それから十分後、教練科棟に制服姿で集まったケリュケイオンとユニウスの面々は、前に立つ隼人の隣でレンタルの防護ジャージを身に着けているアキホと香美を流し見た。
「よーし、今日はこいつ等の入学準備として、訓練を行う。指導されるのはこいつ等だが、今後の為に、俺達も指導のノウハウを積んでおく必要がある。今日は双方とも己の訓練だと思って望んでくれ」
そう言って端末を取り出す隼人に返事を返した全員は、前方に表示されたホログラムに注目した。
「今日の日程だが、六つの時間割り制で行う。一時間当たり五十分で十分の休憩と移動時間を設ける。一時間目が射撃訓練、二時間目が格闘訓練、三時間目が術式訓練、四時間目が突破訓練。
昼休憩を挟んで五時間目が基礎戦術、六時間目が応用戦術。以上が本日の時間割になる。アキホ、香美、質問はあるか?」
「あ、はいはい! 教官って誰がやんの?」
「秘密だ。よし、一時間目はここで行う。教官はここに残って指導を始めてくれ。後は各施設で準備を始めろ」
そう言って解散させた隼人に不満そうに頬を膨らませたアキホは、その場に居残った指導教官らしいリーヤ、武、シュウ、ハナの四人に表情を一変させた。
「あはは。嬉しそうだね、アキちゃん」
「えへへ~、だって優しいお兄ちゃんお姉ちゃんばっかりだもん」
「うーん、そう言う事かぁ」
そう言って苦笑に変えたリーヤに満面の笑みを浮かべるアキホは、まじめに考え始めた彼に慌てて止めに入る。
それに戸惑ったリーヤは、ハナに縋りついた彼女を他所に苦笑しっ放しの香美の方へ歩み寄る。
「それじゃあ、射撃訓練始めようか。まずは
二人にコンテナから取り出した『PX4』を手渡したリーヤは、セイフティを掛け、マガジンを外したままのそれに渡した後で気付き、慌てたがそれより早くフォローに回ったハナとシュウが扱い方を教えた。
その間にマガジン二つを机の上に置いていた武は、胸を撫で下ろすリーヤにサムズアップを向ける。
「じゃあ、マガジンを装填して一発撃ってみようか」
そう言って二人の後ろに回ったリーヤは、教わった手順で初弾を装填した二人の
しっかりと体の中央に銃を持ってくる香美に対し、崩れた姿勢と傾けた顔で照準している秋穂は、発砲の度に反動で暴れる銃口を御し切れず構え直していた。
「あうっ、拳銃ってこんな反動デカいっけ?」
そう言ってショックを受けて後退った秋穂は、五発射撃の所でいったん止めたリーヤに促され、綺麗な
薬室に一発残している事に気付いたシュウとハナが、それぞれの拳銃のスライドを引いて一発弾丸を抜くと宙を舞うそれが地面に落ちる。
「うん、じゃあ二人の撃ち方は分かった。次は、そうだね。矯正を入れながら撃ってもらおうか」
そう言って二人の後ろに回ったリーヤは、構え方から二人が無意識に想定している距離の違いを感じ取ると香美は中遠距離でのバックアップ、アキホは近接での牽制と見て射撃を続けさせる。
効率よく種族特性も相まって遠距離を穿つ香美に対し、手本が悪いのかかなり雑な構えのアキホは香美と同じ距離にあるターゲットに対して彼女の三割ほどしか当てられていなかった。
「アキちゃん、近接戦向けの構えだよね」
「うん、お姉ちゃんとかレン姉が使ってるから」
「うーん、そう言う撃ち方ならもうちょっと腕を体に引き寄せて、そうそう。銃を支えてる腕を固定する様に撃つんだよ」
抱き寄せる様な力の掛け方で腕を固定したアキホは、リーヤのアドバイスを受けて次第に当てられる様になって行った。
「当たってる当たってる。良いよ、アキちゃん」
「えへへ~」
「じゃあ、後は任せたよ。ハナちゃん」
そう言ってその場を後にしたリーヤは、すでにシュウの指導が入っている香美の射撃を脇から見ていた。
「当てられる腕があるのは良いが、一発ごとの間隔を意識して撃ってみてくれ。実戦とターゲットシュートじゃ勝手が違う。間隔を短く置きながら、射撃をするんだ」
