僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第31話『見失った何か』

 警報から10分、砲撃で怪我を負ったシグレとレンカを店の中でかくまっていたハナは、悲鳴を聞いて駆けつけてくれたカナと共に外を見守っていた。

 

「シュウ君達、来ないね」

 

「うん」

 

「無線、出したのにな」

 

 そう言って端末を開いたハナは、ククリナイフを構えるカナをちらと見ると、激しく雨を降らす空を見上げた。

 

 と、突然、銃声が鳴り、窓ガラスに血だらけの兵士が張り付く。

 

「ひぃっ!?」

 

 喉を掻き切られた兵士はかすれた断末魔を漏らしながら、ずるずると窓に赤色を塗りたくり、それを見て失禁したハナを庇ったカナは、外の音を拾おうと耳を動かす。

 

「止めろ、止めてくれ! あ、あああああああッ!」

 

 誰かの悲鳴が聞こえた後、雨の音以外聞こえなくなる。

 

 外に誰かいる。

 

 だが、浩太郎達では無い。

 

 そこまで断じて、ナイフをシースに収めたカナは、がくがく震えるハナにしゃがみ込む。

 

「ハナ、シグレ達を。ハナ!」

 

 そう言って揺さぶったカナは、悲鳴を上げながら銃口を上げた彼女と、目を合わせる。

 

「私は味方。大丈夫、まだこっちに来ないから」

 

「でも、でも……」

 

「良いから。逃げる準備、するよ」

 

 そう言って、ハナを立ち上がらせたカナは突然ガラスに突き刺さった刃に驚き、背後を振り返る。

 

 刃は、高周波の不快音を鳴らしながらガラスをやすやすと切断し、ナイフを引き抜いて構える。

 

 その隣でパニックになったハナがHK417の銃口を上げたのにギョッとなり、直後、セミオートで放たれた7.62mm弾が窓ガラスを穿ち、過負荷でガラスは砕け散った。

 

「あら、こんにちわ」

 

 そう言って吸血鬼の様な牙を剥いたヴァイスは、薙鎌状にしていた大鎌を戻すと怯えて銃を震わせているハナに恍惚とした目を向ける。

 

兵士(おもちゃ)で遊んでいたらかわいい女の子がいるじゃないの。ねぇ、あなた達、私と遊びましょう?」

 

 そう言ってマチェットシースから一本引き抜いたヴァイスは、一歩ずつ歩み寄ると、ハナの頬に刃の腹を当てる。

 

「私、あなたみたいな顔をする子が大好きなの。苛めがいがあってねぇ……。そこの子犬ちゃんも、表情を崩すと面白そうね」

 

 そう言って笑ったヴァイスは、背後から現れた米兵に舌打ちすると、奇しくも庇う形になったハナ達に見せつける様に腕のバックラーを兵士に向ける。

 

 そして、そこに仕込まれたライトマシンガンを発砲して、滅多打ちにすると、二人の眼前に硝煙を香らせた。

 

 濃い刺激臭に咳き込んだ二人は、あっという間に死体に変わった兵士を見て、圧倒的な力の差を感じ取り、怯えた表情を浮かべて後退った。

 

「うふふ、安心して。殺さないから。でもねぇ、腕や足が無くなっちゃうかも、しれないわねぇ」

 

 そう言って歩み寄ってくるヴァイスに悲鳴を上げた二人は、不意に足を止めた彼女につぶっていた涙目を開ける。

 

「サングリズル、児戯はそれまでにして。殺さなければ何しても良いと言う訳ではないのよ」

 

 見た事も無い形状の銃をヴァイスの頭に向けた奈津美が、つまらなさそうな表情を浮かべてどこかへ去っていく彼女にため息を吐くと怯えたままの二人にしゃがみ込む。

 

「怖がらせてごめんなさい。お詫びに携帯食料、あげるから。警報が止むまで、ここで隠れててね」

 

 そう言って子どもにする様に二人の頭を撫でた奈津美は、自分も甘いものだ、とため息を吐きながら浮遊し、隼人達を中心に激戦が繰り広げられている戦場へ戻っていく。

 

