僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第19話『開幕の終章』

 翌日の早朝。

 

 昏睡していた隼人は、目を覚ました先にある無機質な天井に少し驚き、そして若干の安堵を抱いた。

 

 戦いが終わった。

 

 だからこそ、この天井を見る事が出来ている。

 

 半分になった視界に入れた天井に、唯一動かせる右手を上げた隼人は、きちんと開く五指を見て、フッと頬を綻ばせた。

 

「目が覚めたみたいね」

 

 左側から聞こえる声。

 

 真っ暗な視界からの声に少し驚いた隼人は、声の主を視線の右側に入れようと、顔を傾けた。

 

「私の姿、見えてる?」

 

「咲耶……」

 

 右の視界に左半身だけ映った咲耶が、安堵の表情を浮かべたのに、隼人は一瞬戸惑った。

 

 感覚の無い左側を、左手で触れた彼女に少し体を引いてしまう。

 

「やっぱり、右目じゃないと見えないみたいね。気分はどう? 左腕と左目以外に違和感を感じたりは?」

 

「いや……特には無い」

 

「そう。なら良かった」

 

 そう言って手を離した咲耶の片手の手助けを受けて、隼人は体を起こす。

 

 めくれ上がった布団から見えたレンカの姿に気付いて少し驚いていた。

 

 すうすうと寝息を立てる彼女は、起きる気配も見せず、Tシャツ姿を乱して寝返りを打っていた。

 

 胸の谷間が丸見えな状態を見下ろした隼人は、若干頬を染めながらため息一つ付き、襟を直した。

 

「咲耶、取り敢えず俺の体に起きている事について、教えてくれ」

 

 そう言った隼人は、黙々と頷いた咲耶が片手のみで鞄からタブレットを取り出すまでをじっと見つめた。

 

「今、あなたの左腕と左目はダインスレイヴの魔力に侵食されている。その影響で、神経機能がマヒしている状態よ。幸いにも、脳機能や足への影響は無いわ」

 

「つまり、左腕と左目だけは動かない、と言う事か」

 

「そう言う事。まあ、見た目が怖いから、しばらく眼帯着けておいてね」

 

 そう言って鏡を差し出した咲耶は、全体が赤黒い左目を見て驚く隼人に苦笑し、用意していた眼帯を彼に手渡した。

 

 彼女が渡した眼帯は、黒色の四角形で、赤い色が縁取る独特のカラーリングがなされていた。

 

「ふっ、眼帯か。中二病の象徴だな」

 

 そう言って笑った隼人は、左目についた眼帯を軽く叩いて調子を確かめる。

 

 とんとんと眼帯を叩いた右の指の感触だけが、彼の感じられる唯一の感覚だった。

 

(さっきもそうだったが……。やはり左目周辺の触覚も失ってるのか)

 

 目の機能だけの被害では無い事を思い知らされ、内心落ち込んでしまった隼人は、タブレットで作業している咲耶の方を振り向いた。

 

 先ほどは見えなかった全身図を見た隼人は、ギプスで右腕を吊っている咲耶に気付いて、少し声を漏らす。

 

「どうかしたの?」

 

「いや……。咲耶、お前、そのギプス」

 

「ああ、これ? あの戦闘で腕をやられちゃってね。修復術式は掛けてあるけど、他の怪我に比べて馴染みが悪いからこうしてるの」

 

 そう言って笑った咲耶に、隼人は暗い表情を見せる。

 

「そんな暗い顔しないでよ。また怒らなきゃいけなくなるじゃない」

 

「また?」

 

「ええ。三日前、右腕の治療が終わった時にね。浩太郎君達が謝罪してきたのよ、そうなったのは自分達のせいだって、ね」

 

「あいつららしい。それで、謝るなって、怒ったのか」

 

「そう言う事よ。私のこの怪我は私がした事の結果、だから謝る必要はない」

 

 膝に置いたタブレットを操作しながらそう言った咲耶から目を背け、病室の入り口に目を向けた隼人は、切り出す話題を見つけられずに沈黙してしまう。

 

 そんな雰囲気を崩す様に、咲耶はタブレットを操作する手を止め、話題を切り出した。

 

「ところで、イチジョウ君」

 

 そう呼びかけた咲耶は、びっくりして肩をすくめた隼人に苦笑し、振り返って仏頂面を向けた彼に、笑いを堪えながらタブレットの画面を向ける。

 

 タブレットには、各アーマチュラとフレームの損傷具合がレベルとそれに対応した色で表現されていた。

 

「これは浩太郎君達にも言ってあるんだけどね。しばらくフレーム、アーマチュラ共に使用できなくなるわ。理由は、見てもらえばわかるけど」

 

 そう言って視線併用の操作補助で、画面をスワイプさせた咲耶は、三機分の項目欄をそれぞれ指さす。

 

「フレームは損傷レベル3、アーマチュラは全機損傷レベル4。ぶっちゃけ、動けるけど動かすなレベル超えてるから一旦ここでオーバーホールしようと思ってね」

 

「だから、使えないのか。じゃあ、オーバーホール整備となるとかなり金を食うな。その分の経費は今回の任務報酬から引かれるのか?」

 

「安心しなさい、テロリスト掃討の報酬はそのまま支払うわ。オーバーホールの費用についてはフレームとアーマチュラのテスター報酬でチャラにしてるわ。開発室から感謝のメールが来るぐらいのデータが集まったみたいだったから」

