僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第32話『狂戦士の再誕』

 術式でいきなり蘇生させられた隼人は、大量の毒素が流れ込んだ事により、吐血し、咳き込んでいた。

 

 そんな彼の脳内で、スレイの声が響く。

 

『あっはは、おはよう隼人君』

 

「お前、俺に何をした」

 

『んふふ、忘れたの? 私は言った筈よ。どんな手を使っても生きてもらうって』

 

「蘇生術式か」

 

『そうそう。まあ、正確には心臓に衝撃を与えて動かしただけだけどねぇ。電気ショックみたいな感じかしら』

 

 そう言ってくすくすと笑うスレイに、舌打ちした隼人は、一度死んだ体を触ると感覚的に魔力を感じ取って舌打ちした。

 

「この感じ、ダインスレイヴの術式か」

 

 そう言った隼人は、ご名答とばかりに笑うスレイに嫌な表情を浮かべるも狂気を感じないそれに少し驚いていた。

 

「全身に転移しているのに、術式に力を感じない……何故だ」

 

『当然、術式で活性化していた魔力を転用したんですもの。つまりあなたの全身はダインスレイヴと化した、だけど起動はしていないって事よ』

 

 そう言ってニヤリと笑うスレイに忌々しげに顔を歪めた隼人は、レンカを投げ捨てたヴァイスに明確な殺意を抱くと逆手持ちにしたアークセイバーを発振した。

 

 青白い光が雨を蒸発させ、白煙を上げる中、ブースト全開でヴァイスに迫った隼人は、大鎌を回避すると、全身転移で動く様になった左腕のセイバーをバリアに叩き付ける。

 

「ッ、死にぞこないが!」

 

 激昂し、鎌を振り上げたヴァイスは、バリア越しに彼に蹴り飛ばされる。

 

 そして、その反力で賢人に迫った隼人は、驚く彼からダインスレイヴを取り返して振り向きざまに構えた。

 

『使うの?』

 

 顔の横に幻影を移したスレイがそう問いかけるのに、一瞬迷った隼人は、歓喜と恐怖が織り交ざったレンカの表情を見て発動をイメージした。

 

 瞬間、全身に潜伏していたダインスレイヴの術式が起動し、彼の全身からワインレッドの魔力が放たれる。

 

「隼人ぉ!」

 

 二の舞を恐れて叫んでいたレンカは、放たれた魔力が制御され隼人に収束していくのを見ていた。

 

 放った魔力全てを受け止め、荒く息を吐いて片膝を突いた隼人は狂いもしない自分自身の意識に驚き、そして手にした剣を逆手に持ち替えた。

 

 自分自身を犯す感触も無い術式に、微笑を浮かべた隼人は、確信を持ってレンカへと話しかける。

 

「大丈夫だ、レンカ。俺はもう一人で死なない。お前と共に、生きて死ねる。だから、待ってろ」

 

 そう言って剣を構えた隼人は、銃を構えた賢人と奈津美がトリガーに指をかけているのをスローモーションで捉えていた。

 

 瞬間、サイドステップの体勢に移った隼人は、トリガーを引いた二人より早く飛び退いて弾幕を回避、二人目がけて剣を振るった。

 

「チィッ!」

 

 空気の流れと気配で察知していた賢人は、引き抜いた刀で攻撃を受け止めると腰溜めに銃を構える。

 

 トリガーを引く直前、まるで予知していた様に回避運動を取った隼人は、そのまま連射を回避すると背後から迫るヴァイスの一閃をダインスレイヴで受け止める。

 

「動きを読んでいるのか……?!」

 

 そう呟き、リロードしたライフルを構えた賢人は、同調射撃で隼人に粒子ビームを浴びせた奈津美に散開を指示する。

 

 アークセイバーとの二刀流でヴァイスの攻撃を捌いていた隼人は、残存していたチーム9が腰が抜けて動けないレンカを狙っているのに気付き、ヴァイスを蹴り飛ばして彼女を庇った。

 

「……ッ!」

 

 それを見て、暴走していないと確信した賢人は、上空を取っていた奈津美と、高空から狙撃していたブラックとの同調射撃でチーム9を射殺する。

 

