僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第28話『暴走』

 同時刻、市街地フィールドの隣にある森林フィールドにて、雨の中、AASを身に着けた賢人は木の上に上がって戦況を監視していた。

 

「派手にやるな。これはエンターテイメント性があるってもんだな。なぁ?」

 

 そう足元の奈津美に問いかけた賢人は、頬を膨らませながら自動迫撃砲を組み立てる彼女の傍へ降り立った。

 

「まだ、拗ねてるのか?」

 

「だって、寸止めだし。中じゃなかったし」

 

「持ち合わせがなかったんだよ、すまんすまん」

 

「そう言う謝り方するの?!」

 

「五年もこうじゃなかったか?」

 

 そう言って苦笑する賢人は、拗ねたまま作業を進める彼女の背を見ながら、通信回線を開く。

 

「こちら賢人、定時報告」

 

『ホワイト了解。ゴー』

 

「依然として模擬戦は続行中。ツーマンセルでの対決だがあれは長引く。今が仕掛け時と見た」

 

『そう、じゃあどうするの?』

 

「俺が先行して建物に入る。お前らは引き続き待機だ」

 

 そう言って森の中を歩く賢人は、装備の確認をしながら奈津美の元へ移動し、最後の迫撃砲を設置した彼女の肩に手を乗せる。

 

 装甲分幾分か背が高くなっている奈津美と、機体の仕様上、背丈があまり変わらない賢人の背は、彼女がしゃがんでいると同じくらいに見える。

 

 しゃがんで作業していた彼女の額に軽くキスをした賢人は、どこからともなく大型拳銃サイズのアサルトライフル(パトリオットカスタム)を取り出して銃口にサプレッサーを取り付けた。

 

「桐嶋賢人、行動を開始する」

 

 そう言って光学迷彩を纏い、森の中を歩いていった賢人は表面に展開した特殊コートと光学迷彩の効果で電子上にも、視覚的にも、見えなくなった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方、俊と打ち合う隼人は、奇襲でアドバンテージを取ったものの、片手と言う重たいハンデと、全身を蝕んでくるダインスレイヴと言う二つの枷を受けて、終始圧倒されていた。

 

「おらおらどうした?! 奇襲してきた時の威勢はよォ!」

 

 そう言って隼人に槍を振り下ろした俊は、アサルトフレームの骨格と激突した柄越しに、雨と汗の混じった滴を滴らせる隼人を睨む。

 

「あれだけ偉そうに言っておいてこれか!」

 

 フレームのパワーと合わせ、素手で柄を掴んできた隼人を、槍で押した俊は、はぁはぁと息を荒げる彼に苛立ちを浮かべ、石突で殴り飛ばした。

 

「ぐはっ!」

 

 呆気無く倒れる隼人に、穂先を向けた俊は、右のラックから、アークセイバーを引き抜いて攻めかかってくる彼に、バックステップして距離を取る。

 

 そして、振り子運動で前に突き出ると、切れの無い動きでセイバーを振るった彼の腹に、鋭い突きを打ち込む。

 

「隼人!」

 

 胃液を吐き出し、蝕んでくる魔力と合わせて悶え苦しんだ隼人に、そう叫んだレンカは、駆けだそうとする自身目がけて、拳銃弾と重力フィールドを放ったシグレへレーザーを放つ。

 

 身軽な動きで回避し、距離を詰めてくるシグレへ薙刀を振るったレンカは、インレンジに入った彼女を、顔面狙いの回し蹴りで蹴り飛ばす。

 

「邪魔なのよクソ犬!」

 

 重々しい金属音を鳴らし、シグレを罵倒したレンカは、それに怒ったらしい彼女が右のレッグホルスターから引き抜いた、青と金色のカラーリングでまとめられた鉄扇に眉をひそめ、薙刀を構えた。

 

「踊れ、ダンシングリーパー!」

 

 そう言って鉄扇を広げたシグレは、直後に放たれたレーザーを切り裂くと、そのまま踊る様な動きで、ククリナイフとのコンビネーションをレンカに放つ。

 

「俊君の、邪魔はさせませんよ! このクソ猫!」

 

 そう行って鉄扇を振り下ろしたシグレは、薙刀でガードしようとしてくるレンカに、ニヤリと笑って薙刀を切り裂いた。

 

「なっ……!」

 

