僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

34 / 113
第12話『兄と妹』

 一方、場所は戻って寮。

 

 粗方仕込みを終え、のんびりとお茶やらコーヒーやらを飲んでいた隼人達は、買い物終了の連絡を受けていた。

 

「後は、帰ってくるのを待つだけだな……。おかわりいるか?」

 

「ああ、頼む。所で隼人、夕方に見たお前の左腕の動きについて何だが……」

 

「……ああ、あれか。あれがどうかしたのか?」

 

 若干イラついた声で返答する隼人を怪しんだシュウは、邪険な雰囲気を気に止めない様にして、話を進める。

 

「あれは、どう見ても人間の動きじゃなかった。一体、お前に何があると言うんだ」

 

「話さなきゃ駄目か?」

 

「なるべくなら、話してほしい。それに、お前の左腕は俊を殺そうとしていた。身を守る為にも、知っておく必要がある」

 

 そう言って隼人からコーヒーを受け取ったシュウは、少し怯えるハナを無視して、彼をじっと見つめる。

 

 無言の意志に圧されたのか、気まずげに頬を掻いた隼人は、彷徨わせていた視線をレンカに向け、買い置きの大判焼きをもぐもぐしている彼女が、咀嚼したまま頷く。

 

「……分かった。話す。俺の左腕と左目は、ダインスレイヴに侵食され、神経回路が滅茶苦茶に荒らされている。触覚も無ければ俺の意志で動く事も無い」

 

「ダインスレイヴ……。新横須賀でのテロ事件の折、お前らが回収した魔剣、いや、聖遺物だったか」

 

「ああ。その事件でダインスレイヴが操るアーマードと対峙した俺は、左肩に剣を受け、侵食された。まるで、俺を罰するかの様に魔力は俺を蝕んでいる」

 

 そう言って俯いた隼人は、足元に寄ってきたアハトを撫でると、腑に落ちないと言った表情を浮かべながらも、頷きを返したシュウから目を逸らす。

 

「罰……とは、どう言う事だ隼人」

 

 そう問いかけたシュウに一つ息を吐いた隼人は、左腕を抑え付ける様に握ると、ポツリと話し始める。

 

「俺は、多くの人を殺した。テロリスト、暴徒、そして、心中しようとした家族。俺は、世界から刃を向けられ、その度に人を殺して生き残って来た。恨みも悲しみも何もかもを燻らせたまま、生きてきた。

俺は、世界を憎んだ。のうのうと生きている人間が憎かった。俺の祖父母を、心中と言う間違った選択肢に誘った世間が、素知らぬ顔で回る事が許せなかった」

 

 ビリビリと痛む左腕と左目に、一度歯を噛んだ隼人は、深呼吸をして話を続ける。

 

「だが、俺は……ここにきて人並みの幸せを得た。家族や会社の同僚、友人達に恵まれ、いつしか抱いていた苦しみや怒り、恨み、悲しみを忘れていった」

 

「それは、良い事じゃないか。どうして……」

 

「だけどな、俺はそんな事を忘れちゃいけない人間だった。戦地での自爆攻撃、二年前の新新宿テロ。そして、二週間前の新横須賀テロ。俺は地獄から逃れられない人間だった。

心のどこかで燻った怒りや恨み、悲しみが、地獄を見るたび俺を苦しめた。俺に巣食う殺意が、思いの捌け口を求めて人を食らった。そして、二週間前からの侵食でその思いは膨れ上がっている。

俺が得た幸せを壊し、得た物を全て無に帰そうとしている。お前は、幸せであってはならないと言ってる様に」

 

 そう言って俯く隼人から目を逸らしたシュウは、彼が背負う過去や運命の重さを知ると軽薄な事をした物だと、遅い後悔をしていた。

 

「そうか、お前は、自分が犯した罪を忘れたが故に今の有様になっていると、そう考えているのか」

 

「ああ。そうだ」

 

「なら、掛ける言葉が、俺には無い。生憎だが、俺は俊ほど鈍感に熱くなれない。どうしようもできない事であれば、なおさらな」

 

 そう言ってコーヒーを啜ったシュウは、目を伏せると、机の上にコップを置いた。

 

「俺に、人を否定する事は出来ない。お前の抱えた思いを知ればなおさらな。だが、それでもお前は一人じゃない。抱えた思いの少しでも、分けてしまうくらい良いんじゃないのか?」

 

「そうか……。すまない、お前のお陰で思い出せたよ。俺には、支えてくれる仲間がいる。忘れていたよ」

 

