僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

57 / 113
第三章『新ヨーロッパ・エルフランド紛争編』
第1話『闇の町』


 四月上旬、新ヨーロッパ某所。

 

 未だ伝統的な街並みが残る貧民街の一角に、薄暗い雰囲気を纏った市場があった。

 

 俗にいう闇市であるそこは、量販店から横流しされた日用品から、酒やたばこ、違反ドラッグと言った過激な嗜好品までを扱う表向きの部分と銃火器や防弾ベストなどの武装や防具を扱う裏の部分の二つが存在する。

 

 そして、その裏の部分に面する市場を歩く少女は、通りすがる男達のぎらついた目を見て辟易していた。

 

(どこの男も本質は変わらないのね)

 

 修道女の如くローブを頭から被り、自分の姿を隠す少女は市場に並ぶ過激な銃器の数々を見て、幾度と感じたか知れない人間の愚かさを垣間見ていた。

 

「そこの嬢ちゃん、俺のとこの銃、見てかないか? 安くしとくよ!」

 

「そこの銃、どうせ新ヨーロッパ軍の横流し品でしょ? おじさん」

 

「ああ、そうだとも! 良いだろう、このG36! フルオート機能付きのミリタリーモデルだ!」

 

「私、ライフル嫌いなの。かさばるから」

 

「そうかい、残念だな」

 

 そう言って肩を落とす店主に背を向けた少女は、とある依頼を受けて依頼者がいる場所へ合流を目指していた。

 

 依頼主が合流に設定したのは裏側の奥にある酒場、銃を買い付けに来た様々なクズ共が溜まり場にしているそこは新ヨーロッパ地方での彼女の滞在場所でもあった。

 

「ようやく戻ったか。お客様が待ってるぞ」

 

 そう言う酒場のマスターに小さく頷いた少女は、酔っ払い共の間を抜けて店の奥へ進んでいく。

 

 闇仕事の仲介も受け持つ酒場にしつらえられた、VIP席に神経質そうな男がロック割の酒と、『ワルサー・PPK』を机の上に置いてイライラしながら座っていた。

 

「あなたが、依頼者?」

 

 そう言って少女は、ムスッとした表情の男が目が合うなり舌打ちしたのを聞いて、腰に手を伸ばした。

 

「ああ、そうだ。逆に聞くがお前が請負人か? この店の看板娘ではないのか?」

 

「違う。私が請負人」

 

「チッ、あのモウロクジジイめ。腕の立つ奴がいるだと? こんなクソガキを寄越しやがって!」

 

「クソガキ……」

 

「ああ、そうだ! お前なんかちんちくりんのガキじゃないか! 畜生、仕事は上手く行かねえし! この依頼の仲介元は分からねえ! おまけに依頼しようとしたのがガキと来た!

ああっ、クソ! 何でこんなに上手く行かねえんだ!」

 

 ヒステリックに喚き散らす男に、むっとなった少女は、頭を抱え込んだ彼が酒に酔ったのか怒りの声を上げながら歩み寄ってくるのに一歩引いた。

 

「いい加減顔を見せろ! 品のないガキが!」

 

 そう言ってローブをはぎ取った男は、翻る布が視界から消えた瞬間に突きつけられたカランビットナイフに酔いを醒ました。

 

「ガキガキうるさいのよ、オッサン。アンタはただの仲介人。そんなに嫌ならとっとと依頼書を手渡して去ればいいのよ」

 

「こ、こんの……!」

 

 ナイフの刃先を動脈の上に置いた少女は、逆上した男が拳銃を取って向けようとしたのに舌打ちし、腕で払おうとした。

 

 その直前。

 

「お客さん、ここの銃は困る」

 

 そう言って銃を取り上げ、分解した店主が少女の方にも視線を向ける。

 

「お前も、依頼人に何て態度だ」

 

 そう言ってナイフをしまわせた店主は、手首を掴まれ続けている事に喚く男を引き寄せて睨み付けた。

 

「お兄さん、騒ぐのは構わねえ。だがな、この子の実力を外見だけで判断している様じゃアンタの実力も知れている。それにな、俺の目はまだ曇っているつもりはねえ。嫌なら他所の連中を雇うこったな。

だが、そうなったらウチに踏み入る事は許さねえ。覚えとくんだな」

 

「ッ……。クソッ! これが依頼書だ!」

 

「毎度有り」

 

 そう言って叩き付けられた依頼書を手に取った店主は、ずかずかと立ち去って行く男に苦笑を浮かべると依頼書の中身は見ずに人が減ってきた店内のカウンターへ少女を招いた。

 

 少しむくれつつカウンター席に着いた少女は、目の前に出された食事とそのついでと置かれた依頼書を目に入れると、カウンターで洗い物を始めた店主を見上げる。

 

