僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第25話『最悪の前触れ』

 翌日、フレームを装着したまま、風香の後ろに付いて行く隼人は、その背後で周辺警戒をしているレンカ達を流し見るとクスリと笑う彼女を見返す。

 

「どうかしましたか、先輩」

 

「ううん、何でも無いよ。でもイチジョウ君達の顔が見れるだけで、少し元気が出るから」

 

「そうですか」

 

 そっけなく返事をしながら内面で暴れ狂う狂気を抑えていた隼人は、無差別に湧き上がる狂気を向けない様に周囲から目を逸らしていた。

 

 そうこうしている内に会場に到着した隼人達は、先んじて通行し安全を確保すると風香を通し、背後を浩太郎達が固めて隼人は風香と共に議席の傍へ歩く。

 

 対岸では流星が、俊を連れて議席へと歩み寄っていた。

 

「来たんだね、松川君」

 

「はい、風香先輩」

 

「じゃあ、始めようか」

 

「はい」

 

「それでは、討議を、始めます」

 

 そう宣言し、隼人を下がらせた風香は、書記と進行役にアイコンタクトを送ると彼女と同様に俊を下がらせた流星が議席につく。

 

 そんな彼らが話を始めたのを背中に浴びていた隼人は、浩太郎達の元へ戻るとレンカと浩太郎に挟まれる位置へ立った。

 

「今更だけどさ、話し合う事に意味があるのかな」

 

「ああ、あるぞ。ここは、お互いの主義主張を話し合う場だ。そして、彼らがいる位置は今バリアフィールドで保護されている。つまりあそこでは純粋な話し合いだけが許される場所だ。

外野からの攻撃や警護部隊に攻撃させない様に配慮されている。新イギリスの議会にはソードラインと言う概念がある。あれを模したシステムだ」

 

「でも、結局は武力なんだろう?」

 

「大体はな、だがそれもお互いの主義主張を知り、引かないと分かった上で実行する事だ。そうじゃなきゃやらないのがルールだ」

 

「つまり僕らはあくまでも剣って事かい?」

 

 そう言って隼人の方をちらと見た浩太郎は無言で頷く彼に視線を戻す。

 

「剣なら剣で、早く戦わせてほしいもんだけどね」

 

 そう言って槍を置き、待機している俊を睨んだ浩太郎にレンカとカナも追従して頷く。

 

 それを呆れた表情で見た隼人は、いつも以上に喧嘩っ早い三人を抑える。

 

「落ち着け三人とも、俺らが先に手を出してどうする。それに、この討議はあくまでも風香先輩がメインだ。俺達はその後釜に過ぎない」

 

「分かってるよ。でもさ、向こうもやる気じゃしょうがないよね、ほら」

 

「あ?」

 

 そう言った浩太郎が指さす先、シュウに羽交い絞めにされている俊が暴れているのを見た隼人は、呆れた表情で彼らを見ると銃口を上げた浩太郎に一瞬殺意が湧き上がるも何とか抑えて銃口を下ろさせた。

 

 その事に気付いた浩太郎は、レンカやカナ共々これ以上敵意を募らせるのは不味いと思ったのか、急に大人しくなり、討議を黙って見ていた。

 

「続いて第二議題、ダインスレイヴの処遇について討議を開始してください」

 

 そう進行役が言うと、先攻であるらしい流星が意見を切り出す。

 

「自分は、危険な武装であるダインスレイヴを国連軍へ速やかに譲渡し、その上で国連との協力関係を深めていきます。理由として、ダインスレイヴは聖遺物であり、新たな戦争の引き金となり得る危険な代物であるからです。

そして、それと引き換えに国連との協力関係を取り付けられるのであれば、武器以上の戦力になります。自分は以上です」

 

「では後攻、安登風香」

 

「はい。自分は、ダインスレイヴを所有すべきと判断します。理由はこれから起こり得る戦闘を回避する為の交渉材料とする為です」

 

 その発言に驚愕する流星と進行役を含めた全員は、涼しげな顔をする風香を凝視し、その空気の中で彼が動いた。

 

「先輩、正気ですか。あなたはまた、去年と同じ事を繰り返す気ですか」

 

「繰り返さない為のダインスレイヴです。もしもの時は、これを譲り渡す事も厭いません」

 

「それの危険性を知っている筈だ、あなたは……! イチジョウ君達の交戦記録を見なかったんですか!?」

 

「見た上で判断したんだよ、松川君。私は、この剣の影響力は絶大だと確信した。戦いにおける抑止力として使うの。核抑止論の様なね」

 

「危険ですよ、そんな考えは……。抑止力だって行使すれば武力になるんですよ、分かっていますよね!?」

 

 そう言って机を叩いた流星は、それ以上は風香への暴力行為とみなす、と進行係から警告されて席に付いた。

 

「松川君が心配するのも無理はありません。ですが、私はここに宣言します。私がこの新関東高校で生徒会長を続ける限り、周辺学院へこちらから攻撃する事は一切しない、と。

私は、あくまでも武力を行使せず、話し合いによって解決する事を基本とし、武力行使はその最終手段、または話し合いの席に付くまでの策とします」

 

