僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第10話『日常+妹』

 それから一時間後、バスを使ってケリュケイオンと共に寮にやって来たユニウスは、リビングでのんびりしているエルフの少女と、有翼族の少女、そして狼型の魔獣と遭遇した。

 

 侵入者か、と身構える俊達の横を素通りした隼人達は、何の警戒も無く彼女達に近寄る。

 

 それを見て恐る恐る警戒を解いた彼らは、持ってきた荷物を一か所にまとめて置くと、隼人達がいるリビングへ移動する。

 

「隼人、彼女達は誰だ?」

 

 そう尋ねたシュウは、ああ、と仏頂面の隼人が、クッキーを食べているエルフの少女に、ヘッドロックを仕掛ける。

 

「俺の愚妹だ。名前はアキホ、アキホ・イチジョウ。ったく勝手に菓子を食うなと何度も言ってるだろうが馬鹿が」

 

「い、痛い痛い! 頭割れちゃう!」

 

「宿題はしたのか!?」

 

「え、ああ、持ってきてるよ」

 

「やったのかって聞いてんだよ!」

 

 そう言って締め上げる隼人に、暴れる青く短いポニーテールが目立つエルフ族の少女、アキホは、食べかけのミルククッキーを左手に、右手で隼人の腕を何度も叩いていた。

 

 その光景を見て苦笑するシュウは、彼女の隣で心配そうに見つめる有翼族の少女に気付き、軽く会釈した。

 

「ひぅ」

 

 それを見て少し引いた少女に傷ついたシュウは、それを表に出さない様にしながら、誰に紹介を頼もうか迷っていた。

 

 と、それを見ていたリーヤが、シュウの隣に歩み寄り、少女と彼のとの間を保つように紹介を始める。

 

「彼女は、香美・トツカ。アキホちゃんの親友だよ。彼女と秋穂ちゃんは来月、新関東高校に入学する事になってるんだ」

 

「なるほど、そうなのか」

 

「ごめんね、隼人君の説明が雑で。彼、身内には結構雑になるからさ」

 

 そう言って苦笑し、肩を竦めたリーヤに首を横に振って苦笑したシュウは、怯えている香美に笑みを向けると、左手を差し出した。

 

「俺はシュウ・ウラガミ・スミッソン。こちらの、リーヤ達と共に仕事をさせてもらう関係だ。よろしくな」

 

「え、えっと……よろしく、お願いします」

 

「ああ、よろしく」

 

 そう言って握手をしたシュウは、柔和な笑みを浮かべる彼女に思わず頬が緩み、隣に立つハナに、手の甲をつねられた。

 

「痛いじゃないか」

 

「シュウ君は年下の子が好みなんですね」

 

「いや、そうじゃないが」

 

 そう言ってつねられた個所をさするシュウとハナが、痴話喧嘩を始めたのを見て、そそくさと離れたリーヤは、伏せている魔獣の方へ移動する。

 

 魔獣の方は、シュウやハナを除いたユニウスが囲っており、興味津々の彼らは、大柄な見た目に反して大人しいそれを撫で回していた。

 

「大きな魔獣ね、体長2.5mほどはあるわ。シグ、あなた襲われたら食われるわよ。犬なのに」

 

「よっ、余計なお世話ですっ。それに犬じゃありません! この子よりは理性的である自信があります!」

 

 ニヤニヤ笑う美月にそう言って胸を張ったシグレは、言葉を理解しているのか、軽く吼えた魔獣から素早く逃げ、俊の背中に隠れた。

 

 フルフル震える彼女から興味を失ったらしい魔獣は、また伏せ、撫でられるのも構わず、そのまま目を閉じた。

 

「大人しい子ね」

 

「どこがですか! 威嚇してきましたよ今!」

 

「それはあなたが変な事言うからでしょ。相当賢いわよこの子」

 

 そう言って魔獣の頭を撫でる美月は、俊の後ろに隠れたままのシグレに苦笑すると、その隣で笑っているリーヤと目が合う。

 

