僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

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第11話『本当の自分』

 まぶしい何かを感じた後に、目を覚ました隼人は白い天井と対面した。

 

 雨を降らせていた曇天も、焼ける様に熱かったアスファルトの感触もどこにもない。

 

 あるのはベットのぬくもりと、無機質な蛍光灯の明かりだけ。

 

「ここは……病院……?」

 

 服が脱がされ、包帯に包まれた上体を起こし、周囲を見回した隼人は、ベットに突っ伏しているレンカを見て少し動揺し、見た目には怪我が無い様に見える彼女を覗き込んだ。

 

『彼女さんがそんなに心配?』

 

 茶化す様な口調に振り返った隼人は、ベットに腰かけてくすくす笑う少女に半目を向けた。

 

『あぁん、そんなに怒らないでよ。ほら、茶化すつもりじゃなかったし』

 

「その言い方がすでに茶化す口調だ」

 

『あー、あはは。そうねぇ。まあ、何にせよ私はあなたがその子を殺すのを待ってるんだけどねぇ。ねえ、殺すの?』

 

 そう言って覗き込んでくる少女から視線を逸らした隼人は、胸の中でうずく二つの感情に戸惑い、迷っていた。

 

『あっ、分かった。あなた迷ってるんでしょ~。優柔不断はいけないなぁ。さっさと殺しちゃいなよ』

 

 そう言って少女は隼人の右肩に両手を置いて甘くささやき、彼の左手に視線を動かした。

 

 独りでに動いた左手がレンカの方へ伸びていくのに目を見開いた隼人は、殺意を沸かせながら少女の方へ振り返る。

 

「勝手な事をするな!」

 

 大声で叫んでいた隼人は、いつの間にか消えていた少女に気味の悪さを感じ、周囲を見回す。

 

「隼人……?」

 

 殺気立っていた隼人は、宙を泳いでいた左手に収まったレンカの頭に驚いて手を除け、眠気眼の彼女と対面する。

 

「体は、大丈夫?」

 

 そう言われて全身を見回した隼人は、眠そうに眼を擦った彼女に頷いた。

 

「お前、どうして俺のベットに? 他の連中は?」

 

「社長さんに呼ばれて共用スペースに行ってるわ。何でも、あそこでテロを起こした連中が、開発途中の第三ウォーターフロントを占拠したらしいの。もうすぐ戻ってくると思うけど」

 

「そうか、戻ったら詳細を聞かないとな……」

 

 そう言って体を沈めた隼人は、暗い表情のレンカに顔を向け、うじうじとしている彼女の頭に手を置いた。

 

「どうしたんだ? らしくないぞ、そんな暗い表情をして」

 

「だって、回収された時のアンタの事を思い出せば、当然じゃないのよ……。体もボロボロで、フレームだって修理に出されたのよ!? 死んでるみたいで、怖かった……。怖かったのよ! 馬鹿!」

 

「レンカ……」

 

 泣き出す彼女を慰めた隼人は、背中に感じた気配に振り返ると、慈愛を浮かべた顔でレンカを見下ろす少女がいた。

 

『あらあら、可愛い子ね。幼いって言うのかしら。あなたの事、相当心配してたみたいねぇ』

 

 そう言って少女は、レンカの頭に軽く触れるが感触が無いのか、レンカはその事に気付いてはいない様だった。

 

『今のあなたがどんな事になってるのかも知らないのにねぇ。あははははっ。さあ、殺しちゃいましょう? そしてあなたの絶望を見せて』

 

 頬に軽くキスをした少女から、すい針の様な鋭い痛みが走ったその後に、隼人の目と視界が赤く濁って、周囲の色が黒に変わる。

 

『ほーら、純情な女の子が泣いてるわよぉ。あなたみたいに地獄を見ずに育った子。憎いわねぇ、苦しんだ事も無いでしょうに』

 

 そう囁く少女だけが正常な色で隼人の前に姿を現し、レンカの両肩を叩く。

 

「隼人?」

 

 きょとんとした顔で、泣き腫らした目を向けてきたレンカに、殺意を抱いた手を伸ばした隼人は、彼女の首を掴んだ。

 

「お前も、苦しめ。そして、死ね」

 

 言葉を告げて、隼人はレンカの首を締め上げる。

 

 突然の事に戸惑う彼女は、万力の様に動かない隼人の手を叩いて抵抗する。

 

 だが、非力な彼女の力では彼の腕はびくともせず、ブリーフィングが終わったのか戻ってきた武達に助けを乞う視線を向ける。

 

『あーらら、仲間が帰ってきたみたいよぉ?』

 

 そう言って微笑んだ少女に一度目を向けた隼人は、驚いている武達を睨みつける。

 

「お前、何してんだよ!? レンカを殺す気なのか!?」

 

 武のその一言に殺意に傾いていた隼人の心が揺れ、レンカの首を掴んでいた力が緩む。

 

(俺は何をしようとしてる? 昨日までの自分を……。今まで生きてきて出来た仲間を、否定してるのか?)

