僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第13話『目の前の終』

 夕食から二時間後、深夜十一時近い時刻、左目と左腕の事情から、最後にレンカと二人で入る事になった隼人は、極力見ない様にしながら湯船に浸かっていた。

 

 一方の彼女はと言うと、真っ赤な彼の二の腕に頬を当てながら、湯船に大きな胸を浮かばせていた。

 

「なぁ、ちょっと離れてくれ」

 

「やだ」

 

 そう言って隼人にふくれっ面を見せるレンカは、タオルで隠してすらいない胸を隼人に向けようとして、彼に止められた。

 

「待て、こっちを向くな」

 

「おっぱいの全貌ぐらい見ても死なないわよ!」

 

「……お前には羞恥心はねえのか」

 

 なるべくローテンションを心掛ける隼人に対して不満そうなレンカは、両腕で抱えた胸を押し上げてみせるが、すでに他所を向いていた隼人の視界には入っていなかった。

 

「なぁああ、このヘタレ! このおっぱいを見なさいよ!」

 

「言われて見るかバカ!」

 

 詰め寄るレンカに恥ずかしさが頂点に達した隼人は押し退けようと、胸に手を当ててしまう。

 

 もにょん、とか聞こえてきそうな柔らかい感触に、口から心臓が飛び出そうになった隼人は、慌てて放そうとした手を押さえてきたレンカに悲鳴を上げそうになった。

 

「お、お前……何のつもりだ」

 

「ん? このまま、モナピーしようかと」

 

「ああ、なるほどな。ぶっ殺すぞクソ猫」

 

 ぎゅう、と青筋を浮かべながら胸を掴んだ隼人は、痛がる彼女が手を離したのを見て平手に戻すと、深く息を吐く。

 

 どこにいても疲れる運命なのか、と半ば憂鬱な気分の隼人は、湯船に沈みかけているレンカに気付くと、慌てて引き上げた。

 

「おい、寝るな死ぬぞ!」

 

 右脇に肘を当て、腕を胴体に巻き付ける形で引き上げた隼人は、抱えられた猫の如く腕を上げる姿勢のレンカの胸の感触に、少し赤くなった。

 

「んえ~?」

 

「お前、眠いなら眠いって言えよ……」

 

「眠くないよぉ」

 

 半分起きたレンカを膝に乗せた隼人は、そこで自分がした事に気付き、膝の上に感じる尻の感触にどぎまぎしていた。

 

 そんな気持ちにも気づかず、こてん、と彼の胸に凭れかかったレンカは、眠気眼を閉じ、静かな寝息を立てていた。

 

「まぁ、仕方ないか」

 

 そう呟いて彼女の頭を撫でた隼人は、波乱の一日を共に過ごしたパートナーの寝顔に、優しい笑みを向ける。

 

 同い年とは思えないほど幼い寝顔を見ていた隼人は、不意に来た頭痛に顔をしかめると、真っ赤に変わった湯船に驚愕し、目を覚ましているレンカに気付く。

 

「レンカ、お前……起きて――――」

 

 そう言いかけた瞬間、彼の胸に強い痛みが走る。

 

 何だ、と呆然となる隼人は、ニヤリと口元を歪める彼女に気付き、そして彼女がナイフを手に、自身の胸へ突きこんでいるのに気付いた。

 

「これは、一体……。何で、俺を……」

 

『だって、隼人が、私を殺さないからじゃない』

 

「違う、お前は、レンカは、そんな事……」

 

 動揺する隼人を他所にレンカは、にっこりと笑ってナイフを引き抜くと、こびり付いた血を舌で舐め取る。

 

『するかもしれなかったわよ? だって、私には隼人が全てだもの』

 

「だとしても、こんな……!」

 

『あなたが死ねば、あなたはあのクソ妹に奪われない。ずっと、私の物』

 

 そう言って刃を湯船に捨てたレンカは、真っ黒く濁った眼で、隼人を見上げる。

 

『それとも、あなたが、私を殺すの? ふふっ、本当のあなたが望んでいた様に』

 

「違う、俺はお前を!」

 

『なぁんだ。殺さないんだ。それじゃあ生きてる意味ないじゃない。じゃ、死んでね』

 