そう言い、香美に連射を強いるシュウは、集弾性が乱れてきた射撃を見ながら首を傾けている彼女の射撃を矯正する。
「目の前に照準を置く様にして構えろ。首を傾ける構えは近接戦で不利になる」
「はい!」
そう言って香美から離れたシュウは、段々と改善されていく彼女の姿勢に満足そうに頷いた。
が、その向こうで秋穂を指導しながら頬を膨らませていたハナに気付いた彼は、指導が難しいのか、と思って彼女の元へ移動した。
「変わろうか?」
「良いよっ。アキちゃん少し問題あるけど出来て来てるからっ!」
「変に不機嫌だから難しいのかと思ったんだが、違うのか?」
「違うよっ!」
「ん? 何を怒っているんだ?」
そう言って首を傾げるシュウに、そっぽを向いたハナは、うんざりした様子で見てくるアキホと苦笑している香美に気付いて頬を赤く染めた。
見かねたリーヤが、二人に助け舟を出し、次のカテゴリーへと移らせる。
「次は
そう言って二人に『H&K・MP7A1』を手渡したリーヤは、操作が分からない二人にチャージングハンドルを引く動作をしてみせる。
彼の動きを再現して引いた二人は、薬室に送り込まれた4.6mm弾の感触を手首に感じると先程の感覚を使い、フロントとリアの照星で的を捉えた。
「ファイア」
リーヤの号令一下、発砲した二人は、拳銃とは異なり、重量が増し、反動を制御しやすくなったMP7での射撃に少し驚きつつ、射撃を続ける。
銃の性能もあってか二人とも連射してもそこまでばらつく事無く射撃をする事が出来、まとまった当たりを付けられた。
「二人ともなかなか良い当たりだね」
「まあね、この銃使う姿勢固定されるし、それに大きくて重たい」
「まあ、サブマシンガンだしね」
そう言って苦笑するリーヤにMP7の重さに対して不満そうなアキホは、ハナが持っているデザートイーグルとほぼ変わらない大きさのMP7を持ち上げる。
「重い銃って嫌。それに私、兄ちゃんやレン姉みたいに接近戦したい」
「んー、ってなるとアキちゃんは射撃訓練拳銃だけにして、香美ちゃんは他の武器を撃ってもらおうか。だけど、アキちゃんは早く正確に当てられる様になる事。良いね?」
「ん、了解了解。香美ちゃん、頑張ってね」
そう言ってPX4を手にその場を後にしたアキホを微笑で送り出したリーヤは、次に撃つ銃を準備する。
「次は
「だからこの場に四丁もあるのか」
「そう言う事かな。まあ、値段も手頃だし、ゲームみたいに散弾の拡散が激しい訳じゃないから、初心者向けかな」
言いつつ、ガンロッカーの立て掛けられた一丁のショットガン、『レミントン・M870』12ケージショットガンを取り出したリーヤは、ショットシェルを一発込めると、ターゲットに向けて射撃する。
直撃した散弾は、ターゲットをまだら模様に変え、残弾を撃ち切ったM870を肩に担わせたリーヤは、安全装置を掛けたそれを香美に手渡した。
「好きなので撃って良いよ。
「じゃあ、最初は……ポンプアクションで」
「ん、はい」
M870を手渡したリーヤは、手慣れた動きで装填している香美を、シュウと共に見守る。
チューブマガジンへの手込め装弾を終え、コッキングした香美は、M870の有って無い様な小さな照星で新品の木製ターゲットを照準する。
「ッ!」
照準し、短く鋭い息と共に引き金を引いた香美は、強烈な反動を肩に受けながら散弾を放つ。
一度コッキングし、再び照準した香美はもう一度散弾を放つと砕け散ったターゲットを見て射撃の手を止めた。
「凄い威力ですねぇ」
「まあ、ソフトターゲット相手ならね。ハードターゲット相手になると固い表皮に弾かれて威力は無くなるし、エネルギー減衰激しいから、距離が離れると鬼人族とか、人狼族の筋肉なら弾かれるんだよね。
二年前ぐらいにそれが問題化したらしくてさ。それでメイン武器がアサルトライフルに切り替わったんだよ。まあ接近戦で使えない事も無いし、そこそこ距離有れば通じるしね」
