

「乙女ゲー的イケメンだったら諸手上げて喜んだんだけどなぁ……」

 

「不満か?」

 

「皆彼女持ちじゃん」

 

 そう言って頬を膨らませるアキホに、はぁとため息をついた隼人は、きょとんとしている俊に気付いた。

 

「どうした俊」

 

「いや、何で彼女持ちだって言われたんだろうなって」

 

「シグレといちゃついてるからだろう。それよりも俊、アキホと手合わせしてやってくれ」

 

「え、何で俺!?」

 

「お前もお前でかなり課題がある。それに、槍を使う上でもインファイトレンジの戦闘訓練は経験になるはずだ」

 

 そう言って、槍を預かった隼人は、不満そうな俊の肩を叩いて送り出すと、リングの外で待機した。

 

 横目に、手を止めているシグレ達を見た俊は、構えを取っているアキホを見て腹を括り、自身も構えを取った。

 

「よし、始めろ」

 

 そう淡々と告げた隼人に応じて飛び出したアキホの膝蹴りを叩き落とした俊は、上段からの打ち下ろしを腕のスナップも加えたガードで弾く。

 

 そして、返す左のジャブを減速させつつ掴んで引き倒した。

 

 前回り受け身で距離を取りながら、立ち上がったアキホは、攻めに来た俊にサマーソルトキックを打ち込む。

 

 そして、180度ひっくり返った状態で着地し、そのままカポエラキックを放ってけん制するとその状態でのハンドスプリングで踵落としを放つ。

 

 そして、ひねりを加えたスピンキックを打ち下ろし、それを受けた俊の体が一瞬後退する。

 

「攻撃スピードが速くてやり難いな!」

 

 そう言いながら、踏ん張った俊は追撃の拳を構えながら迫るアキホに一瞬だけ笑みを見せる。

 

「まあ、その分ぶちかましがいもあるんだけどな」

 

 そう言ってカウンターを打ち込んだ俊は、ひっくり返ったアキホに肘打ちを打つと、仰向けに倒れた彼女の方へ振り返りながら軸足を中心に回転する。

 

 先生前に手を打ったアキホは、バク転からの蹴り落としを放つと押し返された勢いを使って立ち上がり、そのまま回し蹴りを放つ。

 

「っ!」

 

 鞭の様な快音を発した蹴りを受け止めた俊は、軸足に蹴りを打ち込んでそのまま一本背負いで投げ飛ばした。

 

 地面に叩きつけられ、一瞬呼吸が止まったアキホは、咳込みながらゆっくり起き上がると、荒い息を整えながら構えた。

 

(俊兄、格闘じゃ投げ主体なんだ……。じゃあ、あれ、出来るか分からないけど……。こっちも投げ技、使おうかな……)

 

 そう思い、構えたアキホは、掌底を構えて攻めに来た俊に瞬発力を発揮して、勢いをつけると掌底を突き出す腕に組み付いて、そのまま彼の周囲をぐるぐると回転し、その勢いを使って彼の体を引き倒した。

 

 ばん、と強い音の後に俊の体がバウンドし、呼吸が出来なくなった彼は、止めに入った隼人に安堵の息を吐くと激痛を発する体を立ち上がらせた。

 

「俊、大丈夫か?」

 

「おう。何とかな」

 

 隼人にそう言って強がりを見せた俊は、頃合いが良いのか、中断のサインを出した彼にそそくさと舞台から降りる。

 

 痛がりながら降りていく俊に追従しようとしたアキホは、呼び止めた隼人と目が合い、いやな予感を感じて、その場でしばし固まった。

 

「まさか」

 

「まさかだ馬鹿妹。構えろ」

 

「うっへぇ、マジでぇ?」

 

 そう言いながらステージに上がったアキホは、鞘に入ったコンバットナイフを投げ渡される。

 

 きょとんとなるアキホに、ナイフを指さして手招きした隼人は、意図を読んだ彼女が得意満面の笑みを浮かべてナイフを引き抜き、逆手に構えた。

 

「ナイフ一本、ちょうど良いハンデだ」

 

 そう言って構えた隼人は、じりじりと距離を詰めるアキホを見据えつつ、彼女が攻撃に出てくるまで待った。

 

 一歩後ずさり、一瞬体勢を崩した様に見せかけた隼人は、飛び込んできたアキホにニヤリと笑いながら右足を引くと、ナイフを薙ぎ払ってきた彼女の懐に飛び込む。

 

(な、突っ込んできた?!)

