僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第14話『戦いの前日』

 それから一時間、全身への圧迫感と肌寒さに目を覚ました隼人は、見慣れた会社の病室の天井に気付いて体を起こした。

 

 ゆっくりと体を起こした隼人は何故か裸の上半身に、首を傾げようとして襲って来た頭痛に頭を押さえた。

 

「目、覚めた?」

 

 聞き慣れた声の方へ顔を上げた隼人は少し寂しそうな表情のレンカに気付くと、頭を押さえていた手を離す。

 

「あ、ああ。俺、何で倒れたんだ?」

 

「オーバーヒートによる脱水症状だって。点滴終わったら動いて良いってさ」

 

 ため息を吐く隼人に苦笑して言ったレンカは、上体を起こしている隼人の胸筋をペタペタ触ると口から涎を垂らす。

 

「うへへぇ、筋肉ぅ」

 

「寝起き早々お前の変態顔を見れるとは思わなかったぜ……」

 

 そう言って明後日の方向を向いた隼人は、病室の入り口で固まっている武達、ニコニコ顔の浩太郎と目が合う。

 

「よ、よぉ、お前ら……。どこ行ってたんだ?」

 

「ブリーフィングだよ。君が起きないから、保留になって戻ってきたのさ」

 

 レンカを突き放した隼人にそう言った浩太郎は、ベットに腰かける体勢へ変わった彼に虚を突かれる。

 

「なら、今からブリーフィングだな」

 

 そう言って点滴の針を外した隼人は、レンカから新しい戦闘服を受け取るとすぐに着替えて病室を出た。

 

 そして、浩太郎達の後について会議室に移動していた彼が、その道すがら、廊下のガラスに目をやると、鏡映しの自分の背後でスレイがこちらを見ていた。

 

『おはよう。って言ってももう夜だけどねぇ。どう? 眠れた?』

 

「おかげさまでな。貴様、冷却装置をいじったのか」

 

『変な難癖付けないでよ。あれは単に熱暴走でコンピュータが狂ってただけ。別に死なせようとか考えてたわけじゃないから。死なれたら困るしねぇ』

 

「どう言う事だ?」

 

『まあ、こっちの事情。ああ、詮索とか野暮な真似だけは止めてよねぇ?』

 

 そう言って消えていったスレイに首を傾げていた隼人は、その様子を見ていたらしいレンカに呼ばれて、慌てて会議室に入った。

 

 中規模な大きさの会議室では作戦の中心人物となったらしい咲耶が、さも当たり前気に会議机の中心にいた。

 

「おはよう、隼人君。よく寝れたかしら」

 

「寝起きの気怠ささえなければ快適なんだがな。それで、何でアンタがここにいる」

 

「スポンサー権限よ。社長さんも黙らせておいたし、これで心置きなく作戦が実行できるというものよ」

 

「無茶苦茶だな……。それで、作戦説明の前に現状を教えてくれ」

 

「分かってるわ。それも含めてブリーフィングを始めるわよ」

 

 そう言って会議室の照明を落とした咲耶が起動した大きなホログラフィックに、傾注した隼人達は、それがアクアフロント全体のモデリングデータである事を理解した。

 

 その内、第三と第二にズームしたデータをタブペンでダイレクトに操作した咲耶は、モデルを静止させると、説明を始めた。

 

「現状整理からね、うちの調査班とここに寄せられたデータを合わせ、把握している事とは第三アクアフロントがテロリストによって占拠されていると言う事。

彼らは作業員を全て殺害し、今日までに全施設を掌握していると言う事、警察やらと睨み合っている橋は事実上封鎖されていると言う事。この三つ。

これらを踏まえて考えた作戦が、これよ」

 

 そう言って咲耶は手元のタブレットを操作し、橋に向けて矢印を表示させながら、第三アクアフロントの内部までそれを伸ばす。

 

「まず、隼人君達アルファチームと楓ちゃん、私で地上を侵攻。リーヤ君達はウチが用意したヘリドローンで上空から援護。許可、または要請を出すまで上空班は地上班と合流しない事。

ヘリの燃料切れに関して、無条件での離脱を認めるわ。そのコントロールはナツキちゃんに預けるとして。地上班の移動手段だけど、これを使うわ」

 

 タブレットで表示したヘリドローンの隣、隼人と浩太郎が使用していたバイクが表示される。

 

 さらにその隣に新しく青と白のカラーリングの、ヤマハ・『YZF-R1』が表示されていた。

 

 驚くレンカ達を他所に、機動力重視のチョイスにニヤッと笑っていた隼人は、そこで一つの問題点に気付く。

 

「俺は、バイクを使う事に異存はないが一つだけ聞きたい事がある。むき出しのパイロットをどう防護する? アンタの案にこの対策はあるのか?」

 

「パイロット防護? ええ。もちろん。対策してるわ。パイロットが装甲を着ればいいのよ」

 

「は? 待て、それって……」

 

 驚く隼人に咲耶は笑う。

 

「ええ、アーマチュラを装着してバイクに乗車するの。特撮ヒーローになれるわよ」

 

「どうでもいいジョークは止めろ。それで、サイズは大丈夫なのか? 重量は?」

 

「一応確認したけど、大丈夫だったわよ。装着しても劇的にサイズが変わる訳じゃないから。それで話を戻すわよ。地上班はアーマチュラ装着者を盾としつつタンデム走行で領域内を探索。発見次第、ヘリの援護を受けつつ突撃。