「接近戦用の銃って事ですか?」
「ううん、中距離用。スラッグって言う一発だけの弾なら接近戦は出来るけど散弾だと跳弾して味方に被害が出るからね。室内での使用は控える様に」
「分かりました。うーん、と。セミオートから残りを撃ってみても良いですか?」
そう言って『イジェマッシュ・SAIGA-12』を手に取った香美は、AKベースに改造されたそれを見回すとボックスマガジンに収められた散弾を装填し、フックに指を引っかけてスライドを引いた。
じゃきん、と音を立てて送り込まれた一発の感触を感じた彼女は、浅い頬付け前提の照準で狙うと、トリガーを引いて散弾を連続で放ち、マガジンを排除してリロードした。
「操作の感じは、アサルトライフルに近いですね」
「まあね、AKベースの散弾銃だから。リロードも、マガジン型だから便利でしょ?」
「はい、でもストックよりも照準が高くて、凄く狙いにくいですね」
「そこもAK譲りかな。ストックと照準が一直線じゃないから、慣れてないと咄嗟に構えた時に照準が見えなくなってしまうんだ」
「ああ、なるほど」
そう言って、何度も構え直す香美に苦笑したリーヤは、手持ち無沙汰になって自主練習を始めたシュウの方を見た。
彼が今使っているのは、ブルパップ式のショットガン、『ケル・テック・KSG』ポンプアクション式ショットガン。
カスタマイズはアンダーレイルに
「どう? シュウ君」
「なかなか面白い銃だな、これは」
香美に休憩させているリーヤにそう言って装填スイッチを切り替えたシュウは、KSG独特の装填方法に苦戦していた。
KSGは並列チューブマガジン式で、各チューブに7発ずつ装填可能であり、それぞれに違う弾種を込める事も可能となっている。
それらを切り替えるのがスイッチであり、それを切り替えたシュウは、装填していたスラッグ弾を放った。
「やっぱり反動が大きいから当たりにくいね」
「一点弾は拡散しないから尚更だな。まあ、スラッグなんぞ、ブリーチングくらいにしか使わないだろうな」
「まあ、そうだよね……」
そう言って、シュウや武と共に次の準備を進めたリーヤは、本命であるアサルトライフルを用意するとスタンダードなM4A1、AK-12、G36、G3、FALの五つを机の上に並べる。
大元のカテゴリーは同じだが、呼称でアサルトライフルと呼ばれるのは前者三種、バトルライフルと呼ばれるのは後者二種だ。
「さて、撃ち分けてもらおうかな。あ、アキちゃんが帰って来た」
「ただいまぁ。あー、撃った撃った。手がしびれてるよぉ」
「あはは、頑張ったね。さっそくで悪いけど。これ、使えるくらいには訓練してもらおうかな」
「
「うん、そう。地方学院の正式装備でもあるよ。扱いやすくて、威力も高いから、皆使ってるんだよ。だからまあ、借りて使える程度にはしてもらおうってね」
そう言ってM4A1を手に取ったリーヤは、レールに何もアクセサリーを搭載していないそれをアキホに投げ渡す。
「M4A1。うちにあるアサルトライフルじゃ一番使用率が高いライフルで、改造用部品の点数の多さと、ある程度の狙いやすさを持ったライフルだよ。それが撃てればまず困らないかな」
「うい、了解。マグは?」
「五つ」
そう言いながらマガジンをレーンに置いたリーヤは、最初のマグを装填したアキホの背後で、射撃姿勢を見ていた。
一方、好物の大口径ライフルを前に興奮気味のハナは、G36を手に取って待っているシュンを他所に、香美へG3とFALを持たせて熱弁していた。
「香美ちゃん、G3とFALはね、M4よりも口径が大きくて、銃も大きいの! こういう事を言うとみんな嫌がるんだけど私はそうは思わないの! だってね? 口径が大きければ、その分弾丸は重たくなるし、火薬の量だって増える、つまりはちゃんと姿勢を保って遠くまで飛ぶんだよ?
