僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第23話「大人の悩み」

 あれから三十分近く戦っていた武達は、体調が戻った隼人に呆れられながらぐったりとしていた。

 

「いやー、若い奴ぁ元気合って良いねぇ。良い汗掻いたよ」

 

「武達の鍛えが足りないって言うには、アンタらが翻弄してたな」

 

「はっはっは、経験経験。若い奴はぶんまわしゃ疲れて動けねえだろうしな」

 

 そう言ってゲラゲラ笑うカズヒサは、隠していたクーラーボックスからチューハイを取り出して一気飲みすると三笠にも缶を投げ渡す。

 

「ありがとう、カズ君」

 

「仕事中にあだ名はよせよ」

 

「えへへ、ゴメン」

 

 そう言って肩を竦めて見せた三笠に、微笑み返したカズヒサは、ポカンとしている隼人達にボックスから取り出した飲料を投げ渡す。

 

「それで、何の用で?」

 

「ああ、忘れてた忘れてた。そうだ、お前さん方に連絡事項だ。この前言ってたアメリカの国連軍全滅の件、あれの追加情報だ」

 

「また何かあったのか?」

 

 そう言って飲料を一口飲んだ隼人は、左肩のアクチュエータを破壊されたアサルトフレームを回し見ると背中のバックパックからタブレットを引き抜いたカズヒサに視線を戻す。

 

「ああ。それもちょっとまずい方向に向いちまった。昨夜、新横須賀埠頭で地元のPSCに所属する警備員五名が殺害された。その写真がこいつだ」

 

「切断、刺殺、ビームによる射撃。前者は分からないとして後者は明らかに新アメリカの時の手口と同じ」

 

「だろう? それと、もう一つ。こいつは本来なら機密事項なんだが、この際だから見せて置く。これだ」

 

 そう言ってタブレットの画面を切り替えたカズヒサは、現場写真らしいそれに被せる様に加工された波形線を見た隼人達が一様に首を傾げたのに苦笑した。

 

「これは?」

 

「駐屯してる新アメリカ軍が観測した、例のパワードスーツ、AASの動力源から発せられる特殊粒子の名残だ。ユニゴロス特殊粒子。地球からの亡命技術者から入手した資料によれば、そう言う名称らしい。

んで、現場にそいつがまき散らされてたってのが、例の敵がいる何よりの証拠って訳だ」

 

「それで、その……粒子には何か効果が?」

 

「んー、まだ研究段階でよく分かってねえが、若干のジャミング能力とかはあるらしい。だけど基本的に害はないぞ。まあ、粕だな。うん、排ガスみたいなもんだ」

 

「なるほど、害が無いなら別に気にする必要はない。だが、迎撃時のネックは……」

 

 そう呟き、基本機能の表を見た隼人は、排出物質であるユニゴロス特殊粒子よりも重要な物を指でなぞった。

 

「バリア、だな。この前も言ったがAASの強みは信頼性と稼働時間だ。当然バリアを展開できる時間も長い」

 

「だとすればお手上げだ。フレームにはバリアを破れる武器は無いし、そもそも生身が勝てる兵器じゃない」

 

「この前のバリア破りも二人がかりで、それも持久力の無い軽軍神だからこそできた芸当って事か」

 

「そう言う事だ。いくら相手が少数精鋭だろうと、パワードスーツを出してくるのであれば、最低でも2人必要になる」

 

「人員面じゃ現実的じゃない、か。じゃあどうするんだ?」

 

 そう言うカズヒサに少し悩んだ隼人は、新関東高校の基本データバンクにアクセスすると、後方支援委員会のページへ移動、後方支援委員会が整備している軽軍神の総数を調べる。

 

「量産型だが、静流が十機、ファルカの軍用モデルが五機、月光が七機。内、整備中なのが静流三機、ファルカ四機、月光四機。静流だけでも戦力になる。それに、時間がかかればそれだけ切り札も出しやすくなる」

 

「ああ、なるほど。重軍神か」

 

「ゲリラ戦を仕掛けてくる相手はその装備に大きな制限が出る。ましてや18mクラスの重軍神となれば破壊するのに人数も必要になる。つまり重軍神が出るまでが相手の作戦時間になる」

