僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第30話『介入』

 同時刻、周囲の警戒に当たっていたシグレは二本目の栄養バーを咥えた時に感じた異音に耳をぴくぴく巡らせる。

 

 金切り音にも似た不快音に、渋い表情を浮かべながらグロックの銃口を巡らせたシグレは、同様の音を感じているらしいレンカとハナに待機を指示する。

 

「迂闊に動かないで。私が、様子を見る」

 

 そう言って音源を辿って聞こえてくる方を正確に辿って行ったシグレは、円盤状の物体と鉢合わせし、そしてそれが随伴させている羽根状の砲台が光を溜めているのに顔をひきつらせたシグレはその場でのけ反った。

 

 ばしゅ、と言う音を鳴らしてグロックにビームが掠め、ポリカーポネート製のフレームごと銃身がドロドロに溶けて使い物にならなくなった。

 

「この攻撃……! 新横須賀湾の手口と同じ手合い!? まさか、本当に……!」

 

 冷や水を浴びせられ、内心パニックに陥ったシグレは慌ててハナ達の元へ戻ると、ひっ迫した表情に驚く二人の腕を取って走り出そうとする。

 

「い、痛っ」

 

 治りかけのレンカが悲鳴を上げ、それを聞いて幾らか冷静になったシグレはバトルライフルを構えたハナに後ろを指さして、自身はレンカのホルスターからPx4を借用する。

 

「音の正体、何だったの?」

 

「探知ドローンです。それと、ビームを放つ遠隔端末(ターミナルユニット)も。相手は、私を音で誘い込んで腕を撃ち切る魂胆でした」

 

「ビーム……?! それって……」

 

「恐らくは、新横須賀の犯人です」

 

「ど、どうしよう。生身じゃ……勝てないんだよね?!」

 

 弱気になって銃口を下ろすハナに、不安になり、くじけそうになったシグレは、そんな雰囲気を察して立ち上がろうとするレンカに目を向けた。

 

「だったらどうするか考えなさいよ……! 頭あるんでしょアンタら、私より賢いね」

 

 そう言ってシグレに凭れかかったレンカは、その言葉でスイッチが入ったハナが唸るのにニヤッと笑う。

 

「シグちゃん。考えがあるの」

 

「な、何ですか?」

 

「ここのポイントを放棄して、このままシュウ君達がいる交戦ポイントに突っ込もう」

 

「えっ、な……何を言ってるんですか!? レンカもまだ動けないこの状況で、交戦なんて……」

 

「だけどこのまま孤立してたらやられる。それよりは、移動した方がまだ良いと思うの」

 

 そう言ってHK417のハンドガードを握りしめたハナに、ため息交じりに折れたシグレは肯定の頷きを返すとレンカにアイコンタクトを取る。

 

 同じ様に肯定を返したレンカに、覚悟を決めたシグレは、表情を華やがせるハナに後ろを任せると、レンカが庇える位置に体を向けつつ移動を始めた。

 

 一方のシュウ達は、違和感に気付いているカナを他所に無言のコンビネーションで隼人を抑え込んでいた。

 

「残りマグ、二! リロード!」

 

 そう叫んで弾帯を叩き込んだシュウは、隼人を囲みながら拳銃を射撃する二人が離れたタイミングを見計らって軽機関銃を撃ち込む。

 

 だが、最早人外の域にあるらしい彼の反射神経が払い落とし、そして致命箇所に到達しない弾丸も全て天球状に張られた魔力で弾き飛ばされていた。

 

「くそっ、こんなにも応用が利くのか!?」

 

 毒づき、離脱したシュウは、元いた場所を薙ぎ払う魔力の塊に冷や汗を掻きつつ、寮の寝室で術式を構築していたハナの言葉を思い出す。

 

(魔力のコントロールさえ得ていれば魔力を操る事は人間でも出来る、だったか)

 

 術式に変換するにはそれ専用の技術がいるが、魔力そのものを動かすのは難しいものではないと彼女は言っていた。

 

 恐らく隼人にも、その心得はあるのだろう。

 

 魔剣が操るとは言え宿主の技術はそれなりに反映される筈だ。

 

「敵に回ると面倒だな!」

 

 思わずそう叫んでいたシュウは、苦笑を返す二人を無視して隼人に銃口を向けるとおもむろに離脱したカナに気付いてその背中に叫ぶ。

 

「どこに行く!?」

 

 彼女の後を追おうとしたシュウは、それを止めた浩太郎に疑いを目を向けた瞬間に攻撃され舌打ちしながらローリングする。

 

「くっ……。浩太郎、何故止めたんだ」

 

「カナちゃんが意味も無く離脱する訳が無いからね。それに、君がカナちゃんを追えば無駄な戦力低下を招く。今は隼人君を押さえるのが先決だ」

 

「なるほど、すまないな」

 

 そう言うと、暴走が止まる気配の無い隼人に嫌な予感を感じてどうやって止めるかを思案する。

 

 その間に突撃した俊が、ダインスレイヴと斬り結び、一瞬鍔迫り合いをする。

 

「近接も射撃も、そしておそらく魔法も駄目。打つ手無しだな……」

 

 そう呟いた瞬間、風切り音が彼の耳朶を打った。

 

(この音……。どこかで……)

 

 花火でも打ち上げた様な音、そして、それが近づいてくる音。

 

(訓練……。何の訓練だ……?)