 そう言って笑い、コップに手を伸ばそうとした隼人は宙を掻いたそれを見つめると、ピントが合わず、ぼけたり結んだりを繰り返す視界に舌打ちする。

 

 二回の空振りから取っ手を掴んだ隼人は、遠近感に苦労しながら、ブラックコーヒーを啜る。

 

「大丈夫か?」

 

「遠近感が掴めてないだけだ。心配しなくていい」

 

「そうか、なら良いんだが」

 

 そう言ってお茶請けのチョコレートに手を伸ばしたシュウは、ばきりと音を立てて砕け散った隼人のコップの持ち手に驚き、太ももに落下したそれが殴打しながら、中身をぶちまける。

 

 突然の事に驚いたシュウは、うつらうつらと舟を漕いでいたレンカとハナを起こすほどの大声を出して驚き、慌ててタオルケットを取りに行った。

 

「なぁに? うわ、隼人の膝にコーヒーが。なーめよ」

 

「ぎゃあああああ!」

 

「うぇえ、にっがーい」

 

 そう言って下を出すレンカが這い寄るのを股間の辺りで抑えつけた隼人は、そのタイミングで帰って来た浩太郎達と、タオルを持ってきたシュウと、寝ぼけ眼を合わせてきたハナと目が合った。

 

「まっ、待て……これは、その、お前らが思っている状況とは違う!」

 

「分かってる、お掃除だよね」

 

「違う!」

 

 笑いながら怒る隼人を無視して頷く楓は、どん引きしている周囲を見回すと、マイペースに買い物袋を抱えて、台所に移動する。

 

「さー、ご飯だご飯だぁ」

 

「え、あの空間を無視するの!?」

 

「いつもの事だよぉ。それよりもご飯だぁ。お腹減ったぁ」

 

 そう言って冷蔵庫に買った物を入れていく楓にショックを受けた美月は、諦めムードで移動を始めるケリュケイオンの面々に続く形で、冷蔵庫の方へ移動する。

 

「くっそぉ、ズボン変えて来るか……」

 

 そう言って立ち上がった隼人は、その後ろをついてくる楓とレンカに、心底嫌そうな顔をしながら、吹き抜けがある二階へつながる階段を上がる。

 

 狭い廊下しかない二階を歩く隼人は、ちょろちょろついてくる二人に、一度視線を向けると、部屋のドアを開ける。

 

「何でついてきたお前ら」

 

「えー、お着換えの手伝いしようと思ってぇ」

 

「幼稚園児じゃねえんだから必要ねえよ。ほらとっととリビングに戻ってゲームでもしてろ」

 

 そう言って邪険に手を振る隼人に、揃って頬を膨らませる二人は、コーヒーの匂いがするカーゴパンツを見下ろすと、その視線を彼に戻した。

 

「な、何だよお前ら」

 

 そう言って一歩下がった隼人は、いきなり飛び付いてきた彼女らに、野太い悲鳴を上げ、勢いそのままに廊下を滑走した。

 

 何とか起き上がった隼人は、腰に抱き付く二人を何とか持ち上げると、一階の何も無い所を狙ってぶん投げ、逃げる様に部屋に入った。

 

 身軽に着地したレンカと、叩き付ける様に着地した楓は、揃って不機嫌そうな顔をして、隼人が逃げた部屋を見上げる。

 

「チィッ、ヘタレの野郎……」

 

「いや、あれは流石に引きますよぉ」

 

「何て言ったの、ナツキ」

 

「ひぃっ、何でも……無いですぅ」

 

「あ、そう」

 

 ギロ、と修羅の如き目を向けるレンカに怯えて視線を逸らしたナツキは、その先で変態に屈服した情けない彼女を詰ってくるカナと目が合い、二重ばさみになって台所へと逃げた。

 

 それから十数分後、ジャージに着替えてきた隼人は、濡れたカーゴパンツを脱衣場に持って行って、台所へ戻って来た。

 

「手伝うぞ」

 

 そう言って腕まくりをした隼人は、調理をしている面子に、女の子がナツキと美月とハナしかいない事に気付いた。

 

「何か、あれだな。こういう風景見ると将来が不安になるな」

 

「え、どう言う事です?」

 

「いや、まあ……」

 

 視線を逸らし、言葉を濁す隼人に首を傾げるナツキ達女子陣は、同情の悲嘆にくれる男子達を見回した。

 

「レンカちゃんがこのままご飯を作ってくれないかもって心配する気持ちは分かるよ隼人君。でもさ、今この瞬間、餌付けしてるって考えると何か心が高揚しないかい?」

 

「いや……しないが……」

 

「じゃあどうしてニヤつく顔を押さえているのかな?」

 