 

「良い作戦だ。その時間以内なら軽軍神も稼働時間以内に動けるって事か」

 

「その通り。だが、問題は……」

 

 そう言って端末を閉じた隼人は、その事も察したのか頷くカズヒサに肩を竦めつつ言い放つ。

 

「こちらの思う通りに、学院の連中が動いてくれるか」

 

「なるほどな……。そう言う懸念か。そこらに関して何か対策は無いか?」

 

「流石にそれは。行政的な事が絡むので一生徒である俺にはどうにもできない。アドバイスすれば何とかなるだろうとは思いますが」

 

「あー、流石にアドバイス止まりだろうな。まあ良いさ。動きはそれほど変わらねえだろ、時間がネックになるだろうけどさ」

 

「だと、良いんですがね」

 

 手にした缶の中身を一気飲みした隼人は、チューハイをあおるカズヒサから視線を逸らしてそう言った。

 

 視線を変えた先、心配そうに見てくるレンカ達に軽く手を振って答えた隼人は、頬が真っ赤な三笠に気付き、また吐くのか、と若干青くなっていた。

 

「みっちゃん酒回って来たかぁ?」

 

 先ほどの発言はどこへやら、あだ名でそう呼んだカズヒサが酒が回ってきている三笠の方へ移動しながらノールックでクーラーボックスに空き缶を投げこむ。

 

「うぇへへぇ、可愛い女の子ー」

 

「ぎにゃあああああ!」

 

「ほーら、暴れないのぉー」

 

 フラフラとおぼつかない足取りの三笠は、人見知りを発揮して暴れるレンカを捕縛してしきりに撫でまわすのを見たカズヒサは、追う姿勢を止めてそのまま二本目を取りに向かう。

 

「ふひひっ、幼女幼女~」

 

「ひぃっ、隼人助けて! 変態! 変態よ!」

 

 涎を垂らし、頬擦りしてくる三笠から身長差もあって逃れられず、ただただジタバタしているレンカは、しれっとした表情で飲んでいる隼人に助けを求める。

 

「あ? 素面で変態なお前よりは城嶋中佐の方が遥かにマシだ」

 

「何よー! 私の事が大事じゃないってのぉ!?」

 

「こんな時だけ大事にしても意味ないだろうが。まあ、吐かれても洗濯してやるから」

 

「全裸洗濯機!? そんなプレイ確立しようとしてるの!?」

 

「お前……」

 

 半目になる隼人を他所に目を輝かせるレンカは、抱き付いて離れない三笠の表情が真っ青なのに絶望し、直後洗礼を受けた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 夕方、吐いた後に気絶してしまった三笠は、病院と遜色無い医療棟の病室で目を覚まし、傍らで資料を確認していたカズヒサと目が合う。

 

「よう、おはようさん。よく寝れたか?」

 

「カズく……あっ」

 

「良いさ、もう勤務時間じゃねえし。な、あっちゃん」

 

 そう言ってカーテンの向こう側に呼び掛けたカズヒサは、首を傾げる三笠に苦笑しながらカーテンを開けた。

 

「お、おはよう三笠」

 

「お……おはよう、あっちゃん」

 

「あなた、飲酒したのね。酒弱いのに」

 

「え、えへへ。ごめんなさい」

 

「はぁ、勤務中だったはずよ。そうよね、大隊長」

 

 ため息を吐いたアキナは、ほえっとしている三笠を他所に、誤魔化し笑いを浮かべるカズヒサを視線でなじった。

 

「お、おっしゃる通りで」

 

「はぁ、ユニウスの子たちが来る前から三笠は酒が弱いとあれほど言ったでしょうに。どうしてそうすぐポンポン酒を飲むんですか!」

 

「だーってよぉ、校内タバコ禁止だぜ? そりゃあ酒ぐらい飲むさ」

 

「それでも! 今は! 私達公務員で、教員ですからね!? そこら辺の分別をつけてください!」

 

「あー、はいはい。すいませんねぇ。そんで、データ集まったのか、あっちゃんよ」

 

