僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第5話『新たな武器』

 それから数分後、ジェスに案内されて模擬戦場に到着した隼人達は、プレハブの前に立っている二人の女性に気付くとそちらの方へ移動した。

 

「皆遅かったね、待ってたよ」

 

 そう言って笑った柔和な雰囲気の、黒の長髪に赤縁メガネをかけた人間の女性は、新関東高校の生徒会長『安登風香』だ。

 

 彼女の持つ雰囲気がいまいち苦手な隼人は軽く会釈すると、その隣にいる妖艶な切れ目と青みがかった長髪が特徴の人間の女性に歩み寄った。

 

「久しぶりだな、咲耶」

 

「ええ。久しぶりね、五十嵐君。相変わらずの活躍ぶり、スポンサーとして鼻が高いわ」

 

 そう言って隼人と握手した彼女は、浩太郎と風香を除いて、呆然としている面々に苦笑すると、身分証明証代わりの端末を取り出して掲げて見せた。

 

「立花グループ代表取締役、立花咲耶。PSCイチジョウ第三小隊のメインスポンサーを務めてるの。以後宜しくね、ケリュケイオンの皆さん」

 

「咲耶は俺達の兵站安定の為に協力してもらっている。消耗品の殆どは彼女の会社から格安で提供してもらっているものだ。で、今回は俺と浩太郎の武装だが」

 

「もうすでに搬入してるわ。これよ」

 

 そう言ってベンチにあるボストンバッグ二つを指さした咲耶は、驚く全員の視線にニヤリと笑うと、軽々とバッグを持ち上げてそれぞれを二人に投げた。

 

 咲耶の様子から軽い物なのか、と力を抜いていた二人は、受け取った瞬間に感じた重量感に思わず腰を落としてショックを吸収した。

 

「ビックリした、意外と重かったぞ」

 

「当然よ。それの中身、10㎏あるもの」

 

「俺たち向けの装備じゃないな、その重さは」

 

 そう笑って中身を開けた隼人は、同じ様に驚いている浩太郎と顔を見合わせると、何事かと見てくる他の面々の視線にも構わず、その中身を引っ張り出した。

 

 肩掛けでも少し大きいくらいのバッグから引っ張り出された中身は、ジャッキの様に折り畳まれていたフレームを、重力と弾性で次々に展開させ、最終的に人を線で書いた様な形状へと変わった。

 

「こいつは……『強化外骨格(エグゾスケルトン)』か」

 

「そう。今回、あなた達へ提供する立花グループの試作術式武装。強化外骨格型術式武装『XE-01 スパルタンフレーム』。これは人間と異種族との戦力差を埋める為の携行型パワードスーツのプロトタイプとして開発した着る武装よ。最も、五十嵐君と岬君が持ってるのはそれとは違うんだけどね」

 

「どう言う事だ?」

 

「五十嵐君の持ってるのは近接格闘戦特化型の二号機、『アサルトフレーム』。岬君のは隠密・偵察用の三号機、『サイレントフレーム』。それぞれ、個人用のチューニングと武装が施されてる特別品よ。まあ、付けて見れば分かるわ」

 

 そう言って笑った咲耶に用意された外骨格の固定器具を、手から手首、腰、足、土踏まずに軽く装着した隼人は、そのままサイズ調整で密着したフレームに、全身へ重りをつけられたような重量感と締め付けられる軽い圧迫感を感じた。

 

 そして、背中全体を覆うトランスミットドライブ(TMD)と呼ばれる魔力を電力に変換する動力機関と、燃料である魔力を貯蔵する取り外し可能なタンクを内蔵したユニットが、背負いカバンの様に装着される。

 

 背負った密着具合を体を動かして確認した頭に展開された専用のヘッドギアのスイッチを入れた隼人は、網膜ディスプレイに表示された起動画面と装着プロセスの完了画面でディスプレイの映りを確認した。

 

《思考コントロールシステム:セットアップ:神経への初期接続を開始》

 

 間髪入れずその表示が現れ、全身に軽い痺れが走ったのに少し声を漏らした隼人は、クリアになる視界と、研ぎ澄まされた様な思考、そして何よりも感覚的に一体となった外骨格の感覚に呆然としながら、己の手を見下ろす。

 

《セットアップ完了:神経パターン登録;ネットワークで照合》

 

