僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第18話『決意の二人』

 一方その頃、後方支援委員会のサービス課にアキホ達を迎えに行っていた隼人は、付き添いのレンカと共に前を歩く彼女らを一人見守っていた。

 

 夕焼けに照らされた少女達の笑顔に、少し眩しさを感じていた隼人は、白黒が暗転した視界に驚愕し、直後、締め付けられるような痛みに苦悶を上げた。

 

「兄ちゃん!?」

 

 その様子に気付いたのか、慌てて引き返したアキホは、隼人から走った殺気に針で刺された様な錯覚を覚えて無意識にバックステップした。

 

「悪いな、アキホ……。ちょっと、一人にさせてくれないか」

 

「兄ちゃん……」

 

「心配しなくて良いから、レンカと先に行っててくれ」

 

 精一杯の元気を振り絞ってそう言った隼人に戸惑ったアキホは、黙々と頷いてレンカの後を付いて行く。

 

 三人が見えなくなったのを確認した隼人は、苦悶を口から吐き出し廊下の上で、体をくの字に折る。

 

 全身の神経が掻き毟られ、激痛を発し、痛みに屈しそうな意識に狂気が刷り込まれていく。

 

『あっはは、苦しそうね』

 

 ピントのずれた視界に、鮮明に割り込んだスレイを、忌々しげに見つめた隼人は、宙を掻いた右手で手すりを掴む。

 

 だが、滅茶苦茶になった神経が力を発揮できず、弱々しい力で体を引き上げた隼人は、何とか立ち上がった。

 

『いつまでこんな無意味な事をしているつもりなの? ねぇ、狂気に堕ちないの?』

 

「そんな事をすれば……俺は、俺に課した事を成せなくなる。俺が、俺でなくなる。お前の操り人形など、ごめんだ」

 

『操り人形ねぇ、そんな事が出来るほど、私も万能じゃないんだけど』

 

「じゃあ、お前は、どうして俺にそう付きまとう。何が目的だ」

 

『あなたを死なせない為。どんな形であれね』

 

 そう言って、ニコニコと笑うスレイに背筋を凍らせた隼人は、向精神薬と鎮痛剤を打ち込むと、一息入れ、直後に襲ってきた気持ち悪さと倦怠感を堪えた。

 

 症状が落ち着いた隼人は日が傾き、暗がりが広がって来た校舎を一人歩いていた。

 

 と、誰もいない、静かな道路に自分が一人である事を自覚した隼人は、限界に近い自分の体の苦しみと孤独感に少し、恐怖を覚えた。

 

 誰とも分かち合えない、死への恐怖。

 

 それは、幼い頃の彼が幾度も経験した恐怖であり、親友にも近いほど身近な物だったが、この時ばかりは事情が違った。

 

(俺が、いなくなれば……レンカは……)

 

 彼の脳裏にはレンカの姿があり、そして、彼女が自分への渇望から狂い、そして自分の代わりとして、殺戮を繰り返す狂気へと落ちる事を考えていた。

 

(俺がずっと一人だったら、あいつにとって、良かったのかもな)

 

 そう思い、寂しそうに笑った隼人はレンカの恋慕が、自分のせいで中途半端に終わる事に怯え、その気持ちを吐息にして吐き出した。

 

「どうしたの、イチジョウ君?」

 

 突然かけられた声に顔を上げた隼人は、心配そうにしゃがみ込んできた流星と目が合って、驚愕の表情を浮かべた。

 

「流星……。こんな時間に、どうしたんだ」

 

「それはこっちのセリフさ。変な物音が聞こえるから、心配になって来たんだよ。どうしたの、こんな時間に」

 

「いや、ちょっとな。持病が出てしまって、少し体の感覚が狂ってた」

 

 そう言って、ふら付きながら立ち上がった隼人に、心配そうに距離を取った流星は、辛そうな彼を支えて出入り口まで連れていく。

 

 数瞬、気まずい雰囲気が流れ、お互いに話し出せない時間があった後、流星が話題を切り出す。

 

「イチジョウ君はさ、やっぱり風香先輩の方につくんだよね」

 

「ああ、まあ。仕事だからな」

 

「そうか、そうだよね。君は、そう言う立場の人間だから、ね」

 

「一度交わした契約は守る。俺が生きる上で絶対としてきた事だ、今更曲げる訳にもいかない。例え、お前が頼み込んだとしても」

 

「そんな事はしないさ。ただ、さ。時々イチジョウ君の話を聞いていて、君のそう言う所、凄いなって、思うんだ。一度決めた事は曲げない、そう言う所が」

 

 そう言って、フッと寂しそうに笑った流星を見下ろした隼人は、それに苦笑を返した。

 