 そう言って懐から電子タバコを取り出したカズヒサに、半目になりながら応対したアキナは、手にしたタブレットPCを操作して昼間から集めていたデータを表示して彼に見せた。

 

「んーっと、今ん所、動きのある組織は無し、と。で、学院の方でユニゴロス特殊粒子の波形が見えたって事か、まあ、狙ってくるわなぁ」

 

「ええ、狙ってきてますね。イチジョウ君達が回収した、魔剣『ダインスレイヴ』を」

 

「ま、今一番無防備な聖遺物だからなぁ。仕方ねぇな。さぁて、お兄ちゃん達ゃどうすっかねぇ。俺らも俺らで何とかしてやりてぇけどなぁ」

 

「ええ、任務の達成も兼ねて、彼らの支援が出来ればいいのですが……あら?」

 

「お? どうした、みっちゃん。浮かねえ顔をして。まだ気持ち悪いか?」

 

 そう言って覗き込んだカズヒサは、首を傾げながらタブレットを弄るアキナと共に深刻な面持ちで三笠を見た。

 

 その視線にようやく気付いた三笠が跳ね上がって驚き、立て掛けていた菊一文字がガシャンと横倒しになる。

 

「あーあー、和馬に怒られるぞぉ。せっかく整備してんのに関係ねえ事でぶっ壊しやがってって」

 

「そ、そんな事……。今関係ないじゃん! それよりも、イチジョウ君の事、気になって」

 

「ああ、なるほど。浮気か? 俺は別に良いけどな、お前の自由にしてもらって―――」

 

「ち、違う! そうじゃなくて! 戦ってて、様子がおかしくなった瞬間があったの」

 

「え、マジか。何時だそりゃ」

 

 そう言って体を起こしたカズヒサは、うーん、と悩ましそうな声を出す三笠を見上げるとアキナに記録する様にアイコンタクトを送る。

 

「あ、そうだ。私が菊一文字でイチジョウ君の脳天をかち割ろうとした時だ」

 

「お前、それ一歩間違うと真っ二つだぞ……。んで、具体的に何があった」

 

「左手で刀を掴んだ」

 

「へ?」

 

「だから、振り下ろした刀を左手で掴んで止めてきたの」

 

 そう言って、床に倒れた菊一文字を見下ろした三笠に、真っ青になったカズヒサとアキナは、暫し固まった後、もう一度聞いた。

 

「ふ、振り下ろした刀か? お前の?」

 

「うん。しかも衝撃波でブーストした奴。多分亜音速出てたと思う」

 

「んなもん受け止めたらすっぱ切れなくても腕砕けるぞ普通……」

 

「でしょ? なのにイチジョウ君は、素手で受け止めた。おかしくない? それも動かない筈の、左手でさ」

 

「うーん、確かになぁ。イチジョウの左腕……報告にあったよな、何だっけか」

 

 そう言ったカズヒサと三笠が揃ってアキナの方を向く。

 

「イチジョウ君の左腕、国際医療ネットワーク経由で取得したカルテによれば、魔力侵食を受けている様です」

 

「魔力侵食……。嫌な予感がするな、あっちゃん、イチジョウの治療履歴は?」

 

「魔力吸引が一回。後は侵食抑制の薬剤治療にシフトしてます。吸引を一回で止めるなんて、治す気が無いのかしら……?」

 

「んー、ちょっとまずいかねぇ。あっちゃんよ、カルテに侵食してる魔力の性質とか書いてあるか?」

 

「ちょっと、待って。あ、うん。これね。でも、これは……」

 

 そう言ってタブレットを差し出したアキナの表情を見上げたカズヒサは、予想通りの結果に舌打ちして電子カルテのページをめくった。

 

「やっぱり侵食してる術式はダインスレイヴのもんか。なるほどな、からくりが読めたぜ」

 

「え、どう言う事?」

 

「みっちゃんが見たのはイチジョウを侵食してるダインスレイヴの防衛反応だ。適合者保護の為のな」

 

「つまり……」

 

「刀掴んだ現象はイチジョウの意図する事じゃなかったってこった。要は左手がダインスレイヴになっちまった弊害って事だろうよ」

 