 そう言って笑い、顔面に張り付かせた手から光を迸らせる。

 

 その瞬間、彼の奥底で何かが起き上がった。

 

 瞬間、レンカの細く華奢な腕を手刀で折った隼人は、不思議そうに見ている彼女の首を掴む。

 

『あっはは、そうそう。隼人はそうでなくちゃ。何もかもを壊して一人になって、そして喪った私を想って生きていく』

 

 狂った笑い声を上げるレンカに、一筋の涙を流した隼人は、彼女の首を折った。

 

 そこで我に返った隼人は、透明な湯船を見下ろして正気に返ったと、荒い呼吸を押さえながら思った。

 

「幻覚か……」

 

 息を整えながらそう呟いた隼人は、すーすーと静かな寝息を立てて眠っているレンカを見下ろすと、生きている彼女に安堵した。

 

 幻覚とは言えど、恋慕する女の子を殺害してしまうのは、隼人に取って精神的に一番苦しいものだ。

 

「もう、長くないのかもな」

 

 諦めた様にそう言って、左腕を見た隼人は、突然の耳鳴りに苦しげな声を漏らす。

 

『ねぇ、隼人はどうして生きてるの?』

 

『どうして死ななかったの?』

 

『どうして、死のうとしなかったの?』

 

『何で、生きてるの?』

 

『どうして生きようとしていたの?』

 

 耳鳴りはレンカの声になって、呪詛の言葉を紡ぎ、言い放ってくる。

 

 自分を追いつめ、破れかぶれの破壊衝動に走らせる様に、自暴自棄になって破滅する様に。

 

 言葉が止んで、大きく息をした隼人は、深く寝入ったらしいレンカを抱えて湯船から出る。

 

(コイツは、レンカは俺を否定しない。一緒にいたいって言ってくれた。だから俺は……惑ったりしない。それが、精一杯の答えだから)

 

 そう思いながら脱衣場に出た隼人は、着替えを漁っているアキホに気付き、暫しの間、固まった。

 

「ハ、ハロォウ。お兄様」

 

「何してる」

 

「お、お着換えをお持ちしましたぁ」

 

「お前、フリーハンドだよな?」

 

「は、裸の王様仕様ですぅ」

 

「それ、無いって事だよな?」

 

「し、質量と実体が無いだけでちゃんとあります! 霊体化してるだけで!」

 

「どこのサーヴァントだその着替え」

 

 そう言って半目になった隼人は、下半身を見て赤面しているアキホへ、牽制の蹴りを繰り出す。

 

「ひゃー、暴力よ~。バイオレンスお兄さんよ~」

 

「棒読みで変な事言うな。それより、お前に頼みたい事がある」

 

「何?」

 

「レンカの体拭くのを手伝ってほしい」

 

「えー、何でぇ?」

 

 そう言って頬を膨らませるアキホに、びしょ濡れのままレンカを下ろして寝かせた隼人は、早々に諦め、片手で彼女の体を拭き始める。

 

「ちょっ、兄ちゃん何してんの!?」

 

「お前が嫌がるから一人で拭いてる」

 

「そんな事してたら湯冷めしちゃうよ?!」

 

「別に良い」

 

「別に良いって……。ああ、もう! やる! やるから自分の体拭きなよ!」

 

 苛立ちながらそう言ったアキホは、隼人と代わると、小柄ながらある所はある彼女の体を吟味しながら、丁寧に拭いていく。

 

(む。脱がせてみると結構胸あるなぁ。こりゃあ兄ちゃんもメロメロになる訳だ)

 

 そう思い、もにゅもにゅと胸を揉んだアキホは頭を拭きながら、半目で見ている隼人に驚く。

 

 そんな彼女に呆れ果てながらバスタオルを洗濯機に投げ込んだ隼人は、置いてあったレンカの着替えをアキホに渡すと、自身も寝巻に着替える。

 

「ブラジャー、デカいなぁ……」

 

「早く着せろ。手伝うから」

 

「あ、ごめん」

 

 そう言ってそそくさと下着を着せていくアキホは、慣れた様子でレンカを抱えている隼人をちらちら見ながら作業していた。

 

「集中しろ」

 