「あら、リーヤ君、だったかしら。ねえ、あなたこの子の飼い主知らない?」

 

「ああ、それなら隼人君だよ。彼がその子の世話をしてたんだよ、しつけも含めて」

 

「へぇ、良い調教師ね、彼」

 

 そう言って笑った美月に苦笑して頷いたリーヤは、妹とのじゃれつきが終わったらしい隼人が、レンカを背負って来たのに気付き、彼に後を譲った。

 

 俊に一瞬睨まれた隼人は、それを気に留めない様にしながら、魔獣を呼ぶ。

 

「ヘイ、カム。アハト」

 

 そう言って狼型の魔獣、アハトを呼んだ隼人は、ゆっくりとした動きで寄って来たそれにしゃがみ込み、首元を撫でる。

 

 相当懐いているのか、なされるがままになっているアハトは、おもむろに腹を見せ、従順であることを、主である隼人に示した。

 

「ちゃんと躾けているのね、偉いわ」

 

 そう言って歩み寄ってきた美月に苦笑した隼人は、アハトの腹から手を放すと、そう言えば、と彼女に左手を見る。

 

「そう言えば、お前の左手、何で手袋しているんだ?」

 

「ああ、これ? これは……義手である事を隠す為よ。ほら」

 

 そう言って隼人に、コンバットグローブを外した左手を見せた美月は、機械関節が見えるそれを外へと晒すと、肩口まで袖を捲った。

 

「ね?」

 

「ねって言われてもな。反応に困るんだが、だが初めて見るな機械式の義手とは」

 

「私としても使い始めたのは小学四年生くらいの時なんだけどね」

 

「だが、どうして義手なんかつけているんだ? あ、聞いてはまずいか」

 

「いいわよ別に。そうね、私は五行って言う疑似術式を使うって言ったわよね? 一族の技術。その弊害もあるって言う事なの」

 

 そう言って左腕をギュッと掴んだ美月に、なるほどな、と納得がいった隼人は、呆けるレンカやリーヤを他所に、その推理を話す。

 

「魔力による、細胞異常か」

 

「そう。幾ら疑似とは言えど活性化した魔力を扱う以上、細胞は大きく損傷する。胎児も例外ではない。これは一族が引き継いできた呪いでもあるの。私は生まれた時から左腕が無かった。

でもそれは、一族ではまだ幸運な方。父には右足が無く、叔母になるはずだった人には、頭が無かった。私は、足がある状態でこの世に生まれた事が幸運だったの」

 

「だが、世の人はそれを幸運と言わない」

 

 そうきっぱりと言った隼人に、諦めた様な表情で美月は頷く。

 

 そんな彼女の傍に寄ったアハトは、ピスピスと鳴きながら頬を摺り寄せる。

 

「そうね、だから義手をつけた。まあ、エミッタ―があるから発動が楽になって結果オーライなんだけど、それ以上に、私は好奇の目で見られることが嫌だった。和馬みたいな人にね」

 

「あ、あんときゃ悪かったって。お前のその、嫌だって気持ちに気付けなかったから」

 

「分かってるわよ。それに、お互い子どもだったんだから。でもあなたが言った言葉、それが私を変えたのは事実よ」

 

 そう言って頬を染めた美月に首を傾げた和馬は、周囲からジト目で見られているのに気付き、オーバーリアクションに驚いた。

 

「なっ、何だよおめぇら!」

 

 そう言った和馬は、しばらく嬉しそうに騒いでいたが、半目になっている美月に睨まれ、うっと詰まって黙りこくった。

「で、まあ肝心なとこまとめると、家系の遺伝子異常で左腕が無くて、義手付けてるって訳。それでオッケー?」

 

「ああ。まあ、それでいい。じゃあ、まあ取り敢えず部屋割りしとくか。それから飯にしよう」

 

「ええ、そうしましょう」

 

 美月に呼びかけを任せ、自分はダイニングテーブルの天板に仕込まれたタッチパネルを操作して、部屋割り用の見取り図を表示させる。

 