「な……。アンタら……」

 

 驚愕する隼人の反応で会話ができる事を確認した賢人は、奈津美達に待機を命じるとレンカを庇っている彼に銃口を向ける。

 

「勘違いするな、米兵は俺達の敵だ。そして、目的は一つだ。イチジョウ隼人、お前の持っているそれを、俺達に渡せ」

 

「ダインスレイヴを……?! 何のつもりだ」

 

「俺達は傭兵だ。そんな事に意識を向ける気はない。お前はただ俺達にそれを渡すだけで良い」

 

「こいつの力を知っていて他人に渡すつもりは毛頭無い」

 

「そうか、残念だ」

 

 そう言って手を振った賢人が射撃を命じると上空からレールガンと羽根型の攻撃端末からの粒子ビームが降り注ぐ。

 

 脇道へ咄嗟にレンカを投げた隼人は、魔力をバリアにして展開すると攻め込んできたヴァイスの横薙ぎを、後ろに回転しながらのステップで回避する。

 

「隼人!」

 

「お前は、浩太郎達と合流しろ! 俺が戻った事も伝えておいてくれ!」

 

「わ、分かった!」

 

 そう言って裏口から離脱するレンカを追おうとしたヴァイスに飛び蹴りを打ち込んだ隼人は、苛立ちと共に斬りかかってくる彼女の一撃を受け止める。

 

「私のおもちゃを、よくも!」

 

「俺の女を、お前みたいな快楽主義者に渡すか!」

 

 そう言って全力のストレートをヴァイスにぶち込んだ隼人は、空中で制動した彼女がつま先に展開させたナイフを踵落としの要領で振るって来たのをパーリングする。

 

 その勢いでサイドステップした彼は、回避先でビームマシンガンを構えていた奈津美に気付き、剣を構えて防御した。

 

 長時間の照射を受け止め切れず、吹き飛んだ隼人は周囲を囲む攻撃端末のビームを、一定のルートへ誘われる様に回避してその先で刀を構えていた賢人と激突した。

 

「逃すか」

 

 そう言って隼人を叩き落とした賢人は、追撃の蹴りを打ち込んだヴァイスに一度視線を流すと通信機を起動する。

 

「ブラック、降りて来い。ターゲットを仕留めるぞ」

 

『了解。撃ち殺してもいいの?』

 

「……いや、重傷だけにしろ。殺すな」

 

 そう言ってライフルで隼人を牽制した賢人は、彼に怒りを覚えているヴァイスが積極的に攻めかかるのを見つつ、ステルスシステムを起動した。

 

 フレームから送信された情報で賢人が消えた事を知った隼人は、高周波を発する鎌を弾きつつ、消えた彼の姿を探す。

 

「どこ見てるのかしらぁ」

 

 そう言って斬りかかってきたヴァイスから逃れた隼人は、シールドを構えつつビームを放って攻めてきた奈津美にシールドバッシュで弾き飛ばされた。

 

「くっ!」

 

 吹き飛びながら、突きの形で反撃の斬撃波を飛ばした隼人は、ブーストと体重移動で着地すると背後に現れた賢人の反応に咄嗟に振り返った。

 

 瞬間、人外じみた反応速度で縦薙ぎの賢人の刀を受け止めた隼人は、突然耳朶を打った指向性の高周波に脳を揺らされる。

 

「がっ……?! あ、ぐぁああ……」

 

 脳が揺さぶられた事で剣を握る手が震え、押し切られそうな事を察した隼人は、ダインスレイヴに力を込め、出力を一時的に強化。

 

 狂化を強める事で感覚障害を無理矢理克服、そしてリミッターが外れる事により使える力の上限が大幅に向上し、その状態で隼人は押し切った。

 

「ッ!」

 

 吹き飛ぶ賢人が照準する直前、その場から真横に飛び退いた隼人はアサルトライフルから逃れるも直後、それを超える衝撃を背面に受け、燃料タンクを破損させながら吹き飛んだ。

 