《ユーザー:隼人・“五十嵐”・イチジョウ:確認》

 

 網膜ディスプレイの殆どを占拠する表示が、まるで携帯端末のそれの様に味気ないフォントでそう書き連ねる。

 

《強化外骨格型術式武装『XE-01-2 アサルトフレーム』:起動完了:通常モードにシフト》

 

 その表示と共に、背中のユニットから甲高い音が鳴り響く。

 

 そして、ばちっと火花が間接ユニットから弾けると、隼人の体から嘘の様に重量感が抜ける。

 

「装着できたみたいね」

 

 そう言って歩み寄ってきた咲耶に、隼人は頷き、バッグの中に残っていた柄が二つ並列に取り付けられたユニットを手に取ると、全員に見える様に少し高さを上げた。

 

「これは?」

 

 そう問いかけた隼人は苦笑する咲耶がユニットを手に取ったのに驚き、その間に腰のハードポイントへ装着されたユニットが腰のフレームと噛み合った。

 

 そして、ユニットの接触センサーが接触送信で情報を送り、フレームに内蔵されているらしいコンピューターが認証作業を行う。

 

《追加武装:アークセイバー:認証完了》

 

 そう表示され、すぐに消えたウィンドウに新たな疑問を浮かべた隼人は、アークセイバーと表示された武装に目を向ける。

 

 すると、意識が向いた事を認識したのか、ユニットに取り付けられた柄が根元からスイングして横に張り出す。

 

「掴めって事か?」

 

 オープンフィンガーグローブに包まれた手で柄を掴んだ隼人は、小気味よい音を立てるそれを横に引き抜いて眼前に持ってくると、いまいち使い方の分からないそれを目の前で遊ばせた。

 

 すると、丁寧に機体が解説書を邪魔にならないサイズで表示させ、武装の起動方法を最初に持ってきた。

 

「便利だな、この機能」

 

「神経接続であなたの思考を読んでるから、しばらくしたら意識しなくても必要だと思ったら勝手に出してくれるわよ」

 

「なるほどな、神経接続にもそういう使い方があるのか」

 

 魔力次元では術的処置により、外科手術処置無しで人体干渉が出来る為に、メジャーなデバイスの接続方式である『神経接続』システム。

 

 一般的な使い方は、神経を通して映像や情報を直接人体に送り込む事だが、アサルトフレームやスパルタンフレームでは、映像送信の他にも思考操作の補助として使用する仕組みになっており、神経パターンから操縦者の思考を学ぶ事が出来るらしい。

 

「じゃ、起動させてみるか」

 

 そう言ってスイッチを押した隼人は、鍔に当たる部分から両刃剣状に噴射されたアークに驚き、放出ユニットから放たれる高周波が獣人系種族の耳をざわつかせる。

 

「隼人それうっさい!」

 

 耳を押さえて叫んだレンカに苦笑した隼人は、音が収まってきたセイバーを振るって手応えを確かめる。

 

 ちょうど柄の先端、噴射口の辺りに重心が来るらしいそれを、彼は左右に傾けるとバランスを確認する。

 

「刀剣にしてはバランス悪いな。振りぬき重視の剣になるぞ」

 

「まあ、元々補助装備として開発した物だから仕方ないわ。使い方としてはパーリングの要領で武器を切り裂き、破壊する。一応、噴射に指向性があるから電磁障壁(ローレンツバリア)も切り裂けるわよ」

 

「俺も一応実戦剣術の心得はあるんだが、コイツはいささか威力が強過ぎるな」

 

 そう言ってアークセイバーのスイッチを切った隼人は、サイレントフレームの着心地を確かめている浩太郎に目を向ける。

 

 隼人の視線の先、軽く飛び跳ねたらしい彼が予想外に高い高度に驚いていた。

 

「未装着時の装備も使えるんですね」

 

「ええ。さて、浩太郎君の装備だけど。まず最初はこれね」

 

 そう言ってサイレントフレームが入っていた黒いボストンバッグから、ホルスター入りの短機関銃を取り出すと、呆けている浩太郎に手渡した。

 

「そのホルスターは、脚部のフレームに噛み合わせてちょうだいな。フレームにくっつけたら自動的に固定装着されるから」

 

 咲耶の言葉に従って右太もものフレームにホルスターを装着した浩太郎は右腰に何も装填していない拳銃用ホルスターを装着させる。

 