 そう言ってニコニコ笑う浩太郎から、ニヤついている顔を逸らした隼人は、脳裏で幼い頃のレンカが浮かんできていた。

 

「イチジョウ君って意外と……」

 

「変人、よね」

 

「オブラートに包もうよぅ!」

 

 ショックを受けるハナを他所にため息を落とす美月は、ニンジンを洗う手を見てくるリーヤに、首を傾げて見せた。

 

「何?」

 

「ああ、ごめん。その義手、防水なんだなってね」

 

「ああそう言う事? お風呂入るのに困るから防水にしてもらってるのよ。まあ、その分端末のパネルは反応しないんだけどね」

 

 そう言って水に濡れた手を動かす美月は、目を輝かせてみてくるリーヤに苦笑すると、洗ったニンジンを皮むきしているハナへ手渡す。

 

「あなたは、こういう機械が好きで、それなりに弄る腕があるの?」

 

 そう言って手を拭いた美月は、素直に肯定したリーヤへ、そうね、と前置きを置いて話し始める。

 

「じゃあ、お願いと言うか少し頼み事があるんだけど」

 

 そう言って圧縮空気とコイルが停止する音の後に少し捻って義手を外した美月は、突然の事に驚く全員を他所に、ダイニングテーブルの上へ義手を置いた。

 

「最近調子が悪くて、点検をしてもらえないかしら。ある程度のマニュアルデータは渡すから」

 

「でも、良いのかい? 僕の様なよそ者が、君の体の一部を預かっても」

 

「よそ者じゃなくなるから、預けるのよ。それに、ウチはソフトウェアに強いのが二人いるのにハードウェアに強い人が一人もいないんだもの」

 

「和馬君はそうじゃないの?」

 

「和馬は作るのが得意なだけだから。調整とか整備はからっきしよ。刀は違うけどね」

 

 そう言ってニヤニヤ笑う美月に微笑を返したリーヤは、二の腕の先端にある基部に気付くと、戸棚に入れてある救急箱から包帯を取ってきて、基部を隠す様に巻きつけた。

 

「よし」

 

 満足そうにそう言って包帯を片付けているリーヤは、それを不思議そうに見ている隼人と、浩太郎を除いた面々からの視線に気付き、途端に顔を真っ赤にした。

 

「な、何さ皆して」

 

「いや、何で包帯巻いてるんだろうなって。怪我してねーのに」

 

「え、何でって……。基部の保護は整備の基本でしょ?」

 

 そう言って周囲を見回したリーヤは、整備に詳しくない面々の呆け顔にうっと詰まるが、気にしない事にして整備作業用のマットをリビングの床に敷き、一旦自室へ戻って工具を取ってくる。

 

 そして、義手を作業台の中央に置いて分解を始めたリーヤは、興味本位でやって来た美月に、症状や使用時の感覚などを聞きながら分解していく。

 

「あ、ナツキちゃんちょっと」

 

 整備で何か不都合があったらしいリーヤの呼びかけに応じたナツキは、隼人達に調理の後を任せて、彼の元へ急ぎ、整備の手伝いを始める。

 

 若干慌ただしいリビングを一度振り返った隼人達は、調理組唯一の女子となったハナが、自分達を見回して嬉しそうにしているのに気付き、揃って苦笑する。

 

「ふぇ?! 何、何で皆笑うんですか!?」

 

「いや何。男子に囲まれて嬉しそうにしてるから、可愛らしいなって」

 

「あ、あう……。ごめんなさい」

 

「いいさ、そう言う笑みは新鮮だからな」

 

「え、新……鮮……?」

 

 もきゅ、と首を傾げたハナの純粋無垢な疑問の視線から目を逸らした隼人は、見た目の方向性が同じなのに、中身が対の存在となってしまっている自らの彼女(保留)の日常的な笑みを思い出して悲哀に暮れた。

 

 そんな彼の心情を察し、慰めのオーラを放ちながら作業する日向もまた、残念な彼女(予定)を持っている身だった。

 

「あれ? 何で二人はそんなに落ち込んでるんです?」

 

「止めてやれ、いろいろあるんだろう」

 

「う、うん」

 

 無自覚に抉りかけていたハナに、内心冷や冷やしながら止めたシュウは、着々と進む準備と、料理の完成に少し喜びを感じていた。

 

 シュウはあまり料理が上手くない。

 

 生まれもあるが、あまり料理をする必要も無かったからだ。

 

「よしっ」

 

 我ながらうまくできた、と小さくガッツポーズを取るシュウを見上げたハナは、柔和な笑みでそれを称える。

 