「食べな。今日も色々あったんだろう。ろくに飯も食ってねえ筈だ」

 

「うん、ありがと」

 

「良いって事よ。それに、お前と居ると、娘がいた時の事を思い出す」

 

 そう言って苦笑した店主に、顔を上げた少女は、追加で出されたコーラを口にする。

 

「生きてりゃお前より少し年上だろうなぁ。まあ娘の面影感じるには、お前は少し幼いな」

 

 そう言って苦笑する店主を不機嫌そうに見上げた少女は、置かれた依頼書を手に取ってその内容を見て固まった。

 

「どうした?」

 

「これ……」

 

「ああん?」

 

 グラスを拭きながら依頼書を覗き込んだ店主は、少女が見せた依頼内容を見て驚愕した。

 

「おいおい、どこのバカだこんな依頼出すのは」

 

「……内紛状態の、エルフランドに介入して聖遺物を強奪する」

 

「おまけに見せしめに次期候補である王女を殺せと来た。ったく、リスキーとかってレベルじゃねえ」

 

 そう言ってグラスを棚に置いた店主は、内心心配になりながら少女の方を見る。

 

「それで、どうするんだよ」

 

「受ける」

 

「正気か? そんな依頼、お前に死んで来いって言っている様なものだぞ」

 

「でも、受けなきゃ、マスターの評判が」

 

「あのなぁ、俺の事は良いんだよ。もう先も長くねえクソ親父だ」

 

 そう言って振り返った店主は強い意志を持った少女の目にほとほと困り果て、ため息と共に禿頭を掻いた。

 

 そんな彼らのやり取りを、テーブル席から見ていた家族連れがいた。

 

 ダインスレイヴを強奪し、DARPAの一部門を壊滅させた青年、桐嶋賢人とその妻である奈津美、そして三人の子ども。

 

「なぁ、ケント。お前さんからも何とか言ってやってくれ」

 

「アンタの顔を立てたいんだ。良い娘さんじゃないか」

 

 呼びかけてきた店主に苦笑しつつ、そう言って立ち上がった賢人は、子どもの面倒を奈津美に任せて、少女の方へ歩み寄る。

 

「あなた……。誰」

 

 そう言って銃を抜きかけた少女は、それよりも早く拳銃を抜いていた賢人に目を見開き、ホルスターから手を放す。

 

 諌めようとする店主にアイコンタクトで発砲の意志が無い事を伝えると、少女に視線を直す。

 

「話を聞いてほしい。きっとお前の得になるはずだ」

 

 そう言って、銃を下ろした賢人は、腰からナイフを引き抜いた少女の横薙ぎを回避。

 

 そして返す突きを止めた賢人は、立ち上がりかけた奈津美を片手で制すると、いともたやすく武装を解除する。

 

 呆気に取られ、隙を生んだ少女は、我に返ると同時に、腰のホルスターから中古の『ベレッタ・90-Two』を引き抜いて突き出す。

 

 それを予測していた賢人は、銃を持つ手を取って少女を床に叩き付けると、捻り取った銃を彼女に向け、彼女の至近の床へダブルタップを撃ち込んだ。

 

「俺達もエルフランドへ出向く。無論、お前と同じ依頼内容で、だ」

 

 そう言ってスライドを外し、銃を分解した賢人は、圧倒された事に硬直した少女を見下ろすと、抱え起こした。

 

「どうやら捨て駒の数が欲しいらしい。だが、生憎俺は仲間諸共無駄死にする気はない。お前もそうだろう?」

 

「わ、私は……」

 

「何かなすべき事がある筈だ、お前には。生きて成さねばならない事が」

 

 服の埃を払われながらの言葉に、戸惑った少女の目を指さした賢人は、きょとんとなる彼女に子どもにする様な笑みを向ける。

 

「目を見れば分かる。だが、それでもお前は親父さんの顔を立てる事を選んだ。その意思も尊重する」

 

「……そう言うアンタには、勝算があるの?」

 

「ああ、ある。俺が奪い、隠し持っている地球製のパワードスーツ、AAS『NXS-121 ネフティス』をお前に提供する。協力の証としてな」

 

「AAS……。地球独自制作の中では最大の戦力でしょ? そんな物を私に?」

 

「どうせ使わない物なんだ。一台ぐらい預けたってどうともならん。それに、あれは元々クセが強い。乗った事の無いお前なら慣れてくれるはずだ」

 

 件の機体データを表示させた賢人は、訝しんでくる少女に苦笑して彼女が持つ端末へデータを送信する。

 

「親父さん、前に預けた鍵はあるか」

 

 スペックデータを送り終え、鍵を受け取った賢人は、奈津美達の面倒を見始めた店主に後を任せ、少女を連れて路地へと出て行く。

 