リーダーを捕縛し、国連軍に引き渡す。作戦開始は明日の朝。各人しっかり休んでね。あと、装備は可能な限り用意するわ。弾薬もね。じゃ、ブリーフィングは終わりよ」

 

 そう言ってスイッチを操作した咲耶が解散を告げると同時、武達が、隼人の方に顔を向ける。

 

「どうする? 家帰るか?」

 

「ああ。そうしよう。咲耶、アンタはどうする? 俺達はもう家に帰るが」

 

 武に頷きを返した隼人は、端末で時間を確認すると、ナツキやリーヤと共に後片付けをしている咲耶の方へ視線を向けた。

 

「ええ、お邪魔させてもらおうかしら。今日は一人だから。人の家に泊まるのも悪くないわね」

 

 そう言って笑った咲耶に頷いた隼人は、わいのわいのと騒ぐ武達を大声で諌めた。

 

「ったく、小学生じゃねえんだから。じゃあ、帰るか。家までは徒歩で帰れる。お前ら、先に帰っておいてくれ。俺は咲耶を連れて来るから」

 

 そう言って立ち上がった隼人は、武達を先に行かせ、会議室のカードキーを手に取ると時計を確認した。

 

 その動作を終えた視線の先、むくれた表情のレンカに気付いた隼人がため息を吐くと、彼の背後で咲耶がくすくす笑っていた。

 

「何だ、咲耶。その顔は」

 

「ううん、あなた達の痴話喧嘩は見てて本当に飽きないなってね」

 

「痴話喧嘩と言うな。と言うか茶化すな。ったく、帰るぞ」

 

 そう言って入口に移動した隼人は、荷物を背中に回し、拗ねているレンカを抱き締めながら歩み寄ってくる咲耶を睨んだ。

 

「拗ねないでよ、レンカちゃん。私は別に隼人君を取ろうとしてるわけじゃないのよ。それに、私と彼はそう言う関係にはなれないしね」

 

「どう言う事よ?」

 

「ん、まあ、彼と知り合った経緯がちょっとね。あなたみたいに、ちゃんとした出会いじゃなかったから」

 

 そう言って不思議そうに見上げてくるレンカに頬擦りした咲耶は、施錠している隼人に一度視線をやると、会話を聞いていたらしい彼がため息を吐く。

 

「また思い出すぞ、そんな事言ってると。良いのか?」

 

「あはは。良くはないけど……ね。今日の事を見てたら思い出しちゃったから」

 

「そうか……。難儀だな、アンタも。さて、帰るか」

 

 ポケットに手を突っ込んでそう言った隼人は、レンカと咲耶の傍を通り過ぎる。

 

 そんな彼の腕を掴んだ咲耶は、いまいち状況がつかめていないレンカを片腕で抱きながら、彼に涙目を向ける。

 

「今辛いの。だから少し、一緒にいてちょうだいな」

 

「分かった……。それで、そのついでで良いからそこのバカ猫に昔話をしてやってくれ」

 

「ええ。分かったわ」

 

 涙を流しながら笑う咲耶を浅く抱いた隼人は、彼女と自身の間に挟まってむくれるレンカを見下ろすと、まだ明るい基地に視線を移す。

 

「あれは二年前の事よ。このアクアフロント開発計画が立ち上がった時、環境テロリストが披露記者会見での爆破予告をしてきたの。父は真に受けてなかったけど、念の為とPSCを雇った。PSCイチジョウをね。

爆弾は見つからなかったけど、屋外記者会見だったのが不味かったの。私の両親はステージ上に上がってきた犬の腹にあった爆弾で爆殺。襲撃してきたテロリストに記者たちは殺された」

 

「そんな事が……でも、何で咲耶さんは無事だったの?」

 

「私は事前に爆弾を察知していた隼人君と浩太郎君に助けられたの。彼らのお陰で爆発から逃れ、テロリストの弾幕に晒されるより早く、安全圏に逃げられた。でも私以外の関係者は皆死んだわ。役員も、記者も。

あの惨状は、忘れられなかった。忘れたくても、頭に焼き付いて離れないあの光景は今でも悪夢として夢に出るのよ」

 

 そう言った咲耶に抱き締められたレンカは、大粒の涙を流す彼女を見上げると、頭に手を回してそっと撫でた。

 

「怖いなら無理しなくていいのに、何で戦う事にしたの?」

 

「生き残った事に、意味があると思ったからよ。私は二度とあんな光景をこの世に出さないと誓った。だから、戦うのよ。例え独善でも手が届く限り必ずね」

 

 黙々と聞いていたレンカを見下ろしながら、そう言った咲耶は不意に立ち止まった隼人に、少し遅れて足を止める。

 

「どうしたの?」

 

「そう言う事、初めて聞いたぞ」

 

「そりゃ、今まで戦う事なんか無かったもの」

 

 そう言って笑う咲耶の頭に手を乗せた隼人は、照れくさそうに笑う。

 

「良い笑顔を見せる様になったな。アンタは」

 

 そう言った隼人は、意外そうな表情の咲耶とレンカに半目を向け、ちょうど到着した事務所の自動返却ポストに、鍵を投函すると、そのまま帰路に就く。

 

 徒歩で三十分、共用の家に帰ってきた隼人達は、リビングで寝ている六人を見ながら夕食を取り、湯船で汗を流した。


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