僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第2話『その後』

 賢人達との戦いから三日後の四月上旬。全身が動く様になった隼人はレンカを連れて地元の病院に来ていた。

 

 新横須賀テロ事件の折、崩壊しかけていた病院だったが、隼人達の尽力で被害は最小限に留まり、何とか運営を再開していた。

 

「ん~、やはり術式が全身に転移してますね」

 

 そう言ってカルテを隼人に見せた医師は、全身に見える術式反応に表情を歪ませた彼をちらと見た。

 

「ですが、侵食率、活性率ともにかなり低い状態ではあります。任意に起動するが魔力を浴びなければ、起動する事は無いでしょう」

 

 そう言って次のカルテを見せた医師は、症例として珍しい隼人の体を見ていた。

 

 術式が体に定着する事自体は珍しい事ではないが、それが人間に起きる事は、かなり珍しい事だった。

 

「さて。次に、君が蘇生した事についてですが、これも体に異常はきたしていません。と言うのも、魔力侵食における死因と言うのは毒素が回る事による心停止なんです。

蘇生されたのも、単に心臓が強制的に動かされた事による物で、要はAEDと同じ事を何かしらの要因で起こしたと考えられます」

 

 そう言って隼人の方を見た医師は、何かしら心当たりがあるらしい彼へ深く追求せずに診察を終えた。

 

 話が終わったと立ち上がった隼人は、何か思い出したらしい医師に呼び止められ、後ろを振り返った。

 

「アンプルについては今後も処方しますが、使い過ぎない様に」

 

「分かってます、先生」

 

「なら、宜しい。お大事に」

 

 そう言われて隼人は診察室を後にした。

 

 診察室前のベンチには、エルフの老人夫婦が縮こまっているレンカと楽しげに喋っていた。

 

「あ、隼人」

 

 そう言ってベンチから降りたレンカが駆け寄ってくるのを受け止めた隼人は、微笑を浮かべる夫婦に戸惑いながら軽く頭を下げるとその場を後にする。

 

 無愛想だったか、と後悔していた隼人は、まだ弾痕や血痕などの戦闘の跡が残る病院の廊下を歩いて進む。

 

「ここも酷くやられたのね」

 

「階が浅いからな」

 

「……何とか、出来なかったのかな」

 

 そう言って俯くレンカの頭に手を置いた隼人は、頭の中で渦巻くテロの記憶を吐息にして吐きながら言葉を紡いだ。

 

「物事の全てを出来るほど、人は完成してはいない。増してや、人を救う事を、人は上手く出来ない。だから、出来る事が出来たなら、それでも十分だと思うけどな」

 

 そう言って頭を撫でた隼人は、それでも落ち込んでいるレンカに一息ついて受付窓口で診察料を支払い、一階のエントランスから駐車場へ出て行く。

 

 駐車場で代金を支払った隼人は、近くに合った自動販売機で500mlのリンゴジュースを買ってくると、レンカに投げ渡した。

 

「二人で飲む分だ」

 

 そう言って駐車場に止めていた『スバル・インプレッサ』ハッチバックの方まで移動した隼人は、キーレスで開錠からエンジン始動までを行うと、日差しで蒸し暑くなっていた車内に顔を歪めながらエアコンを入れる。

 

 四月になった今日は急に日が強くなっており、ドアを開けたまま、風を通した隼人は、いつの間にか飲んでいるレンカに乗る様に促した。

 

「シートベルト締めろ」

 

 セミバケットタイプの座席についた隼人は、同じ様にシートが交換してある助手席にスポッと収まったレンカを流し見ると、固定性を重視した四点留めのシートベルトを留めてやる。

 

 続いて自分の分も留めた隼人は、ライトチューンが施されたケリュケイオンの共用車であるインプレッサのアクセルをクラッチを切ったまま、軽く吹かして調子を確かめると回転を合わせて一速に入れながらステアリングを切った。

 

「ぴっ」

 

 タイヤを空転させながらのクォータースピンに、引き吊り声を上げてリンゴジュースを口端から漏らしたレンカは、駐車場から車を出した彼が何時もに比べて随分と大人しい運転をしているのに安堵していた。

 

「きょ、今日は大人しいのね」

 

「朝早いからな。バイクならともかくインプで突っ走るのは厳しいな」

 

「あ、そ、そうなんだ」

 

「何か急ぐんだったら無理するが」

 

「あ、ううん! 大丈夫! 今日は大人しいなって思っただけだから!」

 

 そう言って全力否定するレンカに苦笑した隼人は、ギアを上段に入れると、車間距離を取りながらアクアフロントへの道を走る。

 

 新横須賀中心部までは通勤の車で混雑するのがその道の特徴であり、電車の本数が少ない地域なりの特徴だった。

 

「今日は比較的混雑してないな」

 

 そう言いながらハンドルを握っている隼人は、アクアフロントへ行く連絡橋に進路を取り、螺旋状の上り道を進んでいく。

 

「あ、そう言えば、今日はアキホ達の入学準備、だったわよね」

 

「そう言う体の訓練だ。あいつらが入学しても十分戦力になる様にする為のな」

 

「訓練かぁ、懐かしいわね。アンタと私、マンツーマンでやってた頃」

 

 そう言ってニコニコ笑うレンカからジュースを受け取った隼人は、間接キスなどお構いなしに口をつけて一口飲む。

 

「そうだな。あの頃に比べれば、お前は成長したよ」

 

「えへへ、そう?」

 

「ああ。知能は別だがな」

 

 そう言って、すらっと言った隼人は、不満そうなレンカへ呆れた顔を浮かべた。

 

「ったく、アニメやらエロやらはすぐ覚えるのになぁ」

 

「しょうがないでしょ、面白くないんだし」

 

「お前も、武や楓みたいな事を言うんだな……」

 

 そう言って、ため息を吐いた隼人は、ムスッとしたレンカにペットボトルを返すと、車線を変えて学校への道に入る。

 

 スロープ状の道を下るインプレッサは、学院の敷地前にあるゲートで一旦停止すると、警備係の生徒へ生徒証を見せる。

 

「通っても良いですよ」

 

 そう言って通してくれた生徒に手を振った隼人は、駐車場に車を停めるとリアハッチからフレームの入ったボストンバッグと通学用の鞄を取り出して下ろした。

 

 そして、遅れて降りてきたレンカへ、彼女の鞄と武装を込めたケースを渡す。

 

「さて、遅れてるんだ。急いで行くぞ」

 

 そう言って隼人とレンカは、荷物を手に教練科棟へと走って行った。


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