 そして、カナに預けていたMk23を受け取ってホルスターに装填する。

 

 そして、左の太ももフレームにナイフマウントを備え、左腰にトマホークマウントをレイアウトした浩太郎は、右太ももから新しく渡されたサブマシンガンを引き抜いて目前に持ってくる。

 

 新たに支給されたそれは、堅実な造形の銃と言うよりも、SF作品のブラスタ―銃に見える独特の造詣が成された銃で、名を『クリス・ヴェクター』と言い、Mk23と同じ45口径の弾薬を使用している。

 

「照準はシンプルにアイアンサイト。一応下に照準用のセンサーがマウントしてあるからフレームの火器管制システム(FCS)でも照準可能。サプレッサーはフラッシュハイダーに取り付けるアタッチメントタイプ。

フォアグリップはホルスターに干渉する上にセンサーがマウントを使ったから無しよ」

 

 そう説明する咲耶の横でカスタム済みのヴェクターを構えた浩太郎は、比較的コンパクトにまとめられたそれの感触を確かめた。

 

「生徒会長、試し撃ちしてもいいですか」

 

「うん、いいよ。あ、待ってターゲット出すから」

 

「お願いします」

 

 そう言って模擬戦場に移動した浩太郎は、サイレントフレームと模擬戦場のシステムを同期させる。

 

 そして、空中に現れたターゲットへ、クリス・ヴェクターを向けて発砲する。

 

 念の為、両手で構えていた浩太郎は、反動がほとんど感じられないヴェクターに驚き、銃口からバーストのリズムで吐き出される.45ACP弾を狙った位置にブレなく当て、片手に持ち変えると変わらぬ精度で的に当てた。

 

「凄い……。反動が感じられない」

 

「フレームのアシスト機能、アンチリコイルシステムね。フレームが反動を感知するとそれに合わせてアシストするから、体感上の反動も少ないはずよ。さて、次の装備は二人共通の装備ね」

 

 感嘆しつつ、ヴェクターをホルスターに収めた浩太郎に苦笑して、そう言った咲耶は浩太郎の腕を上げる。

 

 そして、彼女は手に持っていた、先端にブレードのついた巻き取り機を浩太郎の腕のフレームに装着させた。

 

「これは『ワイヤードブレード』。見たままだけどね、機能的には先端のブレードごとワイヤーを放つものよ。用途はあなた達次第で変わるわ。さて、これで説明は終わり。軽く動いてくる?」

 

「いや、フル稼働だ。浩太郎とタッグで模擬戦をやる」

 

「本気? オーバーホールする羽目になるわよ」

 

「大丈夫だ。リーヤが喜んでやってくれる」

 

「はぁ……。整備マニュアルを用意しておくわ……好きになさい」

 

 そう言って生徒会メンバーと共にプレハブに戻った咲耶を流し見て笑った隼人は、ボーっとしていたレンカとカナに視線を向ける。

 

「じゃ、お前らにさっきのリベンジマッチを申し込むとするかね。こいつの性能比較に持って来いだ」

 

 そう言って模擬戦場に移動した隼人と浩太郎は伸ばした薙刀を手に入場してきたレンカと、彼女についてきたカナに鋭い視線を向ける。

 

《アサルトフレーム:戦闘モードにシフト》

 

《サイレントフレーム:戦闘モードにシフト》

 

 二人が装着しているディスプレイにそう表示され、隼人が装着している背面ユニットから、けたたましい駆動音と陽炎が放出される。

 

 一方の浩太郎のユニットは非常に静かでありながらも、装着している本人は圧倒的なトルクを味わっていた。

 

「皆、準備良い?」

 

 審判役を買って出たリーヤが両者を見る。

 

 頷きを返した彼らから数歩引いた位置で『ベレッタ・Px4』9mm自動拳銃を引き抜いて銃口を空に向け、リーヤは試合開始の合図として発砲した。

 

 軽い破裂音と同時、薙刀を振り被ったレンカが二人目がけて飛び出す。

 

 首を狙った横薙ぎ軌道の薙刀を屈んで避けた隼人は、その上を飛び越す浩太郎をカナの方に行かせる。

 

 追撃はしないらしく、短縮した薙刀を一回転させて構えたレンカは、無闇に動かず、出方を窺う隼人へ縦に振り被りつつ攻め込み、勢いよく振り下ろした。

 

「チィッ!」

 

 反応が遅れながらも、フレームに包まれた右の手の甲でパーリングしようと動いた隼人はいつもと変わらぬ間隔で振るう。

 

 だが、凄まじい速度で振り薙がれた自らの腕に驚いてしまうも、薙刀に当たる様に制御した。

 

(クソッ、何だこの出力!? 体がッ……!)