「ゲイヴドリヴル、さっきの地点。近づいた米兵は殺していいわ。但し、間違えない様にね」

 

『うん……分かってる』

 

「後、ターミナルユニットは近づけないで。お願いね」

 

 そう言って降下した奈津美は、一撃で米兵を磨り潰すと、襲い掛かってきた隼人の一撃をシールドで受け流す。

 

 そして、ビームマシンガンを構えた彼女は、バースト射撃で邪魔してくる米兵に苛立ち、彼らに向けて粒子ビームを薙ぎ払った。

 

「こんな状況で、子ども殺しなどと……!」

 

 そう言う奈津美は、三人単位で射撃を繰り返す米兵に身にまとった重装甲のハッチを解放した。

 

 そこに仕込まれていたのは、対ミサイル用のハードキル弾、迎撃用散(キャニスター)弾だった。

 

「いつまでもゴミ以下のクズなんですか、あなた達は!」

 

 そう言って散弾を放った彼女は、対人用散弾の三倍以上の大きさの散弾で兵士の体をズタズタにする。

 

 その間に、格闘戦で切り刻んでいたヴァイスは、敵と認識して発砲してくるシュウ達を見て鬱陶しそうにすると、先程の苛立ちを機関銃に託して発砲する。

 

「クソッ!」

 

 防御に回った俊が、穂先の障壁で弾丸を弾き、シュウと浩太郎が牽制射撃を放つ。

 

 だが……。

 

「クソ、弾切れか! XDも、さっき使い切った。もう、撃てる弾が無いぞ」

 

「こっちもだ。ヴェクターも、Mk23も、もう、撃ち切りだ」

 

 そう言って持ち弾を使い切った二人は、それぞれの得物を気力ごと投げ捨ててしまう。

 

 だが、それを見ていた俊だけは諦めていなかった。

 

「シュウ、俺のXDを使え! 浩太郎、お前、まだ武器あるだろうが! 諦めるな、ここを切り抜けりゃ何とかなる!」

 

 穂先の障壁が砕け散りそうな状況で俊がそう言った瞬間だった。

 

「ぉおおおおっ!」

 

 雨を切り裂き、半ば狂った状態になった隼人が、ヴァイス目がけて猪突し、フルスイングでダインスレイヴを叩きつける。

 

 直前にバックラーで防いでいたヴァイスは、高出力の重力制御式推進翼を用いて空中で制動し、大鎌を展開してニヤッと笑うと左肩に刃を担いだ隼人を見る。

 

「あはは、それがダインスレイヴねぇ……。ま、あなたも楽しめそうだし、殺さない程度にいたぶってあげる」

 

 そう言って挑発したヴァイスは、アサルトフレームのスラスターも併用して突進してきた隼人に笑うと、一瞬姿を見失うほどの速度で一閃を回避。

 

 見失った事に動揺した隼人がヴァイスの気配を悟った瞬間、彼女の一撃で地面に叩きつけられた。

 

「あっは、遅い遅い。止まって見えるわぁ」

 

 地面に倒れ伏す隼人にそう言って歯を剥いたヴァイスは、起き上がり様に剣を振り上げた彼の一撃をスウェーで避けると踵に展開したナイフで隼人の左腕を突き刺す。

 

 苦悶を上げる彼にくすくす笑ったヴァイスは、引き抜いたナイフを格納しながら一回転し、修復している彼の左腕を脛のコールドブレードで切断した。

 

「ッ!」

 

 切断されたショックを狂わされた事で苦悶も上げない隼人は、右腕のワイヤーでヴァイスを牽制すると、黒く染まった腕を拾い上げて元の場所にくっつけ、瞬時に修復した。

 

 それを見ていた全員が驚く間に、ヴァイスへ突きを繰り出した隼人は、不意打ち気味のそれに、吹き飛ばされた彼女へ追撃の魔力を飛ばす。

 

「サングリズル!」

 

 そう叫んだ奈津美は、自分に標的を変えた隼人に気付き、大型のシールドを構えて隠れているSEALs狙撃手が『マクミラン・Tac-338』を発砲する。

 