 地面に引き倒され、アスファルトの凹凸で体の前面を擦り上げられた隼人は、抉られた頬から大量の血を流しつつ、起き上がると激痛と共に傷が治っていく。

 

「今度は何だッ!」

 

 そう言って、苛立ちを浮かべた隼人はふわりと降下してくる漆黒の翼を持った機体を駆るブラックに目を見開くと、舞い散る羽根の様に周囲に放出され、集まってきた攻撃端末を見ながら一歩後退る。

 

「その剣、ちょうだい」

 

 鴉の様な羽根を負ったブラックの、大人びた顔立ちから幼い語調が放たれた事に一瞬気を抜いた隼人は、上げられた60㎜レールガンの砲口を捉えてバリアを展開した。

 

 瞬間、腕を狙った射撃が隼人を襲い、寸での所で弾頭を反らした彼は、連射されたレールガンとそれに合わせて照射を始めた攻撃端末の弾幕に晒された。

 

(クソッ!)

 

 ガリガリと削れていくバリアに悪態を吐いた隼人は、弾幕を払おうと大振りからの斬撃波を放ってブラックを狙った。

 

 だが、そこに割り込んだ奈津美が、高出力に設定したバリアとシールドで斬撃波を防ぎ切り、ブラック、ヴァイスと共に一斉射撃を放つ。

 

(不味い!)

 

 咄嗟に飛び退いた隼人は、砕かれた障壁に冷や汗を掻き、直後隠れていた賢人に蹴り飛ばされた。

 

「ぐはっ……!」

 

 バウンドし、地面を転がった隼人は、その際にダインスレイヴを取り落とし、身体強化で守られた体に鈍痛が走る。

 

 雨脚は変わらず冷たい雨に打たれた隼人は、ダインスレイヴが離れた事で供給源を失ったフレームがタンクからの出力に切り替えたのを神経接続の表示で理解する。

 

「クソッ……タレェ」

 

 悪態を吐いて立ち上がった隼人は、着地した奈津美達を横目に見ると痛む体を動かして、ダインスレイヴへ歩み寄り、倒れ込む様な形で剣の柄を手に取ろうとする。

 

 だが、それよりも早く剣は蹴り弾かれてしまい、それと同時に、燃料を失ったフレームが稼働停止する。

 

「終わりだ、お前の負けだよ」

 

 そう言って見下ろしてくる賢人に、重いフレームと体に縛られた隼人は、地面に縫い付けられたまま、目線と顔を上げて彼の姿を捉える。

 

 射撃に使用していたライフルを足のマウントに装着し、背中の鞘に刀を収めていた賢人は、腰のホルスターから『HK・USP』口径9㎜自動拳銃を引き抜くと、隼人の眼前に突き付けた。

 

「俺を、殺すのか……?」

 

「殺すには惜しいがな、お前は危険だ。だが、最期に教え合っておこうじゃないか。お互いの名を。俺は、賢人。桐嶋賢人。お前は」

 

「隼人。イチジョウ、隼人」

 

「そうか、良い名前だ」

 

 そう言ってハンマーを下ろした賢人に、目を閉じた隼人は瞬間、上空を擦過する対物弾の弾幕を音として認知した。

 

 地面を穿った対物ライフル弾が弾痕と地面の逆瀑布を巻き上げて賢人達を牽制する。

 

「くっ、増援か」

 

 そう言って隼人に拳銃を照準した賢人は、増援らしい青と白のツートンで塗装された軽軍神を中心としたファルカ、静流の混成四機に銃撃を阻まれてしまい、ダインスレイヴを回収する。

 

 隼人を囲む様に着地した四機の軽軍神の背中から飛び降りてきたアルファ小隊の面々は、ダインスレイヴを手に逃走する賢人達を他所に隼人へ手当てをしていた。

 

「く、そ……待て……ッ! 桐嶋、賢人……!」

 

 そう言って手を伸ばした隼人は、空中に溶ける様に消えていく彼らに悔しげに歯を噛むと地面に拳を叩き付けた。

 

 そんな彼を見下ろしたアルファチームは、強制解除したアサルトフレームを回収すると、もう体力が無くなっている彼の体を担ぎ上げる。

 