それに、銃が大きければ、その分銃身も大きくなってより遠くまで飛ぶの! だから、中遠距離戦までもカバーできるんだよ! ね、良いでしょ!? これにしようよう」
「え、えっと……」
「大丈夫! 古い銃が嫌なら、私のHK417を貸すから! ね、撃ってみようよ!」
そういって興奮気味に詰め寄るハナに、気圧された香美は、苦笑を浮かべるシュウに助けを求める。
「ほら、ハナ。香美を困らせるな。彼女が撃ちたい銃を選べばいいじゃないか。何もそこまで強く推さなくても」
「だって、香美ちゃんの腕なら扱えるって思ったんだもん」
「へそを曲げるな。ほら、香美、取り敢えず前準備だ。G36を撃ってみろ。マグはアキホと同じ五つだ」
そう言ってストックが折りたたまれた状態のG36Cを手渡したシュウは、ポリマーが多用された近代的な造形のそれを受け取った香美が、ストックを展開しアクセサリーの無い銃を構えた。
「行きます」
そう言ってセミオートで発砲を始めた香美は、アイアンサイトを照準に種族特性の視力でもって遠距離の的に当てていた。
だが、無風とは言えど軽い5.56mmの弾丸の遠距離直進性の低さと、元々人間用が使用することを前提に調整されている照準の相乗効果もあってか、彼女の狙いよりも逸れて弾丸は直撃する。
「やるな」
「ありがとうございます。ですけど……アイアンサイトだと、狙えて中距離でしょうか」
「まあ、元々アサルトライフルは中距離以遠では使わないからな。何でもできる銃ではあるが、それぞれの交戦距離となると一歩譲るといった感じだ」
そう言い、G36を受け取ったシュウに、相槌を打った香美は、自身の周囲をちょろちょろ回るハナに苦笑すると、彼女が持っている口径7.62mmのバトルライフル『H&K G3』を受け取る。
やる気満々のハナの手で周到にマガジン五つを用意されており、その隣でマガジンが残っているG36を解除しているシュウは、重たいG3のスライドに難儀している彼女を見て苦笑していた。
「何でこんなに固いんですかこれ!?」
「まあ古い銃だしな、頑張ってくれ」
「ふんっ」
気合と共に力を込めた香美は、バキンと言うと共にスライドを引くと壊したと思い、シュウの方に向いて顔面蒼白になった。
それを見て苦笑したシュウとハナは、大丈夫、と涙目になる彼女を宥めて、最後までスライドを引かせた。
「よし、これで装弾完了だ。早速撃ってみろ」
そう言って射撃を促したシュウは隣でワクワクしているハナを抑え、G3を構えた香美をじっと見守った。
ばん、と言う大きな音と共に香美の方に強烈な反動が送られ、ほぼ同時に弾丸が宙に飛翔、先ほどの射撃ではまっすぐ当たらなかった的の真ん中を射抜いた。
「当たった」
「おお、いい当たりだ。続けて撃ってみろ」
「はい!」
満面の笑みで返事をし、単発での連射を行った香美は、弾切れを起こしたライフルのリロードに困り、こと大口径ライフルの扱いはシュウより詳しい、ハナに助けを求めた。
「えっとね、スライドをセーフティポジション……そう、そこの窪みに入れて……うん、それでね、その状態でリロードするの。で、終わったらレバーを下ろして装弾」
「レバーを……下ろす!」
「オッケー、これでリロード完了。射撃続行ね。次は、フルオートで撃ってみて」
そう言ってセレクターを動かさせたハナは、綺麗な構えで照準した香美がトリガーを引いた瞬間後ろにバランスを崩した。
慌てて支えに入った二人は、強烈な反動にびっくりしている彼女の顔を見て苦笑する。
「大丈夫か?」
「は、はい。少し肩が。でも回復させているので、痕は残らないと思います」
「そうか、なら良かった。大分強烈だろう? 大口径のフルオートは」
「はい……。殴られたかと思うくらいには。でもあんなのどうやって使うんです?」
「使わないぞ? 反動が大きいからな。まあ、保険程度に考えておけば良いさ」
そう言って苦笑したシュウは、セレクターをセミオートに戻した彼女から、G3を受け取ると代わりにFALを手渡した。
「まあ、FALも似たようなもんだが、照準とかの相性もある。好きな様に撃ってみろ。どうやらお前はバトルライフルの方が向いているらしい」
そう言ってFALを手渡したシュウは、アイアンサイトで狙いをつけて射撃する香美を見ながら、M4A1を撃ち終えたアキホとリーヤが帰ってくる。
「お帰り、二人共」
