僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第3話『アウトバーン』

 浩太郎達を連れてオフィスに戻ってきた隼人は入って早々に、会議用のスペースでポリポリとポテトチップスを食べているリーヤとナツキ、そしてバイト帰りの鬼人、藤原武と女人狼の楓・不知火・シャイナーに気付いた。

 

「よお、お帰り」

 

 能天気な声色でそう言った武を流し見て、ポテトチップス二袋に気付いた隼人は武の脳天に拳を打ち込んだ。

 

「いってぇ! 何すんだ!」

 

「こっちのセリフだ馬鹿野郎! お前、食い過ぎなんだよ! お前だけでどんだけ食費かかってると思ってんだ!」

 

「わ、分かってるって!」

 

「分かっててそれか!」

 

「わ、悪かったって……」

 

 萎縮しながら頭を押さえた武は、机の上の物を片付けている隼人に気付き、レンカとカナが漁りだしたポテチを放っておいて隼人の方に移動した。

「何してんだ?」

 

「片付け。今日の業務は終わりだからな」

 

「終わりって……この後どうするんだよ」

 

「学校に行くぞ。受け取る荷物があるし、荷物のテストもある」

 

「お、久々に学校へ遊びに行けるのか! やったぜ!」

 

 ガッツポーズで喜ぶ武に苦笑しながら、机の上にあったノートをプロテクター付きの鞄に入れた隼人は、棚に置いていた黒と黄緑のヘルメットを手に取る。

「まあ、俺は久しぶりにアイツに乗れるってだけでも嬉しいけどな」

 

「アイツって……ああ、バイクか。買い換えたんだっけ?」

 

「浩太郎のバイク共々な。お小遣いって事で貰った」

 

 そう言って学校の制服の上からライダージャケットを羽織った隼人は、足にプロテクターを装着すると仕方ないな、と言いたげな表情で浩太郎も同様の装備を装着し始める。

 

「つーかよ。おめえら、あんな自転車みてえな乗り物乗るのにわざわざそんなの付ける必要あるのか?」

 

「……お前な、俺らが乗ってるバイクって爺さん婆さんが乗ってる原チャリじゃねえんだぞ。時速200㎞ちょい出るのにそれで防具無しは転倒したら即死するぞ」

 

「全力出さなきゃ良いだけじゃね?」

 

「それじゃ面白くないだろうが。高速で走らせてこそのバイクだ」

 

 呆れ顔の武にニヤリと笑った隼人は装着し終わった浩太郎に目を向ける。

 

 浩太郎とアイコンタクトを取った隼人はちょうどポテトチップスを食べ終えたらしいレンカ達の前に移動し、会議机の上にヘルメットと手袋を置いた。

 

「よし、皆。これで今日の業務は終了だ。これから学校に行くぞ。リーヤ達は車、俺と浩太郎はバイクで行くが、レンカ、カナ、同乗していくか?」

 

「う、うん。お手柔らかに、頼むわよ」

 

「さて、どうだかな」

 

 ニヤリと笑い、隼人は壁に駆けられていたバイクのカギをポケットに突っ込む。

 

 その様子を見て覚悟を決めたレンカとカナはそれぞれの得物を背面用マウントごと背負う。

 

 装着の具合を確認した彼女らは、腰にマガジンラック付きのハンドガンホルスターとトマホークを下げた浩太郎から、頭に耳のついた獣人系種族向けフルフェイスヘルメットと両膝、両肘用のプロテクターを受け取る。

 

 レンカとカナはリーヤ達の姿を探すが、車での移動を選んでいる彼らは先にオフィスを出ていた。

 

 きょろきょろする彼女らのプロテクターの着付けを行った隼人と浩太郎は、インナーカムを装着してヘルメットを被り、手袋をつけながらオフィスを出る。

 

「ちょっと、何のんびりしてるのよ。置いてかれるわよ」

 

 抱えたヘルメットの上に胸を置いたレンカが、自分より背の高い隼人を見上げながら焦りの表情を少し見せながらそう言う。

 

 慌てるなよ、と苦笑交じりに返した隼人は、背負っていたハードプロテクター付きの鞄を彼女に背負わせ、薙刀を鞄のハードポイントに懸架させて施錠した。

 

「大丈夫だ、すぐに追いつく」

 

 そう言って暗証番号でドアをロックした隼人はライダージャケット姿にギョッとなった事務員のおばさんに誤魔化し気味の礼をしつつ、先に行っていたレンカ達に追いついた。

 

「久しぶりだな、バイクに乗るのは」

 

 そう言って黒と黄緑色で彩られた手袋をつけた隼人は、身に着けた黒を基調として赤いラインが見て取れるジャケットの着け心地を確かめる。

 

 その隣では浩太郎が羽織った白を基調とした赤と青のラインに彩られたジャケットを少し直し、同じ様な色調の手袋を付けていた。

 