 

 そして、一瞬音が消えた後、爆発音が轟く。

 

「迫撃砲!?」

 

 ようやく思い出し、何故だ、と空を見上げたシュウは着弾コースにある迫撃砲弾を回避すると今度は空から降ってきた青白い光と轟音に目を見開いた。

 

「あれ、レールガンじゃねえのか?!」

 

 隼人に吹っ飛ばされていた俊がそう叫んだ直後、第三波が彼らの周囲に着弾し土砂が視界を遮る。

 

「レンカ……。どこだ、レンカ!」

 

 轟音で何かスイッチが入ったらしい隼人が、周囲を見回すのに驚いた三人は、狂気に交じり始めた恐怖心と孤独感、そして悲壮感に戸惑い、得物を向ける手を止めかけていた。

 

「お前ら、レンカを……。アイツをどこにやった! 答えろ、早く、答えろぉおおお!」

 

 癇癪を起こした隼人が振り下ろしたダインスレイヴから、魔力が迸り、大地を抉って模擬店の一つを破壊する。

 

「ま、待て、落ち着け隼人! レンカは無事だ!」

 

「何だよ、お前! 自分で傷つけたのに、覚えてねえのかよ!」

 

「おい、俊!」

 

 迂闊に口走った彼を叱責したシュウは、動揺する隼人に浴びせられる警報のけたたましい音に空を見上げる。

 

「俺が、レンカを……」

 

 ダインスレイヴを取り落とし膝を突いた隼人を見たシュウは、しまった、と口を押さえている俊を視線で詰ると、動揺している彼に一歩近づく。

 

「落ち着け隼人。彼女はまだ死んでいない。無事だったんだ。お前が手加減をしたおかげで」

 

「嫌だ……」

 

「何?」

 

「レンカがいないのは、嫌だ。俺は、一人になりたくない。俺は、俺を一人にしたくない……。嫌だ、嫌なんだ……」

 

「隼人……」

 

 歩みを止めてしまったシュウは、嗚咽を漏らしながら蹲る隼人が酷く小さく見えた。

 

 それは哀れみでも、落胆でもない、たった一人の人間として、彼が抱えた孤独を垣間見ているだけだった。

 

 失望でも、何でも無い、彼をただの人間として見れるその事にシュウは安堵を覚えると同時に、抱え込んだ奈落の様な孤独にただただ同情するしかなかった。

 

「どこにいるんだよ、レンカ……」

 

 消えそうなほど弱々しい声。それを掻き消さんばかりに、一層勢いを増した豪雨が、隼人の涙を肩代わりしている様だった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 迫撃砲の攻撃を感知していた警備部隊の総本部は、それから数分遅れて現れた重軍神部隊の存在を沖で警戒していたイージスのデータリンクで確認すると、状況を整理して優先事項を各部署に発令した。

 

 三機からなる重軍神部隊の迎撃を命じられたイージス一隻、ミサイル艦二隻、駆逐二隻からなる警護艦隊は艦載機として置いていた重軍神、雷電にスクランブルを掛けつつ、迎撃準備に入った。

 

「全艦対空戦闘用意! 繰り返す、全艦対空戦闘用意!」

 

 旗艦であるイージス艦艦長の号令で、戦闘準備に入った艦隊は、目視できない距離から接近中の重軍神、スーパーホーネット三機に指定番号(トラックナンバー)を振り分ける。

 

 その間に、後部のヘリパットに駐機していた雷電が起動し、誘導員の指示に従ってゆっくりとホバリングしながら離陸する。

 

「既に攻撃許可が下りている。本艦とDDG-106、107は対空ミサイル発射、DD-11、12は対潜警戒態勢。ライトニング隊は4、5を対潜哨戒に当たらせろ。1、2、3は本艦、106、107の直掩に付け」

 

『了解。106、ミサイル発射!』

 

『了解。107、ミサイル発射』

 

 そう言ってミサイル艦二隻の垂直発射装置(VLS)から対空ミサイルがそれぞれ放たれ、一機ずつに猪突していく。

 

 だが。

 

「ターゲット、フレア放出! 命中ならず!」

 

 ミサイルの命中より早く、赤外線誘導を誤魔化すフレアと呼ばれる妨害装置を放出していた三機は、擦れに捕捉されていると悟り複雑な軌道を描きつつ距離を詰めていく。

 

 そして、肩部のハードポイントに懸架していたロングショット用の対艦ミサイル各四発を三機がそれぞれ学院と艦を捕捉した状態で放たれる。

 