 すっぱりと切れた薙刀に驚くレンカは、丸ごと切断されたカートリッジから漏れる魔力越しに、得意げなシグレを捉えると、無性に腹が立って踵のランチャー撃発からの膝蹴りで、彼女の鳩尾を打撃する。

 

 呼吸困難に陥ったシグレは、踵落としの体勢に移行しているレンカに、目を見開いた直後、ハンマーで殴られた様な鈍い打撃音と共に地面に沈められた。

 

「ドヤ顔してんじゃないわよ、クソ犬が」

 

 そう罵ったレンカは、気絶すらしていないらしく、ぷるぷる震えるシグレを見下ろすと、直後足払いしてきた彼女に可愛い悲鳴を上げる。

 

「誰が、犬ですってぇ……?!」

 

 怒りの表情でそう凄んで見せたシグレは、尻もちをついているレンカに、ククリナイフの切っ先を向ける。

 

「俊だか何だか知らないけどあの暑苦しい奴にわんわんくっついてんだから犬よ犬!」

 

「あっ、あなただって、あの斜に構えた態度の男に擦り寄ってるだけの淫売猫じゃないですか!」

 

「擦り寄る事の何が悪いのよこのヘタレ犬! 男のタマタマも見た事の無い初心な処女が! 純血気取って鬱陶しいのよ!」

 

「たっ……あなたは少しくらい慎み深さを持ちなさい! 何ですかそんな淫語を平然と!」

 

「タマタマの何が悪いのよタマタマの! それともストレートに言った方が良いの!? チ○ポって!」

 

 そう言ってニヤッと笑ったレンカは、恥ずかしそうにしてるシグレに得意そうな表情を浮かべると、胸についた二つの山を押し上げて見せる。

 

「ま、いくらエロそうにしてもアンタの体はエロくない物ねぇ。関東平野さん」

 

 そう言って多少のふくらみはあるものの、誤差の範囲と切り捨てられそうな大きさのシグレの胸を指さしたレンカは、青筋を浮かべた彼女にニヤニヤと笑う。

 

「口を慎みなさい、この駄肉。デブって言われた事無いですか?」

 

「生憎胸以外は痩せてんのよねぇええええ! ひゃーひゃっひゃっひゃ! ねぇねぇ、どんな気持ち? 関東平野って言われた気持ち、どんな気持ち?!」

 

「きっ、ちっ、チビ! 黙りなさいこのチビ! 本屋の最上段に届かなさそうなチビ!」

 

 ギャーギャーと言いあう二人は、ついに打ち合いからの殴り合いに発展した後、はぁはぁと肩で息をする。

 

「ぶっ殺すわ、このまな板ババァが」

 

「私とあなたは同い年ですよこのアホチビ」

 

 罵り合いながら噎せこむ二人は、割り込む様に飛び込んできた隼人に驚愕してお互いバックステップする。

 

 そんな事も目の前の俊の攻撃で目に入らない隼人は、足を狙った槍の一撃を低空ジャンプで回避し、そのまま空中蹴りで彼を牽制。

 

 後ろ向きの回転受け身で立ち上がりつつ、左手に掴ませたアークセイバーを鈍い動きで振るわせる。

 

「おせえ!」

 

 そう言って左腕を弾いた俊は、右足の蹴りを左脇に受けて一瞬呼吸が止まる。

 

 苦しい息遣いと共に槍を薙ぎ払った彼は、それをしゃがみながらの回転で地を滑った隼人に驚愕し、そして回転の勢いを使った回し蹴りを背中に受けた。

 

「ぐっ!」

 

 槍を回転させ、背後へ牽制した俊は、のけ反った直後、左腕からワイヤーを打ち出した隼人に、得物を絡め取られた。

 

 ギリギリと機械の馬力で引き摺られていた俊は、援護に回ったシグレの射撃に、隼人が飛び退いたのを見計らって、ワイヤーが緩んだ槍を引き抜いて構え直した。

 

「サンキューな、シグ!」

 

 そう言ってスラスターを炊いて突貫した俊は、ワイヤーを鞭にして叩き付けてきた隼人に慌てて回避すると、『EMPTY』マークが神経接続で浮かんだのを見てフォアグリップを引き、カートリッジを排莢した。

 

 かしゃん、と白煙を上げるリム型カートリッジが雨に濡れた道路に落ちると、水蒸気を上げて爆ぜた。

 

