場所は変わり、寮へと帰宅した隼人を待っていたのは、食卓に蔓延するギスギスした雰囲気と、それとは裏腹においしそうな夕飯だった。
「ただいま」
そう言って、苦笑した隼人は、荷物を持っていくレンカを待たず、こたつ机に座り込むと邪険そうな雰囲気の武達と居心地の悪そうなシュウ達を交互に見る。
無理もないか、と思いつつそわそわしているアキホ達二人に、待っている様にアイコンタクトを送った隼人は、シュウに一瞥向ける。
「話してもらおうか、シュウ。お前らが流星達の味方になった、その意図を」
「……そうだな、分かった」
何か言いかけたケリュケイオンの面々を、視線で黙らせた隼人に感謝しつつ、シュウは口を開く。
「俺達が、彼の味方になったのには理由がある。それは、ダインスレイヴを確実に渡してもらう為だ」
そう言ってケリュケイオンを見回したシュウは、揃って驚愕する彼らが、一様に隼人を見るのを確認して、一呼吸置いた。
「彼が、言っていたよ。今の生徒会長は恐らくダインスレイヴを手元に置いておく意図があるだろうと。そうなれば俺達はお払い箱だ。恐らく今後の活動にも支障が出るだろう。
だがそんな事よりも、被害を出した実績のある聖遺物を手元に置く行為を、一人の兵士として、許容する訳にはいかない。だから、彼に協力した」
「……そうか、なるほどな」
「だから、お前らとは戦う事になるだろう。現生徒会に雇われている、お前達と」
そう言って、拳を震わせるシュウに無表情のまま、淡々と答えた隼人はもう堪え切れないと、立ち上がった俊に胸ぐらを掴まれた。
「テメエが……金に目を晦ませたお陰で、俺達がこんな板挟みにあってんだよ。なのにその態度か!? お前も、ダインスレイヴにやられたんだろ!? だったら何で逆らわねえ! 何で意見を出そうとしねえ!」
そう言って隼人を叱咤した俊は、眉間にしわを寄せ始めるケリュケイオンの姿など見ず、ただまっすぐに隼人を見ていた。
「答えろ、隼人・イチジョウ! お前は何で、あんな連中の味方になる!? あんな、聖遺物を誰かとの取引材料にしようとしている連中に!」
そう言った俊に険しい顔になった隼人は、彼の鳩尾に拳を打ち込んで、くの字に体を折らせる。
「がっ……は」
「黙れよゴミクズが。上辺だけを知っただけの青二才が、有識者ぶった口を聞くな」
「な、ん……だと、テ、メェ」
「それにな、俺達は味方になっているんじゃない。雇われているんだ。お前らみたいな、コロコロと立場を変えられる身分じゃない。交わした契約は守る。それが俺が望まない事だとしても、利益があるのであればな」
「そんな契約、破れば―――」
そう言いかけた俊は、顔を上げた顎に蹴りを食らい、脳震盪を起こしながら、リビングの床を転がる。
そんな彼を追い、胸ぐらを掴み上げた隼人は、あっとなる全員を他所に、彼を持ち上げる。
「破れば、だと? お前は、誰かと交わした約束を破るのか? そう言う風な事が平然と出来る人間か?」
「それとこれとは―――」
「違わねえんだよ、バカが。そうやって都合の良い事を言って、人を裏切る事。それが、どれだけ人間関係に響くか分かっているのか?」
そう言って首を絞める隼人の目は赤黒く染まっていき、それを見た俊は、反論する余裕すら失うほどに怯えていた。
「そこまでにしときなさいよ隼人」
野生の勘でやばいと思ったのか、そう声をかけたレンカは、俊から手を離して振り返った隼人の目が、一瞬赤黒かったのに気付いた。
少し声を出したレンカに、目の色を戻した隼人は、首を傾げて見せる。
「さて、飯にしよう。アキホ、香美、待たせたな」
そう明るく言った隼人とは裏腹に、沈み込んだ雰囲気の彼女らは、結局無言で夕飯を終える事となった。
それから、三時間後の午後十一時。風呂上がりの隼人とレンカは、いつも通りとは少し違う静かな混浴の終えて、アキホ達と入れ替わった後にリビングのソファーでくつろいでいた。
「何か飲むか?」
「ミル○ーク」
「ねえよそんなもん」
「じゃあココア」
「はいはい」
軽いやり取りの後に、ジンジャエールの缶と、ミルクココアの入ったコップを持ってきた隼人は、レンカにココアを渡すとジンジャエールを開けた。
可愛らしくココアを一気飲みしたレンカに苦笑していた隼人は、ちびちびとジンジャエールを飲む。
「あれ、アンタ炭酸駄目だっけ?」
「そうじゃねえよ。だけどな、今日はちょっと、しんみりと飲みたい気分なんだ」
「ふーん、あっそ」
そっけない態度でそう言ったレンカに優しく笑う隼人は、徐に置かれたジンジャエールの缶二本に目を丸くし、顔を上げた。
「奇遇だな。俺もだよ、隼人」
顔を上げた先、コップを四つ持って笑うシュウが、気まずそうなハナを連れて隣のソファーに座った。
「お前、どこからこれを……」
「本場の味だ。まあ、味が強くないものを選んで持ってきた」
