アシスタントに徹していた日向に送られたアキホと香美は、次の訓練科目である術式用の訓練場へ移動した。
「わぁー、ひゅーがだぁ」
開口一番そう言ってヘロヘロと寄ってきたミウが、心底嫌そうな日向に抱き付く。
「ミウ、お前教官だろ。俺は戻るから」
「やだ、一緒にいて」
「お前な……」
ため息を落とす日向に、にへっと笑ったミウは手持無沙汰になっているアキホ達の背を押して、彼女達待ちになっているレンカの元へ移動させる。
ミウを放置したレンカは、アキホと香美を連れてくると、教官役のナツキとカナと共に二人の指導を始める。
「じゃ、第三科目、術式指導を始めるわよ」
「レン姉が指導教官って不安しかないんだけど」
「ぶっ殺して生コンにするわよ、クソ妹」
青筋を浮かべるレンカに舌を出したアキホは、苦笑するナツキを盾にして立っていた。
「あ、えっと。術式の指導の方を始めよっか」
「はい。よろしくお願いします」
「ふふふっ、固くならなくて良いよ。指導って言っても二人の術式特性と係数を見るだけだから」
そう言って計測用のコンピューターを起動したナツキへ、戸惑い気味に頷いた香美は、彼女から受け取った腕輪を左腕に付けた。
アキホにも渡した香美は、ミウを背負って帰ってきた日向に苦笑する。
「ミウさん、寝ちゃったんですか?」
「いや、起きてる。グズグズしてるだけだ」
「あはは」
そう言って笑う香美の頭を撫でた日向は、起きているミウに首を絞められる。
筋力の差から対してダメージを受けていない日向は、そのまま香美をレーンに移動させる。
「何で日向がいるの?」
「後輩二人の送り迎えだけだったんだがな」
「ああ、ミウ?」
見上げてくるカナに頷いた日向は、お人好しな性分から懐かれている香美を送り出す。
それを流し見た人狼女子2人に見つめられた日向は、ため息を吐きながら2人を練習場へ連れていく。
「じゃあ、始めよっか」
そう言うナツキの後ろで待機しているレンカは、カナ達を連れてきた日向にそそくさと隠れる。
それを無視して二人を下ろした日向は、休憩所に戻ろうとするもミウにしがみつかれて足を止めてしまい、ため息を吐いて美月に連絡を入れた。
「ああ、美月か? すまん、合流が送れる。ああ、そうだ。ミウがな。ああ、一時間ぐらいな。すまん、じゃあな」
そう言って通話を切った日向は、ミウを抱え上げる。
そして、手に水流を生み出しているアキホと、先程和馬との戦闘で見せた様にオレンジ色に目の色を変えている香美を交互に見る。
「得意な術式は水か。エルフじゃメジャーな方だな。だが、お前、模擬戦じゃ光属性の術式も使ってたよな」
「うん、でもあれは適正外の術式だから。そんな得意じゃないんだ~」
「適正外か。それでも術式が使えるのは羨ましいよ」
「あれ? ヒュー兄って術式使えないの?」
「ああ、体質でな。身体強化と自己加速くらいしか使えない。まあ、戦うにあたって、それで困った事は無いがな」
そう言って腰の剣に手を置いた日向は、それを見ながら掌の水流を操るアキホに少し嫉妬しながら昔の事を思い出してそう思ってしまった自分を恥じた。
(今更求めたって、遅いのにな)
そう思い、背中のミウに視線を向けた日向は、不思議そうに見てくるアキホの頭を撫でる。
「それで、香美の方の術式は……和馬に使った術式か」
「はい。と言っても、一般的な術式ではないんです」
「独自開発の術式、と言う事か。まあ、今日日珍しい事じゃないが、発揮する効果は面白い術式だな」
「一定対象へのロックオン、または指定範囲内に侵入した脅威対象への自動攻撃を可能とする術式です。通称、『ロックオン』術式。ですが、私はまだ未熟なので、お父さんやお母さんみたいに使いこなせていません。
簡単に、見破られてしまいましたし」
「そうだろうな、近接戦を得意とする連中は、動体視力と瞬間的な判断ができる奴が殆どだ。そんな搦め手が通じる連中じゃない。純粋に挑めばいかに奇天烈な術式だろうが、負けるだろうな」
冷静にそう告げた日向は、単純な軌道を描いていた『ロックオン』の迎撃を思い出すと、意気消沈する香美の頭に手を置いた。
「要は使い方だ。そこは、これから学んでいけば良い。学校はそう言う所だ」
そう言って、香美の頭を撫でた日向は、不満そうなミウにサムズダウンを見せて鼻で笑った。
「むっ、ひゅーがの意地悪。どーして意地悪するのぉ?」
「後輩の指導の邪魔をするな。そうじゃなきゃ意地悪はしない」
「だって、私以外の子と仲良くしてるんだもん」
「お前が仕事をしないからだろう。ミウ先生」
「えへへ~」
そう言ってだらしなく笑うミウを下した日向は、ミウに香美の面倒を見させると離れた位置でポケットから取り出した紙巻きタバコに火をつけた。
そして、副流煙の匂いを嗅いだ彼は、燃焼を強める様に先端に息を吹きかけて匂いを嗅いだ。
「おいおい、タバコかよ日向。ここの風紀委員に怒られんぜ」
そう言って歩み寄ってきたのはオーバーヒート寸前だった雷切を下げた和馬だった。
「分かってる。すぐ消す」
「まあ、別に良いけどよ。口止め料、払ってくれりゃな」
「どうせ、酒だろう? 飲酒の趣味は無いからな、払う気は無い」
「へっ、そうかよ。あーあー、呑みそびれちまった」
そう言ってフェンスに凭れた和馬に携帯灰皿にタバコを突っ込んだ日向は、楽天的な態度の彼に半目を向ける。
「それで、何の用だ」
「……エルフランドの件だよ」
「ああ、それがどうした?」
「ちょっとな、不安になっちまった。ちゃんと戦えるかってな」
「今更何言ってる。俺達はすでに、血を浴びてるんだぞ」
そう言って微笑を浮かべた日向に、首を横に振った和馬は、苦笑しながら言葉を続ける。
「ありゃなし崩しだからだろ。まあ、もう出来るんだろうけどさ。それでも、味方の血を浴びんのは、もう嫌だぜ」
「ああ、それは俺も同じだ。どんな状況でもな」
「だから、うまくやろうぜ。相棒」
そう言ってニヤッと笑う和馬に頷きを返した日向は、お互いに抱えた過去を認め合いながらその場を後にする。