僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第22話『間近の脅威』

 防波堤に背を預け、それを見送った二人は年不相応にませている隼人に苦笑を向けると海面にステルス状態で浮かんでいる少女二人に話しかける。

 

「良いデートを、だと。どうだ? 妬けているか? ヴァイス、ブラック」

 

『それほどでも? あなた達は夫婦なのだし。そうなって当然って感じかしら』

 

「そう言う意見か。人間らしくは無いな。さて、ブラック、索敵を始めろ。俺と奈津美は徒歩で調査する」

 

 端末を見ながらそう言った賢人は、腰のホルスターからUSPを引き抜いて安全装置を外すと、元のホルスターに戻した。

 

「今日はあくまでも偵察だ。戦闘するなよ。無用な犠牲は出したくはない」

 

『はいはい、了解了解。ブラックは私が守っておくから、あなた達はここの景色を楽しんできなさいな』

 

「ふっ、無論だ。久しぶりの休息なんだしな」

 

 そう言って奈津美の腕に自身のそれを絡ませた賢人は、揺らめく影の状態で茶化す様なジェスチャーをしたヴァイスを見送る。

 

 からかう様な笑い声を宙に放った彼女は、ドローンをばら撒くブラックと共に上昇していった。

 

 それを見送った賢人達二人は、のどかな海を、キラキラした目で見まわす奈津美に苦笑し、エスコ―トする。

 

「何だか私達だけでここに来ちゃうって何か悪いなぁ」

 

「仕方ないだろう、舞達を連れてくれば、生徒としてここに潜り込めなかったんだ。あの子達には悪いが、今回は二人きりだ」

 

「うん、二人きり。私的には、デートに舞達がいても良かったけど、ね」

 

 そう言ってべったりとくっつく奈津美の頭を撫でた賢人は、先ほど会合した隼人の事を思い出していた。

 

(さっきの学生、アイツが隼人・イチジョウか。戦場に慣れた、良い目をしていた。だが、あの姿は一体……)

 

 まさか隼人が確保対象に侵食されているとは思ってもいない賢人は、立ちふさがるであろうPSCイチジョウの学生部隊の隊長である隼人のデータを思い出しながら、海沿いの道を歩いた。

 

 そして、後方支援科棟に入った彼らは、整備設備が整っているそこに少し驚き、そして、行きかう生徒のうわさ話に耳を傾けていた。

 

「ねえ聞いた、今度のクーデターの話」

 

「え、何の事?」

 

「聞いてないの? 松川君達が、今の生徒会に反抗するって話よ! 朝の放送で言ってたじゃない」

 

「あ、ごめーん。私その時寝てた」

 

「アンタねぇ……」

 

 半目になるシルバーブロンドの髪が特徴の有翼族の少女に、誤魔化し笑いを浮かべた茶髪の少女を見て、クーデターと言う言葉を反芻する。

 

(この時期にクーデターとは、僥倖だな。混乱に乗じて攻め込めれば)

 

 そう思いながら通り過ぎようとした賢人は、少女達を見て目を輝かせている奈津美に腕を引かれ、彼女らの元へ引っ張られていく。

 

「ねえ、何の話してるの?」

 

 混ざりたかったらしい彼女がそう言うと、フレンドリーな笑顔で、二人は彼らを迎え入れる。

 

「おはようございます、先輩方。今朝のクーデターの日程の話をしていた所です」

 

「松川君と生徒会の戦い! いやーこれは良いエンタメになるね!」

 

 嗜める有翼族の少女に身をちぢ込めた茶髪の少女は、苦笑する賢人に首を傾げる。

 

「どうかしたんですかー?」

 

「あ、いや。仲良さそうだなってな」

 

「んへへ、そうですかぁ」

 

 無邪気に笑う少女に、誤魔化し気味の笑みを返した賢人は、内心、非戦地と戦地のギャップに戸惑っていた。

 