 慎重な動きで放った射撃は、瞬時に狙撃を悟った彼の手で防がれ、返礼の一閃で隠れていた建物ごと狙撃手と観測手が吹き飛ばされ、落下した道路に肉片が散る。

 

「な……」

 

 唖然となった奈津美は、振り返って来た隼人と目が合うと同時、斬りかかって来た彼にシールドを上げる。

 

 バリアフィールドでコーティングされたシールドと激突した剣が術式に代わっている魔力を介してバリアを徐々に侵食し、溶断寸前まで持ち込もうとした刹那、隼人の体が真横から蹴り飛ばされた。

 

 道路を転がる隼人に、シールドのコンディションを図りつつビームマシンガンを向けた奈津美は、隼人を蹴り飛ばした体勢のまま、光の粒子を放ちながら現れた賢人の背後に下がる。

 

「奈津美、始末を頼む。ここは俺と、ヴァイスでやる」

 

「りょ、了解。無理はしないでね」

 

「ふっ、いつも通りなら無理な相談だぞ?」

 

 そう軽口を叩いて彼女のAASに触れた賢人は、脚部側面に取り付けていたマウントアームから先程持っていたアサルトライフルを引き抜くと隼人に向ける。

 

 それを恨めしげに見ながら立ち上がった隼人は、狂気で狂った目でサブマシンガンの銃口を見つめる。

 

「俺を、殺す気か」

 

 そう言って剣を持った左手を前に出した隼人は、単発に変えた賢人がトリガーに指を掛けた瞬間、斬りかかった。

 

 瞬間、剣を振り下ろしてきた腕を掴んだ彼が、合気の動きで隼人を地面に引き倒す。

 

 受け身で致命傷は避けた隼人は、アスファルトに叩き付けられた事で一瞬呼吸が出来なくなり、その間に銃を構えた賢人は、動けない筈の隼人が無理やり剣を振るって来たのに舌打ちして組み合いを解除した。

 

「お前も……俺から大切な物を奪うのか」

 

「大切な物? その剣か?」

 

「違う、俺を……俺を想ってくれる人をだ! お前は、いや……お前達は奪いに来たのか? 答えろ、お前もあの男と同じ様に俺から愛を、恋を、慈しみの何もかもを奪い去っていくのか!?」

 

 そう言って泣き喚く隼人に動揺した賢人は、斬りかかってくる彼の一閃を背中にマウントしていた長刀で受け止める。

 

 何故か侵食する力が弱くなっており、高周波ブレードでもある対AA用の長刀はダインスレイヴの1.5倍近い質量でもってその一撃を受け止めていた。

 

「お前は……怯えているのか……?」

 

 鍔競り合う長刀越しに隼人を見た賢人は、その眼に浮かぶ幼い子供の様な表情にそう呟いていた。

 

 奪われた苦しみに怯えた目、まるで大切な物を奪われた子どもが最後の宝物にしがみつく様な、そんな表情。

 

「お前らは、俺から奪った。何もかもを。だから殺す! 壊してやる。俺の人生を、ささやかな幸せも、将来の夢も何もかもを壊して、のうのうと生きている、お前ら人を!」

 

 怯えた目は狂気となって心の奥底に眠っていた殺意を励起させる。

 

「まさか、お前も……。俺と同じ……」

 

「俺の両親の死を無視し、惨劇を生き残った俺と親族を遺族の怒りの供物にし、その死を見世物にしたこの世界を……俺は破壊する!」

 

「……世界に全てを奪われたのか」

 

 そう言いきった刹那、弾き飛ばされた賢人は、ニタニタと笑っている隼人に同情しながらも銃口を向け続けた。

 

「同じ境遇だとしても俺は自分自身を曲げない。だが、同情はしてやる、イチジョウ隼人」

 

 そう言って賢人は、トリガーを引き絞った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 賢人と隼人が戦い始めた頃、重軍神の戦いの余波を回避しつつレンカ達の元へと急いでいたシュウ達は、目の前に現れた小隊からの射撃に晒された。

 

「くそっ」

 拳銃で反撃しつつ、建物に隠れたシュウ達は、隊列を組んで迫る軍人達に近接戦用の得物を構えて息を潜めていた。

 

