僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第24話『暗黙のメッセージ』

 繁華街のネオンが輝きを増す夜10時。

 

 眩しい明かりから隔離する様な路地裏に立つビジネスホテルに、賢人達は宿泊していた。

 

「さて、手短に行こう」

 

 幾分か手狭な部屋に集まった彼らは、昼の偵察結果をまとめて作戦会議を始める。

 

「生徒から得た情報によれば、当日使用される模擬戦場は第五模擬戦場。フィールドステータスは市街地。本棟からはかなり離れた位置にある」

 

「で、件の品は? どうするつもりなの?」

 

「ダインスレイヴがフィールドに持ち込まれる確率は少ない。恐らく、本棟の方にあるだろう。だが直接乗り込むわけにもいくまい」

 

 そう言って地図を拡大した賢人にヴァイスは相槌を打つ。

 

「それもそうねぇ。じゃあ、どうやって攻めるつもり?」

 

「俺と奈津美が揚陸で敷地に侵入。森林フィールドに侵入し、モータボットとセムテックスを設置する。そして、模擬戦場へ砲撃し、セムテックスでボヤを起こす。当然警備部隊の一部が森林フィールドへ来るはずだ。

奈津美は森林で待機し、そのタイミングでブラックとヴァイスは降下。暴れ回れ。だが、人は殺すな」

 

「つまらないわねぇ。どうして?」

 

「死体が残ると後が面倒だからだ。それに、あまり若い子を殺したくはない。舞達の未来を、殺しているようでな」

 

「子持ちになって甘さに拍車がかかったわね、賢人。前のあなたなら、そんな事は言わないけど。まぁ、良いわ。殺せなくても、腕を斬り落とすくらいなら良いわよねぇ」

 

 そう言って凶暴な笑みを浮かべるヴァイスに俯いた賢人は、ベットに腰かけて話しを聞いていた奈津美の傍に視線を移す。

 

 そして、そこで眠っている娘三人の姿を見ると、そうかもな、と呟いてヴァイスの方を見た。

 

「俺に甘さがある事は分かっている。だが、仕事をこなす上で子どもを殺す必要はないと言うだけだ。そう言う事で、納得してくれ、ヴァイス」

 

「はいはい、そう言う事にしておいてあげるわ。私だって、舞達が可愛くない訳じゃないしね」

 

 そう言って賢人に苦笑するヴァイスは、ベットで寝ている栗毛色の髪をした幼女、舞の頬を撫でる。

 

「だから、言う事は聞くわ、賢人。あの時、あなたが私を一人の女にしたのだから」

 

 そう言って艶めかしい笑みを浮かべたヴァイスは、サイドボードに寄りかかる賢人を見上げる。

 

 ピクリとも笑わない彼に、白いネグリジェの前面を曝け出したヴァイスは、真っ白いレースの下着からこぼれ出る巨乳を彼の体に密着させる。

 

「キスぐらいなら、良いでしょ?」

 

「お前が自制できるならな。ここには、舞達がいる。それ以上は出来ないぞ」

 

「あん、いじわる。私をただ高ぶらせるだけでお預けなの?」

 

 そう言って左の人差し指で唇をなぞったヴァイスは、むっとなる奈津美に気付いて賢人から体を剥がした。

 

「良いわ、そう言う昇華前提のお預けは性に合わないの。だから今日は、奈津美に譲ってあげるわ。ふふっ、行きましょう、ブラック」

 

 そう言ったヴァイスはネグリジェを直し、対になる黒いネグリジェに、黒いパーカーを羽織る双子の妹、ブラックを連れてドアに向かう。

 

 ドアノブに手を掛けた彼女は、とてとてと後ろから付いてくるブラック越しに、スウェットパンツとパーカーで構成した寝間着を羽織っている奈津美にウィンクすると、そのまま部屋から出て行った。

 

「さて、寝るか」

 

 そう言って凭れていたサイドボードから起き上がった賢人は、ベットに寝転がると不安そうな顔の奈津美が彼の隣に腰かける。

 

「眠れないのか?」

 

「ううん、そうじゃないけど……。ヴァイスが譲ってくれたから」

 

「ははっ、奥手な所は変わらないな、お前は」

 