「ただいま。まあ取り敢えず困らない程度には教えておいたから」
「そうか。こっちは香美は、バトルライフル向きだって事が分かった。さて、次の銃に移るとするか。まあ、香美だけだろうな」
そう言ってガンラックにスナイパーライフル三丁を立てかけたシュウは、リーヤと頷き合った後にアキホに抱き着かれている香美の方を見る。
「香美、次は
「分かりました」
香美にそう告げて準備を始めるシュウは、その間に彼女の方へ歩み寄ったリーヤに苦笑しつつ武と共に作業を続ける。
「一つ、アドバイスを送るとすればスナイパーライフルは基本狙って当てるものだから当たらないと思ったら、射撃しない事」
「え、どうしてです?」
「スナイパーの仕事は敵の観察、及び重要ターゲットの暗殺。真っ向から撃ち合う事じゃないからね。相手に姿を晒さない事が第一条件。だから、トリガーを引くのは、必中するって判断できた時だけ」
「必中すると思った時だけ……」
「そう。だから最初からじっくり的を狙って撃つんだよ」
そう言ったリーヤは、シュウからバイポットとスコープが装着されたMSRを受け取った香美が銃を見下ろしながらしばし何か考えているのに苦笑すると、どこからともなく取り出した観測用のスコープを覗き込んだ。
観測スコープには銃に搭載されるそれよりも大きな視界で拡大された的が映り込み、最新型のそれは神経接続式の疑似HMDに対応したスポッティング同期用のトリガーが取り付けられていた。
「ターゲットはあそこ。距離、600mに……あれ、弾痕がある」
「あ、もしかしてさっきバトルライフルで撃った弾かもしれないです……」
「ああ、流れ弾かぁ。じゃあノーカウントで、始めようか」
「はいっ。準備できました」
「
そう言って香美の方を見たリーヤは、背中の羽に挑発を隠す様に寝そべる彼女がスコープに難儀しているのに苦笑すると、スコープ調整用のダイヤルを指さして調整させる。
リーヤの指示通りにかちかちと回して、照準を調整した香美は、視界の狭いスコープに拡大されて映り込むターゲットへ狙いを絞ると、十字で表示されたレティクルで人型になっている的の頭を狙う。
「オンターゲット」
「ファイア」
予め学習していた発砲許可の符号を受けた香美が発砲し、バイポットを置いた依託射撃で安定した銃から狙撃専用弾であるラプアマグナム弾が放たれる。
スコープでそれを観測していたリーヤは、頭部、左目がある位置を撃ち抜いたそれにふむ、と一声出すと、ボルトアクションで装填動作を取った香美に次の指示を飛ばす。
「次、ターゲットが保有する武装」
「りょ、了解。オンターゲット」
「ファイア」
鋭くつんざいた銃声と共に弾丸が放たれ、武装を狙った射撃がターゲットに描かれた拳銃を撃ち抜く。
やはりすごい、と感心しながら、リーヤは自然とほくそ笑んで次のターゲットをかなり離れた距離にある人型の的に定めた。
「次、ターゲット右肩。距離800m、風、右3m。ゼロイン、プラス5。照準を右に三目盛りずらして狙って」
「りょ、了解です。照準をずらして……あうっ、失敗した」
狙いは逸れて白いエリアに直撃し、慌ててボルトアクションをしようとする彼女の手を止めさせたリーヤは、若干の焦りがにじみ出る彼女の顔を見つめる。
「慌てないで。落ち着いて撃って良いから」
「は、はい……。すみません」
「大丈夫。十分優秀だよ。初見でここまで当てられるのは、中々いないからね。さ、もう一度」
そう言ってスコープを覗いたリーヤに満面の笑みを浮かべた香美は、落ち着いた気持ちを持ってスコープを覗きこむ。
その後ろで、リーヤの私物らしい残り二丁のライフルをまじまじと観察する女子二人のお守りをしていたシュウは、持ち込まれたスナイパーライフルに感じた入念なカスタマイズとメンテナンス、そしてチューニングに感心していた。
(ボルトの重さとトリガーレスポンス、スコープの調整。その全てに高い理解が加わっていた。リーヤはなかなか優秀なシューターだな)
そう思いながらAWMをガンラックに立てかけたシュウは、ブルパップ式のスナイパーライフルが珍しいらしいハナがやや興奮気味にSRSを操作していた。
「へぇー、面白いねこの銃! ボルトがストックにあるんだぁ」
「SRSはAMPテクニカルサービスが開発していたスナイパーライフル……。DSR-1だったか、を設計のベースとしているからな。個人的には、DSR-1の方が見た目は好みだが、軽量かつ使い勝手が良いのはSRSだな」