 そうだ、と思い出した隼人は、リビングでパーティゲームを始めたアキホと香美を呼ぶ。

 

「なーに~兄ちゃん」

 

「ついでだ、お前らに部屋割りについて説明するから」

 

「ほいほーい。って、お客さん達も一緒かぁ」

 

 そう言って俊達を見回すアキホの首根っこを掴んだ隼人は、部屋の見取り図を元に、話し始める。

 

「じゃあ部屋割りだが基本ウチは2人部屋になっている。で、空き部屋にはユニウスを当て、うちの妹たちはケリュケイオンのメンバーがいる部屋に分けて置く事にする」

 

「えーっ、待ってよぉ何でそんな事に!?」

 

「お前、前泊まった時、空き部屋で妙な事してたろ」

 

 ぞっとするほど冷たい声を出す隼人に、固まったアキホは、修羅をも震え上がらせんばかりの殺気を放つ彼から目を逸らし、誤魔化し笑いを浮かべる。

 

「な、何の事かなぁー」

 

「夜食を取りに行ったリーヤが聞いてたんだぞ、お前らの、その……喘ぎ声を」

 

「ふぐっ」

 

 詰まった変な声を出したアキホは、顔を真っ赤にする隼人達と、何の事かわからないシグレ、平然としているレンカを見回すと、顔を赤くして俯く。

 

「……えーっと、要するにこの子達は何してたんです?」

 

『え……っ』

 

「え、何でみんなしてそんな顔をするんです!? 何か不味い事でも?!」

 

 そう言って驚愕する周囲を見回すシグレへ、ふふん、と得意げに胸を張ったレンカが、自信満々に言い放つ。

 

「それは女の子同士によるセッ――」

 

「言うんじゃねえよ!」

 

 破裂音を伴うほどの速度でレンカの口を塞いだ隼人は、もごもごともがく彼女を、覗き込む様に見るシグレから離す様に動かす。

 

「せ? せ、何ですって? ハナは分かります?」

 

「え、あえ、ええっと、せ、接待プレイ! じゃ、ないかな」

 

 シグレにそう言ってから周囲の、やりやがった、と言う視線に気付いたハナは、ムッツリスケベのシュウが、顔を赤くして視線を逸らしているのにショックを受け、その場にしゃがみ込んだ。

 

「せ、接待プレイ、ですか。何の接待でしょうか、ゲーム? 遊び?」

 

「ん~? ベットの上の接待ってそれはもちろんソー、ふがもご」

 

 考えているシグレに、のんびりした口調で教えようするミウは、慌てて抑えにかかったヒュウガに口を塞がれ、シグレから離された。

 

「シグレ、この話は後にしてやってくれ、隼人が困ってるから」

 

 そう言うヒュウガに、渋々頷いたシグレは、一人悶々とした表情で考えていた。

 

 そんな彼女を他所に、レンカを大人しくさせた隼人は、図面を操作して、ユニウスに見えやすい様に動かす。

 

「さて、話を戻そう。開いている部屋は四つあるから、お前らで選んでくれ。アキホ、香美、お前らは……」

 

「一緒の部屋が良いでーす」

 

「じゃあ俺の部屋で寝ろ。布団は敷いてやるから」

 

「一緒の布団が良いでーす」

 

「それについては却下だ! ロクな事無いだろうが」

 

 そう言って睨む隼人に萎縮したアキホは、隣で冷や汗を掻いている香美に抱き付くと、彼女に頬擦りして慰めてもらう。

 

 そのまま押し倒しにかかろうとする妹の襟首を掴んだ隼人は、部屋決めが終わったらしいユニウスが、ぞろぞろと移動するのを見送って、妹をソファーに投げ飛ばした。

 

「ギャー!」

 

 投げ飛ばした先、寝そべってゲームをしていたらしい楓が、アキホに押し潰され、悲鳴を上げる。

 

