僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第16話『宣戦布告』

 教室に向かおうとした隼人達は、ここでアキホ達の事を思い出し、元来た道を引き返して隣のサービス事業部の事務所に向かった。

 

「失礼します」

 

「あ、兄ちゃん」

 

「ああ、やっぱりここにいたのか……。って、何してるんだ?」

 

 そう言って半目になった隼人の視線の先、事務所の一角にある休憩室でゲームをしていたアキホ達が、部長達、三年生や二年生にちやほやされていた。

 

 初々しい二人が可愛くてしょうがないのか、凄くへらへらしていた部長を睨んだ隼人は、二人がやっているゲーム機の見て固まった。

 

「スーファミかよ……」

 

「違うよ! PC○ンジンだよ! ソフトはゼロヨンチャン○!」

 

「ぴ……?」

 

 困惑する隼人を他所にずかずかと割って入ったレンカと楓は、目的を忘れて茶菓子をむさぼっていた。

 

 一方の武とリーヤは、往年のゲーム機、PC○ンジンに目を輝かせており、それを残りの面々が苦笑顔で見ていた。

 

「何て言うか、ケリュケイオンの人達ってマニアックだよね」

 

「ハナも、人の事言えないと思うぞ」

 

「えー? そうかなぁ」

 

 そう言って首を傾げるハナに苦笑したシュウは、茶菓子のまんじゅうを口に頬張っている、レンカ達2人を隔離した隼人が、物凄く疲れた顔をしているのに哀愁を感じた。

 

 ドサクサに紛れてゲームをし始める武達に乗っかって、ギャーギャーと騒ぎ出した事業部の上級生達は、そう言えば、と隼人に視線を向ける。

 

『何しに来たの?』

 

 全員声をそろえてそう言ったのに、女子2人を抑えたまま、大きなため息を吐いた隼人は、アキホと香美に視線を向ける。

 

「用事が済んだから俺達は教室に戻るが、お前らはどうする?」

 

「んー……、どうしよっかな。学校の敷地ウロウロしようかな」

 

「あー、うん。迂闊に散歩すると迷うぞこの学校。広いからな。生徒が学校で行方不明とかしょっちゅうだ」

 

「入学案内でやたら詳しい地図と学校の連絡先があったのって……」

 

「入学式の前に迷う奴が毎年十人以上いるからだ。で、大抵模擬戦場に迷い込んで大怪我を負う奴が出て来る」

 

 やたら広い学校の地図を端末で開いた隼人がそう説明するのに、青い表情を浮かべた二人は、散歩できると思っていた自分達の認識の甘さを反省していた。

 

「じゃあ、散歩は無理だね……。あーあ、大人しくここでゲームしてよっかなぁ」

 

 諦めムードでソファーに凭れたアキホはさぞつまらなさそうに足を遊ばせる。

 

「あれ? 宿題は?」

 

 そんなアキホを見てすらっと言い放った香美は、うっと詰まった彼女にやんわりと睨まれて、視線を逸らした。

 

 香美がいれば大丈夫だな、と安心していた隼人はイチャイチャ絡んでいる彼女らを見て、安堵が曇るのを感じていた。

 

「じゃあ、お前らそこにいろよ。俺達は授業受けに行くから」

 

「ほーい、じゃあねぇ」

 

「宿題終わらせとけよ。戻ってきたら特訓だからな」

 

 そう言って指さした隼人は、舌を出したアキホに人差し指を立てて見せる。

 

 軽いやり取りを済ませた隼人は、レンカのふくれっ面と浩太郎達の苦笑に迎えられて、教室に向かおうとしていた。

 

 その時だった。

 

 隼人の端末から着信音が鳴り、少し進んでいた全員を止めると、通話に出た。

 

『もしもし、イチジョウ君?』

 

 電話の相手は、風香だった。

 

「会長? どうしたんだ?」

 