 そう言って睨んだ隼人に萎縮したアキホは、寝ているレンカを着替えさせると、頭二つ分低い姉貴分を抱きかかえて、隼人が着替え終わるまで待った。

 

「よし、すまんなアキホ」

 

 そう言ってレンカを受け取った隼人は、子どもの様に愚図る彼女をあやすと、アキホは物凄い複雑な表情をしていた。

 

「どうした、アキホ」

 

「いや、パイパイデカいだけのおちびな女の子が私のお姉ちゃんかと思うと何か複雑」

 

「パ……。まあいい、そう言うお前も中身はこいつと変わらんだろうが」

 

「だから嫌なのー! キャラ被りするじゃんかぁああ!」

 

「どういうダダのこね方だ」

 

 そう言って呆れた隼人は、アキホ共々脱衣場を出てリビングの空いているソファーにレンカを寝かせると、夜更かしをしているカミがリビングの大型テレビで深夜アニメを見ていた。

 

 彼女が見ていたのは七年前にやっていたロボットアニメのリマスター版で、懐かしさを感じながら台所へ引っ込んだ隼人は、不慣れな片手だけの作業でココアを準備する。

 

(あのアニメ、武達と見てたっけな)

 

 八歳の時の荒んでた時期、若干不貞腐れ気味に武の家に通ってはアニメを見せられて、感想を求められていた。

 

 今でもそうだが、隼人はとんとアニメに疎い。

 

 特に孤児から養子になったばかりで、アニメどころか周囲への関心も薄かった八歳の頃となれば、なおさらだった。

 

(まあ、そのおかげで少しは明るくなれたしな。それに、同級生との付き合い方も学べた)

 

 そうしみじみ思いながらココアを入れた隼人は、真剣に見ている二人の前にそれを置くと、一人リーヤとナツキの部屋へ移動した。

 

「来たかい。遅かったね。って言うか下で何してるの? 爆発音とかビームの音とかするけど」

 

「武が前にブルーレイボックス買ってたロボットアニメをアキホ達が見てんだよ」

 

「懐かしいねぇ。プラモデル作ってなぁ。あ、ごめんごめん。じゃあ早速検査、始めようか」

 

 そう言って、手錠の様にも見えるセンサーを取り出したリーヤに、隼人は無言で頷く。

 

 鉄輪を手首にはめ、検査の準備を始める隼人の背後、壁に張り付いた一見小さいサイズの茶色いアレに見えるバグドローンが、その様子を離れた部屋で監視しているハナ達へ映像を届けていた。

 

「何か、してるね」

 

「侵食率の検査だろうな。さて、ハナ、画面をズームアップしてくれ」

 

「え? あ、うん」

 

 シュウに促されるまま、ドローンを操作したハナは、狭いノートパソコンの画面の周囲に密集する面々に、かなり動きづらそうにしていた。

 

 今、画面を見ているのはシュウ、ハナ、美月、日向、和馬の五人だ。

 

 俊とシグレは早々に寝てしまい、ミウは書きかけの同人誌を、持ち込んだタブレットで描いていた。

 

「あ、あのさ、皆。も、もうちょっと離れてくれない?」

 

「あら、ごめんなさい。あ、映ったわよ……。えっ」

 

「この数値……。侵食率76パーセント……。左腕はもう、ダメなんだ……」

 

 そう言って写真を撮ったハナは、侵食の度合いに驚く全員を見回す。

 

「左腕だけとは言え、こんなに高い数値を弾きだしているのか。危険だな」

 

「ええ、これだけ高い数値だと、多分転移が始まってるはず」

 

「だろうな。そして多分、侵食され始めているのは」

 

「頭脳、ね」

 

「ああ。夕方俊に見せた、あの異常な反応速度と殺しの動きは恐らく侵食による物だろうな。聞くよりも厄介だな……。聖遺物、ダインスレイヴは」

 

 そう言って端末から一枚の写真を取り出したシュウは、そこに映し出されたワインレッドの刀身を持つ長剣、ダインスレイヴを見つめていた。

 

「彼の誘いを、受ける必要があるかもしれないな」

 

 そう言って流星の連絡先を表示させたシュウは、頷く周囲に追従して首肯した。


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