僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第4話『整備』

 女生徒と別れてしばらく、廊下を歩いていた隼人は、騒がしい後方に違和感を覚え、振り返る。

 

「置いてくにゃあああああ!」

 

 ドロップキック体勢でパンツを丸出しにしながら飛び込んできたレンカに、凄まじい反射神経で隼人は回避する。

 

 そのまま弧を描いて落下し、背中を強打して廊下を滑走した彼女を、無言で見下ろす。

 

「……大丈夫か?」

 

 逆ギレされるのは目に見えているので、気休め程度にそう言った隼人は、めくれ上がっているスカートに気付いて何かを吹いた。

 

 不味い、と予想外の行動に真っ赤になるレンカへまたがるのも気にせず、スカートを直しにかかった隼人は、そのタイミングでやって来た楓と武の叫び声に身を竦める。

 

「は―君何してんの!? 何!? 69?! ロッキュー!? 路上ラクロスとか勇者過ぎるっしょ!?」

 

「興奮するなよ楓。隼人も盛りたいんだから萎えさせる様な事言うなよ、まだ前段階だろ」

 

「あっちゃーしまったー。久々のスキャンダルだからつい興奮しちゃって!」

 

 盛り上がる楓と武を睨んだ隼人は、股間の辺りに顔が来てるが故にはぁはぁと興奮しているレンカを見下ろす。

 

 おもむろに顔を上げた彼女から、声にならない叫びを上げつつ50口径を逃がした隼人は、そのまま片手のハンドスプリングで跳躍し、距離を取った。

 

 前回り受け身で着地した隼人は、変態彼女のお陰でどんどん人外じみていく自分に悲しくなっていた。

 

 その隙に、涎ダラダラのレンカは寝た体勢から、見る人から見ればキモく、それでいて身軽な動きで跳躍して、隼人へ飛びかかる。

 

 それを見て血の気を引かせた隼人は、叫びながら右腕で横殴りに吹っ飛ばし、二階から叩き落とした。

 

「うっわぁ、死んでんじゃない?」

 

「生きてるよ」

 

 ネット動画で流行ってるB級映画のネタをぶちかます楓と武に、隼人は半目になって、ため息を落とす。

 

「お前が答えてどうすんだバカ。まあ、死なんだろ。あいつも曲がりなりにも姿勢制御としなやかさに優れた半猫族だし」

 

 そう言って下を見下ろした隼人は、校舎の入り口目指して走っているレンカを指さした。

 

「さぁて、あいつが戻ってこない内に取りに行くか」

 

「じゃあ私らはそれに付いて行こうかな」

 

「別に構わんが、向こうさんに迷惑かけるなよ」

 

 そう言って睨む隼人に、軽い口調で返事した楓達は、ちらちら窓を見る彼にニマッと笑い、彼の傍まで走って軽く体当たりした。

 

「ヘイ彼氏~。吹っ飛ばした彼女が心配~?」

 

「あ? そんなんじゃねえよ。窓割れてないかなって気になったんだよ」

 

「うん、は―君、そう言う事言うとゾンビ出そうだからそのワード止めよっか」

 

「? 何でゾンビ? って言うか何のワードが引っ掛かったんだ?」

 

「はーい気にしちゃだめよー。怒られるからねー」

 

 そう言って武と共にぐいぐい押す楓は、いまいち状況を把握できてない隼人を後方支援科棟に移動させていく。

 

「待てさっきの何のネタだ!」

 

「俺が買ってきた可愛い女の子が出るゾンビ物の漫画だよ。最近アニメになった」

 

「ゾンビ物……ああ、バ○オハザードか?」

 

「ちげーよ、それ! アニメになってねーし! 女の子って言うか雌ゴリラしか出ねーだろうが!」

 

「俺に言われても分からんわ!」

 

 にわかヲタとヲタの言い争いをする隼人と武を見ながら、後ろを振り返った楓は、肩で息をしているレンカを見つけ、阿修羅の目をしている彼女と目が合って、息を呑む。

 

「やばい、阿修羅! 阿修羅が来た!」

 

「何? 乙女座の男? あ、あれは凌駕してたんだっけ」

 

「違うよ! レンにゃんだよ! うわ、通常の三倍の速度でこっちきた!」

 

「おわ、マジだ。ト○ンザムか、界○拳でも使ってんじゃね?」

 

「あ、は―君狙いじゃん! 避けてぇえええ!」

 

 直撃寸前にそう言った楓と驚く武の視線の先、騒がしい事には気づいていたが、二人が邪魔で振り返れなかった隼人の背中に、速度の乗ったドロップキックが突き刺さる。

 

