本棟屋上、会議の会場に潜入していた筈の賢人が光学迷彩を纏った状態で伏せており、遠方をカメラセンサーをズーム機能で観察していた。
「ダインスレイヴ確認。無くなったと思ったら向こうにあったのか……。転送って奴か」
『随分ファンタジーね』
「一応、ファンタジーにつきものの魔法が、向こうにはあるんだがな」
そう言って狙撃用のスナイパーライフルを長刀を背負っている背中にマウントした賢人は、太もものホルスターからUSPを引き抜くと、マズルアタッチメントを介して取り付けたサプレッサーを調整する。
近場である会場の屋上に遠方観察担当のチーム、リーヤ達ブラボーとジェス達シエラを確認済みだった賢人は、反応や妙な揺らぎが出にくいアナクロな移動方法を選択した。
姿勢を低くした賢人は、光学迷彩を展開したまま屋上の手すりにロープをセット、引っ張って具合を確かめた彼は手慣れた動きで懸垂降下を開始する。
(しかし、雨が降ったのは幸いだったな。雨の匂いで獣人系の鼻を幾分か封じる事が出来ている筈だ)
時折、下を確認しつつ、降下を終えた賢人は、迷彩が解除されたロープをそのままに移動を開始する。
空いていた手にククリナイフを引き抜き、拳銃と合わせて構えた賢人は、周囲に人がいない事を確認すると森の方へ移動する。
「プラン変更だ。強行突入する。お前らが先行しろ。但し、非殺傷は変わらずだ、繰り返す、子どもを殺すな」
『了解。迫撃砲のコントロールを渡すね』
「コントロール受領、攻撃タイミングはお前らに任せる」
そう言って端末を操作してコントロール画面を呼び出した賢人は、データリンクで表示される奈津美達の姿を見ながら模擬戦場の傍まで移動する。
茂みの中で伏せた彼は、模擬戦場の外で待機している生徒達を視認すると、彼らを避ける様に茂みに隠れた。
「ん?」
ガサガサと言う音に、違和感を感じた獣人系の生徒達が振り返るのに、慌てず、その場で伏せた賢人は、茂みを掻き分けて様子を見てきた彼らにじっと動かずにいた。
「何やってんだ、お前ら」
隊長格らしい少年が、三点スリングで下げたAK102を背中に回して、下級生らしい生徒たちの元へ歩み寄ってくる。
「あ、先輩……。その、怪しい音がしたので」
「今は待機だと言っただろうが。それで?」
「え?」
「物音だ。どこから物音がした。こんな状況で、無視する訳にもいかないだろうが」
「えっと、茂みから……」
そう言って、賢人がいる場所を指さす半猫族の女子生徒に頷いた少年は、通信機に手を当てる。
「デルタCP、デルタCP。応答せよ」
『こちらデルタCP、どうぞ』
「待機地点で不審音確認。増援を求む」
『デルタCP了解。増援を送ります』
「了解、こちらは待機を続行する」
そう言って下級生を連れて行った少年の背に照準していた賢人は、自分には気づかなかった彼から銃口を逸らすと、横ロール二回からの起き上がりで、移動を開始する。
脚部装甲の底部には軟性の強いラバーが張られており、高い静穏性を発揮するがそれでも抑えられる音には限界がある。
「どうにか進入できれば良いんだがな」
そう呟き、茂みで囲われた模擬戦場を見た賢人は、指向音声で送信された電子音に足を止め、姿勢を低くすると、行動開始の合図を打ってきた三人にニヤリと笑って、その場で待機を始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
同時刻、周囲の警戒に当たっていたシグレは、二本目の栄養バーを咥えた時に感じた異音に耳をぴくぴく巡らせる。
金切り音にも似た不快音に、渋い表情を浮かべながらグロックの銃口を巡らせたシグレは、同様の音を感じているらしいレンカとハナに待機を指示する。
「迂闊に動かないで。私が、様子を見る」
そう言って音源を辿って聞こえてくる方を正確に辿って行ったシグレは、円盤状の物体と鉢合わせする。
そして、それが随伴させている羽根状の砲台が光を溜めているのに、顔をひきつらせたシグレはその場でのけ反った。
ばしゅ、と言う音を鳴らしてグロックに粒子ビームが掠め、ポリカーポネート製のフレームごと銃身がドロドロに溶けて使い物にならなくなった。
「この攻撃……! 新横須賀湾の手口と同じ手合い!? まさか、本当に……!」
冷や水を浴びせられ、内心パニックに陥ったシグレは慌ててハナ達の元へ戻ると、ひっ迫した表情に驚く二人の腕を取って走り出そうとする。
「い、痛っ」
治りかけのレンカが悲鳴を上げ、それを聞いて幾らか冷静になったシグレはバトルライフルを構えたハナに後ろを指さして、自身はレンカのホルスターからPx4を借用する。
「音の正体、何だったの?」
「探知ドローンです。それと、ビームを放つ
「ビーム……?! それって……」
「恐らくは、新横須賀の犯人です」
「ど、どうしよう。生身じゃ……勝てないんだよね?!」
弱気になって銃口を下ろすハナに、不安になり、くじけそうになったシグレは、そんな雰囲気を察して立ち上がろうとするレンカに目を向けた。