 ポイントマンが隠れている角に接近したその瞬間、戦闘にいた浩太郎が上がって来た銃を払い落とし、ククリナイフの峰で喉笛を殴り潰す。

 

「ごっ」

 

 息が止まりそうな兵士が苦しんでいる一瞬、ナイフを引いた浩太郎は、ヘルメットを叩き割ったトマホークをそのまま脳髄へぶち込んだ。

 

 慌てて発砲してくる兵士に死体を盾にすると落ちていたライフルをシュウに蹴り渡す。

 

 ショートバレル型SCAR-Lを単発射撃で構えたシュウは、浩太郎の脇から太ももと首に二発発砲して射殺すると激しい弾雨に晒された。

 

「数が多すぎる!」

 

 マガジンを捨てたシュウがそう叫んだ瞬間、隊列がビームに薙ぎ払われ、直後、大粒の弾丸が雨霰と降り注いだ。

 

 それに驚いた彼らは、ゆっくりと降下してきた奈津美に警戒する。

 

 武器を向けてきた浩太郎達へ、秘匿用のバイザーを装着したまま、視線を向けてきた彼女が武装を下ろしたのに、警戒を続けながら、彼らは通過する。

 

「カナちゃん、レンカちゃん!」

 

 そう言って店に飛び込んだ浩太郎は、今にも泣き出しそうなカナを抱き締める。

 

 すると、嬉しさと緊張感の解放からかおもらしをした彼女が恍惚とした表情を浮かべるのに首筋にナイフを当てた。

 

 そんなやり取りを素通りしたシュウと俊は、濡れた痕跡があるパンツとHK417を握り締めて座り込むハナと、応急処置が済んで動ける様になっているシグレとレンカを迎える。

 

「すまん、遅くなった」

 

「本当ですよぅ……。もう」

 

「ところでそのパンツは……」

 

 そう言って地雷を踏んだシュウは、ブルブル震える彼女から視線を逸らすと、誤魔化す様に頭を撫でて外に誘導した。

 

 その間に、シグレの傍にしゃがみ込んだ俊は、泣き出しそうな彼女に謝りながら頭を撫でた。

 

 それでタカが外れたのか泣き喚いたシグレが俊に縋りつくように泣き出したのを、レンカは一人、寂しげに見ていた。

 

「ねぇ、隼人は?」

 

 そう呟いたレンカは、揃って俯く浩太郎達を見回して涙を浮かべる。

 

「何で、隼人がいないの?」

 

「レンカちゃん、隼人君は」

 

「どうして、アイツはここにいないの?」

 

 頑ななレンカの言葉に黙りこくった浩太郎は、涙を浮かべて走った彼女に驚愕し、その後を追った。

 

「隼人!」

 

 そう叫んだレンカは、それを阻もうと降下した奈津美を蹴り飛ばそうとするも、跳躍の瞬間、変に力が抜けて足を挫いた。

 

 道路に倒れたレンカは、自分を抱え上げようと、しゃがみ込んだ奈津美に怯えて後退る。

 

「い、いや……来ないで!」

 

 そう言って体を震わせたレンカは、悲しげな顔で一歩引いた奈津美に涙目を見開くと、彼女の背後から迫る隼人の殺意を抱いた表情に怯えを戻した。

 

 振り返った奈津美のシールドと激突したダインスレイヴが衝撃波を発し、思わず顔を背けていたレンカは、その間に駆け寄ってきたハナとシグレに引きずられた。

 

「待て!」

 

 そう言ってシールド越しに奈津美を蹴り飛ばした隼人は、進路を塞ぐ様に降下してきた賢人とヴァイスの攻撃を全て捌き、一歩後退する。

 

「退け! アイツが、レンカがそこにいるんだ! 邪魔をするな!」

 

「そう言われて離脱されても困るのでな。大人しくその剣を渡せ」

 

「退かないなら排除するだけだ!」

 

 そう言って斬りかかった隼人に、舌打ちした賢人は、刀を振って牽制すると、ダッキングで回避した彼にノールックで射撃する。

 

 瞬時にそれを回避していた隼人は、向き直って射撃を繰り返す賢人に迫るが、その直前、割り込んだヴァイスが一撃離脱の横薙ぎを放つ。

 