(戦いですらエンターテイメントか。のん気な物だな)

 

 そう思いながら施設を見回した賢人は、きゃいきゃいと姦しく喋っている奈津美を置いて、一人埠頭の方へ歩き、海を眺めた。

 

 胸のポケットから煙草を取り出そうとした賢人は、今の自分が学生の身分である事を思い出して、その手を止めた。

 

「不便な物だ、学生と言うのも」

 

 そう呟いて紙タバコ代わりの噛みタバコを口に入れた賢人は、ガムを噛んでいる様に見せながら、ニコチンを体に取り入れていた。

 

「だが、そろそろ……禁煙するか」

 

 そう言って端末を起動した賢人は、ホーム画面に映る愛娘三人の姿に、少し頬を緩ませて画面を消した。

 

 と、そのタイミングで戻ってきた奈津美が、喜々とした表情で賢人の腕に抱き付く。

 

「えへへ、賢人。さっきの子からいっぱい話聞けたよ」

 

 そう言って満面の笑みを浮かべた彼女に頷いた賢人は、人目につかない位置に移動して話を聞いた。

 

「なるほどな、今この学院は不信任決議と言う名のクーデターを起こされているのか」

 

「そう。それでね、クーデターで議論される話題の一つにダインスレイヴが上がってるみたい」

 

「ロックウェルから頼まれた品か」

 

「うん。あとね、クーデター起こした側は権限を奪った後、ここにきている国連軍に引き渡すつもりらしいの」

 

「すでに来ているのか? チッ、ここの生徒と連携されると面倒だな」

 

 そう言って舌打ちした賢人は頭の中で作戦を考えながら、じゃれついてくる奈津美の頭を撫でる。

 

(国連軍がいるとなると、新アメリカの件は知れている筈。だとすれば、迂闊な動きは避けるべきか。大人しく校内を回って、盗み聞きか、手に入る範囲の情報を得るとするか)

 

 そう考えて、凭れていた防波堤から体を起こした賢人は、その動きで奈津美を抱き締めると、二人の実年齢からすれば遅い学生気分で、銃声響き渡る学園の中を捜索し始めた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方その頃、エコーを目指していたケリュケイオンだったが、予想していた通り、襲撃に遭い、全員が同じ建物に隠れていた。

 

「おうおうおう、読み通りだな隼人」

 

「そう言われても、嬉しくないがな」

 

「で、どーすんだよ。撃たれっ放しだぞ、やべえだろ」

 

 そう言いながらシールドでライフルを弾く武は、窓際にグリポッドを立てての依託射撃で、射撃方向への牽制を繰り返す。

 

 そうしている間にも、模擬店のガラスをライフル弾が撃ち抜き、ガンガンと跳弾の音をがなり立てさせていた。

 

「武、相手は見えるか?」

 

「ああ、大体だけど見えてらぁ。奴さんビルの中から撃ちまくってる。一人だけだろうな」

 

「分かった。と、なればリーヤ、出番だ。追っ払うだけで良い。狙撃開始だ」

 

 そう言ってリーヤに射撃を指示した隼人は、武から離れた位置で、狙撃準備に入った彼から距離を置く。

 

 そして、店舗内を回って警戒していた隼人は、堂々と裏口から侵入してきたローブ姿の女にギョッとなり、瞬間、刀で斬りかかってきた彼女の一閃を受け止めた。

 

「チェストぉおお!」

 

 女の気合一閃と共に、ポリマー製の窓まで吹き飛ばされた隼人は、フレームによって守られた体に火を入れると、追撃に動いてきた彼女の一閃をロールで回避する。

 

「クソ、アルファチーム来い! もう一人来たぞ!」

 

『こっちもこっちで手いっぱいだ。代わりに暇そうな楓ちゃんを向かわせるよ』

 

「了解。しかし全く、趣味が悪いな。俺達をここに誘い込んで、試すつもりか?」

 