 

 ベットの片隅にしゃがみ込み、咳き込むレンカを見下ろした隼人は、跳ねあがる心臓を押さえて苦悶を上げる。

 

「隼人!」

 

 そう言って駆け寄ろうとする武と彼に続こうとした楓を、浩太郎が引き留める。

 

(俺の事を、信じて、恋慕して、寄り添ってたレンカを……。俺は……、否定したいのか?)

 

『否定しなきゃ、世界は壊れないわよぉ?』

 

(俺は……、俺は……)

 

 ベットから転がり落ち、暴れる鼓動を腕から聞いていた隼人は、遠のいてミュートになった周囲の風景に、言い争う浩太郎と武の姿を見た。

 

(親友だった武達も、ずっと恨んで、生きていたのか……?)

 

『そうそう。恨んでたんだよぉ? あなたが、昨日までのあなたが知らない内にね』

 

(じゃあ、俺は……。守ると、誓った仲間すら、俺の居場所すら恨んで、生きていたのか? じゃあ、俺はもう、一人でいるしかないのか……?)

 

 モノクロの風景が正常に傾いていた彼の意識は、石膏の様に砕け散り、隼人の心は許容量を超えた。

 

『壊れた! 壊れた! あっはははは! 我慢できなかったのねぇ、あなたは。どちらも譲れない、だけどどちらも捨てれない。だから……壊れるしかなかったのねぇ。ああ、最高』

 

 ベットに腰かけた少女が見ている傍で、狂気が全てを飲み込み、目を開けた隼人の体がゆらりと起き上がる。

 

「く、くくくっ」

 

 可笑しい、全てが可笑しい。

 

 俺は世界を恨んでいたのに、どうして昨日までの俺が俺自身を苦しめる?

 

 どうして、苦しいと感じる?

 

 一人じゃないから?

 

 仲間がいるから?

 

「はっ、はははっ。壊れろ、お前ら全員……。俺の前から消え失せろ!」

 

 そう叫び、背中から狂気の乗った魔力を迸らせた隼人は、戸惑う武達を睨み据える。

 

「何だよ……!? 本当にどうしちまったんだよ! 隼人!」

 

 悲痛な武の叫びに隼人は、狂気を孕んだ笑みを返す。

 

「俺はあるべき姿を取り戻しただけだ……。だけどなぁ、俺は苦しいんだよ、武。お前らのせいで、昨日までの俺が、あるべき姿を否定する様になるからさ!」

 

「あるべき姿ってなんだよ……。昨日までのお前ってなんだよ!? お前はお前だろ!?」

 

「違うな、違うんだよ武。俺は、世界を恨んでいた。そして、その事を忘れて生きていた。その結果がどうだ? 世界を壊す前に、まず自分自身を壊す事になった」

 

「世界を、恨んでいた……? 世界を壊す……? どうしてだ、どうしてそんな事する必要がある?!」

 

「言った所で理解も得られん。だから、もう……終わらせよう」

 

 そう言って、拳を構えた隼人に後退った武は、間に割り込み、銃を構えた浩太郎に目を見開いた。

 

「じゃあ、君が……君自身が、散るべきだ」

 

 そう言って銃口を向ける浩太郎に、隼人は動揺を孕んだ恐怖を表情にする。

 

「昨日までの君が、俺達にとっての君だ。昨日までの君を、あるべき姿が否定するなら……。俺は、引き金を引いて終わらせる」

 

 銃口を向けられ動けない隼人を前に、引き金を引こうとした浩太郎は、割って入ったレンカに発砲を躊躇した。

 

「そこを、どいてくれ。レンカちゃん」

 

「やだ。退ければあんた、隼人を撃つんでしょ。そんなのさせない。こいつは、隼人は、私が好きにするんだから」

 

「そんな冗談を言っている場合じゃ!」

 

 そう言って銃口を隼人の頭に向けた浩太郎は、レンカの意図を汲んだカナに銃を押さえられた。

 

「ここは、私に免じて。彼女を信じてほしい」

 

「カナちゃん……」

 

「レンカは、きっと隼人を正気に戻せる。だって、馬鹿だから」

 

 そう言ってレンカの方へ視線を向けたカナは、少し落ち着いた様子の浩太郎に少しばかりの微笑を向けた。

 

 彼女の視線の先、目を赤く濁らせ、苛立った表情の隼人と向き合ったレンカは、負けそうな心を奮い立たせた。

 