 

 それから、とタブレットを手元に寄せた咲耶は、立花財閥開発部門へのメールフォーラムを開くと隼人に差し出す。

 

「アーマチュラに関しては機体をオーバーホールするに当たって改修も予定しててね。現場の意見も加えてより良い改良型にするらしいわ」

 

「そうか……。これは今出さねばならないのか?」

 

「退院してからでもいいわ。まあ、期限は二週間後くらいかしら。あなたも、明日には退院許可出るでしょうしね」

 

「分かった」

 

「それと、報酬はもう払って夏輝ちゃんに会計処置頼んであるから、あなたはあぐらでも掻いてなさいな」

 

 そう言って笑った咲耶は、タブレットを斜めかけ鞄に収めると立ち上がる。

 

「最後に一つ。ダインスレイヴについてだけど、国連軍が回収に動いてるって聞いたわ。近々引き渡しが始まるみたい」

 

「そうか、それは良い事だ。あれは、人類にとっては危険な代物だ。今の世の中にあっていいものじゃない」

 

 咲耶の言葉に、安堵の表情を浮かべた隼人は無意識に左腕を抑える。

 

「……ただ、その引き渡しが穏便に行ければいいのだけれどね」

 

 そんな彼を見下ろし、ぼそりと、自分にだけ聞こえる声量でそう言った咲耶は、腰に下げていたM93Rに触れる。

 

「何?」

 

「え、あ、いや。独り言よ、気にしないで。それじゃ、私は帰るわね」

 

「あ、ああ。気を付けてな」

 

 そう言って咲耶を見送った隼人は、そのタイミングで目を覚ましたレンカに気付き、苦笑交じりに彼女を見下ろす。

 

「寝坊だぞ」

 

 そう言って笑った隼人は、ムスッとした表情のレンカの頭に手を置くと、手に収まる体温に安心感を覚える。

 

 数年もこうしていなかったかの様な錯覚の後に、レンカの涙目を認識した隼人は、頭から離した手で涙をぬぐう。

 

「何度目だよ、その涙は。本当に、お前は泣き虫だな」

 

 そう言って苦笑した隼人は、泣き出し抱き付いてきたレンカの体重を受け止めると、わんわん泣き喚く彼女を撫で回した。

 

 暫くして落ち着いてきたレンカに、安堵の表情を向けた隼人は、シャツの下に潜り込んだ彼女に叫びながら張り倒した。

 

「泣き止んで早々、何しとんだお前はァ!」

 

 若干涙目の隼人にシャツの中で不気味な笑みを浮かべたレンカは、必死に肩を掴んで剥がしにかかる彼の胸に抱き付くと、襟元から顔をのぞかせる。

 

「えへへ」

 

 誤魔化す様に笑った彼女に嘆息交じりで肩から手を離した隼人は、胸筋に当たる髪の感触をくすぐったく思いながら、彼女を見下ろす。

 

「それで、俺に何か言いたい事あるんじゃないのか?」

 

「何かあったっけ?」

 

「……その、付き合ってくれとか、結婚とかさ。戦いの時、言ってたじゃねえか」

 

 顔を赤くしながらそう言った隼人は、一気に赤くなったレンカから目を逸らすと、羞恥心に押し潰されそうな脳裏でどうしようか考えていた。

 

 返事をすべきか、誤魔化すか。

 

 考えながらシャツの中に潜り込んでいる彼女を見下ろした隼人は、何か妄想しているらしくだらしなく涎を垂らす彼女を見て、一気に気持ちが萎えた。

 

「……返事は保留にする」

 

「えええええええ?! 何でよこのヘタレ! お付き合いしますって言えばいいのに!」

 

「喧しいこのド変態が。お前に俺の気持ちがわかるか? 黙ってれば可愛い彼女が、涎ダラダラのだらしない顔で告白の返事を待ってるんだぞ?」

 

「別に良いじゃないのよ! 早く! 言え! この!」

 

「ばッ、暴れるな! 服が破れる!」

 

 慌てる隼人の服が破れ、仰向けにレンカが倒れる。

 

 ベットの上に足を折った体勢で倒れた彼女のシャツが、胸元までめくれ、肌色の南半球が見えていた。

 

 その恰好を見て赤面する隼人は、上半身の前面部が露出する珍奇な格好になっており、鍛え抜かれた筋肉が丸出しとなっていた。

 

「隼人君、お見舞いに来たよ」

 

 そして、そのタイミングで、浩太郎達がやってくるのである。

 

 各々お見舞いの品を持ってきた彼らは、ベットに倒れて赤面し、息を荒げるレンカと、前面部露出の隼人を交互に見ると、各々がリアクションを取った。

 

「何かのプレイかな?」

 

 赤面したり、ニヤニヤしたりする者がいる中、爽やかな笑みを浮かべながらそう言って、首を傾げた浩太郎は、仏頂面の隼人を見る。

 

「そう見えるか?」

 

「うん。とっても。露出狂かな?」

 

「そんな趣味は無い」

 

 そう言ってそっぽを向いた隼人を苦笑しながら宥めた浩太郎は、お見舞いの品である乾パンをサイドボードに置く。

 

 まさかのチョイスに頭を抱えた隼人は、周囲に集まった彼らと、いつもと変わらない雰囲気で、他愛のない話を始める。

 

 残り僅かな平和な日を享受しながら。


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