 

 腕の筋骨がミシミシと悲鳴を上げながら、通常の五倍もの速度とパワーで薙刀を大きく弾いた隼人は、驚くレンカの襟を掴もうとして胸を蹴り飛ばされる。

 

 蹴られた勢いでバックステップしつつ、体勢を整えた隼人は、不思議と痛みを感じない右腕を押さえて、予想外のインパクトに焦り息を乱したレンカを見据える。

 

(驚くのは向こうも同じ。こいつの出力が、どこまでいけるのか。俺は何も知らない)

 

 そう思いながら拳を構えた隼人が重心を前に移しつつ、地面を蹴ると一瞬でレンカの目前に到達。

 

 驚く彼女目がけ、彼は掌底を繰り出した。

 

 咄嗟に盾にした薙刀がしなり、音速のショックコーンと共に吹き飛んだレンカは、遅れて響き渡った爆音に戦慄し、それだけの力を発揮しても尚平然としている彼に驚きながら着地する。

 

(何よ、あの出力……。鬼人族並じゃないのよ……)

 

 内心弱ったレンカは、ビリビリと痺れる両腕を見下ろしつつ、まるでバケモノと遭遇した錯覚を覚えた。

 

 不意の殺気で顔を上げた彼女は、接近しようと構えた隼人に気付き、彼目がけて小手についた掌の砲口から光学レーザーを放って牽制しようとする。

 

 右足を引いて左足を出していた体勢から考えて、彼は線の動きしかできない。

 

 そう見くびったのが、彼女の油断と慢心だった。

 

 放たれる瞬間、砲口を捉えた彼の目が残像となり、一瞬で見失う。

 

 耳に聞こえる音と肌を撫でる風の感触が焦りと共に彼女を左に向かせる。

 

 振りむいた彼女は視線の先、膝を突いて制動している隼人の背中から展開しているスラスターに目を見開いた。

 

「体に優しくない装備ばかりだな、このアサルトフレームは」

 

「何……それ。そんなのあり?!」

 

「ありだろ、こいつの装備なんだから。ただ……」

 

「ただ?」

 

「積極的に使いたいとは思えん……。かかるGが凄すぎる」

 

 そう言って落ち込む隼人に、あまり意味が分からないレンカは首を傾げつつ、左手にレーザーを収束させて彼を照準する。

 

(とにかく、からくりが分かれば)

 

「行けると思ったのか?」

 

 瞬間、スラスターを吹かしながら左右のステップを踏んで接近してきた隼人に、視線を揺らされたレンカは、闇雲にレーザーを放って牽制しようとした。

 

 が、彼はその全てを見切っていた。

 

(レンカは焦ると照準先を目で追いたがる。そして、動体の動きに沿って射撃する)

 

 内心で分析結果を呟いた隼人は、レンカの至近へ接近するとしゃがんで薙刀を避けた。

 

 低い位置にある隼人の顔面を狙ったレンカは、ローキックの動きに紛れて放たれた踵のブラストランチャーの発砲炎で隼人の目を晦ませる。

 

 思わず目を閉じた隼人は、爆風と閃光で揺らされた体をローリングで立て直し、レンカと距離を取った。

 

(……ったく。レンカの奴、相当焦ってるな。だいぶ、呼吸が荒れてる)

 

 冷静に分析しつつ、隼人はアサルトフレームの具合と自身の体の状態を確かめる。

 

(フレーム自体は丈夫だな……。俺の体も、軋みはすれど身体強化で防護されてるから自傷する事は無い。アシストの出力も、まあ慣れてしまえば大丈夫か)

 

 そう考えつつ、拳を構えた隼人は、視界の端にある電池マークと、貯蔵タンクのマークも見逃さず、大方魔力の貯蔵量だろうと見当をつけて呼吸を整えたレンカと向き合う。

 

「レンカ」

 

「な、何?」

 

