第1話『新しい影』
新横須賀テロから数日後の三月中旬。
新アメリカ・ニューカリフォルニア州某所、繁華街の一角にある酒場に、黒の短髪と黒い瞳が目につく日系の青年が、茶色いロングヘアと栗色の瞳が特徴の同年齢の日系の少女を連れ、入店した。
活気に満ち溢れた店内では、楽しげに談笑しながら仕事終わりの一杯を楽しむ人々であふれており、それ故に、人々は通りすがる日系の男女の風体など、気にも止めていなかった。
陽気な店内とは裏腹の、硬派なネイビーのビジネススーツを纏った青年は、ネイビーのブレザーに、膝上ギリギリのスカートを身に着けた少女と共に殺意に満ちた目を周囲に向ける。
そして、禿頭にスーツ姿の男と、眼鏡をかけた老人が座るテーブル席に移動する。
「アンタが依頼人か」
そう言った青年に、ロック割りのウィスキーから口を離し、グラスを置いた老人は、笑みを湛えながら青年の方へ振り返る。
「ああ、そうだとも」
そう言って席に着くよう、青年達へ促した老人は、付添人らしい禿頭の男に何か耳打ちをすると、頷きを返した男は店のカウンターへと移動していく。
それを見て腰に手を伸ばし、少女とアイコンタクトを取った青年は、クツクツと笑う老人に、若い見た目からは想像もつかないほど鋭い眼光を向けた。
「安心したまえ、注文していた酒を取りに行ってもらっているだけだとも。君たちの分だ」
「だといいが。それで、依頼について聞かせてもらおうか。
「はっはっは、名前を調べてくれているのか。嬉しい限りだ。では、依頼について話そうか。これを、手に入れてほしい」
そう言って老人、ウィルバートは、懐から一枚の写真を取り出して差し出した。
写真を受け取った青年は、そこに写るひと振りの赤黒い剣に、眉をひそめた。
気になっているらしい少女へ写真を渡した青年は、グラス二つを持ってきた男に一瞬視線を向けると、老人へ視線を戻す。
「こいつは?」
「
「なるほどな。要は、これを
そう言って少女から受け取った写真を投げ返した青年は、テーブルに置かれたグラスの酒を手に取って口にする。
「では、引き受けてくれるかね。ああ、報酬は言い値で良い。完了後に支払おう」
「了解した。その条件で良い。但し、手段について俺達に口出ししない事と裏切らない事を約束しろ。さもなくば命は無いと思え」
「はっはっは、良いだろう。では、よろしく頼むよ。おっと、すまない、会議の時間が迫っている。では、私はこれで」
そう言って席を立ったウィルバートの背を見送りつつ、酒を飲んでいた青年は、カウンターにやってきた警官に気付き、苦手な酒をちびちび飲んでいる少女の肩を叩く。
グラスをテーブルに置き、小さく舌を出していた少女に苦笑した青年は、腰に下げていた『HK・USP』9㎜自動拳銃に手を掛け、警官の動向を確認する。
「動くぞ」
そう言って腰から手を離し、少女を立たせた青年は、店の前に止まったトラックに気付くと、彼女共々、空いたテーブルの下に伏せた。
その直後、フル装備の特殊部隊が、銃を構えて入店し、客が騒然となる。
「こちらは、国連軍特殊部隊だ。ここに、反政府活動に従事する傭兵がいると聞いた。対テロ特例処置に基づき、全員その場に伏せろ! これより、臨時検査を開始する」
そう言って
それを見ていた青年は、傍らで拳銃を構える少女にアイコンタクトを送ると、確認の終えた客から逃がしているらしい特殊部隊へ目を向ける。
「次の方……ああ、出てきてください。大丈夫ですよ」
柔和な笑みを浮かべた隊員が、二人がしゃがんでいるテーブルに近づく。
天板で顔は見えておらず、故に二人が確保対象である事は、分かっていなかった。
瞬間、隊員の足を撃ち抜いた青年は、膝を突いた隊員の顔面に二発撃ち込んで、テーブルを跳ね上げる。
「クソッタレェ!」
反射的に装備していたアサルトライフルの銃口を上げた相方が青年に照準を向けるが、その前に少女に撃たれ、照準を乱す。
その間に接近した青年が、首を切断し、その体を盾に使った。
死体のボディアーマーと筋肉でライフル弾を防いだ青年は、死体の脇に通した拳銃で応戦しつつ、足元に落ちていた『FN・SCAR-L』5.56㎜アサルトライフルを、少女に向けて蹴る。
床を滑ったライフルを受け取り、弾詰まり対策で一度スライドを引いた少女は、射撃を青年に集中させている内の、ほど近い隊員の頭部を撃ち抜くと、射殺した隊員の傍に転がり出て
