翌日、場所は変わって新横須賀、広大な海原に浮かぶ第一アクアフロントに作られた巨大な学校、新関東高校の後方支援科棟の一室に隼人はいた。
「と、言う訳だからさぁ。さくーっとサインしちゃってくんない?」
そう言って笑うのは隼人の一つ上の先輩で、後方支援科のサービス事業部門に所属する半狐族の女生徒であり、学校内においては一応ケリュケイオンの上司に当たる。
そんな彼女を相手にしている隼人は、座らされた机の上にある一枚の契約書を見下ろしていた。
「後方支援委員会直轄の部活動として俺達の構内活動を一括管理するのは別に構わないんですが、どうしてまた急にそんな話が上がってるんです?」
「んえ? 前から話してなかったっけ?」
「部活の部の字も上がって無かった気がするんですが」
そう言って半目になる隼人に、誤魔化し笑いを浮かべた先輩は、話が上がってきた事情について話し始める。
「そうだねぇ、君はこの前の新横須賀テロに直接関わったじゃない?」
「関わったと言うか解決させたんですけどね」
「でしょ? んでその時にさ、新日本政府経由で日本政府からクレームが出たんだよね。学区内テロの解決如きにわざわざ金のかかるPMSCを使うなってね」
そう言ってくるくると回していた携帯端末を手に取って、操作した先輩を、隼人は見上げる。
「なるほど、新関東高校戦力を引っ張り出して世論操作する為の方便ですか」
「ま、そう言うとこかな。向こうさんの意図はさ。だけど暖簾に腕押し、私ら学院は政府から独立しているから言う事聞く必要ないんだよねぇ」
「聞く必要が無いなら、何故立ち上げの話を?」
「向こう有利なやり方で、報道されたからさ。私ら学院は政府機能から独立してるけど生徒にまつわる事柄に関してはそうはいかない。そう、両親の事がね。世の中には行動力だけは立派で、情報弱者の親が少なからずいる。
で、報道に踊らされて日本政府の側に立った彼らからうちは猛抗議を受けて
「それで今回の創部に至ると言う訳ですか。要は、PMSCを部活動として設立し、生徒が提供するサービスを利用したと言い張る為、ですか」
呆れ半分の隼人の言に苦笑気味に頷いた先輩は、そのまま机に座ると、仕事用のノートパソコンをいじって情報を少し表示する。
「今回の創部によって、うちのサービス事業部が校内で活動している時のあなた達を預かる事になる。後方支援委員会直轄である故、あなた達が生徒会や委員会から委託された業務は生徒提供のサービス事業として名簿に記載される。
だから、生徒は自らの業務を外部委託していない事になるって訳。まあ、面倒な話だけどね」
そう言って情報を表示した先輩に、自由に動く右手を顎に当てた隼人は、今後の事を考えつつ契約書を睨んだ。
「にしてもさー、今の一年バケモノレベルの実力者多過ぎ。二、三年が食われちゃうっての」
「俺らは戦う事しかできませんよ、先輩。その他はからっきしです。そう言う点じゃ、俺らはまだまだですよ」
「何でも出来る様にって、そう言うのは高望みっつうのよ。後輩君。まあ松川君の事言ってんだろうけど、彼は別格でしょ」
そう言って足を泳がせる先輩にそれもそうですね、と返した隼人は、契約書にサインをすると暇なのか変な声を出している彼女に突き出す。
契約書を手に取った先輩は、記入内容も含めて確認し、何度も頷くと机の上に置いていた鍵を隼人に投げ渡した。
「ほい、PMSC部の創部おめでとう。君が部長ね、で、その鍵、ここの隣の部屋のカギだから。部室として使って」
「了解です。じゃ、俺はこれで」
「へいへーい。お疲れー」
書類の取りまとめを始める先輩に背を向け、部屋を出た隼人は、受け取った鍵を懐に収めるとレンカ達が待っているであろう教室へ向かう。
教室までの道のりは連絡橋を使う事で比較的短くなっている。
そして、その出入り口の傍には、巨大な後方支援科棟の半分を占めるほどの大きな整備工場をのぞける、見学ブースが設けられていた。
「今日は重軍神の定期点検日か。整備課は大変だな」
そう言ってブースからネイビーカラーの機体を見下ろした隼人は、平均全高18mの人型機動兵器、重軍神と呼ばれるそれの装甲が外されているのを見ていた。
武やリーヤの影響か、はたまた愛車からの影響か、若干メカオタクの気が出始めていた隼人は、内装点検が行われている機体、『HMF-Type-24 雷電』を見下ろしていた。
新日本で開発された重軍神である雷電は、新関東高校において別にある試作機と並んで主力を務める量産機であり、ロボットアニメにありがちな雑魚メカの面影など、微塵も無い高性能機である。
(そう言えば入学した時、リーヤが鼻息荒げながら重軍神について語ってたっけな)
そう思い、ふっと笑った隼人は、突然鳴った携帯端末に驚き、レンカからだと気づいてどうしようと迷った挙句、通話をタップした。
「もしもし」
『ハーヤートー! アンタ! 今! どこほっつき歩いてんの!』
「け、見学ブース」
頬を掻きながらそう答えた隼人は、案の定起こっているレンカに通話ボリュームを下げる。
『何してんの! とっとと教室に戻って来なさい!』
「……ああ、分かったよ。すぐ動くから」
『早く来るのよ!』
どう言う意図があるのかは知らないが、とにかくご立腹だったレンカとの通話を切った隼人は、ため息交じりに携帯端末をズボンのポケットに突っ込む。
そして、軽い廊下ほどの長さがある連絡橋を渡っている彼は、軽軍神専攻科の戦闘訓練の風景を見ながら、そう言えば、と端末を取り出してある書類を表示させる。