「無事で良かったわ、イチジョウ君」

 

 そう言って振り返った青と白の軽軍神を纏う咲耶が、憔悴した顔に驚愕を浮かべた彼に微笑を向けた。

 

「咲耶……! どうして……。それにアンタ、その軽軍神は……?」

 

「まあまあ、ゆっくり話しましょうよ。ここじゃ雨が降って冷えちゃうわ。ね?」

 

「アンタが、そう言うなら」

 

 そう言った隼人が微笑む咲耶から目を逸らすと、軽軍神を駆っていたカズヒサ達があまり明るくない表情でその場を去って行った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 場所を移し、銃撃戦でボロボロになった後方支援科棟に運び込まれた隼人は、簡易検査を受けた後、待合室で待っていた咲耶と合流する。

 

「あら、お帰りなさい」

 

 そう言って出迎えた咲耶は、悔しげな表情の隼人に気付いて少し驚いていた。

 

「負けて悔しかった?」

 

 そうストレートに言った咲耶は、カウンター席についた彼に予め買っておいたコーヒーを差し入れた。

 

 缶を握り潰さんばかりに掴んだ隼人は、歯を噛んで俯いており、それを楽しげに見た咲耶は、笑い声を漏らしながら一口飲んだ。

 

「そんな顔が出来るなら、良かったわ」

 

「何がだ」

 

「あなたが無事だって事によ」

 

 そう言って缶をテーブルに置いた咲耶は、涙を流しながら隼人の方を見る。

 

 その表情にうっ、と詰まった隼人は、気まずそうにコーヒーを飲むと抱き付いてきた彼女に驚き、そしてゆっくりと抱き締めた。

 

「ごめんなさい、イチジョウ君。だけど、今だけは……」

 

「良いさ、別にな。この位じゃレンカは怒らないさ。それに、アンタは強くないって事を、俺は知ってる。だから、言わせてくれ。すまなかった」

 

「本当よ……。あなたがいなくなったら、どうしたら良いの? 毎晩見る悪夢を、どう乗り越えたら良いの?」

 

 そう言って泣く咲耶に、動く様になった左腕も動かしてしっかりと抱き締めた隼人は、自分を守る為に来たのだと悟った。

 

「なぁ、咲耶。アンタは、俺を守る為にここに来たんだろ?」

 

「え、ええ。そうよ」

 

「だったら、もう一つ言わなきゃな。ありがとう」

 

 そう言って笑った隼人は、涙を拭い、いつもの顔に戻った咲耶の頭に手を伸ばしかけて誤魔化し笑いと共に手を下ろした。

 

「すまん、女相手だとすぐこれだ」

 

「全く、淑女の扱いにも慣れてほしいわね」

 

「俺の周囲には淑女が少ないもんでな。まだまだ時間がかかりそうだ」

 

「そうみたいね」

 

 そう言って隼人に苦笑した咲耶は、さて、と話題を変える。

 

「あなただけに展開する内容じゃないんだけど、先ほどの機体のデータと、とっておきのデータ二つの計三つを見せようと思ってね」

 

「ああ、あの機体か」

 

 そう言って歩き出す咲耶の後ろを付いて行った隼人は、銃撃戦の跡が見える廊下を歩くと弾痕処理や血痕処理に追われる生徒達をすれ違う。

 

 米海軍特殊部隊のチーム9が攻めてきていた筈だ、と思い出していた隼人は、警戒態勢にある生徒の小隊ともすれ違った。

 

 心配そうに見送った隼人に振り返った咲耶は、苦笑を浮かべると話を始める。

 

「あなたが戦っている間、ここじゃ米軍と生徒の銃撃戦があった。最初は奇襲と連携で追い込んでいた米軍だけど、装備と練度で追い込んだ生徒が押し返して何とか撃退したわ。チーム9は全滅、重軍神もね。

こちら側は十数名のKIAと百人規模の重軽傷で済んだわ」

 

「そうか……。俺もこちら側へ来れていれば」

 

「変わらなかったと思うわ。いえ、むしろ悪化していた筈。この程度の犠牲で済んだのは、あなたがあの四人組と戦っていたおかげよ」

 