『あー、うん。ちょっと生徒会室まで来てほしいの。少し面倒な事になっちゃって」

 

「面倒な、事?」

 

 そう言って視線を浩太郎達に向けた隼人は、その中で何かに気付いたのか、表情を曇らせるシュウ達に気付いた。

 

 だが、それ所では無いと判断した隼人は、曇った表情への言及は止めて風香との会話に戻る。

 

『詳しい事は後で説明するから、取り敢えず生徒会室に来てもらってもいいかしら?』

 

「了解だ。今連れてる国連の連中も連れて行ってもいいか?」

 

『戦力になるなら、お願い』

 

 そう言って通話が切れた端末を、ポケットに収めた隼人は何事かと見てくる面々に向き直ると、子細を話し、それぞれ武器を持ち出して移動を開始する。

 

 物々しい雰囲気の彼らにざわつく生徒達の視線を浴びながら、生徒会室に入った隼人達は、そこで対立している流星と風香を見つける。

 

「あ、イチジョウ君。来てくれたんだね」

 

 そう言って笑う風香とは対照的に、隼人を見つけた流星は、苦々しい表情を浮かべて視線を逸らした。

 

 一方の隼人達は、いまいち自体が飲み込めずにいた。

 

「一体、何事なんです? 流星も、何してるんだよ?」

 

 そう言って二人を交互に見た隼人は、言いにくそうに口を開いた流星の方に、視線を向ける。

 

「今日、午前十一時を持って、僕、松川流星は、現行生徒会に対して不信任を宣言します。風香先輩、あなたの考えはこれからの世の中に通用しない。

この学校を守り、そして世界を守る為に、僕はあなたを倒します。風香先輩」

 

 そう言い放った流星は、困惑する隼人を敢えて無視し、その向こうで残念そうな悲しげな表情をする風香を見据える。

 

「分かったよ、松川君。でも、私だってこの学校を守りたい。私の方法で、私の最善で。だから、抗うよ。君に、君が思う最善に」

 

「では、これは決議へ持ち越しと言う事ですね。先輩」

 

「うん。そうなるね。残念だけど、君は私の敵なのだから」

 

 そう言って寂しそうに笑った風香に、頷いた流星はその間に割って入った隼人を見た。

 

「ま、待ってくれ流星。どうしてそんな事になっているんだ?! お前は、風香先輩の下で一緒に学院を守ると言ってたじゃないか」

 

「風香先輩といて分かったんだ。これからの世界で、風香先輩のやり方では通用しないと」

 

「だからって、こんな時期にクーデターなんて」

 

「こんな時期だからさ。新入生が入学する時期に起こす訳にはいかない。これは、決めた事だから」

 

「その決意は、揺るがないのか」

 

 そう問いかけた隼人は、無言で頷いた流星に、突き飛ばされた様な感覚を抱き、もう駄目だと諦めた。

 

 膝を突いてうなだれる彼を他所に、流星は風香を見据えて宣言する。

 

「風香先輩。僕、松川流星は、あなたと、現生徒会に対して不信任決議を宣言します」

 

「こちらも、決議に異存はありません。あなたと私、正しいのがどちらか、決めましょう。その方式は、校則に乗っ取り、松川君に選択権を譲ります」

 

「分かりました。決議方式は、言論、戦闘、両方を用いた交渉方式を。言論は僕と風香先輩が、戦闘は……」

 

「我々はイチジョウ君達を出します。本戦力を消耗する訳にはいかないから」

 

「分かりました。じゃあ、僕らはチーム・ユニウスを出します。僕らも事情は同じです。消耗は避けるべきですから」

 

 そう言って隼人達を見た流星は、突然の事に戸惑う彼らから視線を外して、風香達と向き直る。

 

 流星から対立する立場を告げられ、戸惑うシュウを一度見た隼人は、止める余地が無いのか、と後ろで話を聞いている和輝と大輝に、止める様に言えないかと考えていた。

 

(いや……。待て、今までの事は……この為か!?)