「だったらどうするか考えなさいよ……! 頭あるんでしょアンタら、私より賢いね」
そう言ってシグレに凭れかかったレンカは、その言葉でスイッチが入ったハナが唸るのにニヤッと笑う。
「シグちゃん。考えがあるの」
「な、何ですか?」
「ここのポイントを放棄して、このままシュウ君達がいる交戦ポイントに突っ込もう」
「えっ、な……何を言ってるんですか!? レンカもまだ動けないこの状況で、交戦な
んて……」
「だけどこのまま孤立してたらやられる。それよりは、移動した方がまだ良いと思うの」
そう言ってHK417のハンドガードを握りしめたハナに、ため息交じりに折れたシグレは肯定の頷きを返すとレンカにアイコンタクトを取る。
同じ様に肯定を返したレンカに、覚悟を決めたシグレは、表情を華やがせるハナに後ろを任せると、レンカが庇える位置に体を向けつつ移動を始めた。
一方のシュウ達は、違和感に気付いているカナを他所に無言のコンビネーションで隼人を抑え込んでいた。
「残りマグ、二! リロード!」
そう叫んで弾帯を叩き込んだシュウは、隼人を囲みながら拳銃を射撃する二人が離れたタイミングを見計らって軽機関銃を撃ち込む。
だが、最早人外の域にあるらしい彼の反射神経が払い落とし、そして致命箇所に到達しない弾丸も全て天球状に張られた魔力で弾き飛ばされていた。
「くそっ、こんなにも応用が利くのか!?」
毒づき、離脱したシュウは、元いた場所を薙ぎ払う魔力の塊に冷や汗を掻きつつ、寮の寝室で術式を構築していたハナの言葉を思い出す。
(魔力のコントロールさえ得ていれば魔力を操る事は人間でも出来る、だったか)
術式に変換するにはそれ専用の技術がいるが、魔力そのものを動かすのは難しいものではないと彼女は言っていた。
恐らく隼人にも、その心得はあるのだろう。魔剣が操るとは言え宿主の技術はそれなりに反映される筈だ。
「敵に回ると面倒だな!」
思わずそう叫んでいたシュウは、苦笑を返す二人を無視して隼人に銃口を向けるとおもむろに離脱したカナに気付いてその背中に叫ぶ。
「どこに行く!?」
彼女の後を追おうとしたシュウは、それを止めた浩太郎に疑いを目を向けた瞬間に攻撃され舌打ちしながらローリングする。
「くっ……。浩太郎、何故止めたんだ」
「カナちゃんが意味も無く離脱する訳が無いからね。それに、君がカナちゃんを追えば無駄な戦力低下を招く。今は隼人君を押さえるのが先決だ」
「なるほど、すまないな」
そう言うと、暴走が止まる気配の無い隼人に嫌な予感を感じてどうやって止めるかを思案する。
その間に突撃した俊が、ダインスレイヴと斬り結び、一瞬鍔迫り合いをする。
「近接も射撃も、そしておそらく魔法も駄目。打つ手無しだな……」
そう呟いた瞬間、風切り音が彼の耳朶を打った。
(この音……。どこかで……)
花火でも打ち上げた様な音、そして、それが近づいてくる音。
(訓練……。何の訓練だ……?)
そして、一瞬音が消えた後、爆発音が轟く。
「迫撃砲!?」
ようやく思い出し、何故だ、と空を見上げたシュウは着弾コースにある迫撃砲弾を回
避すると今度は空から降ってきた青白い光と轟音に目を見開いた。
「あれ、レールガンじゃねえのか?!」
隼人に吹っ飛ばされていた俊がそう叫んだ直後、第三波が彼らの周囲に着弾し土砂が視界を遮る。
「レンカ……。どこだ、レンカ!」
轟音で何かスイッチが入ったらしい隼人が、周囲を見回すのに驚いた三人は、狂気に交じり始めた恐怖心と孤独感、そして悲壮感に戸惑い、得物を向ける手を止めかけていた。
「お前ら、レンカを……。アイツをどこにやった! 答えろ、早く、答えろぉおおお!」
癇癪を起こした隼人が振り下ろしたダインスレイヴから、魔力が迸り、大地を抉って模擬店の一つを破壊する。
「ま、待て、落ち着け隼人! レンカは無事だ!」
「何だよ、お前! 自分で傷つけたのに、覚えてねえのかよ!」
「おい、俊!」
迂闊に口走った彼を叱責したシュウは、動揺する隼人に浴びせられる警報のけたたましい音に空を見上げる。
「俺が、レンカを……」
ダインスレイヴを取り落とし膝を突いた隼人を見たシュウは、しまった、と口を押さえている俊を視線で詰ると、動揺している彼に一歩近づく。
「落ち着け隼人。彼女はまだ死んでいない。無事だったんだ。お前が手加減をしたおかげで」
「嫌だ……」
「何?」
「レンカがいないのは、嫌だ。俺は、一人になりたくない。俺は、俺を一人にしたくない……。嫌だ、嫌なんだ……」
「隼人……」
歩みを止めてしまったシュウは、嗚咽を漏らしながら蹲る隼人が酷く小さく見えた。
それは哀れみでも、落胆でもない、たった一人の人間として、彼が抱えた孤独を垣間見ているだけだった。
失望でも、何でも無い、彼をただの人間として見れるその事にシュウは安堵を覚えると同時に、抱え込んだ奈落の様な孤独にただただ同情するしかなかった。
「どこにいるんだよ、レンカ……」
消えそうなほど弱々しい声。それを掻き消さんばかりに、一層勢いを増した豪雨が、隼人の涙を肩代わりしている様だった。