それから一時間後、国連部隊に回収された俊達は、ブリーフィングルームでそれぞれ苦々しい表情を浮かべていた。
「ケリュケイオン、ユニウス。両部隊ともロンゴミアントの回収、ご苦労だった」
そう言い、タブレットを掲げたアキナは、黙々としている全員にため息を落とすと、蒸しタバコをふかすカズヒサを見下ろす。
「ここは禁煙です、リベラ大隊長」
「おいおいあっちゃん、言うに事欠いてそれかぁ? まあ、いいや。これは俺の仕事だからな。おい、高校生共、何しけた顔してんだよ」
「ちょ、ちょっとカズヒサ!」
予想外の言葉に思わず素が出たアキナは、それを横目に見て笑っているカズヒサにムッとした。
「聖遺物は回収した。それで俺達の仕事は完了だ。なのに何で、明るい顔できないかね?」
「だって、王女殿下が」
「そいつはNEUの連中に任せればいいだろ? それともなんだ? お前ら全員、私情に駆られて助けに行きたいのか?」
そう言ったカズヒサは、一人達観した様子でそっぽを向く隼人を除き、言い淀む俊達を見回す。
「それは……」
「だったらそう言えよ、その為の俺だぜ?」
「兄貴……」
「それに、王族もお前らに助けに行けって言うだろうしな。ま、お前らは準備を進めとけ」
「お、おう」
戸惑いがちな俊に、ニヤッと笑ったカズヒサは、眉をひそめるシュウと隼人の視線に気付いた。
「どうした、お前等」
「大隊長、どうしてそんな場所が分かっている前提で話をされているのです」
「お、気付いたかぁ。目ざといなお前らは」
「誤魔化さないでくれ。一体アンタはどうやって調べる気だ?」
「そいつに付いちゃ企業秘密だなぁ。ま、気にしない方が良いぜ?」
そう言って、けらけら笑ったカズヒサは怪しむ二人に携帯端末を見せ、それを説得の理由とした。
「場所の特定にはしばらくかかる。早くて明日の夜だ。まあ、そっちの方が都合良いだろうけどな」
「そうとも言えないかもしれません。今の俺達にとっては時間こそが最大の障害だ」
「そりゃそうか。連中がジュネーヴ条約を守るとは思えんしな」
「ええ。それにオーク共が王女を捕虜とみなしているかすらも怪しい。つるし上げか、見せしめか、はたまた下衆共の玩具にされるか。
いずれにせよ、ろくでもない扱いをされるのは目に見えている以上、時間をかける訳にもいかない」
「そうだな、じゃあ俺の方も急ぎで特定する様にする。じゃあ、後よろしく」
携帯端末を操作しながらその場を去るカズヒサを見送った隼人は、俊の方を振り返る。
「随分と面倒な事をぶち上げたな俊」
「あ、悪い」
「いや、良い。どうせやる事になるんだ。だったら早い方が良い。損はするがな」
そう言ってテーブルに飲みかけのコーヒーを置いた隼人は、任務上がりの休憩として思い思いの飲み物を飲んでいる面々を見回す。
リラックスしているとは程遠い表情を見て、一つ息を吐いた隼人は回収後に襲撃してきた地球連邦軍の存在を思い出していた。
(桐嶋賢人に続くAAS部隊……。あいつほどの動きではないとは言え、今の俺達には脅威だ)
そう考えながらコーヒーを口に含んだ隼人は、激闘の疲れからか寝ているアキホと香美に気付く。
「まあ、考え込んでも仕方ない。各自、命令あるまで解散だ。自由にしろ」
そう言って隼人はその場にいた面々を解散させた。
それから十数分後、隼人達男子は避難所前の道路でキャッチボールをしていた。
「まだ運動する気とか、男子は元気だねぇ」
タブレットで、同人即売会用の原稿を確認しながら、そう呟いたミウは、隣でシナリオを書いている美月を見上げた。
腕で巨乳を持ち上げる様にしてタイプしている彼女は、一息入れる為に持ち込んだ紅茶を一口飲んだ。
「そうでもしないと、気分が晴れないんでしょ。私達のようにね」
深く息を吐き、PCを置いた美月は、自身の周囲で思い思いの休憩を取っている少女達を見回す。
プログラムの改良を終え、新型のアサルトドローンを飛ばしたハナは、自立駆動で周囲を精査しているそれのステータスを確認する。
「オートカバーモード良し、IFF認識問題無し、カウンターオーバーライド良し。ラジオコントロールモード、良し。えへへ」
嬉しそうにドローンを見上げるハナを見ていた美月は、まるで新しいおもちゃを見せるように動かしてきた彼女に苦笑する。
「ミィちゃん、見て見て!」
「あら、新しいドローン?」
「うん、お姉ちゃんからもらったの」
そう言って八の字軌道を取らせたハナは、感心している美月へ少し悲しげに笑う。
「少しでも戦力が増えれば王女様を助けるのも、楽になるのかなって」
「ハナ……」
「あの時、私気絶しちゃって。シュウ君達の足を、引っ張っちゃったから。今度こそは」
そう言って、腰のDEに触れたハナは、表情を曇らせる美月に強がって見せる。
「私は、皆みたいに強くないから。頑張らないと」
「頑張ったら、死ぬよ」
肩を竦ませたハナに、タブレットを傘にしていた楓がぴしゃりと言う。
「自分が出来る以上の事をしたら、死ぬ。戦場ってそう言うもんだよ」
「でも、私は」
「弱いって自覚できてるなら、それなりに戦えばいいんだよ。それで誰も責めないし」
「だけど……」
「弱いからって、シュウちんはハナにゃんを責めたの?」
そう言ってニッと笑う楓は、戸惑うハナから目を逸らした。
「ハナにゃん以上に、シュウちんが一番分かってるよ。だから、責めたりしないし、必要以上に戦わせたりしない。だから、AAS戦とか、冷や冷や物だったと思うよ?