(突撃使おうにもコイツ相手で通じるかどうか……。残り六発、リロード出来るっちゃできるが乱発できねぇしな)

 

 そう言って槍を構えた俊は、カートリッジ残量の表示を一度見る。

 

 スラスター用のリムカートリッジの残数と、障壁術式展開用のボックスマガジン型カートリッジの残量を確認した俊は一度槍を回して構え直す。

 

(カートリッジは残り六割か……。少しは無茶できるな)

 

 そう思い、切っ先を隼人に向けた俊は、ワイヤーとアークセイバーを構える彼に、ニヤリと笑って槍を引いた。

 

 直後、前方へ重心を集中させた瞬発と共に、障壁術式で間合いを広げた穂先を突き出した俊は、隼人の背後から現れたレンカに気付き、踵落としの体勢で降下してくる彼女に目を見開いた。

 

「爆ぜろ、ジャッジメント・ハンマー!」

 

 光を踵に集中させ、振り下ろしたレンカは、着地の動きに合わせて、俊の槍に叩き付けた。

 

「龍翔、リアクティブモード!」

 

 そう言って障壁に接触したレンカが爆発の光と共に吹き飛び、その反動で動きが止まったのを狙ってワイヤーを振るった隼人は、グロック18Cを連射してくるシグレが庇ったのに舌打ちし、右のアークセイバーを振るった。

 

 アークの刃が迫る中、難なく屈んで回避した俊は、石突でセイバーを払い落とすと、そのまま離脱し、振り返った。

 

「シィイイグ!」

 

 ワイヤーに嬲られ、吹き飛ぶシグレに叫んだ俊は、槍のスラスターを展開し、無理矢理隼人へと突っ込んだ。

 

 そして、同タイミングで振り返っていた隼人がのけ反って回避する瞬間、彼の左目にあった眼帯に穂先が擦過。

 

 摩擦で切断されたそれが隠していたワインレッドの目が露呈する。

 

「クソ、外し……」

 

 悔しがりながら振り返った俊は、蹲る隼人を目にして言葉を失った。

 

 目を切ったのか、と心配になった俊は、痛みに苦しみ、叫んだ隼人の目に、それ以上の危険を感じた。

 

「何、だ?!」

 

 しゅるりとほどける左腕の封印用の布、そして、露呈する赤黒い腕。

 

 そこから悍ましい魔力量と殺気が迸って見る者を怯えさせる。

 

『あはは、あっはははは! ああ、解けちゃったのね。さあ、私を楽しませてちょうだいな、は、や、と、君っ』

 

 左腕腕から現れたスレイにそう囁かれた隼人を見たレンカは、自分の奥底からふつふつと湧き上がる狂気に、自然と口元を歪ませていた。

 

 一緒に笑おう、と彼女の脳裏で誰かが呼びかけ、それに応答する間もなく笑っていたレンカは、痛み、苦しんでいたシグレにケタケタと奇妙な笑みを浮かべて、その場で座り込んでいた。

 

「な、何だお前、何なんだよォ!」

 

 恐怖に負けて激昂し、猪突した俊は、ニヤッと笑った隼人の左腕に突き出した槍を掴まれたのに、引き攣った声を上げる。

 

「く、クソッ、放せ!」

 

 空中で固定されたようにびくともしない槍を闇雲に動かす俊は、槍を掴む左腕から立ち上ったオーラに怯え、スレイの姿となったそれに後退った。

 

『あはは、良い顔。もっと、もっと怯えて。もっともっと、恐怖してねぇ……あっはははは!』

 

 瞳孔を開き、狂気じみた笑みを放つスレイに呼応する隼人が、槍を引き寄せ、右手で俊の胸ぐらを掴むと、槍ごと彼を投げ飛ばした。

 

 地面に引きずられ、苦悶を上げた俊に駆け寄ったシグレは、グロックを発砲し、隼人を牽制しようとするも、放出された魔力がバリアとなって弾丸を弾き飛ばす。

 

「くっ、一体何が……」

 

 そう言ってマガジンを外したシグレは、瞬間飛び込んできたレンカに飛び退くと、隼人と似た様な笑みを浮かべる彼女にリロードした銃口を向ける。

 

「あなたもですか、レンカ・イザヨイ!」

 

 そう叫んだシグレは、ハッとなって正気に戻ったレンカに驚き、周囲を見回す彼女は、様子のおかしくなっていた隼人に気付くと、怯えた様に後退った。

 