「グレネード」
そう言って投擲した少女は、衝立を壁にすると、穴だらけの死体を捨てた青年を引き込み、爆音と共に放たれた閃光を防いだ。
残った隊員の悲鳴を聞きつつ、テーブルを足場にした青年が上方から飛び出すと、周囲を探りながらトリガーから指を離している隊長に気付き、その様子から役職を見破った。
ドロップからの頭蓋刺しで一人殺害した青年は、引き抜けなくなったナイフに見切りをつけ、腰から予備のナイフを引き抜いて隊長へと接近していく。
「させるか!」
光を浴びていなかったらしいエルフ族の副隊長が、叫びながら射撃するが、銃口が上がる瞬間に、射線から回避していた青年は副隊長に椅子を投げつける。
宙を舞っていた椅子は、フルオートで放たれたライフル弾によって破片に変わり、その向こう側では、ライフル弾を無駄打ちさせる意図があった青年が拳銃を構えていた。
「なっ……」
「死ね」
言い様、副隊長の頭部に三発ぶち込んだ青年は、視力が回復したらしい隊長が銃を構えるより早く、後ろ回し蹴りを放って銃口を逸らし、返す足で喉を蹴り潰す。
「がっ……!」
急所を打たれ、怯んだ隊長は咄嗟に喉を抑えて一歩後退る。
あまりの鋭さに咳き込んでいた彼は、背後からナイフで心臓を刺され、恐怖に満ちた目で背後を振り返る。
その先では冷たい刃の様な眼でナイフを突き込んでいた少女がおり、さもつまらなさそうに、隊長を見上げた彼女は、何度も捻って傷口を広げ、刃を引き抜く。
引き抜きより遅れて走った痛みに、隊長は絶叫し、こみ上げてきた血を木製の床へ吐き出す。
それを見下ろした青年は、拳銃の
「ひ、ひぃいいっ」
それを見ていた隊員二人が悲鳴を上げながら逃げていく。
それを見送りながら、つまらなさげに死体だらけの店内を見回した青年は、拳銃とナイフを収めて懐からタバコを取り出す。
その向こう、封鎖された道路をひっ迫した表情で走る隊員達は、目の前へ轟音を上げて着地した何かに気付き、3メートルほどの高さに見えた少女の体に恐怖を浮かべる。
「パ、パワードスーツ……」
月明かりを覆うほどの大きさのパワードスーツを身に着けた銀の左サイドテールが目につく少女に、
幾分か残っていた理性が、コクピットに銃口を向けさせるも、その直前にバリアがライフル弾を弾き飛ばす。
「あっはは、ざーんねん」
ワンマガジンの抵抗を浴びるも、全く無傷な少女が、狂気に満ちた笑みを浮かべてアサルトライフルを横殴りに砕く。
破片となったライフルにつられて、手首を脱臼した兵士は、その流れで腰から引き抜かれたパワードスーツサイズの大鎌に気付く。
「し、死神、か……」
呆然としながら鎌を見上げ、そう呟いた兵士に、髪を揺らした少女は、ニヤリと笑って鎌を振り下ろし兵士を切り潰すと、死体に食い込んだ刃を前後に動かして引き抜く。
そして、刃についた血をぺろりと舐め取った少女は、広い道路を突っ切って裏路地へ向かおうとしているもう一人に気付き、薄く嗤った。
「あらあら、逃げられそうね」
そう言って鎌をたたんだ少女は、ビルの上で月光を浴びて膝立ちする漆黒の機体を見上げた。
そして、それを手繰る右のサイドテールに結った漆黒の髪と、ルビーレッドの瞳を持つ少女と一瞬目を合わせ、軽くウィンクをする。
恥ずかしそうにしながら、女性兵士の方へと振り返った黒髪の少女は、狙撃用のカメラバイザーをセレクト操作で下ろし、その手に長大な狙撃用ビームライフルを構える。
幼く、あどけないその瞳は、精密射撃モードの照準に、逃げる半狐族の女性兵士を収めており、少女は呼吸を整え、息を切らして走る彼女の胸部に一撃を入れた。
「あ……」
空しい声を上げ、そのままショック死した兵士が路地の入り口に倒れ、ライフルを上げた少女は、機械への操作で下ろしていたバイザーを上げる。
瞼を開ける様にツインアイセンサーを開き、周辺索敵モードに切り替わったバイザーと、夜目が効く様に作られた自分の目で周囲を探っている少女は、青年への通信回線を開く。
「逃亡者、射殺。オールクリア」
『了解だ。全員撤退するぞ』
「了解」
少女は幼い声で淡々と返すと、路地を突っ切る青年とロングヘアの少女を視認し、パワードスーツの疑似重力制御装置と、光学迷彩を始動させてその場を離脱した。
それから数分とも待たず、増援が到着するも、その時にはすでに彼らの姿はなかった。