 刀を手に歩み寄る女へそう言った隼人は、ニヤリと僅かにのぞける口元を歪めた彼女の背後から迫ったレンカを見て、笑い返した。

 

「読めるのよねぇ、不意打ちしてるってのがさぁ」

 

 聞き覚えのある声でそう言った女は、レンカの薙刀を刀で受け止めると、柄を掴んで振り回し、隼人の方へ投げ飛ばした。

 

 体重の軽いレンカを受け止めた隼人は、斬りかかって来た女の一閃を、コンバットブーツの蹴り上げで迎撃すると、返す動きでレンカを投げつける。

 

「喰らえ!」

 

 跳躍の勢いで、回し蹴りの体勢に入ったレンカがそう叫び、女に打ち下ろし軌道の蹴りを浴びせる。

 

「甘いッ!」

 

 刀を振り上げ、迎撃に動いた女に、レンカはニヤリと笑って、足のブレードと刀を打ち合わせる。

 

 直後、至近で立っていた隼人が、合流してきた楓を伴い、掌底を構えて女へと迫る。

 

「楓、行け!」

 

「うー、ラジャー!」

 

 そう叫び、若干速度を落とした隼人の前に出た楓は、手にした『威綱』に魔力を込めて、机に引っかけない様、コンパクトな振りで女へ斬りかかる。

 

 楓の一閃に、レンカから刃を引いて滑らせる様な振り抜きで打ち合わせた女は、そのまま、壁際へ逃げる。

 

 そして、腰から『スプリングフィールドXD』9㎜自動拳銃を引き抜いて発砲する。

 

「ッ!」

 

 慌ててロールし、弾丸から逃れた隼人は、そのまま逃走する女に舌打ちしながら、レンカと楓を追撃に出し、自身もその後を追う。

 

 窓ガラスを割って逃げようとする女は、出る直前、店に広がる様にスモークを炊いて飛び出し、煙に巻かれた2人が、煙の匂いにおっさん臭い咳をして足を止める。

 

「クソ、待て!」

 

 残ったガラスを蹴破り、道路に出た隼人は煙を抜けたと同時の剣戟を、サイドスラストとワイヤードブレードで回避し、着地と同時に腰のアークセイバーを引き抜いて投擲した。

 

 術式武装であるらしい刀でアークセイバーを弾いた女は片手で拳銃を構えると、急軌道で体を揺さぶられて息を荒げる隼人目がけ、連射する。

 

「くっ」

 

 背後に両腕のワイヤードブレードを打ち込んだ隼人は、巻き上げの動きでバックステップすると、自分を追って放たれる拳銃を回避する。

 

「やるじゃないのよ傭兵!」

 

「チィッ、俺にここまでさせるとは!」

 

「だけどその動きでいつまで保つのかしら、ね!」

 

 猛然と迫る女の振り下ろしをフレームで受け止めた隼人は、衝撃波でめくれ上がったフードから顔を覗かせた彼女、三笠にニヤリと笑う。

 

「やっぱりアンタか、城嶋中佐!」

 

 そう言いながら蹴り出した隼人は、常人離れした反射神経で回避した彼女に舌打ちし、散々揺さぶられた体を休めていた。

 

(クソ、流石にアサルトの機動性は身体強化有りでもきついな)

 

 フレームでもトップクラスの瞬発力を誇るアサルトフレームだが、その高すぎる機動性が身体強化の限度を一瞬でも超えてしまい、逆に隼人の負担になっていた。

 

「隙有り!」

 

 瞬間、距離を詰めてきた三笠が、術式武装を起動させて斬りかかる。

 

「撃ち切れ、『菊一文字』!」

 

 瞬間、空間に衝撃波が走り、急激に加速した剣戟の速度に対応し切れなかった隼人は、左肩のフレーム関節を打ち切った一撃に、一瞬左肩の感覚を失う。

 

