僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第3話『後遺症』

 午前の授業が終わり、お昼の休憩時間に移った教室。

 

 授業道具を収めていた隼人は、机の側面に下げていたボストンバッグが無い事に気付き、驚いた拍子に机の天板で頭を打った。

 

「は―君何してんの」

 

「頭打った」

 

「うっは、だっさー」

 

 空腹で元気が無い楓が、ローテンションでそう言うのを忌々しげに見た隼人は、教室の後ろにあるロッカーの中を開けた。

 

 その様子に気付いた武が、ふら付く楓を支えつつ、歩み寄り、隼人の背を軽く押して脅かした。

 

「おう、びっくりしたか隼人。あ」

 

 苦笑を止めた武の眼前、若干キレ気味の隼人が、突っ込んでいたロッカーの天井で額を打った。

 

「悪い、ごめんな」

 

 そう言って謝った武は、真っ赤な額をそのままにして立ち上がった隼人に、何をしてるのかを聞いた。

 

「アサルトフレームが入ったバッグが無い」

 

「え? あれか? それなら浩太郎が後方支援委員会宛てで整備に出しちまったぞ」

 

「そうか……」

 

 安堵の息を吐いた隼人は、楓を連れて食堂に向かった武を見送ると、待っていたらしいレンカと目が合う。

 

 むっとした表情の彼女を見て一つ息を落とした隼人は、自由に動く右腕を差し出した。

 

 ぱあっと表情を華やがせて、倍くらいのサイズ差のある手を取ったレンカは、そっと笑い返した隼人に少し頬を染めた。

 

「今日はおごってやろうか」

 

「マジで?! アンタ、インフルエンザにでもなったの!?」

 

「インフルエンザだったら登校してねえよ」

 

 レンカの方を向き、半目でツッコミを入れた隼人は、反対方向へ向かう女生徒と当たってしまい、彼女が持っていた資料を撒いてしまった。

 

「あ、悪い。見えてなかったんだ、大丈夫か? って、四葉」

 

 慌てて書類を拾い上げる女子、隼人とレンカのクラスメイトで、副クラス委員の四葉奈々美に、そう呼びかけた彼は、気弱な彼女が、肩を竦めて縮こまるのを見て、対応に困った。

 

「え、えっと。大丈夫か? 俺の事、分かってるよな?」

 

「ふえ?! ど、どなたですか? 私、眼帯着けてる人とか知り合いにいません」

 

「え、えっと……だな、俺だ。イチジョウだよ」

 

「イチジョウ君はそんな中二病な人じゃありません!」

 

「……そうだな」

 

 天然の毒舌で、ガッツリ心を抉られた隼人は、半ば放心し、その間、彼女を手伝って書類を拾い上げていたレンカは、知り合いと認識してくれた奈々美に書類を手渡す。

 

「地べたで何してるの? 奈々美ちゃん。っていうかイチジョウ君たち何してんの」

 

 レンカと共同で奈々美が書類を纏めているその間に、やってきた中性的な顔立ちの少年、松川流星は、放心から立ち直った隼人の隣に歩み寄る。

 

「ああ、俺が四葉とぶつかってな。書類撒いちゃったから手伝ってたんだ」

 

「ああ……そう言う事。ありがとう、イチジョウ君。イザヨイさんも」

 

「ところでこの書類、生徒会の仕事に関連する書類か?」

 

 そう言って奈々美の抱えている書類を指さした隼人は、何故か表情を曇らせ、返事を返さなかった流星へ少し違和感を覚えた。

 

「流星? どうした?」

 

「え、あ、ううん。何でも無いよ、この書類は生徒会の仕事の書類なんだ」

 

「ああ……そうか。大変だなお前も。あ、悪い、レンカが呼んでる。それじゃあな、流星」

 

 そう言って流星に手を振り、先走るレンカを追った隼人は、一度彼の方を振り返ると奈々美と共に廊下の向こうへ歩く背を見つめた。

 

「隼人―?」

 

 待っているレンカの声に、ハッとなった隼人は、胸の内の拭えない違和感はそのままに、彼女の後を追う。

 

(流星……何か隠してるのか?)