 そう言って人気の無くなった廊下を歩く二人は、おびただしい空薬莢とそれに浸される生乾きの血の跡を踏みながら階段を上がる。

 

「そうだとしても」

 

「こうなる事は避けられなかったわ。ダインスレイヴが、この新横須賀に現れた時点でね」

 

 そう言ってうなだれた隼人の方を見た咲耶は、無事だった部室に集まったケリュケイオンとユニウスの面々と隼人を対面させる。

 

「隼人!」

 

 そう言って全員が湧き上がり、それを見て少し後ろめたくなった隼人は、逃すまいと抱き付いてきたレンカに硬直する。

 

「お帰り、隼人」

 

 そう言ってにこっと笑った彼女に、笑い返した隼人は、務めて明るく振る舞おうとしている武達の怪我を見て少し気分を落ち込ませた。

 

「大丈夫だったか?」

 

「おうよ。いつも通りだ。お前らがいるべきポジションに、和馬達が変わったってだけだったぜ」

 

「そうか、良かった」

 

「だけどよ……俊がな……」

 

「俊が、どうかしたのか?」

 

 そう言って俊の方を見た隼人は、血だらけの制服を身にまとった俊に気付き、動揺した様子の彼ががくがくと体を震わせていた。

 

 それを心配そうに見つめるシグレとハナを遠くに置いて、彼の傍で慰めていたシュウが、歩み寄って来た隼人に気付いてその場を退いた。

 

「何があった、俊。その血は、どうしたんだ」

 

「隼人、俺……人を、殺しちまった。米兵を、俺が、槍で」

 

「俊、それは人じゃない、敵だ。殺しても仕方がない相手だ」

 

 そう言って俊の腕を取った隼人は、出会った頃とは対照的な、怯えた表情の彼を優しく見下ろす。

 

 実戦に出たばかりの武達もこんな顔をしていたと思い、懐かしさを感じながら彼と目を合わせる。

 

「お前が、手を汚したおかげで、生き延びられた奴がいるはずだ。そして、お前が殺さなければ、死んでいた奴はたくさんいる」

 

「それでも、命を奪っちまった」

 

「ああ。だから、その事は許すな。お前が殺すのは敵だ。お前の仲間を殺す敵だ」

「仲間の為に、敵を、殺す……。」

 

「そう、お前がするのは、仲間を生かす為の戦いだ。仲間が生き延びられる戦いを、お前はするんだ。その為に、敵を倒せ」

 

 そう言って傍らに置いてあった槍を俊に手渡した隼人は、一種の洗脳の様にも聞こえるそれを内心蔑みつつ、彼に背を向けた。

 

「は、隼人……」

 

 そんな彼の背中に、俊の声が投げかけられる。

 

「何だ、俊」

 

「その、悪かった。お前の事、何も分かって無くて。お前は、俺達のリーダーであるべき、男だ」

 

「そうか……。ありがとう」

 

 そう言って、元の居場所に戻った隼人は、笑いかけてくるシュウに首を横に振って称賛を拒否すると武達の目の前に立つ。

 

 この激戦を生き延びたが故に、労いの一つ、掛けねば、と言う気持ちを持って。

 

「皆、よくやってくれた。この惨劇を、この激闘を、よく生き延びてくれた。誰も欠けずここにいる事が、何よりも嬉しい」

 

 そう言って、全員を見回した隼人は嬉しそうな彼らに、内心頬を緩ませつつちょうど良い、と話を続ける。

 

「だがな、俺は負けた。手も足も出せず、襲撃者達に、ダインスレイヴを奪われた。だからこそお前達とは違って、俺がここにいる事、それその物が、勝利にならない。いずれあの剣は、世界に破滅をもたらす。

俺はそれを世に放った、意図しない形でな。だから俺は、その為に戦う。平和や、自由の為じゃない。そんな物に興味は無い。俺は野に放った破滅の一部を、自らの手に取り戻したいだけだ」

 

 そう言って、俯く全員を見回した隼人は、だから、と前置きを置く。

 

「俺に、力を貸してくれ。俺のけじめに、付き合ってくれ」

 