 その瞬間、ダメージコントロールで咄嗟に体を捻った隼人は、体の左からリノリュームの床へ倒れ込む。

 

 そして、そのまま廊下を滑走した隼人を見下ろしながら、宙返りでスタイリッシュに着地したレンカは、どん引きしている二人を睨むと、死にそうな隼人を見下ろす。

 

「地獄の……ゼェ……底から……ハァ……這い戻っ……げほっ、ごほっ、うぇっ」

 

 咳き込み、えづいたレンカは、辛うじて意識がある隼人に這い寄る。

 

「生きてる?」

 

「お前が蹴ったんだろうが……」

 

「あ、生きてた」

 

 安堵するレンカにイラついた表情を向けた隼人は、背中の痛みに耐えながら起き上がると、誤魔化し笑いを浮かべる彼女の頭を掴んで、思い切り力を込める。

 

「あーだだだだ! 割れる割れる!」

 

 そう言って腕を掴んでくるレンカから手を離した隼人は、涙目の彼女の頭を軽く叩いて整備課の受付に向かう。

 

 その背を頭を抑えて見送っていたレンカは、恐る恐る合流してきた武と楓に両脇を抑えられて、そのまま彼の後を追った。

 

「大丈夫かよレンカ」

 

「うん」

 

「おめぇ、やり過ぎだ。あんな勢いで蹴飛ばしゃ誰だってキレるっつの。けどまあ、半殺しにされなくてよかったな」

 

「うん……」

 

「まあ、でもあの様子じゃもう怒ってねえと思うから。時期を見て話しかけてみろよ」

 

 そう言った武は、涙目で心配そうに見上げてくるレンカの頭をそっと撫でると、ムッとなる楓へ、申し訳なさそうに肩を竦める。

 

「着いたよタケちゃん」

 

 整備課に到着し、不機嫌な苦笑でそう言った楓は、何とか取り繕おうとする武を横目に見つつ、レンカを隼人の方へ押し出す。

 

 よたよたとバランスを取ったレンカにぶつかられた隼人は、奥に引っ込んでいった整備課の生徒を、浩太郎達と待っていた。

 

「おい、浩太郎。メンテナンスに出してくれたのは嬉しいが勝手に出されるのは困る。そう言うのは一応所有者の許可を取ってだな」

 

「あはは、ゴメン。どうしてもって言われちゃってさ。場合によっちゃ代金タダにしてくれるかもって言ってたし」

 

「は? おい、待て、解析されてんじゃないのか!? 許可貰ってないぞ?!」

 

「うわ、しまった。やっちゃったかなぁ」

 

「おいおい、テスト品の情報漏洩とかシャレにならんぞ」

 

 そう言って咲耶への連絡を取る隼人を他所に、ため息を吐く浩太郎は、慰め代わりに抱き付いてきたカナに苦笑を向けると、気遣ってくれているらしい彼女の頭を優しく撫でた。

 

 慰められてる浩太郎を他所に雇い主に確認の電話を取った隼人は、二度のリダイアルでようやく繋がった雇い主の咲耶と通話する。

 

「もしもし、咲耶か?」

 

『ええ、そうよ。ってね、イチジョウ君、今授業中なの。無理を言ってわざわざ抜けてきたけどどうかした?』

 

「すまん、アサルトとサイレントのフレーム、解析黙認でうちの整備課に出してしまった」

 

『え? ああ、そう言う事。大丈夫よ、あの二つなら解析されても。ったく、そんなくだらない事で電話してきた訳? 切るわよ』

 

「あ、ああ。じゃあな」

 

 そう言って通話を切った隼人は、自分の心配が空回りした事に安堵しつつ、心配している浩太郎に大丈夫だ、とハンドサインを送る。

 

 そうこうしている内に戻ってきた整備課の生徒が、そこそこの重量があるバッグをカウンターに担ぎ上げる。

 

「お待たせしました。岬君、お約束してたメンテ代タダの件なんだけど、この術式武装、解析しても既存技術ばっかりで肝心の術式ユニットも高度にブラックボックス化されててよく分かんなかったの」

 

「え、ああ~……。そうなんだ」

 

「なので、整備課としては何の成果も得られなかった、と言う事で、メンテ料金はもらう事になってしまったんだけど」

 

「えっと……隼人君、持ち合わせある?」

 

「あ、ローンでも良いよ。こちらから無理言ったんだし」

 

 そう言う生徒に苦笑した浩太郎は、お金の算段を立てている隼人を流し見ると、彼の隣にやって来た上級生二人に気付き、自然と背筋が伸びた。

 