「俺は別に構わんが……レンカ、どうする?」
そう言ってレンカの方を見た隼人に苦笑したシュウは、取り敢えず、と三人分注ぐと、ハナとシュウにそれぞれ回した。
「わ、私も、飲む」
「辛いぞ」
「大丈夫、な、はず」
「はん。期待しとくよ、お子様舌に」
「ベー」
可愛く舌を出すレンカに嘲笑を向けた隼人は、楽しそうなシュウとハナに向き直る。
「それで、本題は何だよ。お二人さん」
「夕飯の時の事の謝罪と、それともう一つ。俊の事なんだが」
「ああ、そう言う事か。まず謝罪についちゃやらんで良い。時間の無駄だ、それに俺にも非があるしな」
「すまないな、じゃあ……本題だ。今度の不信任決議での戦闘、分隊単位での戦闘を行いたい。その上で、お前達二人と俊、シグで決着をつけてほしい」
「そう言う事なら、了解だ。だが……問題は、その形式に都合良くなるのか?」
そう言って辛口のジンジャエールを机の上に置いた隼人は、苦笑を返したシュウに首を傾げる。
「それについては、彼と交渉済みだ。交渉戦闘の形式決定権は仕掛けた側にあるからな」
「なら、安心だ。正式な発表は明日、だったか」
「普通通りならな。そちらの生徒会長が何してくるかはわからんが、流星はそうするつもりでいる」
そう言ってジンジャエールの二本目を開けたシュウは、隼人と自分の分を注いで、そう言えば、とハナとレンカの方を見る。
「……二人共、無理しなくていいんだぞ」
「だっ、大丈夫。飲めるから……うぇ」
「いや、無理してるんじゃないか。隼人、牛乳は無いか?」
隼人が牛乳を取りに行くのを見送る間にハナのグラスを手に取り、飲み干したシュウは、顔を真っ赤にした彼女に首を傾げた。
「どうしたハナ」
「え、あ、いや……その、間接、キス、だなって」
「……そうか」
ドライな対応に不満そうなハナを前に、はぁ、と息を吐いたシュウは、そっぽを向いてジンジャエールを飲んだ。
「どうしてそんなにドライなんですぅううう!」
涙目で牛乳をヤケ飲みするハナは、口の端から白いものをこぼすと、机が揺れるほどの勢いでグラスを叩き付けた。
「……割るなよ?」
「らっでえぇええ、シュウ君がァああああ、間接キスで反応しなかったんでずぅうううう」
「すまん、何て言ってるんだ?」
物凄く青い表情の隼人に、牛乳と涙と涎とその他もろもろで、ぐっしゃぐしゃになったハナは、ベロベロの言葉遣いで愚痴を漏らす。
誰も聞き取れないレベルのろれつの回って無さに、間違えて甘酒を出したのかと、自身を疑った隼人は、可愛らしく同じものを飲んでいるレンカを見て少し安心していた。
「お前のドライさに泣いてるぞ、シュウ」
「いや、まあ……その、すまん」
「謝るなら俺じゃなくてハナにしろ。さて、と寝るか」
そう言って立ち上がった隼人は、リビングと廊下を隔てるドアに、びしょびしょの全裸で立っているアキホに気付き、何かを吹いた。
「兄ちゃん、タオル」
「だったら風呂のインナーホンで呼べ!」
顔を赤くしながらアキホへそう叫んだ隼人は、どすどすと共用ダンスの方へ移動すると、バスタオルを二枚取って来て手渡した。
「ったく、お前本当に女か?」
「へっ、おっぱい有りますけど何かぁ?」
「だったらさっさと戻れ痴女が」
そう言って、頭にチョップを入れた隼人は打撃個所を押さえて逃げるアキホが、廊下を濡らしながら走るのを見送ると、大きなため息を吐きながらリビングに戻ってくる。
「すまんな、ハプニングに合わせて」
「良いじゃないか、仲睦まじい様子を見せるのも」
「仲睦まじかろうが、アイツが全体的にだらしないから見せたくないんだがな」
そう言ってため息を落とす隼人に、苦笑したシュウは、どすどすと腹に響く足音にドアの方を振り向くと、ドロップキック体勢で突っ込んできたアキホが彼のいるソファーに飛び込む。
いつの間にかハナに膝枕をさせられていたシュウは、彼女に当たらない様にしながら太ももに両踵落としを食らった。
「ぐっ……?!」
太ももを強打されたシュウは、アキホの足を抱える様に蹲り、寝起きのハナに頬を踏んずける様に蹴られた。
「およ、シュウ兄ちゃん。いたんだ」
「あ、ああ。隼人と話していた」
「ふぅん、そうなんだぁ。あ、ごめんごめん。すぐどくね」
そう言って器用に後方ロールし、ハンドスプリングで跳躍したアキホは、軽やかな動きで着地する。
その後、隼人に首根っこを掴まれて説教された。
「ったく、夜中に暴れるな馬鹿が」
「ふあい」
「とっとと寝るぞボケ。明日も早いんだからな」
そう言って乱暴にアキホを引きずった隼人は、苦笑する香美とシュウと共に洗面台に向かい、眠っているレンカとハナはそのままソファーに放置された。
【予告】
次回第20話で日刊連載は終了となります。
第21話からは、毎週水曜日18:00の投稿になります。
また、作者の都合により投稿をお休みさせていただく場合もあるのでご了承ください。