 そう言って頭を下げた隼人は、静かに応えてくれた武達に、顔を上げると、咲耶も同意する様に微笑む。

 

 それは、単に隼人がリーダーだからと言う訳でも無く、ケリュケイオン、ユニウス共に目的が一致している事も理由だった。

 

「さて、話はそれまでにして。イチジョウ君、岬君、二人に見てもらいたいデータがあるの。ついでに皆も知っておいて」

 

 そう言って中心まで出てきた咲耶は、ポケットから取り出したホロジェネレータを地面に投げ落とすとジャージの下に着こんでいるらしいスパルタンフレームのウェラブル端末で資料を表示した。

 

「まず初めに、私が使っていたパワードスーツについてだけど」

 

「ああ、あれの事ですか。アーマチュラシリーズとは違って見えましたけど、開発切り替えたんですか?」

 

「切り替えていないわ。まあ、開発方針が固まったのは事実だけど」

 

 そう言って資料をめくった咲耶に、リーヤと共に内心ガッツポーズをした隼人と浩太郎は、スライドに移り込んだ半身装甲型パワードスーツを見た。

 

「新型パワードスーツ、『JA-018S アーマチュラチェーロ・ストラトフェアー』。空戦射撃型の高機動仕様にコンセプトを変更、軽量化と重心移動の簡易化の為にアーマーを減らして分散させてるの。

ええ、エロ目的じゃないわよ。パイロットスーツが全身を覆うタイプな時点で察して頂戴ね」

 

「それでもエロい時はエロいんですがそれは……。エロイムエッサイム」

 

「そう。じゃあムスリムに三顧の礼をしてきなさいな」

 

 そう言って詰る様な視線を浴びせた咲耶は、腰から『ベレッタ・M93R』を引き抜いて楓に突き付けながら話を続ける。

 

「まあ格好とか見た目はどうでも良いわ。どうせ高い空を飛びながら戦うのだから見えないし。で、話を戻しましょう。チェーロについてはこの位にするわ。後は後日、編入が正式に決まったらするわね」

 

「編入?」

 

「あら、聞いてないの? 私も国連の部隊に組み込まれるのよ。ケリュケイオン側として」

 

「初耳だな、いつからそんな話をしていたんだ?」

 

「さっきよ」

 

 満面の笑みでしれっと言った咲耶に、ドン引きした隼人は、ため息交じりに後で人事の確認をしようと心の中で思い、話を続けさせた。

 

「さて、お待ちかねの二人の専用機よ。と言ってもまだロールアウトしてないから3Dデータで我慢してちょうだいな」

 

 そう言ってデータを引き出した咲耶は、電子上のコンテナボックスから、引っ張り出されるように組み上がっていくアーマー。

 

 やがて、アーマーは、引き締まった肉体美を誇るアスリートを思わせる様な意匠へと組み上がっていき、ほんのり逆三角形を描く装甲形状を見た隼人達は、凄まじい趣味を感じる造形に咲耶の方を一斉に見た。

 

「言っとくけどデザイナーは私じゃないわよ」

 

「いや、何でこのスタイルで許可出したんだってな」

 

「あなたの体型に合わせたのよ、イチジョウ君。さて、説明に入るわ。この機体はラテラの改良型、『JA-015A アーマチュララテラ・アナイアレイタ』よ。各内部構造の見直しと新型パーツ導入によって燃費と耐熱性が向上。

以前より稼働時間が増してるけど、冷却効率の悪さは変わらないわ。それは良いとして、もう一つの改修点として、機体各所のハードポイントに武装を増設したわ。リストはこれよ」

 

 そう言ってリストを転送した咲耶は、シンプルだったラテラの武装と比較して倍以上に増えたアナイアレイタの武器を見た隼人の満足そうな顔に苦笑する。

 

「武装はラテラに搭載されていたパイルバンカー、ブラストランチャー、グラビコンセイバーに新しくアークストリングブレード、スタンバトン、ブレードトンファー、R.I.P.トマホーク、飛び出し式バヨネット、アークブレード、展開式ヒートナイフか。