 そう言ってカメラにブイサインを向けた風香に、少し唸った隼人は、心配そうに見て来る三人に少し肩を竦めた。

 

「何だよ、お前ら」

 

「僕らは政治に疎いから聞きたいなってさ。隼人先生」

 

「茶化すな浩太郎。あー、っとだな。それぞれがダインスレイヴに対してどう扱うかについてだが、流星は国連へ譲渡、風香先輩は抑止力として保管する。それぞれの主張はこうだ。

で、その上で流星は国連とのつながりを強める方針、風香先輩はあくまで抑止力と位置付け、周囲を牽制する方針でいる。流星の策は、聖遺物と言うハイリスク・ハイリターンを放棄して国際的な影響力を持つ国連とパイプが作れるが、

反面、癒着を理由に多方面から武力、経済と種類を問わない政治介入を受ける恐れがある。逆に風香先輩の策は、政治介入を受けにくい反面、孤立化してしまうので戦力、政治的に一方的な状態になるとほぼアウトだ」

 

「お互い、逆の方針でいるって事だよね?」

 

「そうだ。そして、二人とも学校の事を優先している。だが、そのアプローチが違う。流星は基本的に攻めの姿勢だ。国際的につながりを持つ事で、攻撃されにくくし、そして積極的に攻める事で攻撃の目を潰す。

攻性防御って概念だな。対して風香先輩は逆だ。繋がりを絶ち、基本的に国内だけのマクロな繋がりだけにして攻撃に備える。基本的な防御の姿勢だ。二人の主張は真っ向から食い違っているんだよ」

 

 そう言って、中央にある二人の方を見た隼人は、静かに、それでいて、白熱した討論を繰り広げる二人を見ながら、建物の屋上で監視待機しているリーヤ達ブラボーチームとジェス達と連絡を取る。

 

「ブラボーリード、外で異常はあったか?」

 

『こちらブラボーリード、監視視界内での異常は認められず。監視を続行する。あ、こら楓ちゃん暑いからってスカート脱がないで! まだ仕事中だよ!?』

 

「……シエラリード、異常は?」

 

『こちらシエラリード、異常はない。のどかなもんだよ、相変わらずな』

 

「アルファリード了解だ。両チーム、監視続行せよ。アルファ、アウト」

 

 そう言って通信を切った隼人は、監視状況の取得の為にフレームの左腕裏に取り付いた操作パネルへ右人差し指を当てた。

 

 すると視界の端にメニューが開き、指の動きに合わせて選択項目が動いていく。

 

「現在の監視状況は……。五分前の定時報告で全てグリーン、沖に出ているイージス、ミサイル艦、重軍神部隊からも異常なしと出ている、か。このまま何も無けりゃいいんだがな。唯一の懸念点と言えば、海中か」

 

「あれ? ソナーで探してんじゃないの?」

 

「アホか、こんな近海でソナー打ったら海中の生態系全滅だ。それにな、ここらへんじゃダイビングとか観光遊覧とかしてんだ。万一の事があったらいかんだろうが」

 

「そんなに強いの?」

 

「ああ、大体ソナーをまともに浴びるとクジラが死ぬ。デカい奴がな。死んだ魚みたいに浮き上がってくるんだよ、腹見せながら」

 

「うっげぇ、そんなのやったら人なんか死んじゃうね」

 

「海中でもみくちゃにされた挙句、飛んできた石でミンチだろうなぁ」

 

 そう言って操作パネルを閉じた隼人は、青い表情のレンカに苦笑するとそろそろ終わりそうな討論に目を向ける。

 

 お互いに譲らないとそう言う意思を見せた二人はお互いに背を向けて席を立ち、警護に入った隼人が風香の背後に立ってその後ろを浩太郎達が固める。

 

 そして、C.A.R.Systemで構えたMk23を後ろに向ける浩太郎は、スプリングフィールドXDを構えた俊に銃口を動かし、数瞬睨みあった。

 

『早く来いファントム。次は俺達の出番だぞ』

 

 隼人からの通信を受けて銃口を向けつつ移動した浩太郎は、ざわつく会場に背を向けて準備室へと走って行った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 それから浩太郎が合流し、準備室で装備の最終確認を行っていた隼人は、ブレザーの下に着こんだ防弾チョッキの感触を確かめ、動きに影響が無いかをしきりに動いて試していた。

 

 同じくレンカも、薙刀へのカートリッジ挿入を終え、一度コッキングして一撃目を装填し終えると両手にファタリテート・ケイルを装着し、新たに支給されたグローブとの間隙を図っていた。

 

「それにしても不思議よね。こんなグローブを着けるだけで魔法無しで壁に登れるなんて」

 

「人類の英知って奴だな。まあ、それも自然がヒントを与えたもうたお陰ってとこだろうけどな」

 

「自然からのヒント?」

 

 そう言って隼人を見上げたレンカは、ファタリテート越しにグローブを壁にくっつけると掌部分の素材が壁との間に分子レベルの摩擦を生み出し、それ故に彼女は自身の軽い体を非力な力でも持ち上げられていた。

 