 

 上の空でそう思いながら食堂に向かっている隼人は、手を引いてエスコートするレンカから睨まれ、うっと詰まって肩を竦める。

 

「アンタ、視界悪いんだから歩くのに集中しなさいよ」

 

「悪い」

 

「それに、何で私と手を繋いでるのに何の感想もリアクションも無いのよ!」

 

 そう言って怒ったレンカに仏頂面を浮かべた隼人は、脛を蹴ってくる彼女の脳天に軽めの一撃を入れると、考え事を止めて歩き出す。

 

「ま、待ちなさいよっ!」

 

 慌てて後を追うレンカの方へ、めんどくさそうに半目で振り返った隼人は、涙目の彼女に吐き捨てるように言う。

 

「あのなぁ、手なんていつも繋いでんだろ? 何でいちいち反応しなきゃいけないんだよ、面倒臭い。大体そんな初心な反応見ても、嬉しくねえだろ?」

 

「ま、まあ、そうね」

 

「二日に一回裸の付き合いしてんだから」

 

 誰もいないと思ってそう言った隼人は、周囲から聞こえた驚きの声に、ハッとなって見回す。

 

「ねえ、聞いた今の」

 

「すごーい、イチジョウ君ってそんな大胆だったんだ」

 

「裸ってあれかな、ベットの関係かな」

 

 姦しい声を上げる女子達と、その対岸で真っ赤な顔をしている男子達を交互に見た隼人は、嬉し恥ずかしでにやけそうになるレンカに視線を戻すと、面倒くさそうに溜め息を吐く。

 

 そして、盛り上がる周囲へ、警告の意味も込めて鋭い視線を送ると、物凄く変な顔をしているレンカの手を引いて歩きだす。

 

(暫く来てなかったから忘れてたが、この学校ド変態の集まりだったな)

 

 そう思いながら食券売り場にやってきた隼人は、ぐヘヘと涎を垂らしながら笑っているレンカを見て、少し引いた。

 

「おい、クソ変態猫。お前、何食うんだ」

 

「ふえ? え、ええっと……これ。焼肉定食」

 

「はいはい、っと」

 

 そう言って自分の分とレンカの分の食券を購入した隼人は焼肉定食の方を彼女に手渡して列に並ぶ。

 

 昼時だが、学校では生徒それぞれに業務がある関係上、食堂に見える人の数は、普通の高校のそれよりもかなり少なく、それゆえ、開いている席もそれなりに多かった。

 

「味噌ラーメンで」

 

 そう言って食券を差し出した隼人は、一分と待たずに出されたラーメンを受け取ると、器用に右手で持ち運ぶ。

 

(ん? あれは……和輝と大輝達か? ちょうどいい、流星の事を聞いてみるか)

 

 レンカに先んじて適当な席を探していた彼は、食堂の端で談笑している知り合いを見つけ、そちらに移動する。

 

「相席、良いか?」

 

 そう言ってお盆を置いた隼人は、一瞬固まった彼らにきょとんとした目を向ける。

 

「どうした?」

 

 そう問いかけた彼は、その声で誰か判別できたらしい彼らに、戸惑いがちな声で迎えられる。

 

「何だ、隼人かよ」

 

 そう言ってケタケタ笑った大柄の少年、元春大輝は、その隣で少し驚いた表情を浮かべる目つきの鋭い中肉中背の少年、安芸田和輝を覗き込み、恥ずかしがった彼に殴られた。

 

 ひっくり返る大輝を尻目に、ため息を吐いた和輝は、苦笑している隼人に目を向けると、その表情を曇り気味な笑みに変える。

 

「すまんな、隼人。一瞬誰か分からなかったんだ」

 

「いや、構わねえよ。こんな姿じゃ、誰なのか分からなくても当然だ」

 

 軽く謝る和輝に苦笑を返した隼人は、ダインスレイヴの術式に侵食されて黒く染まった左腕と、変色した左目を隠す眼帯を思い出し、少し表情を曇らせる。

 

 術式の侵食を受けてからしばらく経つが、侵食の影響で、時折フラッシュバックが出る。

 

 スレイが表面化していない為に、狂気が出る事は無いものの、繰り返す悪夢に毎晩苦しめられている。

 

「隼人? 大丈夫か?」

 

 そう問いかけてきた和輝に生返事を返した隼人は、隣に座ったレンカに目を向けると、満面の笑みを浮かべた彼女にフッと頬を緩ませ、麺を啜った。

 

 口に面を頬張った彼が咀嚼している隣、びくびくした様子で見上げてくる、こげ茶色の長髪を腰の辺りで結んだ小柄な女子に気付いて、そちらに視線を移す。

 

「ひぃっ。あ、ああ、あははは。こん、にちわ、イチジョウ君」

 

 怯えているのか、顔を真っ青にしながら挨拶する司に微妙な気分になった隼人は、その隣で苦笑している、青みががった短いツインテールが特徴の有翼族の少女と、黒のポニーテールが特徴の少女に目を向ける。

