僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第56話『浄化』

 見晴らしのいい丘の上、観測手に香美を置いたミウは、捕捉回避の為に光学迷彩シートを被っていた咲耶を見上げた。

 

 シートを脱ぎ捨て、同様に隠していた重火器用コンテナを露出させた彼女は、中身を解放すると、スナイパーライフルにも見えるそれを構えた。

 

「ロンゴミアンタ、起動」

 

 ナイトビジョンを起動しながら音声操作でそう呟き、屹立した側面のスライド型安全装置を前方に動かす。

 

《砲撃モードへ移行》

 

 操作を認識し、砲身に装着されていた小型端末(ターミナルユニット)がすり鉢状に展開し、宙に浮かぶ。

 

《ターミナルユニット、砲狙撃戦モードへシフト:属性・炎》

 

 マガジン型の術式プロセッサを確認し、読み込んだ属性をストラトフェアーが表示する。

 

《ユニット配置、ファンネルフォーメーションを維持》

 

 視線操作とスイッチ型の安全装置を解除し、スピンアップするターミナルユニットが魔力吸引を開始する。

 

《仮想チャンバー魔力充填開始》

 

 発砲可能時間とシチュエーションから逆算して、最大出力からリミッターで出力を40%に設定し直した咲耶は、発砲姿勢維持用のバーチカルグリップを掴む。

 

 ユニット間で光の幕が形成され、圧縮を続ける仮設の砲身から紫電がまき散らされる。

 

《圧縮臨界、発砲許可》

 

 発砲許可(グリーンライト)と同時に、基地に照準した咲耶は、トリガーを引き、魔力を術式に変換して放出した。

 

 カウンタースラストの点火と共に、砲身から夜空を真昼の様に照らす爆炎が迸り、火柱を真横に向けたかの様なそれが、基地に猪突する。

 

 直撃と同時、炎が掠めた地面がガラス状に変化し、直撃した建物は跡形もなく消え去る。

 

「オーバーキルね、この出力」

 

 破壊評価をしつつ、全力で吹かしたスラスターを冷やす咲耶は、呆然としている二人に苦笑する。

 

 冷却を始める砲身の白煙を見ながら、香美が持っている観測データと合わせて、破壊評価をしている咲耶は、ケースに砲を収める。

 

「後片付けは終わったわ。こちらも、撤収しましょう」

 

 そう言ってケースを背中のアタッチメントに引っかけた咲耶は、観測機材を回収した二人を抱えると、空中浮遊する。

 

 カウンターグラヴィティで、必要最小限の反重力を放出した機体をコントロールした咲耶は、突然の浮遊感に驚く二人を抱え、合流地点へ急ぐ。

 

「イチジョウ君、今どこ?」

 

『打ち合わせ通りのルートだ』

 

「見つけたわ。ハンヴィーのボンネットに乗る」

 

 急降下し、車速と同調した咲耶は、ターレットを介して二人を下ろす。

 

「上空警戒に移るわ」

 

『ああ、何も無いとは思うがな』

 

「そう言う時に限ってあるものよ」

 

 皮肉を返しながら空へ飛び立った咲耶は、肩のコンテナからライフルを取り出して、上空警戒を開始する。

 

 騒ぎで興奮していたモンスターが車列に群がり、空から見ていた咲耶は、ガンターレットと連携して始末していく。

 

 それから30分かけて基地に戻った。

 

 すぐさま医療室に移されたメイに美月達デルタチームが付き添い、チャーリーはシルフィに、ケリュケイオンは戦果を報告していた。

 

 シルフィにつきっきりの俊達は、暗い表情の彼女に何も言えず黙っていた。

 

「ちょっと! 見せ物じゃないのよ!」

 

 医務室の前で口喧嘩をしている美月が、何事かと集まる避難民を追い散らそうとしていた。

 

 拳銃を引き抜き、睨む美月に、ガラの悪そうな中年が数人群がっていた。

 

「良いじゃねえか、人間の医療ってもんに興味があんだよ」

 

「あらそう、だったら医学書でも読む事ね。とにかく、ここは邪魔だから早く帰りなさい」

 

「そうかい。ああ、俺達暇してんだよなぁ? 通してくれないなら相手してくれよ、姉ちゃん」

 

 そう言った避難民が、美月に掴みかかろうとした瞬間、横合いに割り込んだ手が、腕を掴んだ。

 

 パワーアシストで締め上げつつ、オレンジ色のセンサーアイを向けたラテラV2を纏う和馬に、避難民は委縮し、美月は安堵する。

 

「よう、おっさん。スパーリング相手なら、俺がしてやろうか?」

 

 嘲笑の語調でそう言った和馬は、こん棒で殴りかかって来た1人に気付き、小手で防ぐ。

 

「やんちゃだなぁ。そんなにやりたいのかよ」

 

 こん棒を払い、嘆息しながらねめつける様に、武器を取り出す避難民を見回した和馬は、戸惑う美月を下がらせる。

 

「ったく深夜だってのに」

 

 そう言いながら短刀を引き抜いた和馬は、人数を確認すると、交戦規定から先手を取らせる為に挑発した。

 