「あっは」

 

 笑いながら放たれたヴァイスの一撃を受けて、減速させられた隼人は、上方を取った奈津美の射撃で視界を塞がれ、その間に接近した賢人に蹴り飛ばされた。

 

 地面を滑走し、失速して転がった隼人は、無理矢理かけられた治療術式に、悶え苦しみながら立ち上がり、眼前に迫ったヴァイスの大鎌をスラスター併用で受け止めた。

 

「ふふっ、遊んであげる」

 

 そう言った刹那、亜音速のバックステップで距離を取ったヴァイスに、つんのめった隼人は、踵落としで地面に叩きつけられ、一瞬バウンドした体に、大鎌の柄がフルスイングで打ち込まれる。

 

 鈍い音が隼人を駆け巡り、内臓を潰されたショックを受けた彼は、瞬時に回復してヴァイスに斬りかかる。

 

「あっは、鈍ぅい」

 

 くすりと笑い、8の字に振り回していた刃の後ろで側頭部を殴られた隼人は、くるくると風車の様に回るそれを、体に這わせながら振り回すヴァイスが、おもむろに腕を上げたのを見た。

 

 瞬間、バックラーのマシンガンから放たれたライフル弾が、隼人を追って猪突、それを横回転しながら避けた彼は、横薙ぎ体勢でダインスレイヴを縦に振るった。

 

「あら、危ない」

 

 そう言って笑った彼女は割り込んだ賢人に蹴り飛ばされ、奈津美と共に銃を構えた彼から追撃の弾雨を浴びる。

 

 周囲に張った魔力で弾丸を弾いた賢人は、荒く息を吐くと突然走った頭痛に頭を押さえて膝を突いた。

 

「あっは、どうしたの? 戦わないのかしら?」

 

 そう言って鎌を刃を下ろしたヴァイスは、左手を突き出すと同時に、構えた賢人達と共に射撃を放つ。

 

 咄嗟に飛び退いた隼人は、着地と同時に走った頭痛に呼応してフラッシュバックするピエロマスクの男に、表情を歪めた。

 

『君も私になる。いや、私を超える』

 

 男の声が幾重にもハウリングし、耳鳴りとなって隼人の耳朶を打つ。

 

 その間に放たれた銃撃を回避した隼人の視界から徐々に色と景色が無くなっていく。

 

『ワシらを殺し』

 

 斬殺した痕を遺した祖父の声が銃声よりも大きく響く。

 

『俺を見捨て』

 

 蜂の巣になり、首の無い父親の声が弾丸の擦過と重なる。

 

『あんたは生まれ変わる』

 

 額に銃痕を穿った祖母の声が大鎌の風切り音と共に響く。

 

『道化ではない、鬼として。復讐と奪われた痛みに焼かれる悪魔として』

 

 上半身の無い母親の声が刀を咄嗟に弾いた剣の共振に響く。

 

「お、俺、は……」

 

 目の焦点を失い、最早身体機能が狂い始めた隼人は、自分自身の幻を見始めていた。

 

『お前は、何だ?』

 

「俺は……」

 

『お前は』

 

 ぼんやりとした視界に手を伸ばした隼人は、その様子に攻撃の手を止めさせた賢人の前を、おぼつかない足取りで歩く。

 

 その先には、様子がおかしい事に振り返ったレンカがいた。

 

「俺は……」

 

 制止しようとする浩太郎達を振り切って、駆け寄ってくる彼女に隼人は歩み寄る。

 

『生きるのが苦しいなら、殺してあげる』

 

 真っ暗になった景色に、いつの間にか手にした薙刀を構えて間近に寄って来た彼女を捉える。

 

 そして、急に白ばんだ景色で何も持たずにいる彼女と目が合った彼は、幻想に踊らされるがままに剣を振り上げ、唖然とした彼女目がけ、最期の殺意を込めて振り下ろした。

 

『悪魔だ』

 

 瞬間、レンカとの間に割り込んだ賢人が振り下ろされる直前のダインスレイヴを叩き落とした。

 

