僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第7話『蝕む殺意』

 それから数分後、隼人を目の敵にしている俊が一人離れていったのを、見計らった彼は、いつの間にやら集まっていたケリュケイオンと共に、ユニウスの方へ移動する。

 

「おい、シュウ。俺達、一つ聞きたい事があるんだが」

 

「何だ?」

 

「どうして俊は俺の事を目の敵にしてるんだ?」

 

「あー……それは、だな。ケリュケイオン雇用後、お前が俺達のリーダーになるって話が上がったからだ」

 

「……傭兵にリーダーを任せるのか?」

 

 そっちが気になった隼人がそう言うと、納得したようにシュウが頷く。

 

「得体の知れん傭兵がリーダーをやる。俊はそれが嫌だって言っててな、リーダーにしたいって言い張る大隊長にも逆らった。で、大隊長は俊に自己責任で隼人を奇襲し、実力を測っていいと言ったんだ」

 

「で、その通りに俺を攻撃してきた、と。よりによって実力を測る手段が奇襲なんだよ……」

 

「うちの大隊長はサプライズ好きだからな。それに、あの人もお前の対応力を図りたかったんだろ」

 

 そう言って呆れた表情を浮かべたシュウに追従して、同じ表情を浮かべた隼人は、どうした物か、と考えていた。

 

「流石に命を狙われ続けるのは辛いな。実力を認めさせるなら模擬戦の一つでもできればいいのだが」

 

「いや、アイツはそんなのじゃ満足しないだろう。実戦に近い環境で戦わなければ、お前を認める事は無いだろうな」

 

「チッ、面倒な……」

 

 そう言ってため息を落とした隼人は、そう言えば、と新関東高校の制服を着ているユニウスを見て、疑問を浮かべる。

 

「お前ら、その制服どうした?」

 

「ああ、これか。ここに来る為に大隊長が調達してくれた物だ。転校と言う名目でここに所属するからな」

 

「いや、まあ……。出所とか聞いてるか? 地方学院とかの制服ってまんま防弾服だから輸出制限かかってんだぞ? 非正規品だったら手続き段階でしょっ引かれるぞ」

 

「……そう言えば、これの出所を聞き忘れていたな。大丈夫だろうか」

 

「さあな、そこら辺は神のみぞ知るって事だ」

 

 そう言って肩を竦めた隼人は、シュウが身に着けている前衛科用の詰襟と少々厚手のズボンで構成された制服を見回す。

 

 そして、自身が身に着けている後方支援科用のブレザーとズボンで構成された制服とを見比べた。

 

 地方学院は、前衛系と後方支援系とで制服が異なり、基本的に戦闘時の防護性を重視して、インナーが露出しないデザインを採用しているのが前衛、戦闘を考慮しないのでインナーが露出しても構わないデザインが後衛となっている。

 

「デザイン傾向は、どこも同じか。隼人、お前はどうして後方支援系の制服なんだ?」

 

「所属がそこだからだよ。俺、いや俺達ケリュケイオンは、後方支援科所属だ。本来は後方での前線支援活動が主で、正規の戦闘員じゃない」

 

「戦闘するにしても雇用されてから、か。メリットも多いがデメリットも多い方法だな。まるで、学生版のPMSCの様だ」

 

 そう言ったシュウに頷いた隼人は、言っている事がよく分からない、と言った表情を向けてくるハナとレンカに気付き、捕捉を加えた。

 

「非正規戦闘員が戦闘するメリットは、手続きがいらない事、前線科の生徒を使わなくて済む事だ。前線科に所属する正規戦闘員は、生徒会が一括して指揮しているが彼らが普段所属している部活、委員会はバラバラだ。予め出撃する際にはそれら全てに出撃に際しての許可をもらわなければならないのさ。

一発で許可が取れればいいが、部活とかで許可が出ない場合もある。学生は学生らしい生活を優先するのが義務だからな。その点、非正規戦闘員はそもそも委員会活動の一環で戦う訳だからそこら辺の手続きが必要ないのさ」

 

「つまり、メリットの一つはすぐ動けますよ、って事?」

 

「そう言う事だ。正規戦闘員に比べて即応性が高く、それ故に緊急対応の先発にも使える。だが、これは同時にデメリットでもある。非正規と言う事は正規の戦闘員が受けられる保証を一切受けられないと言う事でもある。

万一重傷を負ったとしても、非正規要員は学院として業務中障害の保証は出ても戦闘障害保障や傷害治療保障などの手厚い福利厚生は出ない。それら保障の適応外の治療費については自腹で補うしかないのさ」

 

 そう言ってレンカの頭に手を置いた隼人は、PSCイチジョウでの契約時にも話したこの話を覚えていないらしい彼女にため息を落とし、頷くシュウやハナに話を続ける。

 

「加えて、装備面にも制限が出る。前衛科には戦場に出ることを想定して作られた前衛科用の制服があって、必要な武器や装備が優先的に配備される。後方支援科は戦闘する事が仕事じゃないから制服も防御力発揮できる最低限の厚さで、武器や装備の配備も後回しにされがちだ。

だから俺達は大抵の装備を自前で揃える。戦闘用の服や武器、装備を含めてな」

 

「ほえー、大変ですねぇ」

 

「まあ、その分前衛科の業務請負や校内警備の一部委託とかで稼がせてもらってるからな。黒字ではある」

 

 そう言った隼人は、ハナ達の手助けを得ながら、ボストンバッグにフレームを収めて、肩に担うと、彼らを連れて整備課のオフィスへ向かう。

 

「お前ら、これからどうする?」

 

「そうだな……」

 

「あ、ところでお前ら、転校すると言っていたが手続してるのか?」

 

 そう言ってポケットから端末を取り出し、学校のデータベースにアクセスした隼人は、シュウ達の名前を入力して検索を掛けるも、どれも未登録と表示された。

 

