僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第57話『帰還前』

 翌朝、ブリーフィングルームに集まった俊達は、眠れなかったのか舟を漕いでいるレンカを見て、その場にいない隼人を探す。

 

 しばらくして眠たげな眼をして入り口に現れた彼は、先に基地へ帰っている浩太郎とカナを除いた全員を見回すと、あくびをしながらタブテーブルを起動する。

 

「全員集まったな」

 

 そう言って手に持っていたタブレットを接触させ、データを移した隼人は、天板と一体化している画面を操作する。

 

「これから基地へ帰還する。王女殿下、侍女も一緒だ。侍女だが、生体修復は無理、代わりに義手、義足を手配した。基地で装着と調整を行うそうだ」

 

 そう言って、帰還プランを送信する隼人に、曇った表情を向けた俊は、首を傾げる彼を見た後、シルフィの方へ振り返る。

 

「俊、どうした」

 

「え、あ、いや……」

 

 睨む隼人に詰まった俊は、全員の目が集中している事に気付いた。

 

 一度深呼吸し、決心を固めた俊は、暗い表情で俯くシルフィの方へ振り返る。

 

「シルフィ王女、お願いがあります」

 

 そう言ってシルフィの手を掴んだ俊は、肩を竦めた彼女の顔を上げさせて、目を合わせる。

 

「俺達が知らない、この戦争の真実を、ここで話してください」

 

「え……」

 

「あなたは知っているはずです。この戦争を悪化させている人物を」

 

 そう告げた俊に、シルフィ共々、その場にいた全員が驚く。

 

「待て、俊。一体どういう事だ? 話が見えないが」

 

「ロンゴミアントから聞いた。この戦争を長引かせる元凶がいると」

 

「長引かせる元凶だと?」

 

 そう言って首を傾げたシュウに、頷いた俊は、怯えるシルフィを見据える。

 

「お前が言えば良いじゃないか。わざわざ、王女殿下に無理をさせる事は」

 

「王女に言ってもらわなきゃいけないんだ。俺が言っても、事実を伝えるだけで、何にもならない」

 

「何? どう言う意味だ?」

 

 スリングでHK416を下げ、詰め寄ったシュウと目を合わさず、シルフィを見続ける俊は、怯え続ける彼女を落ち着かせる。

 

「お願いです、シルフィ王女。話をしてください。その上で、決断を」

 

「決、断……?」

 

「黒幕を殺すか、生かして、罪を償わせるか。あなたが、決めてください」

 

「そ、そんなの……出来ません……」

 

「ではあなたはこのまま、無意味に罪の無い人の血が流れるのを見ているんですか!?」

 

「し……シュンさんこそ、私に身内を裁けと言うんですか!? 私にはお兄様を……ッ!」

 

 激高そのままに口走ったシルフィは、驚く周囲の目に気付いて黙り、顔を俯かせた。

 

 気まずそうに俯く彼女を見下ろす俊は、歩み寄って来たシグレに気付いて、彼女に道を譲った。

 

「王女様」

 

 そう言ってしゃがみ込んだシグレは、表情を緩ませたシルフィに平手打ちを見舞った。

 

 重く響く破裂音に、その場にいた全員が驚き、びりびりと痛む頬に、シルフィの目から涙がこぼれる。

 

 刃の様に尖り、それでいて泣きそうなシグレの目を見た俊は、咎めようとしたシュウとハナを目と手で制する。

 

「あなたは、守ると決めた国民を、戦争の犠牲にするつもりなんですか! たった一度の恐怖で、怯え竦むほど、あなたは脆いのですか。

やはりあなたにとって国の人々の命は、軽い物なんですね!」

 

 そう叱咤し、体を震わせるシグレにシルフィは俯く。

 

「家族を殺せと言われて、どうして首を縦に振らなくてはならないのですか……。半生を共にした家族をどうして断頭台に置けと!」

 

「これ以上、犠牲者を増やしたくないからです! あなたの侍女みたいに、手足を失った人や、それ以上のけがや傷を負った人々を増やしたくないからです!

それともあなたは、今の自分と同じ人をこれ以上増やすつもりなのですか?」

 

「わ、私……は……」

 

「決めれないなら、私達が裁きます。あなたはそれを黙って見ていてください。俊君は、それが嫌だからあなたに引き金を委ねました。けど、もう、待てません」

 

「待って、ください……」

 

 縋りつき、ぼろぼろと涙を流すシルフィに、つられてシグレも涙を流し始める。

 

「待てません」

 

「待ってくだ、さい」

 

「待てません」

 

「待ってください!」

 

 力強く、叫び、立ち上がったシルフィは、泣き腫らした目を強く細め、シグレを見下ろす。

 

 涙でぐしゃぐしゃになった顔を見上げるシグレと目を合わせたシルフィは、泣き笑いながら答える。

 