「隼人……」

 

 こうなった理由を知っているそぶりを見せるレンカに、詰め寄ろうとしたシグレは、それを阻む様に突っ走った魔力の塊に目を見開き、銃口を向けた。

 

「人間が、術式を!?」

 

 そう言って隼人に銃を向けたシグレは、手刀で振り上げられている彼の左腕から、螺旋を描く様に魔力が伸びていくのを見た。

 

 そして、魔力は空間にどす黒い穴を穿ち、そして描き出すように穴から一振りの長剣を呼び出した。

 

「あれは……ダインスレイヴ!? 空間転移で召喚したの!?」

 

 そう叫んだ直後、グロックの引き金を引いたシグレは、平然と弾丸を弾く隼人に歯を噛む。

 

 そして、横薙ぎに剣を振り被った彼に気付いて、動揺しているレンカの手を引いてしゃがませた。

 

 宙を走った魔力が莫大量のエネルギーを撒き散らし、ビリビリと体を叩く衝撃波に耐えたシグレは、覆い被さる様にして庇ったレンカの、動揺し浮ついた目を見下ろす。

 

「何で……? 隼人、大丈夫って、言ったじゃん……。嘘、吐き……」

 

 涙を流すレンカが、嗚咽を漏らすのを黙って聞いていたシグレは、いてもたってもいられなくなって、体を起こした。

 

 お人好しな自分が嫌だと思いながらも、レンカの泣き顔に正義感が湧き上がってきたシグレは、隣に歩み寄ってきた俊と、一瞬視線を合わせて得物を構えた。

 

「言っておきますが、別にそこの子の為ではないんですからね」

 

 そう言ってふい、と顔を逸らしたシグレにニヤッと笑った俊は、剣を振り上げて突っ込んできた隼人に舌打ちし、飛び退いて槍を構えた。

 

 隼人の姿に動揺しているレンカを抱え上げたシグレは、魔力を飛ばしてきた彼に目を見開いて、丸ごと吹き飛ばされた。

 

「くっ、仲間ごと!?」

 

 痛みに泣き喚くレンカを庇いつつ、ハンドガンを発砲するシグレは、全身に走った痛みに力が抜けていった。

 

「この、痛みは一体……?!」

 

 そう言って倒れ伏したシグレは、迫る隼人の長剣に拳銃を上げる。

 

 が、震える腕が照準を阻害し、その間に長剣に殴られたシグレは、ゴロゴロとアスファルトの大地を転がると、プラスチック製の拳銃を取り落す。

 

「シグ!」

 

 叫び、駆けつけようとした俊は、瞬間移動の様に目の前に現れた隼人に驚愕し、振り下ろしの体勢にあった彼の腹を蹴り飛ばした。

 

 よろめく隼人に後退って槍を構え直した俊は、ダインスレイヴを肩に担い、飢えた獣のような唸り声を上げる彼の背後で、レンカが立ち上がるのを見た。

 

「こんの……」

 

 じりじりと歩み寄る隼人に、涙目で体を震わせたレンカは、右足に光を溜めると、ボールでも蹴る様に助走をつけて、隼人の脇腹目がけて蹴り上げた。

 

 だが、それを読んでいた彼が剣で受け止めて弾き飛ばすと、宙に浮いた彼女を剣の腹で叩き付けた。

 

「がふっ……!」

 

 吐血し、バウンドしたレンカの体に蹴りを食らわせた隼人は、ぐったりとして動かない彼女に長剣を振り被る。

 

「死ね」

 

 冷たい声色と高エネルギーを保った魔力の塊を放った直後、間に割り込んできた俊とシグレが、それぞれの防御策を展開してレンカを庇う。

 

 俊は槍の障壁で、シグレは重力フィールドによる偏向で防御を行うが、魔力のエネルギーは凄まじく、消滅させるまで数百メートル滑走し、レンカの傍まで押し出されていた。

 

「クソッ、なんて威力だよ!」

 

 悪態を吐いた俊は、穂先の根本、処理機器が内蔵されたユニットからボックスマガジン型のカートリッジを引き抜くと、残量少ないそれの予備を挿入して殴る様にハッチを閉じた。

 

 神経接続の表示が最大まで上昇し、補給完了を知らせる。

 

「一撃でこれじゃ長く持たねえぞ」

 