 そして、無茶な軌道でかかった負担を息にして発散していた彼は、道路に倒れ込んだ隼人の様子がおかしい事に気付いた。

 

「隼人……?」

 

 起き上がりもしなければ、呻きも上げない隼人に尻もちをついた体勢から這い寄ったレンカは、勢いの強まる雨に打たれながら隼人の首に指をあてる。

 

 魔力侵食の影響でショック死し、脈も無く、そして呼吸も無い、その事実に動悸を起こした彼女は、冷たいアスファルトの上で屍となった彼に声を失った。

 

「あ、あ……」

 

 受け入れがたい事実に彼の体を揺さぶったレンカを見下ろしていた賢人は、フラッシュバックした記憶に一歩後退る。

 

 戦場で見た両親だったものを揺さぶる幼い子ども、自分の養子である舞との出会いを思い出した彼は、泣きじゃくるレンカを見下ろし、声を掛けようとして諦めた。

 

「起き、てよ。隼人……起きてよ。風邪、ひいちゃうよ……ねぇ、隼人……」

 

 そう言って体を揺さぶったレンカに隼人はもう何も返さない。

 

「死なないって、言ったじゃん。隼人……何で、死んじゃうのよぉ……」

 

 そう言って隼人の死体に縋りつき、泣き喚くレンカを見ながら、ダインスレイヴを拾い上げた賢人は泣いている彼女の隣に立っているヴァイスに気付いた。

 

 何をする気だ、とそう賢人が思った直後、ヴァイスはバックラーから引き抜いたマチェットをレンカの顎に当てた。

 

「サングリズル! 何のつもりだ」

 

「うるさいから黙らせてるだけよぉ? このクソ猫を」

 

「余計な危害を加えるな」

 

「何よ、殺さなきゃ良いんじゃないのぉ?」

 

「何しても良い訳じゃない。だから止めろ」

 

 そう言って手にしたライフルの銃口を向けた賢人に不満そうなヴァイスは、ガチガチと震えるレンカの表情を見て震えあがるほどの快楽を味わった。

 

「あっはは、良い顔ねぇ。ねえ、キーンエッジ。私、アンタの言う事聞く気が無くなっちゃった。だってこの子、こんなに良い顔で震えるのよ? 虐めたくなっちゃう」

 

「目的は達成した。お前の趣味に付き合う気はない」

 

「あらそう、じゃあこの子を連れて帰るとしましょう。ゆっくり味わってあげる」

 

 そう言ってレンカの体を抱え上げようとしたヴァイスは、抵抗するレンカが隼人を掴んだのに眉を吊り上げる。

 

「その子の事が好きなのね、あなた。じゃあ、それを切り刻んであげましょう。あなたに見える様にねぇ」

 

 そう言って大鎌を腰から引き抜いたヴァイスに腕を押さえて抵抗するレンカは、それすらも弄ぶ彼女に悔しそうな表情を浮かべる。

 

「良いわ! 良い……その表情。堪らない」

 

「ダメ……」

 

「あっはは、何ができるって言うのかしら。体重も軽いあなたに」

 

 そう言って隼人に歩み寄るヴァイスは、フルフルと震えるレンカを乱暴に掴み上げると、隼人が見える様に吊り上げる。

 

 そして、薙鎌モードに切り替えた鎌を隼人に向ける。

 

「よぉく見てなさいな。今日、あなたの好きな人は切り刻まれます。そして新しく私があなたが愛すべき人になりますってね」

 

 そう言ってニヤリと笑ったヴァイスに、レンカは声も出せずに震えあがっていた。

 

「い、嫌……」

 

 そう言って暴れるレンカを、嘲笑いながらヴァイスは隼人の死体を踏みつけ、鎌を振り上げた。

 

「では、一刀両だーん」

 

 そう言って振り下ろした瞬間、ヴァイスは横方向へのブーストを視認し、直後離脱した隼人が立ち上がったのに驚愕した。

 

「何?」

 

 そう言って振り向くヴァイスを振り返った隼人は、赤い目を光らせ、腰からアークセイバーを引き抜くと過負荷から吐血してしまう。

 

 だが、それよりも、ヴァイス達には生き返った事に驚愕していた。


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