配置位置は腕、太もも、腰、ふくらはぎ側面、膝、脛、足裏か。まあ、見てみなければ全容は分からないが随分と増えたな」

 

「ええ。近接戦で武装が壊れやすいのは国連が開示している累計データから読み取れたし、それにあなたの戦闘記録を解析するとバンカーとランチャー、セイバーでは対応し切れるシチュエーションに限りがあった。

幸いラテラのパワーならペイロード確保は容易だし、いっそ増やしてしまおうって考えが出てきたのね」

 

「なるほどな。確かにこれだけの武装があれば、攻撃手段と戦術バリエーションが一気に増える。それに、緊急時は武装を貸す事も出来る」

 

 そう言って頷いた隼人は、次のページにある機体をホロジェネレーターに表示させる。

 

 表示されたのは、全身に装甲を取り付けたイルマーレで、原型に比べてマスクデザインが険しいものになっており、後ろに流す様に配置された二本のヴァーチカルブレードアンテナも相まって、鎧に身を固めた悪魔の様だった。

 

「随分とごついイルマーレだな」

 

「『JA-020T アーマチュライルマーレ・テサーク』。改造を担当したのはカナちゃんの実家、ヴォーク・スメルーチ社で、娘婿の為にと社長さんが名乗りを上げて下さったのよ。それで、向こうが提出してきたのは正面戦闘能力の増加。

正確には装甲性能と火力の改善を行うって事ね。それで、見ての通り、全身にステルス形状で設計され、表面にステルス塗装と術式処置を施した追加装甲を備えてるの」

 

「だが、装甲の干渉と重量で可動範囲と行動が狭まらないか? イルマーレの特徴は高い運動性能だろう?」

 

「そこらへんは、装甲の関節に外装モーターを取り付ける事で解決してるわ。重量増加分の取り回しに加えて、追加する武装に必要なトルクを稼ぐ事も目的みたいよ」

 

「武装?」

 

 そう言って疑問を浮かべた隼人に、一人合点が入っている浩太郎は、咲耶が開示した武装データを見てニヤッと笑った。

 

「やっぱり、高トルク型のコンポジットボウかぁ」

 

「そう。静穏射撃による暗殺をリクエストしていた浩太郎君のニーズに合わせた結果、専用の弓を作ってくれたのよ」

 

「で、それを使う為のトルクをモーターで稼いでると?」

 

「厳密には違うらしいけど、一応そうなってるわ。あと、標準装備品にもう一つ、バックラーがあるわ。これはP90を内蔵したもので、サプレッサー付きの代物。まあ、平時の牽制手段と考えてもらえればいいわ。

後はイルマーレと同じ。さて、取り敢えずこれらを今度持ってくるわ」

 

「了解です」

 

 そう言ってデータを閉じた咲耶は、頷く浩太郎達を見回すとどっと疲れた体を椅子に沈みこませる。

 

 と、そこへカズヒサ達が帰って来た。

 

「よぉ、お疲れお前ら。ほい、こいつは俺からのおごり。迎撃成功おめでとさんってな」

 

「ああ、ありがとうございます。ちょうど良かったです、私の方の話は終わりましたので、今度はそちらの」

 

「オッケーオッケー。んじゃ、この場を借りて話しましょうかね。あっちゃん、データ出してくれ」

 

 そう言って、アキナにデータを引き出させたカズヒサは、咲耶達に情報を展開する。

 

「さて、お前さん方。初仕事お疲れ。失敗に終わっちまったが、まあ仕方ねえ。次の仕事がある」

 

「次の仕事? もう来ているのか?」

 

「もちろん、国連のお偉方は今回の事で大パニックだ。なんせ聖遺物の一つが地球に渡ったかもしれねえからな」

 

「しれない……? 確定情報じゃないのか?」

 

「いんや、今回の襲撃は非公式任務。それもDARPAの独断専行に加えて海兵隊の名誉回復の為の襲撃だったんだと。まあ、よくある事だな」

 

 そう言ってケラケラ笑ってリンゴ酒を煽ったカズヒサは、納得いかない顔で俯く隼人達を前に、アキナ達から職務中飲酒を咎められながら一息つく。

 