「うちの受付前でたむろするな、貧乏小隊。あと、そこの後輩。うちはローン払い駄目だぞ」

 

「そーそー、ローンってのは担保が無いと駄目だかんねぇ。払えないなら、そうだねぇ。工具磨きでもやってもらう~?」

 

「いや、それよりもいい仕事がある。おい、貧乏小隊。臨時で仕事の依頼を出す。それでメンテ代はチャラだ。どうだ?」

 

 そう言って手元の端末を操作した職人肌の男子生徒は、レンカとカナに抱き付きに行く有翼族の女子生徒の襟首を掴むと、臨時で作成した依頼書を隼人に掲示する。

 

「装備開発・改造課、軽軍神整備・改造課との共同依頼だ。イチジョウ、岬の二人がうちの軽軍神『静流』との模擬戦を行う。フレームを装着した状態でだ。その際の稼働データをこちらで取らせてもらう。

ルールは時間無制限のデスマッチ。勝敗条件はお互いに設定されたヒットポイントをゼロにする事。なお、模擬戦開催に伴って起こる何かしらについて、文句は言うな。以上だ。どうだ? 受けるか?」

 

 そう言って隼人と浩太郎を見た男子生徒に、二人はお互いに顔を見合わせて、頷く。

 

「手持ちの金もないし、受けるしかないだろ。何かしらについても、大体予想はついてるしな」

 

「要はいつも通りって事だよね。まあ、僕も慣れっこだけどさ」

 

「そう言う事だ先輩。そっちの準備を始めてくれ。俺らは移動する」

 

 バッグを手に取った隼人と浩太郎に頷いた男子生徒は、楓と共にナツキにセクハラをする女子生徒の脳天に、一撃入れて連れていく。

 

 新関東高校では当たり前の風景も見ず、移動を始めた隼人達は、契約書に書いてある指定地点、地下模擬戦場の待機スペースに移動する。

 

「さて、準備するか。浩太郎、作戦プランCで相手の様子を見る。リーヤ、静流の基礎データを用意してくれ。武、倉庫から軽軍神用の拳銃と短刀、長刀を持ってきてくれ。

ナツキ、データリンク準備。楓、ふざけてる暇あったら武を手伝え。カナ、レンカは……俺らと一緒にいろ」

 

 そう指示を出した隼人は、バッグから新調されたアサルトフレームを取り出すと、四肢に装着していく。

 

『あはは、起動したのねぇお久しぶりぃ』

 

 起動と同時、スレイがインターフェイスに現れ、背面の魔力槽が赤みを帯びてフレームの関節が、奇妙な軋み声を上げる。

 

 その隣では、サイレントフレームを装着している浩太郎が、フォールディングストックのヴェクターをフレームに装着しており、ナイフシースとトマホークを、いつもの位置に装着していた。

 

「取って来たぜ、にしてもこんなでけえもん取り回せんのかよ」

 

「問題ないさ。出力的には取り回せる。長刀と短刀を俺にくれ。拳銃は浩太郎に」

 

「あいよ、了解だ」

 

 そう言って全長3m近くある長刀と、対人用の刀くらいの全長がある短刀を抱えてきた武から、それぞれを受け取ると、背面マウントに短刀を装着する。

 

 軽軍神用の拡張アームで長刀を懸架した隼人は、見た目には不釣り合いなそれの柄に手を掛ける。

 

『おい後輩、準備出来たぞ』

 

 オープンチャンネルに設定している携帯端末から通信が走り、あらかじめ掛けていたインカムでそれを聞いた隼人は、通信をケリュケイオンに切り替える。

 

「了解。行くぞ、浩太郎。気負うなよ」

 

「分かってる」

 

 外部から無理矢理動かしてる左手で鞘を掴ませた隼人に応じる様に、対軽軍神用拳銃のスライドを引いた浩太郎は、対岸で歩み寄ってくる外殻型軽軍神『LMF-10 静流』を見据える。

 

 瞬間、背後のハッチが閉じられて開始を告げるブザーが鳴り響く。

 

 瞬間、近接戦用の長刀を引き抜いてブーストしてきた静流の突進を、横ロールで回避した隼人は、ちょうど分断される形になった浩太郎へ、援護のハンドサインを出す。

 

 そして、突っ込んできた静流に向けて長刀を引き抜いて斬撃を受け止める。

 

 背面のスラスターを展開し、勢いを殺した隼人は、目前で火花を散らす長刀を手繰って受け流すと、がら空きの背中を蹴り飛ばし、刀を構え直した。

「撃て!」

 バックステップで離脱しながらそう言った隼人は背面を狙い撃つ浩太郎に援護を任せ、長刀を構え直して挑みかかる。


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