「本気で、行くぞ」

 

 そう言って構えた隼人は内心で手加減と言うものを捨て、目つきを鋭い物へ変えた。

 

 触れれば切れる刃の様な彼の目に、レンカは怯える心の中で覚悟を灯すと、薙刀を片手で構える。

 

 瞬間、スラスターの加速も加えて接近してきた隼人へ、レンカはカウンター気味にハイキックを打ち込む。

 

 滅多に使わない身体強化も加えたレンカの蹴りを、隼人は真正面から受け止める。

 

 そのあまりの衝撃にフレームが共振し、踏ん張らなかった彼の体が吹き飛びかける。

 

(何て威力だ……!)

 

 だが、何とか踏み止まった隼人は、脇腹を狙って振り上げられる薙刀を掌で受け止める。

 

 そして、訓練出力に変換したアークセイバーを逆手で引き抜いて、薙刀を地面に叩き落とす。

 

 そして、大きく振りかぶって掌底を構えた恋歌の鳩尾を意識に捉えていた隼人は、空いた手でアッパーを打ち込んだ。

 

 インパクトの瞬間、かんしゃく玉が爆ぜるが如き快音と共にくぐもった声を出し、宙

に浮く彼女は、少量の胃液と多量の唾液が混じった体液を吐きながら意識を崩れ落とす。

 

(あ……やば……)

 

 薄れゆく意識の中、きゅるきゅるとなる腹に、レンカは隼人が話をしている間、ずっとスポーツドリンクをがぶ飲みしていたのを思い出した。

 

(おしっこ……)

 

 じわ、と蒸れる股間。

 

 にへら、とだらしなく笑う彼女の目の前で凄い切迫した表情の隼人が、エネルギー切れを起こしたらしいフレームを支えつつ、気絶する彼女を受け止めようと膝を突く。

 

(漏れちゃう……)

 

 レンカ、本日二回目のおもらしだった。

 

 顔の表情だけ見れば眠れる美少女の恋歌をお姫様抱っこで抱えた隼人は、アンモニア香る自分の左腕を悲しみを湛えた目で見降ろしていた。

 

「……すまん、レンカ」

 

 流石に起こる気にはなれない、と気絶したが為に筋肉の緊張が解け、現在進行形でおもらしをするレンカを見下ろした隼人は左腕を小便塗れにしながら模擬戦場を後にする。

 

 その背中はとても、悲しそうだった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方の浩太郎は隼人の離脱を見て苦笑。

 

 余裕を見せながらカナの大剣振り下ろしを横っ跳びに回避すると、追撃の横薙ぎを増幅された跳躍力で側転しつつ回避する。

 

「なかなか面白いね。この装備」

 

 そう言ってニコニコ笑う浩太郎は、額に汗を浮かべるカナに頬を緩ませる。

 

 感情を揺さぶる為に、余裕しゃくしゃくな態度を取る彼は、右手に構えたトマホークの切っ先を彼女に向けつつ、左手にククリナイフの柄を逆手に掴ませながら腰を落とす。

 

 緩く交差する様に大剣を構えるカナは、瞬発の一歩を踏むべく屈んだ彼に身構えた瞬間、フェイントのサイドステップを入れて浩太郎が動いた。

 

(左ッ?!)

 

 気配を察知したカナがそちらを向いても彼はいない。

 

 しまった、と背後を振り返った彼女は、左のククリナイフを大剣の腹で受け止める。

 

 一撃離脱でその場を飛び越えた彼の気配を追う。

 

 刀の様な動作でトマホークを収めた彼は、右手にMk23を引き抜き、上下反転した状態で追撃に動こうとする彼女に向けて発砲する。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に大剣を盾にする様に構え、術式を起動させたカナは、重力偏向で弾丸を逸らして凌ぐと左の大剣を投じて着地を狙う。

 

 それを読んだ浩太郎は着地狙いを防ぐ為に、背面のスラスターを展開して斜め軌道で強制的に着地すると、そのままC.A.R.Systemで腰溜めに構えた拳銃をカナに向けて連射。

 

 連続射撃がカナを襲うも、銃撃を読んでいた彼女は、左の大剣が発する重力で全て弾き逸らした。

 

 引き攣らせる様に笑った浩太郎は、背後から引き戻される大剣をバク転で回避。

 

 着地と同時に前に出ると逆手持ちのククリを大剣に叩き付け、右の拳銃をカナの至近に構える。

 

「この距離なら、必中でしょ?」

 

「動かなければだけど」

 

 破裂音と共にカナがのけぞり、その光景に頬を綻ばせた浩太郎は両サイドから迫る大剣をバックステップで避ける。

 

 そして、左腕に取り付けられた極薄のタッチパネルを叩いた。

 

 瞬間、仰向けに倒れたカナは全身に感じた違和感に暫し動けなかった。

 

(気配が……消えた?)