「良いなぁ、私も買おうかなぁ」
そう言いながらSRSを構えたハナは、二マグ分撃ち終えたらしい香美とリーヤと目が合う。
「あ、使う?」
「うん、ブルパップ式の銃は一度撃たせておかないとね。メリット、デメリットが分からないから」
「え、そっちなの?」
そう言って目を丸くするハナに苦笑したリーヤは、彼女から受け取った黒いカスタム仕様のSRSを香美に手渡す。
マガジンを含めて機関部がストックに集中している為に、銃身もそこに集まっているブルパップ式のSRSを構えた香美は、レールに備えられたバイポットを展開した。
「あ、待って。最初は立射で撃ってみて」
そう言って香美を立ち上がらせたリーヤは、バイポットを折りたたんだハンドガードを腕を伸ばした態勢で掴んだ彼女の姿勢を見ながら発砲させた。
しっかりとした射撃姿勢から、元々何かやっていたんじゃないか、と思いながら上の空で射撃を続ける香美を見つめていたリーヤは、撃ち切って指示を待つ彼女のきょとんとした顔に気付いて慌てて思考を切り替えた。
「どうかしましたか?」
「ううん、何でも」
そう言って誤魔化したリーヤに首を傾げた香美は、誤魔化す様に頭を撫でてくる彼の肩越しに、アキホがニヤニヤ笑っているのに首を傾げた。
「んもー、リー兄ったら、香美ちゃんのおっぱいに見とれてたんでしょ?」
「見てないよ……。ちょっと考え事してただけだから。それに、アキちゃんから彼女を奪うなんて事、やりたくないしね」
「うへへ、ありがとぉ」
そう言ってニマニマ笑うアキホが抱き着いてきたのを軽く往なしたリーヤは、リロードに入った彼女がやり難そうに重い銃を上に上げていた。
「無理しないで、地面に置いたら?」
「は、はい……。うぅ、重たい……、リロードしにくいですぅ」
「それが欠点の一つだよ、香美ちゃん。ブルパップ式は体の内部にマガジンがあるから構えたままではリロードしにくい」
そう言ってマガジンを手渡したリーヤは、地面にSRSを立ててリロードしている香美の苦しそうな顔に苦笑した。
そのまま持ち上げた香美は、グリップを支点に90度回して水平に構えると射撃を継続する。
「そう言えばリーヤ君、この銃どこで買ったの?」
「ああ、これ? 全部学校から買った中古品だよ。調整とか整備とか自腹でやるって約束で格安で譲ってもらってね。元々は、レンタル用装備の選定用に買った銃らしいんだけど、持て余したみたい」
「よく買う気になれるねぇ、私なんか基本新品だよぉ」
そう言って笑うハナに、引きつった笑みを浮かべるリーヤは、その隣で苦笑している武とシュウと顔を合わせて返事をアイコンタクトで相談する。
「何か、悪い事言っちゃったかな……?」
そう言ってオロオロと涙目になるハナに、余計返し辛くなった三人は、誤魔化す様に抱き着いたアキホに安堵の息を漏らす。
目を引くお胸をまさぐるアキホに、硬直し悲鳴を上げたハナは、耳の中に指を入れてくる彼女に頭の毛を総立たせた。
「ぐぇへへへ、ハナ姉の頭、良い匂いするぅ。ふぇっへっへっへっへぇ……んぅ~ふっふ」
そう言って頭に頬ずりしたアキホから逃れようと軽く暴れたハナは、眼前でSRSを構えた香美に気付き、顔が笑っている彼女の殺意に満ちた目を見て息を呑んだ。
「アキちゃん、先輩にそんな事しちゃ、ダメだよ?」
「い、いやね、これはその」
後を続けさせず、引き金を引いたハナは、アキホの至近に着弾した.338ラプアマグナムの弾痕ににっこりと笑うと、腰だめのボルトアクションで装弾した。
「なぁに?」
「な、何でもありましぇん!」
殺意に満ちた笑みを浮かべる彼女に、背筋を伸ばしてそう答えたアキホは、レーンで発砲した事に驚く四人を見回すと反射的にグリップへ手をかけていたのに気付いた。
「はぁ、ビックリした。香美ちゃん、ここで撃つのはダメだよ。反射で撃ち殺されても文句言えないからね」
「えぅ……ごめん、なさい」
「よし、、まあ頃合いも良いし、射撃の科目は終了。次は、格闘訓練だね」
そう言って二人の端末に完了の証明書を送信したリーヤは、少し嫌そうな香美を他所に嬉しそうなアキホの顔を見てくすくす笑っていた。
そして、リーヤは、武達と共に二人を次の訓練場へ送り届けると、どこかに移動していった。