 

「司がビビッてんぞー、隼人。うちのマスコット怖がらせんなよー」

 

 そう言ってケラケラと笑う有翼族、カルマ・グレナは、がくがく震えている司を抱き寄せると、乱暴に頭を撫でる。

 

 その様子をラーメンを啜りながら見ているポニーテールの少女、中島千夏は、司の豊満な胸を揉みだしたカルマの頭を殴った。

 

「何してんだ馬鹿」

 

 そう言って咀嚼した千夏は、ニコニコ笑顔の大輝に怒鳴り散らし、胸を揉む事を止めないカルマに未使用の割りばしで叩いた。

 

 その隣、和輝の正面で呆れた表情を浮かべている、赤みがかったロングヘアの有翼族の女子、フェルナ・クレイは、その隣で眠っている小柄な栗毛色のポニーテールが目を引く少女を揺さぶる。

 

「起きなさい琴音! 何寝てるの!」

 

「ん、にゃ。昨日徹夜……」

 

「補修課題ほっといた罰でしょ! ほら!」

 

 怒気を孕んだ言葉で揺さぶるフェルナは、昼食を取った事で眠気が来たらしい琴音が、自分の胸に埋まって愚図るのにくすぐったく思いながら怒っていた。

 

 そんな彼女らを見ながら昼食を摂った隼人は、呆れている和輝と千夏に怒られて、苦笑顔の大輝に目を向ける。

 

「お前ら大変だな」

 

 そう言って苦笑した隼人は、否定せず頷いた彼らに心の中で合掌すると、聞きたい事を思い出す。

 

「そう言えば、さっき流星と会ってな。何か様子がおかしかったんだが、何か知らないか? 悩んでる事とか」

 

「聞いた事は無いな……。おかしかった様子について教えてくれないか?」

 

「書類を持ってたんだが、その書類について聞いたらぼんやりしだしてな。返事もなんか億劫で、はぐらかそうとしていた様にも見えた」

 

 思い出しながらそう言った隼人は、考え込んでる二人に苦笑しながら思い当たる事を考えているらしい大輝が、突然大声を出したのに驚きつつ、彼の方へ傾注した。

 

「それ、もしかして二週間後の――――」

 

「大輝!」

 

 何か言いかけた大輝に、食堂中に響き渡るほどの声量で叱咤した和輝は、身を竦めた彼と女子達に気付き、少し恥ずかしそうにしながら、お盆を手に取って立ち上がる。

 

 突然の事に呆けていた隼人は、立ち去ろうとする和輝に驚き、思わず立ち上がっていた。

 

「和輝?!」

 

「すまんな、隼人。その事について、俺達からは話せない」

 

 いつになく驚く隼人に刃の様に冷たい目を向けた和輝は、これ以上踏み込むな、と警告するかの様に、そう言い放つと無言で移動していく。

 

 和輝の気心は知れているが故に、これ以上踏み込んでも無駄だと判断した隼人は、そのまま着席してラーメンを食べる。

 

「隼人……」

 

 失意に肩を落とした隼人の横顔を見ていたレンカは、落ち込みながらラーメンを啜る彼を慰めようと、右肩に頬をくっつける。

 

 そのまま頬擦りしていた彼女は、うっとおしそうにしている隼人を見上げると、蔑みの目を向けてくる彼に嬉しそうに笑っていた。

 

「レンカ」

 

「うへへ、なぁに?」

 

「飯食うのに邪魔だ。離れろ」

 

 仕事柄、自分の気になった部分を露骨に隠されるのがあまり好きではない隼人は、少々イラついた声色で、レンカにそう言うが、当の本人は身に感じる快楽で話を聞いていなかった。

 

 仕方が無いので放置し、どんぶりを見下ろした隼人は、自分の知り得ない領域にある、何かもやもやしたものを感じつつ、スープに沈んだ麺を箸で探る。

 

(流星だけじゃなく、和輝達もか……。一体あいつら、何を隠しているんだ……?)