 軽い口調でそう言ったカズヒサは、タブレットを返すと心配そうな三笠の頭を撫で回す。

 

「大丈夫だって。イチジョウなら全力出しても死にはしねぇから」

 

「そうじゃないよっ!」

 

「じゃあ何だよ」

 

「え、えっと……」

 

「トイレか」

 

「違うよっ!」

 

「じゃあ何だ」

 

「考えさせてよ!?」

 

「早くしてくれ。はい、じゅう、いち、ぜろ」

 

「何でそんな数え方なの!?」

 

「十進法」

 

「意味が違うよ!?」

 

「冗談冗談。で、何だよ」

 

「あ、あれ……? 何だっけ」

 

「え、忘れたのか。何してんだよ全く」

 

「カズ君のせいでしょ!?」

 

「あーあー、聞こえなーい」

 

 ぎゃあぎゃあと保健室に響く二人のやり取りをため息交じりに見ていたアキナは、カズヒサが敢えて無視していた事に違和感を覚えた。

 

(カズ、何で治療の事に言及しないの?)

 

 そう思い、タブレットをスワイプしてカルテに書かれたレポートを読んでいたアキナは、そこに書かれた事に戦慄した。

 

(一日目の魔力吸引、止めたんじゃなくて施術中に過負荷で吸引器具が大破していたの?!)

 

 一日目の治療レポートによればダインスレイヴの魔力によって魔力吸引治療の器具が破壊されてしまったと書かれており、破損寸前、器具から凄まじいノイズが走って回路が焼き切れたとあった。

 

(吸引治療は無意味と判断して、投薬に変更したって訳なのね。でも、効果は無い。症状が収まらずに悪化の一途を辿っているのね)

 

 そう内心で呟きながらスワイプしたアキナは、日に日に悪化している隼人の症状を読み取るとため息交じりに画面を閉じた。

 

 そして、ぎゃあぎゃあとふざけ合っている二人に苦笑すると、その中に混ざる。

 

「何してるのあなた達。ミカも、もう元気になったんだったら帰るわよ。カズも」

 

「あ、ああ。悪い。おい、どうしたあっちゃんよ。変に不安そうな顔して」

 

「え? ああ、ちょっとね。三日後でしょ、あの子達のデビュー戦。ちょっと不安になっちゃって」

 

「今まではずっと訓練ばっかりだったしなぁ。不安になるのも……。って、そう言う事じゃねえか。何が心配なんだよ」

 

「無事に、ダインスレイヴが回収できればいいなって。あの子達が、何の傷も無く、誰も欠けずに、戻ってこれれば」

 

 そう言ってタブレットを抱えたアキナに苦笑したカズヒサは、落ち込む彼女の頭を軽く叩いて慰める。

 

「姉ちゃんらしい心配だな、あっちゃん。でも、運命を決めるのはあっちゃんじゃねえ、あいつ等の実力だ。酷だけど、そう言うもんなんだよ」

 

「そうだけど、イチジョウ君達の事も含めて心配で……」

 

「今更足掻こうがどうにかなるって問題じゃあねぇ。むしろ俺らのせいで動けなくなる可能性だってあり得る。年長もんは、どっしり構えるのが仕事だ。なっ?」

 

 そう言ってアキナの頭に手を置いたカズヒサは、微笑を口に含んだ彼女に笑いかける。

 

「うん……分かった」

 

「よっしゃ、そうとなりゃ今日も新横須賀の街に繰り出すとしますかね!」

 

「は!? また?!」

 

「気分転換にゃ飲むのが一番だ。さあさあ動いた動いた!」

 

「あっ、ちょっと! また怒られるわよ!」

 

 そう言いながらカズヒサの後を追うアキナを見送った三笠はクスリと笑いながら、横倒しになった菊一文字を手に取るとコンバットベルトに取り付ける。

 

 ベルトに取り付けられたハードポイントに食いついた菊一文字の具合を確かめた彼女は、それぞれの武器を手に取ったカズヒサ達の後を追って新横須賀の街へと繰り出した。


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