 まさか、とシュウ達の方を振り返った隼人は、首を傾げる彼らにため息を落とすと、連絡先から生徒会を呼び出す。

 

『はい、生徒会連合です』

 

「もしもし、流星か?」

 

『うん、そうだけど。どうしたの隼人君?』

 

「八人くらい転校手続きが完了していない生徒がいるんだが、書類とか用意できるか?」

 

『えっ……。えっと、ちょっと待って。八人分……あった。大丈夫だよ』

 

 流星の言葉に安堵を覚えた隼人が返事を返すと、何か思い出したらしい彼が、こう返してくる。

 

『手続するにあたって、風香先輩に話は通しておいた方が良いかな?』

 

「あー。いや、大丈夫だ。こっちの用が終わったら生徒会室に行くから、その時に話すよ」

 

『分かった。じゃあ書類は用意しておくから、後で来てね』

 

 そう言って通話を切った流星に端末を耳から離した隼人は、覗き込んでくるレンカに半目を向けると、シュウの方へ振り替える。

 

「お前ら、後でついて来い。転校届を書いてもらう」

 

 そう言って整備課に到着した隼人は、浩太郎と共に担いでいたボストンバッグを、カウンター脇の荷物置き場に預ける。

 

 重厚な音を立ててカウンターに置かれたバッグに、びっくりする受付へ、端末の契約書画面を出した隼人は、来るのを待っていたらしい男子生徒達へ、バッグを足で押し出した。

 

「気軽に出してくれるが重いんだぞ」

 

「知ってるさ、それよりも、メンテナンス頼む」

 

「ああ、任せろ。それにしても、お前のフレーム……モーター焼けてるんじゃないのか? 臭いぞ」

 

「……色々と、問題があるフレームだからな」

 

「性能一辺倒だよな、このフレーム」

 

 そう言って半目を向ける男子生徒に頷いた隼人は、開かれたバッグから匂う焦げた悪臭に表情を歪めると、激しい熱を帯びている関節のモータに少し息を吐いた。

 

「取り敢えずこれから用事があるから。後は宜しく」

 

 そう言って手を振った隼人は、その場にいる面々の人数を数えると、俊とシグレがいない事を確認し、シュウとハナを呼んで生徒会室に行こうとする。

 

 と、そのタイミングでレンカが隼人の背中に飛び付き、バランスを崩された彼の体が、たたらを踏んだ。

 

「私も行くっ」

 

「あ? 何でだよ」

 

「良いじゃないのよっ、アンタが行くところに行っても!」

 

 そう言って眉を立てたレンカは、不満そうな隼人の首をギュッと絞めるも、非力な彼女の腕力では苦しめる事すらできなかった。

 

 だがその意図は隼人に伝わっており、ため息を吐きながらシュウとハナに、サインを出して歩き出す。

 

「仲、良いんですね」

 

 そう言って笑うハナから隠れたレンカは、隼人の肩から恐る恐る様子を窺うと、ニコッと笑い返してきた彼女に頬を赤らめる。

 

 その様子に激しく萌えたハナは、やり取りを見ていた隼人とシュウの視線に気付いて、恥ずかしそうに俯いた。

 

「恥ずかしがる事も無いだろうに。それで隼人、何処に行くんだ?」

 

「生徒会室だ。お前には代表して転校についての書類を書いてもらう。印は無いだろうから指で良い」

 

「了解だ、ところで……」

 

 そう言ったシュウは、隼人に抱き付くレンカを見て、嬉しげに尻尾を振るハナを見下ろすと、ハートを飛ばす彼女の頭に手を置いた。

 

「どうしてハナはレンカに欲情してるんだ?」

 

「よっ……欲情してません!」

 

「それにしては、ハートが見えるが」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 虚を突かれて呆けるシュウに驚くハナは、自分の周りを見回してハートを確認していた。

 

 それを呆れた表情で見ていた隼人は、背中に張り付いたままのレンカの胸の感触に硬直しており、ハナから隠れる彼女がうごめく度に、柔らかい胸が彼の背筋の上をなぞっていく。

 

「れ、レンカ。降りてくれないか」

 

「やだ。眠い」

 

「くっ……。この野郎」

 

 拳を震わせる隼人は、背中で眠り始めたレンカにため息を吐き、天然同士のやり取りをしているシュウとハナを待っていた。

 

 それを見ていた隼人は、ぴり、と痛んだ左腕に表情を歪ませて、脳裏に差し込んできた殺意を無理に抑えつけようと、アンプルを首筋に差した。

 

 荒い息を吐き、アンプルを懐に戻した隼人は、こみ上げてきた気持ち悪さを下して、一瞬歪んだ視界にバランスを崩すも、何とか踏み止まる。

 

『あはは。辛そうねぇ、隼人くぅん?』

 

「スレイ……」

 

『さっき、あなたはあの二人を殺したくて仕方ないって目をしてたわねぇ。ねぇ、どうして否定するの?』

 

 脳裏に声を響かせるスレイに舌打ちした隼人は、そんな事に気付かず歩み寄るシュウとハナから視線を逸らすと、脳裏にうごめく殺意と狂気を抑え込んだ。

 

 それらが収まり、一息ついた隼人は、心配そうな二人に笑顔を返すと、生徒会室へ向かう。

 

「大丈夫か、隼人」

 

「ああ、大丈夫だ。最近過労気味でな」

 

「それ不味いんじゃないのか?」

 

「いつもの事だ。うちには脳筋が多いからな、頭脳労働できる人は少ないから負担集中するのさ」

 

「なるほどな……」

 

 納得したように頷きながら歩くシュウに、隼人はほっと一息ついてピリピリと痛む狂気を抑えつけていた。


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