 

 のそり、と体を起こした彼女は、獣人系の例に漏れず優秀な聴覚で回りを探知しようとした。

 

 が、周囲には人が動いている物音すらなく日常生活で発せられるノイズのみが彼女の耳を騒がしていた。

 

(音でも感じられない。一体、どこに行った?)

 

 そう思い周囲を見回したカナは、呆然としている武達が後ろを指さしているのに気付くと背後を振り返り、ニコニコ笑顔の浩太郎と目が合う。

 

「みゃあ?!」

 

 驚き、毛を逆立てたカナが目をつぶりながら反射的に大剣を振るうと、再び彼の気配が消える。

 

 化かされた気分になり、身を弥立たせたカナは周囲を警戒しながら大剣を構える。

 

 その背後を苦笑しながら付いて行く浩太郎は、自身のフレームに備えられた意地の悪い装備を使用して彼女を弄ぼうと武器を解除していた。

 

 彼の目の前には、周囲の音を拾おうとせわしなく耳を動かすカナの姿があり、今の状況では意味をなさないその行為を可愛らしいなと彼は苦笑して見守った。

 

(にしても、光学迷彩じゃなくて敢えて消音術式を組み込むとはなかなか性格の悪い装備だなぁ)

 

 そう言って苦笑した浩太郎は、範囲内で発生した音、または空気の振動をノイズと変わらないレベルにまで掻き消す消音術式の効果時間を確認する。

 

(表示ではあと180(セコンド)。って事はあと三分かぁ。もうちょっと楽しみたいんだけど)

 

 内心で残念に思いつつ、右手にトマホークを引き抜いた浩太郎は、左手に補助としてククリナイフを引き抜くと術式を解除する。

 

 同時、浩太郎が隠していた気配を感知したらしいカナが振り返り様に大剣を振るい、それを予見していた浩太郎は、ククリナイフとパワーアシストで受け止めるとトマホークで叩き落とす。

 

 そして、片方の大剣を繰り出そうとした彼女の首にトマホークの切っ先を突きつけるとニヤリと笑った。

 

「チェックメイト。この距離なら術式より首を斬り落とす方が早いし、大剣を使おうとすればトマホークの反り返りを首に引っかける事も出来るからね」

 

 そう言って笑った浩太郎は、回転させて遊んでいたククリを逆手に持ち替えて鞘に収めると、カラビナを中心に回していたトマホークを宙に放って左手にキャッチさせる。

 

 器用に指でキャッチし、そのまま回転の勢いを維持した浩太郎はガンスピン宜しくトマホークを鞘に納めた。

 

「相変わらず変なしまい方するね」

 

「まぁ、俺の癖みたいな物だからね」

 

「ん、知ってる」

 

 そう言って頷いたカナが僅かに笑ったのを見た浩太郎は、微笑を返すと、あ、と天上を見上げながら一言発して視線を戻す。

 

「そうだ、俺もカナちゃんにお願いを聞いてもらおう」

 

「え、何で?」

 

「だって、俺今勝ったじゃないか。カナちゃんは三つで俺はゼロなのは卑怯だと思うなぁ」

 

「じゃ、じゃあ一つだけなら。良いよ?」

 

「充分充分」

 

 そう言って笑った浩太郎に胸を高鳴らせたカナは、頼み事を考えているらしい彼の表情を見つめる。

 

「じゃあ今日一日、大型犬用の首輪をつけて過ごしてもらおう。リード付きで」

 

 満面の笑みでそう言った浩太郎に戦慄したカナは、だが、と別の思考を頭に浮かべる。

 

(今日一日、コウタロウのペット……。悪くない)

 

 何をもってそう思ったのかはわからないが、とにかくそう考えた彼女の表情は、だらしなく緩んでおり、いつになく幸せそうであった。


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