 

 心当たりを思い出した隼人は、複雑な表情を浮かべる隆介達の中で、一人分かっていた様な表情を浮かべるジェスを見る。

 

 フレームを受け取る前、ジェスが話していた、月末が忙しくなる事。

 

 そして、流星や奈々美が持っていた書類、和輝が口止めしていたその中身。

 

(全部計算ずくと言う事か、流星!)

 

 準備は進めていた。

 

 自分にも少しだけ分かる様に。

 

 だが、自分はその可能性を否定していた。

 

 そんな事はあり得ないと。

 

「……こうなる事は決まってたんだな」

 

 そう呟いた隼人は、ジェスに視線を向けると、やりにくそうに目を伏せた彼は、整備途中のライフルと向き直った。

 

「決議内容については明日展開します。では、失礼します」

 

 そう言って一礼した流星は、シュウに視線を流すと、頷きを返した彼が、ユニウスを連れて付いて行く。

 

 それを無言で見送った隼人は、周囲も見えず悔しげに歯を噛む。

 

「リューちゃん、本当にウチらの事、敵だって認めたんだね……」

 

「だったら、俺達は俺達で出来る事をするだけだ。それに、アイツをここで失うのは惜しい」

 

「リュウ君……」

 

 落ち込むケルビへ強い意志の目を向けた隆介は、目の前で泣き崩れた風香を支えると、泣き止めない彼女の代わりに、居場所に迷う隼人達を中へ招き入れる。

 

 彼に言われるまま中へ入った隼人達は、物置として使っている机の上に安全装置をかけた武器を置くと、話し合いに入る。

 

「しかしだ、まさか松川が敵に回るとはな」

 

「リューちゃん優秀だかんねぇ。戦術論、言論、とか戦闘職なのにウチ等より優秀だよね。でも、攻撃系技能はからっきしなんだよね」

 

「それは今関係ない。警戒すべきは、言論だ。周囲との関わりを絶ちつつ身動きを封じる風香のやり方に、松川は反発している。恐らくそれが通じないと証明するだけの証拠は揃えている筈だ。

あいつは元々生徒会だ。資料を揃えるには困らない立場であり、内部事情も知っている」

 

 そう言って腕を組む隆介に、頷きを返したケルビ達は悔しそうな隼人に視線を移す。

 

「すまない先輩、俺が気付けないばかりに」

 

「全くです。あなた達のせいで風香がいらぬ涙を流す事になりました」

 

 強く責められて俯く隼人は、叱責する市子に頭を下げ続ける。

 

 そんな様子を見て庇おうと動くレンカに気付いた隼人は、小さなハンドサインで彼女を押さえる。

 

「まあまあ、イチコ。怒るのはそこらへんにしておいてさ、建設的な話をしようよ。ね? 皆もさ」

 

「レオンの言う通りだ。今俺達がすべきは、風香が松川との交渉に勝利し、そしてあいつがまた戻ってこれる様な材料を探す事。そして、イチジョウ達が国連の派遣部隊に勝てる様にする事だ」

 

「前者は、風香に任せられるけど、後者は……難しいね」

 

 そう言って問題提起をするレオンと一郎の視線を浴びた隼人は、対策を出してくれようとしている生徒会の面々を見回して、首を横に振った。

 

「良いよ、先輩。これは、この戦いは俺達が決着をつけるべき事でもあるから」

 

「これは強制だイチジョウ。何の責任感からかは知らんが、こちらとしてもお前達の変な意地で負けられては困る。戦術分析の方、残りの日数で進めていこうじゃないか」

 

「……分かった。じゃあ、協力してくれ」

 

 そう言って、礼をした隼人に苦笑した一郎は、礼儀正しい後輩の肩を叩くと、ケリュケイオンの女子メンバーの方へ突貫するケルビの、首根っこを掴んで引き戻す。

 