「目標ミサイル発射! 内、五発が艦隊への機動を取っています!」

 

「残りは!?」

 

「学院への直撃コースです!」

 

「よし、迎撃開始だ。ありったけ撃て!」

 

「了解、ミサイル迎撃開始! 全艦、CIWS、主砲、VLS起動。迎撃弾発射!」

 

 コントロール権を得ての操作でデータリンク中の艦からミサイルを発射したイージス艦は、猪突してくるミサイルを全弾迎撃し、空中で爆発させる。

 

 そして、その間を、三機のスーパーホーネットが潜り抜け、イージス艦の艦橋から一瞬、肩にマーキングされたイーグルマークと掠れたSEALsのバクロニウムが見え、監視員の目が開かれる。

 

「アメリカ海軍の、特殊作戦コマンド?!」

 

「あのライン、見覚えがある。チーム9……対魔力次元用部隊だったか。本部に連絡! 相手は恐らく強襲制圧戦を取ってくるはずだと伝えろ!」

 

「りょ、了解!」

 

 通信手にそう伝えた艦長は、敵が本部に向かっているが故に流れ弾を警戒して攻撃できなくなり、艦橋の壁を叩きながらホームへ向かう敵を見送った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 海軍のスーパーホーネットが至近へ現れた事で、新関東高校は恐慌に見舞われた。

 

 鳴りやまぬ最大レベル警戒の警報と、放送委員の怒号、その声は、砲撃成果を見守っていた賢人にも届いていた。

 

「アメリカ海軍だと?」

 

 予想外の事態に、舌打ちした賢人は、空中旋回しながら手にした30㎜大型アサルトライフルを掃射するスーパーホーネットに舌打ちし、射線から逃れる。

 

 何をする気だ、とホーネットを見守っていた賢人は、三機が背中に背負ったバックパックを下ろすのを見ていると、降車口らしきハッチからぞろぞろと兵士が降りてきた。

 

「制圧部隊か……?!」

 

 ざっと見ただけでもう18分隊はいる規模の内、3分隊が隼人達の方へ向かい、残りが校舎の方へ向かったのに舌打ちした賢人は、光学迷彩をつけたまま草むらから飛び出して通信バンドを米海軍標準の物に切り替えた。

 

「展開中のSEALs、応答しろ! 作戦指揮官と話がしたい」

 

『こちらSEALsチーム9、作戦指揮官のオスカー6だ。そちらの所属と名前を知りたい』

 

「極秘作戦部隊『セルブレイド』。コードネームはキーンエッジ。そちらの任務内容と依頼主を教えろ」

 

『セルブレイド……』

 

「どうした、早く応答しろ」

 

 そう言って、パトリオットライフルを構えた賢人は、沈黙を通すSEALsに嫌な予感を感じ、こちらに向かってきたユニットを素通りさせる。

 

「周辺を探せ。殺害対象がこの周辺にいる」

 

「了解」

 

 そう言って散開した彼らに舌打ちした賢人は、通信機を起動させる。

 

「各員報告」

 

エイル(奈津美)、増援確認につき森林地帯にて待機中』

 

ゲイルドリヴル(ブラック)、砲撃体勢で待機』

 

サングリズル(ヴァイス)、屋上にて待機。指示を乞う』

 

「よし、聞け。少し不味い事態になった。米軍が学院に展開、狙いはダインスレイヴだ」

 

 そう言ってARに作戦考案用のフィールドマップを展開、それぞれの待機地点を示させつつ、賢人は話を始める。

 

「恐らく、排除にかかる敵に対し学院は抵抗する筈だ。すでに重軍神も動いて撃退を始めている。だが、敷地内に展開した歩兵を、重軍神は撃退できない。被害が拡大するからだ。恐らく歩兵戦で膠着させつつ、軽軍神の投入で打破するだろう。

 

ここで問題が発生する。同じものを狙う以上、奴らが俺達に協力するか、だ。答えは否、そして、今俺達も殺そうと、奴らは二分隊を動かして捜索を開始した。当初の目的である学生の被害を最小限に抑える為にもこれから米軍への強襲及び排除を開始。

 

そのついでにダインスレイヴを回収、その後戦域を離脱する。この手筈で、作戦を変更する。ヴァイス、米兵なら思い切り殺しても構わんぞ」

 

『あっは、本当? 良いのかしら、そんなお楽しみをいただいても』

 

「ああ、構わん。むしろ全滅させてもらいたいくらいだ。連中を見ると、反吐が出る。それはお前達も、俺達も、変わらない筈だ。あの頃からな」

 

『ええ、米軍には散々お世話になったものねぇ』

 

「お礼参りだ。存分にぶち殺せ」

 

 そう言って市街地の奥へと進んでいった賢人は、隼人達の制圧に向かった三分隊に先回りするルートで侵攻を開始した。


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