 人気の無くなった路地に出た二人は、狂気のほとぼりが冷めつつある市場を通り、おおよそ人が来ないであろう雰囲気や明るさ共に暗い倉庫街に到着する。

 

「カバー」

 

 そう呟いた賢人に驚いた少女は、突然感じ、ふわりと舞い降りた気配に振り返りながら腰から予備のナイフを引き抜く。

 

 すると、路地を塞ぐ様に降り立った二つの翼、ヴァイスとブラックの二人が、少女を見つめる。

 

 そして、少女の放つ緊張感を持った殺気にくすくす笑ったヴァイスは、パワードスーツを身に着けた恩恵からか、少女へするりと近寄ると、予備のナイフを装甲で弾いた。

 

「うふふ、丸腰でも大丈夫よ。賢人がいるし、私達が、守ってあげる」

 

「ッ、バカにしないで」

 

「あはは、でもねぇ、私達から見たらあなたの強さなんて赤ん坊みたいなものよぉ? うふふっ」

 

 そう言って笑うヴァイスを睨んだ少女は、USPを手に引き抜いて先行する賢人の後ろを付いて行き、その背後からカバーリングに動くヴァイス達の金属音が僅かに混じった歩行音を聞く。

 

 守られるだけの少女は、実力の劣っている事を嫌でも感じさせられ、屈辱に唇を噛んだ。

 

「さて、着いたぞ」

 

 そう言った賢人は倉庫の前にたどり着くと、アナログな物理錠を解除してガレージの中へと入っていく。

 

 その後ろを付いて行った少女は、倉庫内に散逸している部品や工具を退ける賢人の傍にある埃避けのブルーシートを被せられたハンガーに気付いた。

 

「これ……駐機ハンガー?」

 

「そうだ。シートを取ってみろ」

 

「う、うん」

 

 そう言って促されるままシートを掴んだ少女は、一度賢人へ視線を向けると一気に剥ぎ取った。

 

 ばさ、と翻るシートから巻き上がった埃に口元を覆って顔を背けた少女は、小さなケージの様な駐機ハンガーに収まったダークブラウンと黒で染められた機体を目に入れた。

 

「アフリカ連盟製試作AAS『NXS-121 ネフティス』。俺が強奪し、その後、調整を加えて完成させた機体だ。乗れる機体がある俺達にとっては、手に余るものだ。埃をかぶらせるよりは、使ってもらえた方が良い」

 

「本当に、良いの? こんな、今見知ったばかりの私に」

 

「協力すると言っただろう? さあ、乗ってくれ」

 

 そう言って駐機ハンガー側面のスイッチを押した賢人は、装着形態に移行したそれに驚いた少女に搭乗を促す。

 

 着の身着のまま、両足を脚部装甲に入れた少女は、パイロットスーツ無しなど気にも留めない機体がそのまま防刃用のニーハイソックスを履いた足を靴ごと包み込む。

 

 そして、戸惑う彼女の腕に装甲が取り付けられ、肩から胸部にかけてを被せる様に降りてきた装甲が、腕部の装甲へ動力供給と操作伝達を兼ねたケーブルを接続しながら胸部を胸の大きさに合わせて調整。

 

 調整を終えた後に、装甲の前面部をハーネスの様に、背面部は腰と脊髄の様に繋がって固定させると頭部装甲としてヘットギアとバイザーが装着された。

 

《搭乗者確認:ユーザー未登録:最適化と操縦者登録を行いますか?:はい・いいえ》

 

 UIも書き換えられているのか、日本語表記で示された登録案内を見た少女は、視線選択で『はい』を選択。

 

 瞬間、機体の装甲が少女を圧迫し、サイズを測ると最適化を開始、外見では少女の視線を覆うバイザーに赤色の線が走って彼女の目の位置にバイザーを動かし、網膜投影用に位置を調整する。

 

《装甲:装着サイズ計測:最適化完了》

 

《高機動・秘匿モード用バイザー:位置調整完了:網膜投影開始》

 

《操縦者補助用インターフェイス:最適化を同時開始》

 

 指向音声で案内される少女は、真っ暗だった目の前に突然表示された周囲の風景に驚き、外見では少女が付けていたバイザーのラインアイが疑似的な双眼を表示していた。

 

《最適化完了:システム登録完了》

 

 登録の完了を示すと同時に機関部であるユニゴロス反応炉が本格的に起動し、少女は力を得た。

 

「よし、後は名前を登録するだけだ。お前、名前は?」

 

「私の、名前は―――」

 

 小さく呟いた少女の名は、闇市に響く駆動音にかき消された。それが、少女にとって長く続く戦いの幕開けであった。

 

 そして、ある人物にとって少女と共に長く続く、贖罪の戦いの幕開けでもあった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。