その様子を全て見ていた美月は、記録映像を保存すると緊張している香美に苦笑しながら肩を叩いて励ました。
「頑張りなさいな、これは別に勝ち負けが大事な訳じゃないから」
「は、はい……」
「自分に自信を持ちなさいな。ちゃんとやる事に意義があるんだから」
そう言って香美を送り出した美月は、休憩所にあった紙パックのジュースを飲みながら見ていた日向に視線を動かす。
「何?」
「姐御肌が板についてきたな」
「ええ、おかげさまでね」
そう言ってため息を吐く美月に缶の紅茶を投げ渡した日向は、和馬達と入れ替わりに戻って来たアキホと楓の二人に常温のスポーツドリンクを手渡す。
水分補給をしている間に汗だくの彼女らの体を触って様子を確かめた美月は、筋肉痛で硬直した二人に苦笑して筋肉痛緩和の為の術符を用意した。
「日向、術符扱える?」
「ああ、問題ない。他には?」
「そうね……うん、自分でやるからいいわ。あなたは二人に術符を張ってあげなさいな」
そう言って毛布を床に敷いた美月は、審判役を呼ぶ和馬の声に応じて休憩所からフィールドへ走って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
美月が到着し、鞘込めの刀型の術式武装を腰から引き抜いた和馬は、引け腰で対面している香美に好戦的な笑みを浮かべると内心では冷静に彼女を分析していた。
(見た目からはあまり鍛えてる様には見えない。いや、鍛えてないな。だが、その状態で戦えるというのなら、興味はある)
そう思い、両手で術式武装『雷切』を構えた和馬は、くるくると回したトンファーを構えた香美を見据えつつ、美月にアイコンタクトを送る。
「じゃあ、開始」
そう言うと同時に上段に斬りかかった和馬は、長い方を拳の延長に回した香美が刀を受け流したのにニヤリと笑うとそのまま脇を狙って真横に打ち据えた。
殴り飛ばされ、吹き飛んだ香美は、トンファーをバトンの様に持ち変えると、まっすぐに振り下ろした刀を受けた。
「やるな、香美ちゃん!」
「あ、ありがとう、ございますぅ……っ!」
「だけどなぁ、詰めが甘いぜ!」
そう言って押し込んだ和馬は、対抗して身体強化を行使した香美に手を放しての掌底を打ち込んだ。
くぐもった炸裂音に口から体液を吐き出した香美は、ぐわん、と揺れた視界に気を失いそうになるもその瞬間に作動した治癒術式が気絶を寸での所で食い止める。
「隙あり!」
雷切での突きを繰り出そうとした和馬は、その瞬間、光の無いオレンジ色に目の色を変えた香美に何かを感じて雷切に込めた力を僅かに引きのベクトルへ変えた。
「……ロックオン」
掠れた呟きが和馬へ僅かに聞こえた瞬間、香美の右腕が雷切を捉え、直撃軌道だったそれがまるで固定されたシャフトに直撃した様に食い止められた。
手応えの固さに一歩引いた和馬は、咳き込みながら腕を下した香美に違和感を覚えつつ、ニヤッと笑った。
「自動追尾術式か、珍しいな」
構え直した和馬がそう言うのに呼吸を戻しながら頷いた香美は、トンファーを持ち帰ると長柄を腕に沿わせる様に構えた。