 エスカレーターを降り、滑走路の見える敷地に出た隼人達は、白線で仕切られた車両通行路を走るインプレッサを見つけ、ハザードを出してきたそれにリーヤ達が乗っているのだと理解した。

 

「あーあ、先に行っちゃったわよ」

 

「大丈夫だ。あのくらいなら追いつける」

 

 そう言ってレンカ達と共に第三小隊専用のガレージに入った隼人は薄暗いそこの明かりを点け、一台分のスペースに収まる二台のバイクを照らした。

 

 その内の一台、黄緑色のメーンカラーに黒のサブカラーが混じったスポーツバイク、カワサキ・“ニンジャ”ZX-10R。

 

 昨年発売された14年度型であり、先ほど言っていた隼人の愛車だった。

 

 ZX-10Rの隣、白に赤と青のラインが目を引くスポーツバイクは、ホンダ・CBR1000RR。

 

 隼人の購入と同時に必要備品として隼人以外で唯一大型二輪免許を有している浩太郎に与えらえたバイクだ。

 

「さて、とっとと出るぞ。レンカ、ヘルメット被れ」

 

 そう言ってフルフェイスヘルメットを被った隼人はZX-10Rに跨ると、スターターに差したイグニッションキーを捻ってエンジンをかけ、傾けるタイプのストッパーを蹴り外した。

 

 ガレージに響き渡るエンジン音に慌ててもたつくレンカにため息を漏らした隼人はその隣で武器を背負ったカナを乗せた浩太郎がバイザーを上げてこちらを見てくる。

 

「悪いな、浩太郎。先に行っててくれ」

 

 そう言ってハンドサインで先に行く様指示した隼人はやっと乗ったレンカにアイコンタクトを取る。

 

 頷きを返した彼女にメットの中で笑った彼は先行して甲高いエンジン音を鳴り響かせながら走る浩太郎の後を追ってアクセルを少し捻った。

 

 ガレージから外へ出、姿勢を安定させた隼人がスロットルを全開にした瞬間、甲高い高回転型エンジンの咆哮がマフラーから吐き出され、その圧倒的パワーにより前輪が一瞬持ち上がる。

 

 加速慣性を乗せ叩き付ける様に地面へ接地させた隼人は腰に抱き付いてきたレンカにヘルメット中で苦笑しつつ、直角に近い通行路コーナーを高速で駆け抜けた。

 

「おい、ここで止まれ!」

 

 既に100キロ前後出していた隼人は、検問の前でブレーキをかけて停止すると若干滑った後輪を制御してゲートの前で止まった。

 

「よう、ハヤト。デートか?」

 

 アサルトライフルを肩に担いでそう言いながら歩み寄ってくる警備員に社員証を突き出した隼人は威嚇する様にスロットルを捻る。

 

「おうおう俺に勘違いされて、ニンジャ様はお怒りだな。ほら、行って来い」

 

 通行許可が出て警護役が社員証を投げ返したのをキャッチした隼人は、腰に抱き付いて震えているレンカの足を叩いて合図する。

 

 レンカの返事も待たず切っていたクラッチを戻し、スロットルを捻る。

 

 莫大に発生した加速力(トルク)が静止状態の後輪に集中。

 

 後輪接地面を中心に弧を描く軌道で前輪が浮いたニンジャ(ZX-10R)が鞭入れされた暴れ牛(ロデオ)宜しく操縦者と同乗者を振り落とそうとする。

 

 が、それを見越していた隼人は絶妙なアクセルワークでロデオを制御。

 

「じゃあな、警備頑張れよ!」

 

 ウィリー状態で手を振った隼人に呆れている警備員は、前輪の落ちたバイクが全速力で視界から消えるのを3秒の間に体験しため息を吐きながら業務に戻った。

 

 信号機に遭遇するまでの間、おおよそ一分半の間に時速170キロをマークしていた隼人は今の内に、とインターカムの網膜表示式ディスプレイを表示させ、小さなマップに表示したリーヤと浩太郎の位置を確認する。

 

「リーヤは橋の手前、浩太郎は中央通りを走行中か。移動速度的にはこのままで追いつけるか。おい、レンカ」

 

 気になって背中にそう呼びかけた隼人はブルブル震えている彼女のヘルメットを軽く叩くと半透明ガラスのバイザーから死にそうな彼女の涙目が見える。

 

 虚ろな彼女と視線を合わせながら確実に見える右耳を叩いて通信機を指した隼人は、変わった信号を見てスロットルをそこそこ開け、速度重視の運転を一旦止めて安全性を優先した。

 

「レンカ、聞こえるか?」

 

『え、ええ。一応』

 

「これから浩太郎のいる所までぶっ飛ばす。しっかり俺に捕まってろよ。後、俺と傾きを合わせろ、バランスが崩れたら高速で吹き飛ぶぞ」

 

「わ、分かってるわよ! いちいち言わないで!』

 