 殴り掛かって来たエルフに蹴りを入れた和馬は、コンテナに突っ込んだそれを見ず、別のエルフが振り下ろしてきた警棒を防ぐ。

 

「おいおい、どっから持って来てんだよそれ」

 

 そう言って警棒を払った和馬は、エルフの額を小突き、脳震盪を起こさせる。

 

 それを見た獣人が、ナイフを振りかざし和馬に斬りかかる。

 

「素人が」

 

 短刀で刃を切り落とした和馬は、掌底で吹き飛ばすと、同時に挑みかかる別の獣人達の一撃を両腕で受け止めた。

 

 膂力を受け止め、後退った和馬は、押し込まれる前に片方を蹴り飛ばした。

 

「悪いが、ここ数日でイラついてんのはお前等だけじゃないんだよ!」

 

 そう言って殴り飛ばした和馬は、瀕死のメイの姿を思い出す。

 

 メットの中で歯を噛み、拳を握り締めた和馬は、ナイフを突き出す獣人の腕を弾き、殴り飛ばした。

 

「どいつもこいつも疲労してんのにテメエらはよォおおお!」

 

 マウントを取り、拳を振り上げた和馬は、怯える獣人に振り下ろそうとした。

 

 その瞬間、拳銃弾の10連射が叩きつけられ、動きを止めた和馬の体が蹴り飛ばされる。

 

「やり過ぎだ馬鹿」

 

 XDMの銃口を向け、眉を浅く立てた日向は、獣人を牽制する様に射撃する。

 

「勘違いするな下衆が」

 

 そう言って撃たなかった方の拳銃を収めた日向は、獣人を蹴り倒して帰らせる。

 

「美月と共に頭でも冷やしてこい。それまで俺とミウが警護をやる」

 

 そう言って拳銃を収めた日向は、立ち上がった和馬の頭部装甲を軽く叩いて、その場を去る。

 

 日向を見送った和馬は、入れ替わりに出てきた美月に、頭部装甲を外しての苦笑を向ける。

 

「カッコ悪いとこ、見せちまったな」

 

 そう言って外へ出た和馬に、俯いたままの美月は付いて行く。

 

 襲撃から修復が間に合っていない、ボロボロの教会前に並んで座った二人は、お互い目を合わせられなかった。

 

「嫌な物、見ちまったな」

 

「ええ……」

 

「お前は大丈夫なのかよ、その……あんなもん見て」

 

「人殺ししてるのに、大丈夫も何も無いでしょ?」

 

「そうかよ……。お前、泣いてるぞ」

 

 笑いながら金属の手で涙をぬぐう和馬は、ボロボロと涙をこぼし続ける彼女をそっと抱き締めた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方、鎮静剤で落ち着き、シグレやハナと眠っているシルフィの傍で、監視を続けていた俊は、ぼんやりと光る武装ケースに気付いた。

 

 ロンゴミアントが収まっているそれに恐る恐る近づいた俊は、右手に強い刺激を感じ、思わず後ずさった。

 

「な、何だ?」

 

(何だ、とは何じゃ小僧。一度リンクしたくせに)

 

「あ、お前、あの時の、大精霊とか言ってた……」

 

(お前と言うで無い! ワシはロンゴミアントの大精霊じゃ無礼者め)

 

「それで、大精霊様は俺に何の用だよ。俺も俺でヘトヘトで今が精いっぱいなんだよ、あんまり余計な事しないでくれるか?」

 

 目くじらを立てつつ、ため息を吐いた俊は、ホログラム状に現れた精霊を睨む。

 

「それで?」

 

『改めて資格者の儀を行いたいのじゃ、小僧』

 

「なんか前に力を貸してもらった時に言ってたな。そんな事」

 

『まるでやる気が無い様な言い方じゃの』

 

「いや、別に必要じゃねえし。それに、ロンゴミアントは元々国連の回収品だからな、俺が使えるもんじゃない」

 

『よく分からんが、お主にやる気が無い事は分かった。今は止めておこう。ま、さすがに無理強いは出来ぬからの』

 

「変に物分かり良いなアンタ。まあ良いや、そう言う事だから、俺の事は諦めてくれ」

 

 そう言ってその場を去ろうとした俊は、リンクしているらしい右腕を固定され、たたらを踏む。

 

『まあ、待て。まだ話がある』

 

「何だよ……」

 

『お主、今回の黒幕を知っとるかや?』

 

「黒幕?」

 

『知らん様じゃなぁ。詳細についてはそこの姫に聞くが良いとして、姫から読み取った事柄から話すと、王家の人間が戦争を悪化させておると言う事じゃ』

 

 そう言って腕を組むロンゴミアントの精霊に、俊は眉をひそめ、その場に留まる。

 

「どう言う事だよ」

 

『記憶によれば戦争を止めようとしておる様じゃのう』

 

「止めようとしてんのに、何で悪化させてんだよ。と言うか、何で俺達に言わないんだ?」

 

 そう言って首を傾げた俊は、心当たりのある人物に思い至った。

 