「アンケートどうするかね」
そう呟く隼人の目の前には、テストパイロットへのアンケート要項が表示されており、現場の声を聴きたいと言う開発所の意図がにじみ出ていた。
アンケートの対象となるのは、先のテロ鎮圧で導入され、敵からの激しい攻撃と操縦者の無茶苦茶な運用に晒された挙句に、大破した外装型軽軍神、アーマチュラシリーズだ。
「なるべく早くって、言われたからなぁ」
そう言って端末をしまった隼人は、勉強をするための教室や、教務員が詰める職員室などの機能が集中する本棟へ足を踏み入れ、そのまま自分のクラスへ移動する。
新関東高校においては、普通科学院にある基礎勉学よりも、戦闘や整備、兵站確保が優先され、またそれらに関連する事柄への理解を深める為の勉強が基本的には優先される。
それ故に、通常授業に顔を出せる生徒はあまり多くなく、一クラスの生徒全員が揃う事もかなり少ない。
「授業中、失礼します」
そう言って自分のクラスに入った隼人は、やれやれと言った表情で出迎える教員に一礼し、まばらな教室の一番後ろに移動。
窓際より少し離れた自分の席についた彼は、席替えで自分の周囲に固まっているケリュケイオンの面々と顔を合わせて、教科書とノートを用意。
机に仕込まれた、黒板との同期システムを起動させる。
「先輩からの話はどうだったんだい?」
「ああ、取り敢えず創部はしてもらうつもりだ。新関東高校で活動する時は部活動の一環として動く事になる」
「なるほどね、分かったよ」
微笑を浮かべ、頷いた浩太郎から黒板に視線を変えた隼人は、ホロジェネレータから出力された白黒の世界地図を見つめる。
社会科の授業は、一年のおさらいと言う事で、魔力次元の国家について振り返っている最中らしい。
「魔力次元の国家は大まかに六つ。地球とは異なり、現住種族との共存を優先し連合体方式での国家設立が基礎となっており、国家の下には各領土内の独立国や地域などが群を形成する様に存在する。
独立国及び地域は国家への協力が義務付けられ、国家は協力の見返りとしてそれらの援助を行う義務がある。この関係性により、今日まで六つの国家は存在してきた。では次のページを開いて」
教科書を手にホログラムを操作する男性教員を遠目に見つつ、国家の成り立ちの略図を見ていた隼人は、元政治高官の重役から聞いた国家構造の裏事情を思いだしていた。
(この構造にしたのは恐らく、植民地としての管理をしやすくする為だったか)
地域が多岐に渡ろうと窓口が一つあればいい。
地球側の人間たちはそう考えて、魔力次元の国家構造を作ったのだと、当時小学六年生だった自分に、重役は愚痴る様に話していた。
そんな事を思い出しながらホロ画面を見つめていた隼人を、横目に見ていた浩太郎は、彼の肩を叩いた。
「隼人君?」
そう呼びかけた浩太郎は、いきなり肩を竦ませた隼人に苦笑し、仏頂面になる彼に軽く謝った。
調子を崩され、そっぽを向いた隼人は、視線を動かした先で寝ているレンカに気付き、足を延ばして椅子の底を蹴り上げた。
「みゃあっ!?」
尻を突きあげる衝撃に変な声を上げて跳び起きたレンカは、何事かと見てくる周囲に慌てて手を振って着席すると、犯人探しをしているのか周囲を見回した。
そんな彼女を半目で見ていた隼人は、犯人を察したらしい彼女に睨まれると、それを鼻で笑いつつ中指を立てて返事とした。
「こんのクソヘタレ!」
教室の一角で罵声を浴びせ、興奮そのままに足を振り上げたレンカは、勢いあまってその場でひっくり返り、椅子から転げ落ちた。
それを隣で見ていた隼人は、自滅同然の彼女が、着席し直して理不尽にキレ出し、放ち始めた罵声をあくびをしながら聞いていた。
「聞いてんのこのヘタレ! 女の子のケツ蹴り上げるって何考えてんの?! もっとやってください!」
ぐふふ、と笑って涎を垂らしたレンカにため息を落とした隼人は、前の席でドン引きしているリーヤに救援を乞うた。
「あ、ゴメン。僕、性癖ノーマルだから」
「おい、どう言う事だ。俺がアブノーマルだとでもいうのか」
「ノーマルの人はふつう女の子のお尻を蹴らないよ。隼人君もしかしてサド?」
「俺はそんなんじゃない。おい、クズを見る様な眼は止めろ、精神に来る」
「レンカちゃんの扱いがぞんざいだから気になってはいたけど、これは確定かなぁ」
そう言ってため息を吐いたリーヤに、気に入らないと言わんばかりに、半目になった隼人は、隣の席で苦笑しているナツキに代わりに救援を乞うた。
「あ、えっと、その……」
どうしようと考えているらしいナツキが視線を彷徨わせる。
変な沈黙が続く中、流石に騒ぎ過ぎたのか、隼人は教員に睨まれた。
「授業を続けるぞ。さっきのまとめからだな。現在、魔力次元に存在する連合国家は新日本民主国、新ヨーロッパ共同体、新アメリカ合衆連合、新ロシア連邦、新オーストラリア・オセアニア連合、新アフリカ連合の六国家だ。
内、新日本、新ヨーロッパ、新アメリカは戦後から続く先進国家となっており、その時点に新ロシア、新オーストラリア、新アフリカが発展途上国家として続く形となっている。
なお、新ロシアについては前身国家の新ソビエトの崩壊に伴い、当時より国家規模が縮小している。それ故に発展途上国家となっているので覚えておく様に」
そう言って黒板に書いていく教員の背を見ながら、ノートに黒板の内容を書き写した。