 そう言って苦笑した賢人は、頬を染めながら体の上に寝転がってきた彼女を受け止めると、そっと頭を撫でる。

 

「だけど、それがお前の良い所だ。辛抱強くて、優しい」

 

「ううん。今は違うよ、昔より、我が侭になった。こうやって、賢人の事、独り占めしたくなるんだもん」

 

「そう思ってくれるのは、俺にとってありがたい事だ。だけど、良いのか、奈津美」

 

「何が?」

 

「俺は、お前の妹を……奈月を、犠牲にして生き残った。あの日、俺は守り抜くと誓ったはずなのに。俺は……」

 

 そう言って自重する賢人は、自分自身を罵る口を、奈津美の唇で塞がれ、咄嗟に黙りこくった。

 

 数秒の間の後にそっと話した奈津美は、艶めかしい息遣いの後に微笑を浮かべる賢人を見下ろす。

 

「もう。その事は言わないって、約束したでしょ?」

 

 そう言って笑う奈津美は、少し悲しそうな顔をして賢人の上で、体を横にする。

 

「だから、今は、あの子達の事は忘れて、私だけを見て。二人一緒なら、辛さも、半分になるから」

 

「ああ、そうだな……。ありがとう、奈津美」

 

「どういたしまして、賢人。だからちょっとだけ……エッチしよ?」

 

 そう言ってパーカーを脱いだ奈津美は、下着だけの上半身を賢人に晒し、彼の了承を得るとその下着すらも傍らに脱ぎ捨てた。

 

 そして、彼に染められた体を重ね合わせ、深く、噛みつく様なキスを交わし、何度目か分からない快楽へと落ちていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 日を経て信任決議前夜。

 

 明日に迫った決戦を前に一人リビングで状況を整理していた隼人は、チューハイを相方に作戦を整理していた。

 

「ケリュケイオンから出すメンバーはアルファチーム、必要な道具については後方新委員会に提出済み。作戦は奇襲と強襲を組み合わせて戦闘を行う方針、と」

 

 そう言ってタブレットを置いた隼人は、ビリビリと痛む左腕に歯を噛むと鎮痛剤のアンプルを左肩に打ち込む。

 

「っ、く」

 

 じわりと広がる薬物の感触。

 

 だが、それでもなお痛みが治まる事は無かった。

 

「侵食限界が近いのか……」

 

 そう思い、大きく息を吐いた隼人は、階段を降りる音に気付いて振り返る。

 

 そこには、眠気眼を擦って降りてくるレンカの姿があった。

 

「隼人……? 寝ないの……?」

 

「え、あ、ああ。寝るよ、だけど……ちょっと左肩が痛む。それで、寝れない」

 

「そうなんだぁ……。ふあ、喉乾いた」

 

 寝ぼけていてぼへっとしているレンカが、おぼつかない足取りで隣へやって来るのに笑った隼人は、水を取りに台所へ戻る。

 

 コップ一杯にミネラルウォーターを注いで帰って来た隼人は、置いていた感の酒を一気飲みしているレンカに口から何か飛び出るくらいに驚き、慌ててひったくった。

 

「お、お前、何呑んだのかわかってるのか!?」

 

 そう言ってレンカを見下ろした隼人は、案の定真っ赤になっている彼女に激しく落ち込み、酔い覚ましとして水を置いた。

 

 そして、装備の再確認に入ろうと腰掛けた彼は、膝の上に胴を乗せる様に寝てくるレンカを見下ろした。

 

「寝るなら自分の部屋に行けレンカ」

 

「やーだー、隼人が寝るまでいる」

 

「だったら退けろ。邪魔くせえ」

 

 そう言って仰向けになったレンカと目を合わせた隼人は、涙目になっている彼女に首を傾げた。

 

「ねぇ、隼人……。死んじゃうの?」

 

「分からない。だけど、死ぬって事が早まるか、遅くなるか。変わるのはそれだけだ」

 

「意地悪。弱虫。どうして否定してくれないの? ねぇ、言ってよ。俺は死なないって、私が生きてる内は、先に死んだりしないって」

 

「レンカ……」

 