 

 そう考え、答えを見つけられずイラついた隼人は、少し痛んだ左目と左腕に正気に戻され、一旦落ち着こうと深呼吸をする。

 

「はーやとっ」

 

 合気の呼気を吐いた隼人は、弾む様なレンカの口調に気付き、無防備にそちらへ振り返ると、ニコニコ笑顔の彼女が、焼肉一枚を箸でつまんで突き出してきたのを目下に入れた。

 

 どうやら、はいあーんと言うシチュエーションをしたがっているのだろう事は、隼人の目に明らかではあったが、生憎とそんな気分ではない彼はそっぽを向く。

 

「いらねえよ」

 

 不器用にそう言ってしまってから、しまった、と遅い後悔をした隼人は、悔しげに歯を剥く彼女に気付いて少しだけ安堵した。

 

(良かった、泣いてない)

 

 その一点のみに安堵した隼人は、押し込んでくる彼女の腕を取ると軽く力を込めた。

 

「あ、あだだ! 痛い痛い! 骨折れる!」

 

「成長期の骨がこの程度で折れるかバカ。ったく、嫌がってる事を無理矢理するなと教わらなかったのか」

 

「へーん馬鹿だから覚えてまっせーん」

 

「殴るぞお前」

 

「きゃー、DVよ! DV! 暴力男よ!」

 

 そう言って騒ぐレンカの口を塞いだ隼人は、ニヤニヤ笑っている周囲を睨むと、カウンター気味に肉を突っ込んだレンカに驚き、仕方ないと口の中の物を咀嚼した。

 

 目を弓にして笑ったレンカを見下ろしつつ、彼女の口から手を離した隼人は、いつの間にか、対岸に座っている有翼族の女子に、不意を突かれてひっくり返りそうになった。

 

「どうもー、新関東高校報道部でぇえええええす!」

 

 ハイテンションで両腕を吐き上げ、そう言った女子は、その手にメモ帳とノートを手にすると、若干引いている隼人に詰め寄る。

 

「何だよ、報道部。俺に何か用か?」

 

「ええ、二人に用事が!」

 

「レンカも含むのか……。それで? 何だよ」

 

 そう言って腕を組んだ隼人は、その隣で、手鏡と櫛で身だしなみを整え始めるレンカを横目に見た。

 

「それはねぇ、以前のテロを解決したケリュケイオンのPMSC部創部に伴って宣伝も兼ねたインタビューをしようと思って」

 

「インタビュー……」

 

「いいかにゃ?」

 

「別に構わないが……。その変な口調を止めろ」

 

「良いじゃんかぁー。没個性だとこの業界やってけないよぉ~?」

 

 そう言って頬を膨らませる女子に半目になった隼人は、深くため息を落とすと、猫を被るレンカの後頭部を軽く叩いた。

 

「何すんのよ!」

 

「今更真っ当な淑女を装うな、変態淑女」

 

「うるさいわね! サディスティックマッチョ!」

 

 ギャーギャ―と騒ぐレンカと、それを冷静に受け流している隼人を前に、インタビューを期待していた女子は、オロオロと戸惑う。

 

「あ、あのぅ。そろそろインタビューに」

 

「うっさいわね!」

 

 隼人と喋ってた事も含めて逆鱗に触れたのか、女子に矛先を変えようとしたレンカの口を彼が塞ぐ。

 

「すまんな、俺が余計な事を言ったばかりに。続けてくれ」

 

 そう言って女子に笑った隼人は、もがくレンカに一瞥くれて黙らせると、インタビューを受けた。

 

「まず初めに、設立の経緯は?」

 

「経緯か、詳細に言うと面倒になるから諸々端折って成り行き、だな」

 

「え、どう言う事です」

 

 呆ける女子に話せない、と首を横に振った隼人は、そのまま次の質問に移させる。

 

「え、えっと、主にどんな仕事をするのでしょうか?」

 

「そうだな、兵科に属す生徒が行う戦時業務の一部代行、及び後方支援科の護衛や敷地警備等のサービス業務になる。要は金貰って雑用する仕事だな」

 

「け、結構紹介雑ですね、イチジョウ君」

 

「仕事柄、多くを語る事に抵抗があるからな……。雑になるのは仕方ないって言うか、なんて言うか」

 

「あ、ああ……そう言う事なんですね」

 

 そう言ってメモをする女子を他所に、レンカから手を離した隼人は、めっきり大人しい彼女の顔を覗き込むと、ビクッと肩を竦めた彼女が、フニャフニャした笑みを浮かべる。

 

 手から匂いでも嗅いで発奮したのか、デレデレしている彼女を見た隼人は、素直に気持ち悪いと思うも、どうしようもないので放置を決め込んだ。

 

「え、えっとイザヨイちゃん大丈夫?」

 

「え、あ、ああ。大丈夫だ。多分発情してるだけだから」

 

「それ問題じゃないかなぁ」

 

 そう言って呆れる女子に首を傾げた隼人は、質問に移る彼女に傾注した。

 