「そんなんじゃないさ。PMSCの一人として生きていく為に、一番最初に身に着けた事さ。人は信じる前に疑え。そして契約を交わした以上、悪辣でもない限り依頼人は裏切らない。信念じゃない、必要だから守るのさ。善悪は関係ない」

 

「それでも、凄い事さ。僕からしてみれば。僕は、昔した約束すら、守れてないんだから」

 

「昔の約束か……。子どもが交わした事だ、まあ、そう言うもんだろう。比べる事でもないさ」

 

 そう言って苦笑した隼人を、表情を消した流星は、深刻な面持ちで見返す。

 

「……例えそれが、死んだ子との、約束でもかい?」

 

 そう言って、隼人に問いかけた流星は、言うつもりの無かった事だったのか、諦めた様な吐息を吐いて話を続ける。

 

「僕は、死んだあの子との約束を守る為に、この学校に入り、生徒会に加入した。だけど、僕はその中で約束を果たせずにいた」

 

「なるほどな、お前が……クーデターを起こした意味、理解したよ。約束ってのを、果たす為か」

 

「うん、そう。だから、僕は、先輩達を倒す。そして、僕は僕の信念を、あの子との約束を、果たしに行く。新日本に、そして、世界に」

 

「世界に……。お前、世界征服でもするつもりか?

 

「ううん。でも、似た様な事は、するつもりだけどね」

 

 そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべる流星に、やれやれと息を吐いた隼人は、下駄箱にたどり着くと、校舎前で光ったまばゆい光に目を細めた。

 

 反射的に自前の『G18』9㎜マシンピストルを引き抜いた流星は、バタン、とドアの締まる音に、若干銃口を下げた。

 

「迎えにきたよ、隼人君」

 

 そう言って、Mk23をルーフに置きながら言った浩太郎の声に、警戒を解いた隼人達は、周囲を警戒している彼らの方へ移動する。

 

 後部座席に座った隼人は、不満そうなレンカと目が合い、気まずそうに顔を逸らした。

 

「手伝ってもらってごめん、松川君」

 

「良いよ、見回りしてたついでだから。まあ、帰り道、気を付けてね」

 

「ありがとう、じゃあまた。明日」

 

 そう言ってホルスターに拳銃を収めた浩太郎と流星は、それぞれの場所に戻ると、迎えに使ったインプレッサが一旦バックし、そして学校への出口に向けて発進する。

 

 遠ざかるエンジン音に、時折インタークーラーの音が混じり、鋭い給気音が夜空に響き渡った。

 

 真っ赤なバックアップランプを見送り、帰り支度の為に校舎へ引き返した流星は、薄暗い校舎内を歩きながら、自身の過去を思い返していた。

 

 血だらけのショッピングモール、レイプされた女性の死体、父親らしい中年の男性に穿たれた無数の刺し傷、そして、自分の目の前で虫の息になった少女。

 

『ねぇ、約束して……。私みたいな、子が、いなくなる世界を……。作ってくれるって』

 

 虚ろになって行く目に、涙を流した日系の少女は、幼い流星の、小さな手を取る。

 

 小学校に入って間もない年頃の二人は、ショッピングモールで虐殺事件を起こした日系のテロリスト集団を皆殺しにしていた。

 

 血と腐臭でむせ返る大広間で、流星共々朝日を浴びる少女は、仲間の反撃から流星を庇い、致命傷を負っていた。

 

『あなたになら、出来るから。私みたいな、流されるような人じゃない、あなたなら』

 

 仲間の銃弾に腹を破られていた少女は、返り血を浴びて、赤黒くなった流星の頬を撫でる。

 

『だから、さようなら。そして、ありがとう、流星君。先に、向こうで、待ってるね』

 

 弱々しく撫でてきた手を取ろうとした流星は、するりと抜けていったそれを掴み損ね、流星の腕の中で、少女は死に絶える。

 

「木実……」

 

 未熟で、無力だったあの頃を思い出し、拳に握った右手を見下ろした流星は、腕の中で死んだ少女の名を呟く。

 

 自分がもっと強ければ、あの手の力は無くならなかったかもしれない。

 

 だが、それが救いなのかは、自分が決める事ではなかった。

 

 だけど、彼女にはもっと生きていてほしかった。

 

 例え、彼女がテロリストだったとしても。

 

(僕は……君との約束を守るよ。君の様な子どもが、この世からいなくなれる様に。僕は、世界を、戦争を、潰して見せる。その為に、先輩を倒す。だから、見守っててくれ。木実)

 

 心に誓う少年の顔は、あどけなさなど微塵も無く、ただただ、静かな熱意だけが渦巻いていた。


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