「そうじゃなきゃ、好きになった意味が無いじゃない……。アンタがいなくなったら……私は何を好きになればいいの? 誰を好きになればいいの?」

 

 抱き付いて涙を流し、嗚咽交じりにそう言うレンカを困惑しながらそっと抱き締めた隼人は、急にフラッシュバックした過去の記憶に頭を押さえる。

 

「隼人?」

 

 そう言って顔を上げたレンカと目を合わせた隼人は、ワインレッドに染まった彼女の瞳に戦慄した。

 

「レンカ……?」

 

「さっきの隼人の顔、自分には、分からないって顔してたね。あははっ。そうだよね、私と隼人じゃ、喪った物が違うよね」

 

「待て、お前……どうして、俺の心を……」

 

「何を言ってるの? 私は、隼人と繋がってるんだよ?」

 

(くそっ、またあの時と同じ幻覚か!)

 

 舌打ちし、アンプルに手を伸ばした隼人は、その手を掴んだレンカに驚愕し、幻覚じゃないと悟ると激しい動悸に襲われた。

 

「何でだ、どうしてお前が……」

 

「ピエロの男の時と同じだよ、隼人。私は、ダインスレイヴを受け入れたの。ううん、一緒になろうって言われたの」

 

「一体いつからだ!? いつから……だ?」

 

「隼人への侵食が始まった時から。近いうちに隼人が死ぬって分かった時から、私は狂気を受け入れた。そうすれば、ずっと隼人と一緒にいられるから。ねぇ、喜んでよ、私もあなたと一緒の場所にいるのよ?」

 

「ッ!」

 

 暫し固まる隼人の首に腕を絡ませたレンカは、普段の彼女からは想像もつかないほどの凶悪な笑みを浮かべて彼の肩に頬を当てる。

 

「お前、レンカじゃないな?」

 

 言葉の一端でそう見抜いた隼人は、少しの冷静さを取り戻してレンカの体を借りた誰かにそう問いかける。

 

「あはは、ばれちゃった。よく分かったわねぇ」

 

「レンカは、あなたなんて言わない。騙すなら騙すなりにしろ」

 

「ふふっ、そうね。でも、さっき言っていた事は本当の事よ、隼人君」

 

「何?」

 

「あなたに最も触っているのは、レンカちゃんでしょう? 狂気は、接触感染する。つまり知らぬ間に彼女も侵されてたって訳」

 

 そう言ってレンカの姿のまま、嘲笑を浮かべるスレイに苛立ちを浮かべた隼人は突然の痛みに蹲る。

 

「あはは、もう限界近いじゃない。それで、明日、生きていられるの? でも、安心して、あなたが死んでもレンカちゃんの面倒はちゃんと見てあげるからさぁ、あっは、あははは!」

 

 高らかな嘲笑を浴びせるスレイを睨み上げつつ、激痛に歯を噛んで耐えた隼人はアンプルを突き刺して薬剤を打ち込む。

 

「悪あがきね、それで何になるって言うの?」

 

「何になるか? は、そんなの分かる訳が無い。でも……俺には、もう……」

 

「意地で、生きているしかないって事?」

 

「多分な……」

 

「ふぅん、面倒ね。まあ、良いわ。戻してあげようか? レンカちゃんに」

 

 そう言ってくすくす笑うスレイに、舌打ちした隼人は了承の頷きを見せ、それと同時にレンカからスレイの意識が抜け落ちる。

 

 そうして寝顔を浮かべながら、ぱた、と隼人の体に凭れかかった彼女は、すぐに目を覚まし、彼と目を合わせる。

 

「ふぇ……隼人?」

 

「やっと起きたか。ったく、いきなり寝やがって。酒なんか飲むからだろ」

 

「あ、そっか……私、間違えて飲んじゃったんだ」

 

 そう言って、えへへと笑うレンカに内心で安堵を吐いた隼人は、彼女に水を差し出すと残ったチューハイを飲み干す。

 

 そうして、眠気が来る事を祈った彼は、腕に抱き付き、猫の様な甘え声を上げるレンカに苦笑すると寝入った彼女の頭をそっと撫でる。

 

 こうする事が最後である事を自覚した隼人は、もの悲しげにレンカを見下ろす。

 

 さよならと、先んじて伝えながら。


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