「何のつもりだ、レンカ……」

 

「アンタと、話をするつもりよ」

 

「……お前と話す事なんてない。俺は、一人になるんだ。苦しい思いをしないで済む様に」

 

 そう言って片目に赤を残した隼人は、苦しげにレンカから視線を逸らす。

 

「その思い、どうして分かち合おうとしないのよ。どうして一人で抱え込むのよ。一人で抱えるから、一人でいなきゃいけなくなるんじゃないの?」

 

「お前らには理解できないし、受け入れられもしないからだ。俺はずっとそうだった。誰にも理解されず、拒絶されて苦しんで、孤独だった。もう、あんな思いは嫌だ」

 

「私達が受け入れないって、どうしてそう決めつけられるのよ」

 

「家族に、銃を向けられたからだ!」

 

「え……?」

 

 どん、と突き飛ばされたような衝撃を、レンカは体に感じ、暗い隼人の表情に全員が戸惑った。

 

「胸の苦しい思いを、家族に拒絶され、俺は殺されそうになった! それでもお前は……自分自身の苦しみを吐き出せるか……?」

 

「隼人……。アンタ……」

 

「俺は両親をテロリストに殺され、テロリストを殺して生き延び、心に傷を負った。苦しかった。辛かった。でも、その思いを……引き取った祖父母は、父方のも、母方のも、世論の批判に潰されて拒絶した。

俺の居場所は、俺の思いの受け皿は、どこにもないんだよ。もうこの世界のどこにも、俺の居場所は無いんだ。この世界では皆、俺とは別の世界に生きてて俺のいる場所を容易に壊していく。

だから俺はこの世界を壊して、俺の居場所を作る」

 

 そう言って拳を握った隼人に、レンカは頬を膨らませ、彼の首に飛び付いた

 

「そんなのいらない。アンタの居場所は私よ。私の傍にいればいい! アンタが私の居場所なんだから。私はアンタの居場所、だからアンタ一人だけの世界なんて必要ない! それも否定するなら私はアンタの傍でねちっこくストーキングしてやる!

悲鳴上げるまでずっと張り付いてやる! 殴ろうが蹴ろうが、認めるまでずっと!」

 

 そう言って頭突きを打ち込んだレンカは、額を押さえながら着地するときょとんとしている隼人に指を指す。

 

「良いわね!」

 

 そう言って涙目を吊り上げたレンカに、狂気の抜けた隼人は、ベットにへたり込みながら笑う。

 

「馬鹿だな、お前は。どんな理屈も聞きやしない。最高に頭の悪い奴だ」

 

「ふふん、そうでしょ?」

 

「ああ」

 

 そう言って笑みを返したレンカに、隼人は笑いかけ、そして頭痛に苦しんでベットに伏した。

 

『だから、殺したくなるのよねぇ』

 

 隼人の背中から励起した魔力。

 

 それが少女の型を成し、声を発する。

 

 その光景に驚いた全員は、独りでに動いた隼人の右手がレンカの首に伸びたのを見る。

 

『本当はこういう事、したくないんだけどさぁ。私の楽しみを奪っちゃったから、その責任を取ってもらわないとねぇ』

 

「や、めろ……。貴様、俺の狂気を吸って……!」

 

『あはは。だってぇ、私、あなたが破滅する所見たかったんだもん。面白そうだったのにぃ。だからあなたの狂気をリザーブするしかなくなっちゃったのぉ。ぷぅー』

 

 そう言って子どもの様に頬を膨らませる少女は、怯えるレンカと手出しできない武達を嘲笑い、ゆっくりと締め付けさせる。

 

『ほーら、抵抗しないと死んじゃうよぉ?』

 

「止め、て……」

 

『あはは! 何? 私に命乞い? かんわいい~。お子ちゃまねぇ。助かりたいなら、隼人君の腕を斬り落とせばいいのにさぁ。甘い、甘いねぇ』

 

 そう言って嘲笑う少女に、レンカは恐怖し歯を鳴らしながら、抵抗しているらしい隼人を見下ろす。

 

『さあ、どうするの? 腕、斬っちゃう?』

 

 そう言って笑った少女に覗き込まれ、レンカは目を逸らし、抵抗をあきらめた。

 

 その時だった。

 

「それには及ばないわ」

 

 高圧的な一言の後に、放たれた光弾が少女に直撃した。

 

 目を見開く全員の視線が術式を放った咲耶に向き、やれやれと嘆息する彼女が苦しみだした少女に視線を向ける。

 

「念の為にこっそり医療用術式スキャンをかけて正解だったわ。隼人君の暴走はあなたが原因だったのね、ダインスレイヴ」

 