 それを追って、喜々としてソファーに跳躍したレンカと、心配そうに駆け寄る香美を見送って、台所に移動した隼人は、とてとて寄ってきたカナを見下ろす。

 

「どうしたカナ」

 

「花嫁修業の一環として見学を」

 

「見学じゃなくて実習をしろ。後今のタイミングかよ」

 

 そう言って半目になる隼人に、ムッとなるカナは、冷蔵庫を探る隼人の傍に寄る。

 

「今日は何作るの?」

 

「それ以前に材料が無い。買い出しに行くか……。飯の仕込みとかもあるってのに」

 

「じゃあ、私が行く」

 

「大丈夫か?」

 

「私はもう子どもじゃない」

 

「あ、いや、そこは心配してない。袋引きずるなよって意味だ」

 

「あ、そう」

 

 どよん、と肩を落として落ち込むカナに、悪い事を言ったな、と反省した隼人は、テレビ画面を見て頃合いと見ると、リビングに移動してソファーの背もたれに寄りかかった。

 

 ゲームを見ていた浩太郎が、話を切り出そうとする隼人にいち早く気付き、切り出しやすい様に話しかけた。

 

「どうしたの、隼人君」

 

「え、あ、ああ。ゲームしてる所すまんが、誰か買い出しに行ってくれないか?」

 

「買い出し? 冷蔵庫の中何もないの?」

 

「キャベツ、白菜、ニンジン、ピーマン、それと……アイスしかない。数も少ないしな」

 

「肉が無いね」

 

 そう言ってレンカの方を見た浩太郎と隼人は、楓とじゃれている彼女を見て、ため息を落とす。

 

「それで、今日のご飯はどうするつもりだい?」

 

「今日は少し冷えるから、鍋にしようと思う。量も作れるしな」

 

「分かった。あ、ユニウスも来たよ」

 

 そう言って階段の方を指さした浩太郎につられて、振り返った隼人は、早速部屋着に着替えている彼らに先程の話を振る。

 

「買い出しか、別に構わないが」

 

「そっちのメンバーは六人で良い。後の二人は俺の手伝いを。片手じゃ、満足に作業も出来んからな」

 

「了解だ。じゃあ、俺とハナが残ろう。後のメンバーは買い出しに」

 

 そう指示を出したシュウにソファーの背もたれに腰かけた隼人は、レンカを除くケリュケイオンのメンバーと、ユニウス側の買い出しメンバーに、買い物鞄と予算一万円ずつ、手渡した。

 

「買うものは……待て今書くから」

 

 そう言って固定式電話の隣に置いているメモ用紙に、買う物を思い浮かべながら書いた隼人は、それぞれのリーダーに手渡した。

 

 四つ折りにしたそれを懐に入れたリーダーの浩太郎と、美月の耳元に顔を寄せた隼人は、憂鬱そうな声色でこう呟く。

 

「頼むから、無駄遣いだけはやめてくれよ」

 

 そう言って二人の肩を交互に叩いた隼人は、買い出しメンバーを見送ると、二台ある炊飯器の炊飯釜を取り出し、足元の米ひつをしゃがんで空ける。

 

「何合炊くかなぁ。六合かな……人数いるし」

 

 そうぶつぶつ呟く隼人の隣にしゃがんだレンカは、計量カップに米を入れる彼の肩に凭れかかると、うっとおしがった彼に吹っ飛ばされた。

 

 嬉しげに吹っ飛ぶレンカを他所に、手伝いに来たシュウとハナに、やり方を教える。

 

「カップ摺り切りが一合、これを六回計ってこの窯に入れる。で、水道水で数回洗い、釜の線の6と書いてある部分まで水を入れて炊飯器に入れて寝かし30分でスイッチを入れる。これをやってくれ」

 

「たまに祖母がやってたが、実際にやるとなると心配だな」

 

「まあ、分からなければ俺に聞いてくれ。ハナもな」

 

 そう言って隼人は、シュウ達の傍を離れ、レンカと共に野菜の仕込みを始めた。


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