 吊り上げられた体勢で暴れるケルビを睨んだ一郎は、手招きするレオンに向けて放り、投げ渡す。

 

 間抜けた声を上げて宙を舞ったケルビは、レオンにお姫様抱っこの体勢でキャッチされ、そのまま乱暴に風香と市子がいるソファーへ投げ飛ばされた。

 

「中継からの送球! にゃーはっはっは!」

 

 大声で騒ぐケルビに薙ぎ倒された二人は、追加で飛んできたレンカと楓に、押し潰された。

 

「さて、じゃれてる奴らは放っておくとして、取り敢えず可能な範囲での相手の分析を開始しようじゃないか」

 

「使用している武装からして、戦力配分は近距離3、中距離2、遠距離3か。遠距離に高火力術式を扱う術士と電子戦要員がいる。ここから予想できる基本戦術としては、術士を中心に陣形を展開。

電子戦要員が近中距離の戦闘状況から戦場の情報を収集し、それを元に術士が高火力の術式を戦場へぶち込む。考え得る戦術だと、まずこれだろうな」

 

「ふむ、その戦術だと、最優先対象二つを攻めるには近距離がまず壁となっている。それを突破するとしても、ネックは中距離の二人と術式、そして時間だな。お前達の基本戦術は一点集中の速攻型、時間をかけ過ぎると包囲され、全滅する可能性が高い。

加えて中距離の二人は恐らく遊撃。お前達が近距離でもたつけば、それだけ後ろを狙う余裕も出て来る。狙撃、スポッター潰しを第一としてマシンガンナーを第二としようか。それらを潰せば向こうにとって有利になる。

お前らの編成に、メインで銃火器を扱う奴は少ないからな。真っ先に狙われるだろう」

 

「分隊単位で動けば楓がガードに着く分、幾分かマシにはなるがそうなれば前線火力が落ちる。だが、対策としては悪くはないと思うが」

 

「なるほどな、堅実な考え方だ。だが……そうだな、前衛の内、誰かを足止めに使うと言うのはどうなんだ?」

 

 そう言って戦術指南用のプログラムを起動し、動かした一郎は、食い入る様に見つめる隼人達に、何だか恥ずかしくなっていた。

 

「取り敢えず、だ。基本戦術に関する考察はここまでとして、今日の所は解散にしよう」

 

 そう言って手を叩いた一郎に、頷いた隼人はケリュケイオンに撤収準備をさせる。

 

 フレームが入ったカバンを背負った隼人が、カバンのストラップを手に掴んだ瞬間、左腕に走った痛みに、彼は思わず跪いた。

 

「ッ、くっ……」

 

 侵食箇所が痛み、堪らず机に凭れかかった隼人は、ペンスタンドやファイルケースを薙ぎ倒して崩れ落ちる。

 

 それを見ていた全員が慌て、すぐに動いたジェスと一郎が抱え上げて支える。

 

 その間にも、隼人は左目を押さえて呻いていた。

 

「大丈夫か、イチジョウ」

 

 そう言って背中に触れた一郎は、接触個所を針に刺された様に体をのけ反らせた隼人が叫び、床に倒れたのを見て困惑した。

 

 片膝をつき、荒く息を吐いた隼人は赤く明滅する目を自覚する事無く懐から、侵食抑制用と精神安定剤を兼ねたアンプルを取り出し、首筋に打ち込んだ。

 

「おい、本当に大丈夫か」

 

 そう言って恐る恐る近寄ろうとした一郎は、ふら付きながら立ち上がった隼人が、一瞬狂気的な笑みを浮かべたのに気付いたが、瞬きの間に消えたそれを、自身の気のせいだと断じた。

 

 深い吐息の後に、アンプルをポケットに隠した隼人は、心配そうな生徒会の面々に強がった笑みを向けた。

 

「大丈夫だ、先輩」

 

 そう言って精一杯の力を使って、隼人は生徒会室を後にした。


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