「分かってますよそんな事!」

 

「言ってみただけじゃねえか……。まあ良いや、シュウ達を呼ぼう。それまでの辛抱だぜ、シグ」

 

 そう言って槍を構えた俊は、通信機でシュウを呼び出しつつ、隼人を睨んだ。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方のシュウ達は、美月達オペレート担当からの連絡で、隼人達の方の様子がおかしい事に早くから気付いており、通信を受ける以前から行動を始めていた。

 

「俊から連絡があった。今交戦中だそうだ」

 

 そう言って裏路地に隠れる浩太郎に、そう言ったシュウは、リロードを終えた軽機関銃(M249)を片手に構えると、黙ったままの彼をちらと見た。

 

 先程まで争っていた関係でいきなり親しくしろと言う方が無理がある、と思い、彼の態度を流したシュウは、後ろで『HK417』バトルライフルの確認を行うハナへ、待機維持のサインを送る。

 

『ターゲット視認。俊と交戦中、隼人は気づいてないみたい』

 

 偵察に出ていたカナの声に、頷いた浩太郎を見たシュウは、タップからのハンドサインで移動する事を伝えてきた彼に、了解の応答を打つ。

 

 そして、射撃位置に移動すべく、ハナと共に移動したシュウは、建物越しに聞こえてくる轟音に舌打ちしつつ、状況を整理していた。

 

(隼人が侵食限界により暴走。レンカは彼から重大なダメージを喰らって行動不能。俊とシグが彼女を守りながら戦闘を継続中、か。二人は防衛の為に恐らく足を使えなくなっている筈だ。となれば優先すべきはレンカの回収か。

浩太郎達が何をするのかは分からない。故に、勘定に入れずに動くか)

 

 そう結論付けたシュウは、射撃ポイントに設定していた三階建てのテナントビルに上がると、目立ちにくい二階にハナと共に上がり、窓をそっと開けて銃口を預けた。

 

「俊、聞こえるか」

 

『お、おう。聞こえてるぜ』

 

「今から制圧射撃を掛ける。カウントがゼロになったらレンカを抱えて離脱しろ。合流ポイントはB2。良いか?」

 

『オーライ』

 

「じゃあ、カウント5から。4、3、2、1、0、ファイア」

 

 瞬間、引き金を引き絞った俊は、同タイミングでセミオートの連射を始めたハナが、隼人の足元へ正確に射撃するのを、スコープに見ながら連射を続ける。

 

 その間にレンカを担いだ俊が、シグレをカバーに置きつつ逃げ、距離が離れた事で、隼人の注意がシュウ達に向く。

 

「離れるぞ!」

 

 攻撃される前に離脱したシュウは、遅れて破砕されたビルの壁に冷や汗を掻き、頭を抱えて震えるハナを立たせると、壁丸ごと砕かれた二階から、隼人目がけて牽制射撃を行いつつ、ハナを先に行かせた。

 

 直後、魔力の塊が爆発し、オフィスを模した二階の内装が滅茶苦茶に破壊される。

 

 その振動を感じつつ階段を下りていたシュウは、離脱完了の連絡を受けると、美月の方へ通信を切り替えた。

 

 最初の時は、ダインスレイヴが消えた事に騒然となっていたバックグラウンドが、少しばかり大人しくなっているのに、少し安心したシュウは、機関銃の残弾を確認しながら通信を始める。

 

「そっちはどうだ」

 

『ええ、まあ一応落ち着いてきてはいるわ。糾弾の動きもね。外で騒いでるバカな大人達も、爆音にビビって漏らしながら逃げ惑っていったらしいわ』

 

「はっはっは、狙撃で威嚇する必要は無くなったって訳か。それで?」

 

『皆落ち着いて来てて、生徒会長主導で制圧部隊が準備始めてる。十分までには確実な準備が終わってるわね』

 

「了解だ、こっちも撤収出来る様に動いてる。ただ、浩太郎達がな」

 

 そう言って残弾少ない背中のアイアンマンシステムをパージしたシュウは、機関銃のベルトを外すと、腰から予備のマガジンを装填してスライドを引いた。

 

『彼らが何か?』

 

「こっちとは別の動きをしている。もしかすれば、彼らはまだ交戦しているかもしれない」

 

『撤収に合わせられない可能性があると?』

 

 そう問いかけて来る美月にシュウは肯定の返答を打つ。

 