 儚げな笑い声に気付いたシュウは、恥ずかしさから視線を逸らし、決まり悪げに頬を掻くと、それでも、と彼女の方を振り返った。

 

「え、いない?」

 

 いつの間にかいないハナに己の覚悟を踏みにじられた気分のシュウは、日向が指さす先、顔を華やがせてリーヤの方へ歩み寄る彼女に気付いた。

 

「ぬ」

 

 思わず声が出たシュウを他所に、片づけをしている日向は、ある程度加熱調理をしている隼人達に後を任せてリビングへ移動すると、ソファーでゲームをしている女子達の隣に座った。

 

 パーティ系格闘ゲームで遊ぶ女子達を横目に、両腰からスプリングフィールドXD一丁ずつを引き抜いて、机の上に置く。

 

「日向、リビングじゃ銃禁止だ」

 

 そう言って鍋敷きを置きに来た隼人は、マガジンを引き抜いた拳銃のスライドを引く日向が、無言で頷いてチャンバー内の一発を弾き抜いたのを見た。

 

 宙を舞うそれをキャッチした日向は、火薬入りのそれを、緩慢な動きで這い寄ってくるミウに投げ渡す。

 

「隼人、銃の整備がしたいんだが」

 

「あーそれなら、そこのカウンターを使ってくれ。工具一式置いてある」

 

「それはありがたいが……。何だここは。工具が密集し過ぎて作業場みたいになってるんだが」

 

 そう言いながら作業マットの上に銃を置いた日向は、夕食の準備を進めている隼人達に気付いて、そちらを優先した。

 

「武、机拭いてくれ。女子連中はゲームしっ放しで良いから皿回しててくれ。シュウ、火の通りはどうだ」

 

 テキパキと指示しながら動く隼人に感心していた日向は、離れた位置で不貞腐れている俊と、シグレに気付き、おぶったミウ共々彼らの方へ移動した。

 

「俊、シグ、飯だぞ」

 

「知ってるよ」

 

「じゃあ、こっちに来い。すぐに無くなるかもしれんぞ」

 

 そう言って笑う日向から顔を逸らした俊は、磨いていたらしい得物の槍を立て掛けると、シグレを先に行かせる。

 

 脇を過ぎていく彼女を見送った日向は、一人残った俊の困った様な顔を見て苦笑し、隣に座る。

 

「何か、思う事があるのか?」

 

「ちょっとな。アイツの事、なんだけどな」

 

「ああ、隼人の事か。彼がどうかしたのか?」

 

 そう言って俊を覗き込んだ日向は、少し恐怖が滲み出た表情を浮かべている彼に、違和感を感じていた。

 

「あいつに殺されかけた時、あいつには何の感情も無かった。ただ、殺すだけの目で、俺を見ていた。どうして、あんな目を、どうして、何の思いも抱かずに人が殺せるんだ」

 

「それは俺にも分からないな、今は」

 

 膝を抱え寄せる俊に、そう言ってフッと笑った日向は、とてとてと歩み寄って来たアハトの頭を撫でる。

 

「だが、これだけは言える。俊、お前の考えているほど世界は甘くない。お前が思う以上に世界は複雑で、混沌とした闇に満ちている。隼人が踏み込んでいるのも、恐らくその領域だ」

 

「ん~、なんだかよく分かんねえけど、気を付けるよ」

 

「分かんねえけどって、お前……」

 

 呆れる日向に苦笑した俊は、いつの間にか這い寄ってきていたミウに気付いて、驚いた。

 

 その様子からいる事を察知した日向は、ミウが肩にのしかかって来たのに、半目になりながら肩越しに彼女と話す。

 

「ミウ、何しに来た。ご飯食べてたんじゃないのか」

 

「うん。だけど、シグがミィの巨乳クッションで悶死しそうだから俊を呼びに来た」

 

 そう言って、ぐりぐりと日向の側頭部に頬擦りするミウは、事情を察した俊を間延びした声と共に見送る。

 

「さて、飯食いに行くか。ミウ、降りてくれ」

 

「えぇー、やだ。このまま運んで~」

 

「断る。ほら、降りろ。しっかり歩け」

 

「もうちょっと労わるくらい良いじゃんよ~」

 

「一本背負いを所望するのか?」

 

 そう言って立ち上がった日向は、肩からぶら下がるミウにそう言うと、がっちり腰をホールドしている彼女にため息を吐いて、テーブルの方へ移動する。

 

 移動先で真っ青なシグレを介抱していた俊は、ぶつぶつと呪詛を呻く彼女に、若干引いていた。

 