 天井ギリギリまで登った彼女は、足元の隼人を見下ろし、グローブの性能に子どもの様にはしゃいでいた。

 

「壁から手を離すなよ、落ちるぞ」

 

 そう言った隼人は、それが分かった上で落ちてきたレンカを片腕で受け止めると、悪戯っぽい笑みを浮かべた彼女に苦笑する。

 

「仲に良いね、二人共。じゃあ僕も準備が済んだらカナちゃんの所へ行こうかな」

 

 そんなやり取りを見ながら笑った浩太郎は、Mk23にマガジンを込め、一度スライドを引いて初弾を装填するとストックを折り畳んだヴェクターにロングマガジンを装填してスライドを引く。

 

 金属音が鳴り、装填された事を確認した浩太郎は、部屋の奥の方で準備を進めているカナの方へ三つあるククリナイフとナイフマウントと、そして自分用のトマホークを持って移動した。

 

「カナちゃん」

 

 優しい声色でそう問いかけた浩太郎は、びっくりしている彼女に苦笑し、ククリナイフとマウント二つを彼女に差し出す。

 

 バツが悪そうにしながらナイフを腰へ取り付けたカナは、曇天に傾き始めた空を見上げ、腰と太もものマグポーチへ予備マガジンを入れている浩太郎を振り返る。

 

「曇り空」

 

「本当だね、三月なのに。降ってくるのかな?」

 

「分からない。けど、空気が少し湿ってるから、もしかしたら」

 

 隣に来た浩太郎は、見上げてくるカナにそう言うとコンバットバイザーを手渡して微笑を彼女に向ける。

 

 その笑顔に恥ずかしさを感じたのか、フードを被って視線から隠れたカナの頭を浩太郎は苦笑に変え、しきりに撫で回した。

 

「どうかしたの、カナちゃん」

 

「えう、あの、その、隼人の事」

 

「ああ、隼人君なら心配しなくて良いさ。それに、僕らが不安がると隼人君に負担が出る。極力気にしないのが吉さ」

 

 そう言って頭を撫でて来る浩太郎に少し不満そうなカナは、頭に乗っている彼の手を掴むとそっと下した。

 

「どうかしたの、カナちゃん」

 

「あんまり、撫でないで」

 

「どうして?」

 

「恥ずかしい、から」

 

「ふふっ、分かってたよ」

 

 そう言って笑う浩太郎は、顔を真っ赤にするカナに悪戯っぽく笑うと肩に手を回し、首をくすぐった。

 

「んにゅっ……ふぇっ」

 

「ふふっ、相変わらず良い顔で喘ぐね……カナちゃん。まぁ、この続きは家に帰ってからで良いよね」

 

「ふえっ……何で?」

 

「隼人君達が見てるからさ。まあ、続きの時は本番までやっても良いからさ」

 

「ホント?」

 

 そう言って上目遣いに聞いてくるカナに頷いた浩太郎は、話を聞いていたのか半目になる隼人に苦笑すると顔を真っ赤にした彼女に噴き出す。

 

「あんまりいじめるなよ、浩太郎。あと、やるならシーツの処理は自分でやれ。上手い言い訳も加えてな」

 

「はいはい、了解。それで、君の方は? 大丈夫なの?」

 

「準備は出来てるよ。装備の使用方法も確認済みだ」

 

「そう言う事じゃなくてさ。レンカちゃんの事」

 

「あぁ?」

 

 そう言ってレンカの方へ振り返った隼人に、苦笑を交えて話す浩太郎は、雰囲気を察して移動したカナとじゃれ合うレンカを見ながら話を続ける。

 

「体の事とか、ちゃんと話してあげた?」

 

「ちゃんと話したさ」

 

「だったら何で後ろめたそうなんだい?」

 

 曇天を見上げ、ベランダに凭れかかった浩太郎に、図星を突かれて無言で俯いた隼人は、言い返す言葉も見つからず手すりを握り締める。

 

「レンカちゃんは、全部受け止める気でいるよ。なのに君は、彼女を突き放すのかい?」

 

「真実の全てが受け切れるほど丸いものじゃない。お前は、分かってる筈だ」

 

「分かってるさ。だけど、優しさとそれは別物じゃないかな。お互いの腹をぶつけなきゃ、信頼される事は無い。君はよくよく分かってると思ったんだけどな」

 

「それでも、俺は……レンカを傷つけたくはない」

 

「案外君は、臆病者だね」

 

 そう言って苦笑した浩太郎は、激昂する事も、頑なに否定する事も無い隼人の肩を叩く。

 

「ああ、よく分かってるよ。俺は、手に入れた愛情を喪う事が怖いだけだって。それが俺のエゴだとしても、俺は誰かのエゴで失った愛情が何よりも大切なんだ。自分で、壊したくはない」

 

「そうか……」

 

「別れが惜しいって思った事は無い。ただ、俺は、あいつが壊れてしまうのが嫌なんだ」

 

「エゴだね」

 

「ああ、エゴだよ。それも、性質の悪いな」

 

 そう言って苦笑した二人は、喧嘩に発展しているじゃれ合いを諌めようと彼女らの元に移動した。


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