「はいはい、じゃあ行くぞ!」

 

 言い様、スロットルを全開にして追い抜きを試みていた後続車を一秒で引き離した隼人は、メーターを確認して時速160キロをマークしたそれにニヤリと笑い、吹っ飛ぶ景色の中から運転に必要な情報を全て読み取っていた。

 

 路面、先行車、横のレーンを走る車両との間隔等を統合して追い抜き出来るタイミングを弾きだした隼人は、加速を維持しながら車の間隙を縫って黄色に変わっていた信号を振り切る。

 

 そして信号を言った直後に遭遇した緩やかなコーナーで体を傾け、先頭車両との間隔を3mに抑えるとコーナー出口で加速しながら追い抜く。

 

 一歩間違えれば走行速度と同じ速度で投げ出される危なげなドライブを隼人は慣れた様子でこなす。

 

(警察いないだけまだましか、見つかれば何点引かれるだろうか)

 

 そんな事を思いながらニンジャを走らせる隼人は、視線の一端に見えた赤青のラインが入った白いバイクに気付き、意識を若干そちらへ傾けると移動ルートを無意識の内に考えた。

 

『は、隼人。もうちょっとスピード落とし―――』

 

「あ、悪い。無理だ」

 

 レンカの震え声を聞きながら7割にまで落としていたスロットルを全開に戻し、ウィリー気味に加速。

 インカムから恋歌の悲鳴が聞こえる中、浩太郎がいるであろう位置に高速で突っ走った隼人はそこそこの速度で走る彼に併走した。

 短くクラクションを鳴らした隼人は、状態を起こせるだけの速度まで落としつつ、こちらに気付いたらしい浩太郎に左側頭部を軽く小突くと、通信指示と受け取った浩太郎がインカムのスイッチを入れる。

『早いね』

 

「相変わらずだろ? さて、と。リーヤのインプレッサまでぶっ飛ばそうか」

 

『待ってました。じゃ、お先にどうぞ。正直、君の前を走れるほどの自信は無いからね』

 

 そう言った浩太郎にニヤリとヘルメットの中で笑いつつ、隼人は最高速度で走り出し、周囲の車をゴボウ抜きにしていく。

 

 メーターがマークする速度は優に180キロに近く、ヘルメットの空気穴から高速で入り込む風が棘の様な鋭さで顎から口元をかち上げる。

 

 通常、時速100キロを超える速度は一般公道で出すものではない。

 

 だが、元々住宅街などが密集している関係で車の通りが少ないが故に思い切りかっ飛ばせていた。

 

(リーヤはもう橋に入ったか。このままだと同時に出るか)

 

 侵入してきた風の圧で喋る事すらままならないので思考だけに留めた隼人は、めっきり大人しいレンカを心配しつつ、速度そのままでジオフロント同士を繋ぐ連絡橋に進入した。

 

 持ち前の馬力でもって坂道を一気に駆け上がり、坂の切れ間で宙を舞ったニンジャは安定した体勢で着地すると、一瞬空転した後輪を再び接地させて走り出す。

 

 橋の上に車は無く、ただまっすぐな道だけがあるのみだった。

 

 最高のロケーションに内心ワクワクしつつ、後続を走る浩太郎の反応を確認して隼人は遥か前を走るインプレッサを目指して走った。

 

(ん?)

 

 数分の内にインプレッサまでの距離を詰めていた隼人は、突如として尻に感じた生暖かい感触に違和感を感じた。

 

 が、気圧を無視して後ろを振り返れるほどの筋力も余裕もないので、断続的に感じるそれを気にせず走った。

 

 そして、学校の敷地が見える所まで来た隼人は、学校行きの出口レーンに入ったインプレッサを見つける。

 

 速度を緩めつつ、車の後ろに張り付いた隼人は、約30分の絶叫ドライブにヘルメットの中で笑う。

 

「おいレンカ、終わったぞ。もうスピードは出さない。……レンカ?」

 

 どうした、と問いかけた隼人はインカムから聞こえてきた涙声に首を傾げた。

 

『は、隼人ぉ』

 

「どうした?」

 

『おしっこ洩らしちゃったぁ……』

 

「はァ!?」

 

『う、うぇええええん』

 

 何故か泣き出すレンカを他所に、先程の感触が小便と理解した隼人は尻の辺りが濡れているズボンに気づき、絶叫した。

 

「レンカ、お前! 何で洩らすんだ! 何歳だよお前!」

 

『だ、だって……隼人、怖い事ばかりするんだもん』

 

「あー……悪かった。はぁ、洗濯機借りなきゃな……。ランドリー開いてりゃいいが」

 

 ぼやきながらバイクを走らせた隼人は、インプレッサと別れて駐輪場に移動。

 

 そのまま泣いているレンカを抱え、後続の浩太郎達から逃げる様に校舎へ入っていった。


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