「次の質問は、ずばり、二人はお付き合いしてますか!?」

 

 そう言ってマイクの様にペンを突き出す女子に、どう答えようか考えていた隼人は、聞き耳を立てる周囲に気付いて、ため息を落とす。

 

「……うん、まあそれについては……。恋人として付き合ってはいないな」

 

 事実を答えた隼人は、意外そうな顔をする女子に少し戸惑った。

 

「好意が明確な女子を恋人にしようとしない……。なるほど、噂通りホモなんだね!?」

 

「違う。俺はホモじゃない。と言うかなんだ、噂って」

 

「イザヨイちゃんと付き合わないから、もしかしてホモじゃないのかって噂だよ! ねぇ、ホモなの!?」

 

「お前……。今俺はホモじゃないって言っただろ」

 

「なぁんだ、ノン気なんだ」

 

 残念そうにメモを取る女子に、苦々しい表情を浮かべた隼人は、いつの間にか右脇の匂いを嗅いでいるレンカを、引き気味に放置した。

 

「質問は終わりか?」

 

「あ、ゴメンゴメン。今までのは冗談。本題に戻ろっか。あそこまでアプローチされて、何で付き合ってないの? って言うか何でベッドに押し倒してずっこんばっこんしないの?」

 

「お前、凄いな……。ドン引きだぞ、俺」

 

「そらどうもー。で、何で?」

 

「それは、その……」

 

 言いにくそうに口ごもり、無意識に左目に触れた隼人は首を傾げる女子を前に、一度深呼吸すると、話し始める。

 

「俺の体が、術式に侵されているからだ」

 

「……ダジャレ?」

 

「マジだバカ。思いつめてダジャレとか台無しだろうが」

 

 茶化されてムッとなる隼人に、大慌てで謝った女子は、おもむろに眼帯を取った彼の意図を読みかねていた。

 

「え、何をして……」

 

 そう言いかけた女子は、露わになった隼人の左目を見て声を詰まらせた。

 

 赤黒く変色した瞳は、右目の茶色いそれと見比べれば、誰もが異常と捉えるほどに乖離しており、解放と同時に立ち上った魔力が、侵食が行われている事実を裏付ける。

 

「驚くよな、こんな目を見れば」

 

「え、ううん。その……初めて見るから、侵食受けてる人見るの。大マジなんだね」

 

「ああ。侵食してくる術式が特殊なんで今の所治療方法も無い。いつ死んでもおかしくない状態だ」

 

 そう言ってフッと笑った隼人は、進行した侵食に耐える為に左肩をギュッと掴み、痛みが過ぎるのを待つと一息つき、落ち着いたレンカの補助も受けながら、片手で眼帯を装着する。

 

 侵食抑制の効果を付加している眼帯をつけて、落ち着いたらしい隼人は、静まり返った女子に苦笑すると、心配そうに見てくるレンカの頭を撫でる。

 

「そんな顔するなよ。さっきまで明るかっただろ」

 

「……そうだね。一応先程の事は聞かなかった事にする。イチジョウ君に関わる人が、余計な心配をしないで済む様にね」

 

「ああ、そうしてくれ。一応別の理由はあるから」

 

「え? あんの?」

 

「……こいつがド変態だから付き合いたくない。それもある」

 

 そう言った隼人は、呆れ顔の女子を前にムッとなったレンカからの平手の一撃を、右手で止めて話を続ける。

 

「いやー、イザヨイちゃんがド変態なのは今に始まった事じゃないからなぁ。インパクト薄いかも」

 

「乙女にはいい教訓になる。硬派な男は淑やかな女を好むってな」

 

「それヘタレの男は大人しい子が好きってだけじゃん」

 

「ぐっ……」

 

 半目の女子に痛い所を突かれて苦々しい表情を浮かべた隼人は、唐突になった校内放送のチャイムに天井を見上げ、放送に耳を傾ける。

 

『一年B組、後方支援科サービス事業課、隼人・イチジョウ君、岬浩太郎君。後方支援科棟整備課窓口までお越しください』

 

 天井のスピーカーから聞こえた女声に応じて、立ち上がった隼人は、それに追従する女子を見ると、メモを畳んでいる彼女に苦笑を向ける。

 

「あまり話せなくて悪かったな。記事にできるか?」

 

「ん、まあ元々メインの記事じゃないしね。こんぐらいあれば十分十分。だから、行っといで」

 

「おう。じゃあな」

 

 そう言って手を軽く上げた隼人は、手を振り返してくる女子に見送られ、食堂を後にした。


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