「その王家の人間って……まさか」

 

『分かった様じゃの。此度の戦争、悪化させておるのは王子じゃ』

 

 唖然とする俊に、ため息を吐く精霊は、目に怒りを宿す彼を見上げる。

 

『のう、小僧。聞かせてほしい事がある』

 

「何だよ」

 

『お主等は何の為に戦っておるのじゃ?』

 

「弱者を守る為、戦争を終わらせる為だ。それ以外に、何もない」

 

『弱者を守る為、か。何時の時代も変わらんの。アーサーも言っておったわ』

 

 そう言って笑う精霊に、首を傾げた俊は我に返ると、端末を取り出してカズヒサとのSMSを開いた。

 

 画面を睨み、しばらく考えて、俊は画面を閉じた。

 

「話は終わったのかよ」

 

『あ、う、うむ。話は以上じゃ。もう行って良いぞ』

 

「お、おう」

 

 戸惑いがちに返事してシグレ達の元へ戻った俊は、寝起きのシグレと目が合った。

 

「……俊君」

 

 寝ぼけて涙目のシグレに苦笑を向けた俊は、寂しかったのかぐずっている彼女を抱き締めると、子どもにする様にあやした。

 

 マーキングで頬ずりするシグレにくすぐったく笑う俊は、スローペースに尻尾を振る彼女を見下ろす。

 

「どうしたんだ? シグ」

 

「……どこ行ってたんですか」

 

「トイレ」

 

「……何で行くんですか。寂しかったんですよ」

 

「え、トイレぐらい行かせてくれよ……」

 

「嫌です」

 

「漏らせってのかよ……」

 

「おむつを」

 

「斜め上だなおい」

 

 若干呆れ気味の俊に、眠気眼のまま頬を膨らませるシグレは、ベンチに座り、タブレットを手に取った彼の懐に潜り込む。

 

 鼻をひくひく動かしながら頬ずりしているシグレは、邪魔そうにしている彼に甘噛みする。

 

「俊君。寝たいです」

 

「寝れば良いじゃねえか」

 

「一緒に寝ましょう」

 

「監視があるから駄目だ。ハナやシルフィ王女と寝ろ」

 

「俊君が良い」

 

 ぷく、とふくれっ面を見せるシグレが、うとうとしているのに気付いた俊は、精一杯手を伸ばして毛布を手に取る。

 

 タブレットで作戦報告書を呼んでいる俊は、膝の上に座り、胸襟を枕にする彼女に、毛布を掛けてあやす。

 

「ぅ、うぅん……」

 

 悩ましげに身を捩るシグレの慎ましやかな胸の感触に気付いた俊は、突然尻尾を振り始めた彼女にふくらはぎを叩かれる。

 

 夢を見ているらしい彼女は尻尾を振りながら、だらしなく笑っていた。

 

「何の夢見てんだよシグ……」

 

 呆れ気味にそう言った俊は、冷めたコーヒーを飲むとうなされているシルフィに気付いた。

 

 伸ばされた手を掴み、せめて悪夢が和らぐ様に力を込めた俊は、寝ぼけたシグレに腕を噛まれた。

 

「痛ってぇ!」

 

 思わず叫んだ俊は、我に返って口をつぐみ、その場を見回した。

 

 寝ぼけるシグレが甘噛みする以外に何ともないその場に胸を撫で下ろした俊は、目を覚ましているシルフィと目が合い、手を放した。

 

「シュンさん?」

 

「あ、すいません」

 

「いえ。それよりも眠っている間、私の手を握ってくださったのですね」

 

「シルフィ王女の夢見が悪そうだったので、思わず」

 

「そう、ですか。偶然ですね、当たってました」

 

 そう言って手を掴んだシルフィが泣いているのに、俊は表情を曇らせる。

 

 ボロボロと涙を流す彼女が、毛布を跳ね除け、抱き着いてきたのを、俊は片腕で受け止める。

 

「私は……メイを、救えなかった。ただただ、無力に囚われているだけで、何も……」

 

「シルフィ王女……」

 

「恐怖に駆られて、足がすくんで、何も出来ないまま、私は親友が自由を奪われるのを受け入れるしか無かった」

 

 インナーだけの制服に顔をうずめ、泣きじゃくっているシルフィを軽く抱いた俊は、やるせない気持ちになって吐息を吐く。

 

「俺達だって、そうですよ。王女と一緒です。救えるだけの力があっても、お二人共を五体満足で救出できなかった。そもそも、王女の誘拐も、防げたはずです。

恐怖を抱かなくても、足が竦まなくても、俺達には何も出来なかった」

 

 王女を抱き寄せ、涙を流す顔を見せない様にしながら俊は声を震わせる。

 

「何かできていれば、俺は、俺達は、あなたにこんな思いをさせずに済んだかもしれないのに。それなのに」

 

「では、私達は、似た者同士ですね」

 

 涙を落とす俊を抱きしめたシルフィは、静かに泣く彼に微笑んだ。

 

 その様子を、温かいコーヒーを手にしていたシュウが見守っていた。


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