それに対し、右肩を上げ、雷切の切っ先を香美に向けて構えた和馬は、刀身から術式を開放しながら迫ると翼の羽ばたきを利用して逃げた香美に横薙ぎを放つ。
「佐本一刀流、連斬・一文字!」
「ッ!」
「逃がさねえ! 連斬・谷斬り!」
フルスイングで吹き飛ばす横一線からのV字軌道で左膝と手を狙った和馬は、追尾回避で軌道から逃れていた香美に全て空ぶる。
それに笑った彼は、脇を狙ってきた彼女に肘、膝を軌道に集めてガードすると、激痛に顔を歪めた彼だったが、筋肉の薄い脇に喰らうよりも低いダメージで済ませた。
「やるな!」
よろけつつ着地した和馬は、香美の軸足に蹴りを打ち込んで姿勢を崩すと彼女の首目がけて刀を振り下ろす。
瞬間、トンファーを犠牲に回避した香美は和馬の懐に飛び込むと、そのまま抱き込む様に投げ転がして顎を狙って蹴り上げる。
鈍い音を上げて倒れた和馬から距離を取り、腰のナイフとマチェットを逆手に引き抜いて構えた香美は、ふら付きながら立ち上がった彼に構えを強める。
「
「実家で習ったので」
「結構実践的だな、期待できるぜ」
そう言って一回転させた雷切を構えた和馬は、呼吸を整えると防御に使った足の痛みに表情を歪めながら構えを切り替える。
(きっちりこっちの攻撃に対処できてるな。ここまでは及第点。だが、ここからは本気で行こうかね)
そう内心で宣言して、下段に構えを変えた和馬は、片足で距離を詰めると稲妻を溜めた刃を逆袈裟に振り上げて斬撃を放つ。
「佐本古流一刀術・奧伝《雷爆》」
そう呟き、フェイントの一閃を回避させた和馬は踏み込みと同時の袈裟切りを香美に浴びせると、それと同時に雷撃を解放した彼が押し潰す様に振り下ろす。
瞬間、雷が爆発し、高電圧の雷撃が地面を這い、和馬に走るも感電より先に雷切がカウンターで電撃を相殺する。
「ッ、あ!」
雷の圧で地面に叩きつけられた香美は、全身に迸った強烈な痺れに痙攣し、一瞬気を失いかける。
その隙を逃さず攻めかかった和馬は、直前のオートカウンターで自立して動いたマチェットで刀を弾き逸らされ、舌打ちしながら刃を引く。
(意識が曖昧な時、脅威対象から守る様に設定してあるのか……。厄介だが、攻略出来ない訳じゃねえ)
そう思い、雷切を回した和馬は、意識が戻りつつある香美への攻め手を考えていた。
「こちらからも、行きます」
そう言って羽ばたきも加えてブーストで迫った香美に一刀で対処した和馬は、逆手と順手のスイッチングを使い分けての二刀流で、致命箇所を追う彼女に蹴りや距離を詰めての掌底も織り交ぜながら対処する。
そして、足技を交え、踏み込みを潰すと彼女の襟首を掴んで引き倒し、距離を取って構えを直す。
「香美ちゃん、攻めあんま得意じゃねえな?」
そう言いながら苦笑した和馬は、息を乱している香美がだんまりを決め込むのに頭を掻きながら刀を緩く回す。
神経接続から時間を確認した和馬は、勝負をかけようと距離を詰める。
「佐本一刀流・奧伝《嵐山》!」
瞬間、術式武装の高速剣戟補助の効果もあって無数の剣閃が走り、それに惑わされた香美は、オートロックの効果で一閃一閃に引っ張られて和馬の姿を見失った。
(どこ!?)