「恐らくはな」

 

『彼らくらいの場数を踏んでいれば察せるはずよ。それに、偵察もしていない筈がない。なのにどうして……』

 

「責任感だろうな、恐らくは。隊長を止めるのは自分達でなければ、と言う思いが彼らにはある筈だ」

 

 シュウは、黙りこくる美月にそう言って、ハナと共にクリアリングを済ませると、合流地点に急ぐ。

 

 通信を聞いていたハナが心配そうな顔をするのを無視したシュウは、合流地点ですすり泣くレンカに戸惑っている俊達と合流する。

 

「早いな」

 

「急ぐもんじゃねえけどな」

 

「よし、このまま回収部隊が来るまで待機」

 

 そう言ったシュウは、複雑な表情を浮かべる俊と、悲しげな顔をするシグレとハナに吊られて、傷だらけで身動きが出来ないまますすり泣いているレンカを見下ろす。

 

 雨に打たれ、涙か雨粒かも見分けがつかない状態の彼女を見たシュウは、アームで釣られた機関銃をバックパックに移動させると、レンカの傍にしゃがみ込んだ。

 

「少し、触るぞ」

 

 そう言ってレンカに触れたシュウは、四肢に触れて全身の状態を確かめると、痛みで泣いている彼女にいたたまれない気持ちになった。

 

 そして、効き目の弱い鎮痛剤を打って痛みを緩和してあげると、女子2人の方を振り返る。

 

「ハナ、一つ聞いて良いか」

 

「う、うん。何?」

 

「お前が取得してる術式治療と応急救護の資格、確か二つとも二級だったな?」

 

「そ、そうだね。二級なら、出力の強い術式を行使しても良いから早く治癒できるけど……」

 

「よし、ハナ、お前主導でシグと共にレンカの治療を始めろ。戦闘できるレベルまでなくても良い、動けるレベルまでだ」

 

 そう言ったシュウは、表情を華やがせるハナの頭を軽く叩くと、少し恥ずかしがっているシグに苦笑した。

 

「俊、俺と来い。引き返して隼人を押さえるぞ。レンカが来るまで」

 

 そう言って肩に手を置いたシュウは、戸惑う俊に視線を向けた。

 

「シュウ、俺……。隼人の事、分かって無かったんだな」

 

「俊?」

 

「俺は、ずっとあいつが手を抜いていると思った。何の信念も無いと思ってた。だけど、違った。アイツは、仲間の為に自分を犠牲にできる奴だ。

どんな状況でも、どんなに自分が追いつめられても」

 

「俊……」

「俺が、アイツの事を上辺だけで分かった振りしてなけりゃ……。こんな事には……。その子も、泣かなくて済んだはずだ」

 

 そう言って俯く俊の肩を叩いたシュウは、顔を上げた彼の頬に拳を打ち込んだ。

 

 雨に濡れた道路に倒れ込む俊を見下ろすシュウは、慌てて庇いに動くシグレに、ハンドサインで退く様に言うと、言葉を繋げる。

 

「自惚れるな、俊。確かに、お前の見識が広ければ隼人も幾分か楽だっただろう。だがな、お前が背負う責任はそれだけだ。後は違う」

 

「だけど……」

 

「後は、俺達の責任だ。ケリュケイオンの責任だ。負うべきはお前じゃない、お前だけの、責任じゃない。だから、手伝ってくれ、俊。行くぞ」

 

 そう言って手を伸ばしたシュウは、黙々と頷いて手を取った俊にニヤリと笑うと、笑い返してきた彼と、ハンドシェイクをする。

 

「……相変わらず仲いーですねー。早く行ったらどーですかー」

 

 半分棒読みでそう言ったシグレに、ハッとなった二人は慌てて走り出し、それを呆れた表情で見送った彼女は、周囲を見回して警戒しつつぼやく。

 

「私達より仲良いですよね、あの二人」

 

「って言うより、二人ともお人好しですよね」

 

「もうちょっと私だけに甘くしても良いのに」

 

 そう言ってぷく、と頬を膨らませたシグレは、苦笑しながら治療を行うハナが頷くのを見て、恥ずかしそうに俯く。

 

 何だか子どもみたい、と少し気にしている事を自覚しつつ、雨雲を見上げる。

 

「このまま、何も無ければ、良いんですけどね」

 

 そう言って、シグレは周辺警戒を再開した。


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