「お兄様を、殺します。それで、この戦争を終わらせます」

 

 そう言って、シグレの手を掴んだシルフィは、それを見守っていたレンカと目が合う。

 

「……だ、そうよ隼人」

 

 そう言った彼女は、黙して見守っていた隼人に判断を委ねる。

 

「王女からの要望とあれば、と言いたいがそれは主任務じゃない」

 

「何よ、ここまで聞いといてやんないの?」

 

「カズヒサ大隊長に許可を取ってからだ。俺達が勝手に動くのは違う」

 

 そう言って、シュウに視線を流した隼人は、首を傾げるレンカの頭に手を置く。

 

 仏頂面の隼人にサムズアップを向けたシュウは、いまいち状況が読めないレンカの視線を浴びる。

 

「仮で許可が取れたぞ、隼人。後々俺とお前のサインが必要になるらしいが」

 

「そうか。仮でも許可が取れたんなら良い」

 

 呆れた顔のシュウに苦笑を向けた隼人は、驚くレンカの頭を軽く叩き、全員を見回す。

 

「よし、全員聞け。たった今、仮だが、殺害許可が下りた。これから情報収集と作戦立案を行い、首都に向かう。

そして王子を殺害し、任務を終える。良いな? 王女殿下の意思は聞いたが、俺達の行動はあくまでも命令によるものだ。

そこを忘れるな」

 

 そう言って、見回した隼人は唾を飲む全員を睨むと、ブリーフィングを始めた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ブリーフィング後、崩落した噴水広場に武装した状態で訪れたシルフィは、後ろからの足音に振り返る。

 

「シグレさん」

 

 振り返られた事に驚き、立ち止まっているシグレに苦笑したシルフィは、ひび割れた噴水の縁に腰かける。

 

「どうされました?」

 

「あ、いえ、あの……先ほどはすいませんでした。その、手を出してしまって」

 

「ああ、気になさらないでください。私も、弱気で信念を曲げていたのです。戒められて当然です」

 

 そう言って、俯き、マガジンが入っていないHK416Cを見下ろすシルフィは、隣に座って来たシグレに視線を流す。

 

 もじもじしている彼女を見て苦笑したシルフィは、手持無沙汰になって、腰の『XDM』9㎜拳銃を手に取る。

 

 スライドを何度も動かし、装弾を確認する様に、チャンバーの半分を開いたシルフィは唐突に口を開く。

 

「あの、シグレさんは、シュンさんの事を、どう思ってらっしゃるのですか?」

 

「どう、とは?」

 

「そうですね。ストレートに言うと、恋慕していらっしゃるのかな、と」

 

「れ、恋慕……ですか……。は、はい。片思いは、してます」

 

「うふふ、やっぱりそうですか」

 

 そう言ってホルスターに拳銃を収めたシルフィは、頬を真っ赤に染めるシグレを見下ろす。

 

「片思いなら、私もしてますよ」

 

「え?」

 

「私も、シュンさんの事が好きです。優しくて、頼りになって、迷っても良い答えを見つけようと、必死に頑張ってるその姿が、好きです。

でも、私、思うんです。そんな彼と私じゃ、吊り合わないんだろうなって」

 

「そんな事、ありません。俊君は身分とか気にしたりなんか」

 

「いいえ、違います。彼が目指す場所に、私では立てないんだろうなって、そう思うんです」

 

 そう言って俯くシルフィに、目を見開くシグレは、力なく笑う彼女が自分を見てくるのに少し怯んだ。

 

「俊君が目指す、場所?」

 

「彼は、正義の味方を目指していると思うんです」

 

「正義の味方……。確かに昔からずっと言ってました。正義の味方になりたいって」

 

「そうなんですか……。でも、その正義とは、何を指しているのか、多分シュンさんも分かっていないと思います。だけど、行きつく先はきっと……」

 

「きっと?」

 

「きっと、シグレさんだけしか横に並べない場所だと、私は思うんです」

 

 そう言って、シグレの方を見たシルフィは、戸惑う彼女の頭を撫でる。

 

「私では、好きにはなれても理解はできない。彼がどんな事を思うよりも自分の事が出てしまう」

 

 そう言って立ち上がったシルフィは、時計を見ると、マグポーチが取り付けられたコルセットからPMAGを引き抜く。

 

「所詮私は王族の人間。王には成れても女にはなれない。他人に付いて行く生き方は、出来ない性分です。

だから、シグレさんが少し羨ましくあります」

 

「王女様……」

 

「そろそろ時間です。行きましょうか」

 

 そう言ってPMAGを叩きこみ、スライドを引いたシルフィは、黙りこくっているシグレの方を振り返る。

 

 金属音を鳴らし、腰のXDMにも装填をしたシルフィは、何も装填していないG18を手についてくるシグレと並び、隼人達の物へと移動していった。


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