周囲を見回した香美は、真っ向から突きで攻めてきた和馬に引き攣らせながらのけ反るとそのまま振り下ろしてきた彼に叩き潰された。
「ッ!」
目を閉じ、地面に叩き付けられた香美は、順手に直したマチェットで追撃の雷切を受け止めると、ナイフの柄尻から術式を射出して和馬を牽制した。
「おっと!」
ニヤリと笑い、体を捻って回避した和馬は、その間に起き上がった香美に揃えた指で挑発する。
それを見ても乗らず、ナイフを前にマチェットを引いて構えた香美は、待ちの姿勢で和馬を見据えた。
(攻めには来ねえか)
そう思い、飛び込んだ和馬は、するすると受け流される刃を連続で当てに動かしながら香美との距離を詰めていく。
「ッ、くぅっ!」
勢いを抜きながら和馬の一刀を受け流した香美は、斬り返しが来るより早く前に出る。
その瞬間、香美の襟を掴んだ和馬はそのまま彼女を引き倒すと雷切を突き立て、至近で術式を開放した。
「ぅああああっ!」
全身を痙攣させた香美は、そのままアーマーポイントを失ってその場に倒れた。
体の自由が利かない香美に苦笑した和馬は、雑に肩へ彼女を担ぎ上げると太ももを抱える様にして休憩所へ運んだ。
「ふぇっ!?」
「ごめんなぁ、雑な運び方でよぉ。まあ、暴れなきゃ大丈夫だから」
「え、そ、そう言う事なんですか!?」
狼狽する香美にケタケタ笑う和馬は、休憩所で待っていたらしい美月のムッとした表情に引き攣った笑みを浮かべる。
「ちょっと和馬、女の子を雑に扱わないで」
「あー、はっはっは。すまんすまん、雑じゃねえ運び方って言うと……ああ、お姫様抱っことかか」
「まともに運ぶ気は無いの?」
「じゃあ対面して抱えて、俺の胸筋に香美ちゃんのおっぱい密着させろってか?」
「ぶっ殺すわよ」
そう言って目くじらを立てる美月にゲラゲラ笑った和馬は、香美をお姫様抱っこの体勢にして抱えると休憩所の御座に彼女を寝かせた。
そして、腰の刀を外した和馬は、机の上に置いてあったスポーツドリンクを一気に飲み干すとゴミ箱に投げ入れた。
「それで? この後はどうすんだ? 美月先生よ」
「各模擬戦からの個人評価よ」
クーラーボックスから二本目を取り出す和馬に、流し目を向けつつそう言った美月は、復帰しつつあるアキホ達の方を振り返ってデブリーフィングを行う。
「さて、二人の戦闘傾向を見ての評価ね。まずアキちゃん。あなた、身軽で良い動きをするのね。でも、刀の重量に引っ張られがちで、足が止まる事が多かった。あなたは動き回りながら相手を撹乱するやり方が向いているのに、それじゃ勿体ないわ。
それと下手に搦め手を使い過ぎ。バレバレな上に大して効果が出ないから極力使わない事」
「はぁーい……。ちぇっ、何でだろ。兄ちゃんやレン姉に教わったのになぁ」
「それよそれ。イチジョウ君や、イザヨイさんから教わっても、彼らとあなたじゃ根本的な適正が違うのよ。そのまま真似しても上手く戦える訳が無いわ」
「じゃあ如何すればいいの?」
「そうねぇ、取り敢えず言える事と言えば間合いの取り方が徒手のそれだから、それを改善するのが先決ね」
タブレットを片手にそう言って、苦笑した美月に不満そうなアキホは、笑いかけていた和馬や日向を牽制すると冷静な分析にぐうの根も出なかった。
剣の間合いに対して拳の間合いで戦っていた事を鑑みたアキホは、積極的に動きつつも攻撃の際、勢いを殺す様に足を止めていた事を思い出していた。
「さてアキちゃんの事はここまでにして、次は香美ちゃんね。あなたは、攻めの体術ではないわね。守り、または補助の体術。だから和馬も削り切るまでに時間がかかった。だからこそ、あなたは格闘武器だけで戦ってはダメよ。
拳銃や射撃武器をメインに格闘武器を補助に使って戦う事。真っ向からの格闘戦では体力的にも技術的にもあなたがジリ貧になるだけよ」
「はい……分かりました」
「それはともかくとして、あなたのご実家の技術、気になるわね。あなたの戦闘技術、単なる護身術と言うには、やけに攻撃的ね」
「えーっと、私もあまり知らないです。隼人さんから聞かれた後にお父さんに質問しても、はぐらかされてばっかりで……。何か、妙なんですよね」
「まあ、分からないなら良いわ。個人的な興味だから。じゃあ、この科目は終わり。じゃ、次の科目に行ってちょうだいな」
そう言って終了した美月は、二人の端末に修了書を転送した。