『あっはは、ばれちゃったかぁ。まあ、あれだけ派手に暴れさせればそうなるかぁ』

 

 片腕を突き出す咲耶に、わずかに恐怖を浮かばせながら笑った少女は、かすれていく体を見下ろす。

 

「しばらく大人しくしててもらうわ。少なくとも、今はね」

 

『それでも良いかなぁ、まあ何しようが無駄だしねぇ。うふふふふっ』

 

「くっ、忌々しい」

 

 そう言って舌打ちした咲耶の目の前で少女が消滅し、隼人の腕が地面に向けて垂れ下がる。

 

「間に合ってよかったわ。あなたのフレームのOSが術式による干渉で破損してたのに気付いて寝てる間にスキャンを掛けたの。それで、この事を突き止めた訳」

 

「そうか……。相変わらず有能だな、アンタは……。それに合わせ、その対抗術式も組み上げてきたって訳か」

 

「正直、生身に打ち込めば効果が薄くて心配だったんだけど、幸いにもそこのバカ猫ちゃんがあなたから魔力を剥がしてくれてね。直接打てたって訳」

 

 そう言って笑った咲耶に、正気に戻った隼人も笑い返す。

 

 その二人のやり取りをきょとんとした様子で見ていたレンカ達は、いまいち状況を掴めていなかった。

 

「あの。質問が二つほど」

 

 そう言って手を上げたのは肩に『レミントン・ACR』アサルトライフルを下げたリーヤだった。

 

「何かしら」

 

「まず一つ。あなたが言っていたダインスレイヴと言う言葉と、隼人君の傍にいた女の子に何の関連が?」

 

「そうね、まずダインスレイヴについて教えましょうか。ダインスレイヴは、地球の歴史で言う所の中世に製造された魔剣。現在のクラス区分で言う所の大魔術式武装に当たる代物よ。効果は切りつけた相手に致命傷を負わせる事。

でもね、その代償として使用者の意識に強烈な殺意を生み出してしまうの。そして、その殺意に呑まれた人間は狂化し、一欠片の理性を残してダインスレイヴの操り人形になる」

 

「じゃあ……隼人君が、レンカちゃんを襲ったのも……」

 

「見てないけど、多分そう。ダインスレイヴの仕業ね。最も、隼人君は心理状態も含めて特殊だから一概にそうは言えないんだけど、まあ絡んでいるのは確実ね」

 

 そう言って嘆息した咲耶に、リーヤは納得の声を漏らす。

 

「それで、ここからはあの女の子の話になるんだけど。あの子は隼人君の体内に残留しているダインスレイヴの魔力。その実体。体内構成そのものは闇属性で出来ているわ。つまり、光属性に弱い」

 

「だが、現状、抑制するのが限界って事か」

 

「ええ。そうよ。そして現状それ以外に打つ手がない。それが今の技術で出来る限界よ。残念だけどね」

 

 そう言って唇を噛み締める隼人を見下ろした咲耶は不安そうなリーヤ達に視線を戻す。

 

「さて、二つ目の質問は?」

 

「はい。どうして咲耶さんは術式を行使できたのですか」

 

「ええ、それは簡単。この、フレーム一号機『スパルタンフレーム』の術式処理ユニットのおかげよ」

 

 そう言って上着を脱いだ咲耶は、空色に染められたフレームを露出させる。

 

 腰にホルスターが装着されたフレームの背中、ちかちかと一定のパターンで瞬くユニットを彼女は指す。

 

「アンタが一号機を使ってたのか。さっきの一撃、違和感は感じていたが術符じゃなかったんだな」

 

「そうよ。それに、あなた達に会う時はずっと来てたんだけどねぇ。ほら、荷物運搬に使ってたのよ」

 

「そんな事に試作品を使うなよ……」

 

 そう言って笑う咲耶にため息を吐いた隼人は、その瞬間に感じた激震に驚き、立ち上がった。

 

「爆発か?!」

 

 そう言って窓の方に駆け寄った隼人は、一階のロータリーに見える炎上したタクシーと遠く聞こえる銃声、小さく瞬くマズルフラッシュに舌打ちし、武達の方を振り返った。

 

『にゅ、入院中の皆様! 当病院が何者かに襲撃されました! 急いで避難を―――』

 

 院内アナウンスが途切れ、舌打ちした隼人が外に出ようとするのを、ヴェクターを構えた浩太郎が遮った。

 

「君はまだ、入院扱いだ。それに、武器も無いんだろ?」

 

「あ、ああ。だが、俺にも何か……」

 

「待っててくれ。それだけでいい。もどかしいだろうけど、今の最善はそれだから」

 

 そう言って武達を連れて下の階へ降りていった浩太郎を、隼人はただ無言で見送った。


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