 

 元いた地点でナイフの威力が最高点になる振り方をしていたアキホは、その瞬間、隼人の意図を悟った。

 

(ナイフに当たらない様にする為に……!?)

 

 そして、腕を取った隼人は、そのままアキホを引き倒すとそのまま止めを刺さずに距離を取って構え直した。

 

「今ので一キル」

 

 そう言って手招きして挑発した隼人は、ハンドスプリングで跳ね上がったアキホの踵落としを両腕で受け止める。

 

 そのまま隼人の体を足場にして宙返りを決めたアキホは、コンパクトな突きを繰り返して隼人をけん制するとレンカ直伝のしなる様な回し蹴りを放つ。

 

「ッ!」

 破裂音に近い打音が鳴り響き、それを聞いて驚く俊、シグレ、香美は、それを見て苦笑している浩太郎に揃って睨みを向ける。

 その間に、攻撃を捌く隼人を圧すアキホは、持ち前の瞬発力からくる手数で圧倒しつつも、その全てにおいて致命傷を抜かれている事に焦っていた。

「どうした、精度が落ちているぞ!」

 そう言って甘い一撃を弾いた隼人が関節を決めた一瞬の後にアキホを突き飛ばす。

 その事に驚いたアキホは、また挑発してくる隼人に疑いの目を向けると順手にナイフを構えなおす。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「隼人、遊んでいるのか?」

 

 そう言って観戦席の手摺りにもたれながら言ったのは、デブリーフィングを終えた日向で、彼は同じ様に観戦しているレンカ達教官組と共に目下で行われている模擬戦を観戦していた。

 

「いや、ありゃあ舐めてる訳じゃねえだろ。単純に決着先延ばしにしてるだけだ」

 

「アキホの指導の為か」

 

「そう言うこった。まあ、趣旨を理解してりゃ当然だわな」

 

 そう返した和馬は、同意の相槌を打つ日向の隣で考えている美月に視線を向けると、くすりと笑った。

 

「ミィは何考えてんだ?」

 

「え? ああ、そうね。隼人に勝つ方法、かしら」

 

「ああ、そうかい。ま、今までの動きでアキホは二回は死んでるな。いや、もっとか」

 

 そう言いながら手にしたコーラを煽る和馬は、驚いている美月にもう一本差し出すと試合を見守る。

 

「意外そうな顔してるが事実だぜ、ミィ。そもそもアキホが初っ端見せた選択が隼人を相手取るならまずいのさ」

 

「ただの薙ぎ払いが?」

 

「ああ、そうだぜ。よくよく考えてもみろよ。隼人が得意としてんのは懐に飛び込んでの戦術だ。大振りの攻撃なんぞ死にに行くようなもんだ」

 

「隙あらば飛び込むって事?」

 

「そうだな、それに、刃物よりも腕が当たる方が外傷的にはダメージが少ない。ダメコンも兼ねた突っ込みは、インファイトじゃ正解だぜ」

 

 そう言って一本を飲み切った和馬は、二本目を出すと炭酸が少し苦手な美月に笑いつつ、他の面々にも飲み物を回しつつ解説を続ける。

 

「和馬、そう言えばあなたさっき隼人を相手取るならって言ってたけど、俊だったら良いの?」

 

「ああ、それについちゃ問題はねえ。隼人と俊じゃそもそもの戦い方が違うからな」

 

「って言うと?」

 

「そうだな、隼人は元々がインファイトスタイル、距離を詰めて相手の出だしそのものを潰しながら攻撃を打ち込む戦い方だ。対し俊はアウトファイトスタイル、距離を取って相手の攻撃を逸らしながら攻め込む戦い方だ。

武器無しが前提の隼人に対して俊は武器がある事が前提の戦い方で、尚且つ、受けてから攻撃に転じるから変則的な間合いの詰め方に弱い。アキホはそう言う戦い方をする。だから、俊は一方的にやられていた」

 

「逆に隼人相手ならば、変則的になる前に間合いを支配されるからアキホは手が出せない……。そう言う事?」

 

「そう言うこった。戦い慣れてるぜ、隼人は。そして、あいつは相手をよく見る。個々人の癖を見出した上で自分の戦いをするから厄介だ」

 

「そう、なら手合わせしてみたいものね。一度でも」

 

 そう言って腰に下げた居合刀型術式武装を鳴らした美月の、真剣な表情にくすりと笑った和馬は、ボロボロになっているアキホを笑っている隼人に目を向ける。

 

「……俺もだよ、美月」

 

 ただ一言、真剣に呟いた、和馬は空き缶をゴミ袋に投げ入れた。


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