「さてと、ボウズ共。奪われた事を気にしたいのは分かるがな、もうこうなったらどうしようもねえんだよ。こっからは政治屋の出番だ、俺ら兵士の出番じゃねえ。切り替えろ。

で、だ、次の仕事についてだが、ここに行くことになる」

 

「新ヨーロッパ? だが、ここは……北部だな、ロシア寄りの」

 

「まあ、詳しくなきゃ分かんねえよなぁ。ほい、日向、ミウ、言ってやれ」

 

 そう言って、新ヨーロッパ圏出身の日向達に話題を振ったカズヒサは、地図を見下ろす隼人の隣で露骨に面倒臭そうにしている二人に睨まれた。

 

 言いたくないと言うよりも他に聞けと言いたげな二人にため息を吐いたカズヒサは、そのまま押し切った。

 

「あー、えっとだな。ここにあるのは、ライトエルフの独自国家、エルフランド王国だ」

 

「エルフランドって言うと、あの……」

 

「ああ、そうだ。新ヨーロッパダントツの選民主義国家だ。居住資格の第一事項にライトエルフであるかどうかが存在する様な国だからな」

 

 そう言ってため息を落とした日向は、新ヨーロッパでもあまり好かれていないらしいそこの情報を隼人に転送すると、カズヒサの方を見た。

 

「で、カズヒサさん。エルフランドへは何をしに行くんです?」

 

「おう、王国が保管している聖遺物の回収だ」

 

「聖遺物……。ああ、『聖槍・ロンゴミアント』か。だが、あれは王家の秘宝だと聞くが大丈夫なのか?」

 

「上の言い分にゃ、国王様から戦闘への武力介入ついでに回収してくれって依頼されたんだとよ。何でも今オーガの連中と紛争状態らしいからな」

 

「妙だな、今までに紛争は何度もあったはずだ。何故今になって介入依頼を出す?」

 

 そう言って腕を組む日向に、端末からデータを送ったカズヒサは、同時に見ている隼人にも聞こえる様に説明する。

 

「まずは、その画像を見てくれ」

 

「これは……オーガ族の上級兵士?」

 

「そうだ。二月末、国連軍の新ヨーロッパ駐留軍が交戦した際に撮影した画像だ。持ってる武器をよく見てみろ」

 

「……ッ! これは、ガトリング?!」

 

「そうだ、『M61《バルカン》』20㎜六連装ガトリング砲。その他にも下級兵士にMAC10やらVz61やら、装備してる。どうやらオーガ族の連中、どっかからか銃器を入手したらしい」

 

 そう言ってスライドを動かすカズヒサは、そのどれもに写っている銃火器を見て納得した二人を見てデータを閉じる。

 

「要は、銃火器で以ってエルフランドに侵攻するオーガの連中を、同じ銃器を持っている俺達に撃退しろって言ってる訳だ。んで、その見返りにロンゴミアントを渡すってな訳よ」

 

「随分と傲慢な交渉だな」

 

「いんや、そうとも限らねえ。向こうさんどういう先見を持ってるかは知らねえが、こっちとしちゃ戦争の引き金になるようなもん剣や盾しかねえ古臭い連中に何時までも持たれてると困るんでね。

さっきはああ言ったが、裏じゃ半ば脅しに近い形で、条件取り付けたらしいぜ」

 

「なるほどな。それで、俺達が出るのか」

 

「そう言う事よ。まあ向こうの戦況は膠着状態でさほど苦戦もないし、入学式終わってからで良いらしい。その位になったら出るから、準備はしとけよ」

 

 そう言って、了解、と返され、苦笑したカズヒサは、説明を終えて頃合いと見たのか、副官二人を連れてその場を後にする。

 

「さて、エルフランドか。詳しく調べないとかないとな」

 

 そう言って苦笑した隼人は、頷いてきた日向の肩を叩くと、いつものテンションでわいのわいのと騒ぐレンカ達の方へ移動し、帰宅準備に入らせる。

 

 家に帰ればまた日常だ、とそんな淡い幸せを抱きながら。


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