「巨乳巨乳、おっぱい大きい。私小さい。牛乳、効かない。揉むしか、無い」

 

「お、おう」

 

「俊君は、おっぱいの大きさはどの程度が好みですか」

 

「んー、考えた事ねえなぁ。まあ、普通が一番かな」

 

「普通……」

 

 そう言って胸を見下ろすシグレから目を逸らした俊は、胡坐をかいた自分の足に乗る、彼女の尻の感触に、少し頬を緩ませる。

 

 そんな彼に取り皿を持ってきた和馬は、そっと皿を置いて退散すると、片手で難儀している美月の隣に座る。

 

「よぉ姉ちゃん、食わせてやろうか? ォオン?」

 

「変な言い方しないでよ和馬。目に割りばし刺すわよ」

 

「お前、いつになく凶暴だな」

 

 そう言って半目になる和馬から目を逸らした美月は、おもむろに差し出された豚肉に気付いて、一口頬張った。

 

「素直になれよ。恥ずかしがるこたぁねえんだからさ」

 

「え、ええ。そうね。じゃあ、甘えさせてもらうかしら」

 

 そう言って和馬に食べさせてもらう美月の対岸、同じ事を隼人に実践しているレンカは、彼から物凄い不評を買っていた。

 

「何で食べないのよ!」

 

「掴む量が多いんだよ馬鹿! いっぺんにこんな食えるか!」

 

「男でしょ!」

 

「その前に人間だ!」

 

「うっさい食え!」

 

 そう言って押し込みにかかるレンカから逃げる隼人は、カウンターの頭突きを打ち込むと、痛む額に耐えながら片手で鍋を食べる。

 

 一方、直撃を食らったレンカは、額を押さえてぐったりしており、一度流し見た隼人は、チラチラ見ている彼女に気付いて、ガン無視を決め込んだ。

 

「え、あ、あの隼人君」

 

 そんな様子に気付いて声をかけたナツキは、狸寝入りのレンカに気付き、あっ、と声を出して、リーヤの隣に戻っていった。

 

 腫れ物に触れる様な扱いに気付いたレンカは、周囲を見回すと、のっそり起き上がり、何事も無かったかのように隼人へ飛び付いてじゃれつく。

 

「ねぇ、この後どうする?」

 

「くっつくな鬱陶しい。まだお前の皿、白菜とねぎと……。鍋に入れてた野菜が残ってるだろうが」

 

「えー、美味しくないもん」

 

 そう言って頬を膨らませるレンカが抱き付いてくるのを、振り解いた隼人は、自分の隣でニヤニヤ笑うアキホに気付いた。

 

「えー、レン姉ってば、まだ野菜食べられないのぉ?」

 

「何ようっさいわね! ちょっと私より背が高くなったからって調子に乗るんじゃないわよ!」

 

「んん~? おっかしいですなぁ」

 

 そう言って膝立ちで移動し、レンカの頭上で手刀を横に振ったアキホは、歯を噛んで悔しがる彼女に、心底ムカつく顔で煽った。

 

「デュフフ、レンカ殿、拙者より遥かに身長が足りませんぞぉ~。デュフフ~デュフフ~デュフフのフ~」

 

「きぃいいいい! ムカつくぅううう! 余裕ぶりやがって、余裕ぶりやがって! ぶっ殺すわよ!」

 

「来いよ、レン姉! 兄ちゃんなんか捨てて、かかってこい!」

 

 アキホの煽りに反応して顔を赤くしたレンカが飛びかかり、隼人の周囲で喧嘩手前のじゃれ合いが始まる。

 

「このクソ義妹ぉおお!」

 

 そう言いながら不慣れな関節技を極めようとしたレンカは、返してきたアキホに腕を取られ、締め上げられる。

 

「ぬはははは、我が兄の嫁、恐るるに足らず! まー華奢でかわゆいねぇ」

 

「アキホ」

 

「なぁに、兄ちゃん」

 

 言いながらレンカを締め上げるアキホが、隼人の顔を覗き込む。

 

「うるせえ」

 

 そこには飯時を邪魔されて怒る修羅の顔があった。

 

「ぴぃっ、ご、ごめんなしゃい!」

 

 顔を青くして後退ったアキホはレンカを手放すと、そそくさと自分の席に戻る。

 

 それを追おうとしたレンカも、隼人の睨み目に気付いて萎縮し、大人しく彼の隣で野菜を口にしようと試みていた。

 

「何だかんだで、結局隼人君が主導権握ってるんですねぇ」

 

 その様子を見て微笑むナツキにリーヤ、カエデ、武の三人は、揃って明後日の方向を向いた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。