 咄嗟に右手で刃を抑えた隼人は、柄を掴んでいる手に膝蹴りを打ち込もうとするも、鈍った動きを読まれて回避され、蹴り上げた柄を打撃した彼女に膝の皿を強打した。

 

「ッ!」

 

 激痛で思わず刃から手を離した隼人は、バウンドで宙に浮いた菊一文字を掴んだ三笠が、柔和な普段からは想像もつかないほど凶暴な笑みを浮かべて切っ先を向ける。

 

「撃ち抜け、『菊一文字』」

 

 瞬間、ライフル弾で撃ち抜かれた様な衝撃が隼人の正中線を穿ち、心臓の位置を貫かれた彼は、路上に引きずられるように倒れる。

 

「インファイトなら勝てると思ったのぉ? だったら残念賞ねぇ」

 

 そう言ってサディスティックな笑みを浮かべる三笠に、血反吐を吐きながら咳き込んだ隼人は、振り上げられた刀を視界に捉えると、それを認識した左腕がむき出しの手で刃を掴み取る。

 

「何?!」

 

 隼人の目が赤黒く光り、素手で刃を掴んだ彼を驚愕の目で見た三笠は、直後に飛び込んできたレンカと楓を振り返ると、腰から拳銃を引き抜いて乱射した。

 

 宙を走る弾丸をものともせず、三笠へ斬りかかった二人は、人外じみた反射神経で回避した彼女に驚かず、そのまま受け身を加えて着地する。

 

「背中ががら空きなのよ!」

 

「だから頼むわよ、カナ!」

 

「なっ?!」

 

 がら空きの背中に、拳銃を向けていた三笠は、背後から迫った大戦斧を回避し、まるで大型のヨーヨーの様な風体のそれが宙を舞ったのを見届ける。

 

 その後、憔悴した隼人から菊一文字を取り返して構え直すと、両手にそれぞれ大型の斧を手にしたカナが、分厚い刃で地面を砕きながら着地する。

 

「物騒な武器ね」

 

「見た目だけ。中身はそれと同じ」

 

「言えてるわね。さて、これで状況は三対一ねぇ。勝てるかしら」

 

「自信無いの?」

 

「正直に言えばね。ただ、彼が何時までやるかでも決まるから」

 

 そう言ってビルを見上げた三笠は、納得がいった様な声を出すカナに苦笑すると、リロードした拳銃を構えて発砲する。

 

 瞬間、斧を盾にしたカナは、その間に距離を詰めてきた三笠目がけて斧を振り下ろす。

 

 が、大振りのモーションはかなり読みやすく、三笠は直撃するより早く真横に回避して逃げた。

 

「ちょっ、危なっ!」

 

 そして、回避した自分を追っていたカナとレンカが、斧の攻撃範囲に入りかけて、慌てて逃げる様を見て笑っていた。

 

「あはは、味方殺ししない様にねぇ」

 

 そう言って着地した彼女は、ゆるふわな笑みとは裏腹の高速ステップでカナに接近し、刀を横薙ぎに叩き付けようとするが、それより早くレーザーを放ったレンカに追い散らされる。

 

 流石に慌てて距離を取った三笠は、追撃の銃撃にニヤリと笑い、高周波モードを起動した彼女は刃で弾丸を弾くと、牽制射撃が止んで自由になったらしい武達目がけて射撃する。

 

「あらら」

 

「余裕じゃねえか中佐さんよ!」

 

「だって、もうすぐ来るもの」

 

 瞬間、ビルの隙間からライフル弾が放たれ、追おうとした武と浩太郎が慌てて飛び退く。

 

「ガチンコ勝負と行くかね、少年達」

 

「もちのろんだぜ、兄貴」

 

「じゃあ、来いよ。二対四だ」

 

 そう言ってライフルを構えたカズヒサに武器を構えた武達は、体調不良で離脱した隼人と、介抱するレンカとナツキ、リーヤを他所に模擬戦を続行した。


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