そんなに頑張らせるつもりもなかっただろうし、頑張っても欲しくなかったんだと思う」
同意して黙っているレンカ達を流し見てコーラを一口飲んだ楓は、パス回しに興じる武達の方を見る。
でもさ、と前置きを置いて。
「うちらも同じコンプレックス抱いてたから、気持ちは分かるんだよね」
そう言って苦笑した楓は、少し暗い表情を浮かべて手元に目を落とす。
「守られてるばっかりが嫌なのは、みんなそうだよ。でもそれで無茶するのは、誰も望んでない。私もさ、1年前くらいに無茶やらかして、男子達にすんごい怒られたんだよね。
くだらない事で死ぬ気かって、さ」
そう言って苦笑した楓は、ドローンを戻したハナに視線を向ける。
「だからうちらは迷惑かけない様に、生き残るだけだよ」
そう言って楓は笑い、水分補給しに来た武にコーラを渡す。
「ま、暗い事言ってもしょうがないけどさ!」
そう言って楓はゲラゲラ笑う。
そんな彼女を見てため息を吐いたハナは、手に持ったドローンを握りしめる。
(私、どうしたらいいんだろう)
そう思いながら、彼女はシュウの方を見つめていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
同時刻・エルフランド領内某所
「う……」
じめじめとした匂いと湿気を感じ、シルフィは目を覚ました。
「ここは……?」
気だるく重い体を起こし、薄暗い岩づくりの部屋を見回した彼女は、記号の様に置かれた粗末な寝床と、簡易便所らしい木製のバケツを見て、ここが牢獄だと理解した。
軽軍神とも取れない、あのパワードスーツの兵士に連れ去られた所まで思い出したシルフィは、傍らで気絶した侍女を思い出した。
「メイ!」
届くとも思えぬ声だったが、言わずに入れず、立ち上がった彼女は、そこで自らの手足にかけられた手錠に気付いた。
最低限動ける程度の間隔しか取れず、慣れない制限にバランスを崩した彼女は、木製のドアの向こうから聞こえる、小さな足音に身を竦めた。
コンコン、とくぐもったノックの後に、覗き窓が開かれる。
「起きた?」
そう言って木製のドアが開かれ、『HK・MP7』短機関銃と『HK・USP』自動拳銃を下げた美沙里と、三人の幼女が牢獄へ入ってくる。
「食事よ、お姫様」
そう言って石造りの空間には似合わない金属製のトレーが、石を積んだだけの粗末な机に置かれる。
固形食と牛乳のみが置かれたそれを見たシルフィは、自分の周りではしゃぐ二人の幼女を流し見る。
「お姉ちゃん、お父さん達に捕まったの?」
純粋無垢な表情で見てくる彼女らに苦笑したシルフィは、目くじらを立てて諫める美沙里を見上げる。
「あなたは……」
「覚えてないでしょ。一昨日、あなたと国連軍の人を助けたパワードスーツのパイロット」
「はい。声に覚えがあります。岬さんを、殺そうとしていた方、ですよね」
そう言って俯いたシルフィは、傍らで見守る少し背の高い幼女を撫でる美沙里に、微笑む。
「憎くないの? 私は、あなたの仲間を殺そうとしたんだよ。大怪我も負わせた、なのに……」
「では何故、あなたは私にそう言うのですか?」
「それは……」
口ごもる美沙里に、笑いながらシルフィは、話を続ける。
「そんな人間を、恨めと言われて恨む事等、出来ません。例え、私の仲間を殺そうとしているとしても」
言って、顔を上げた彼女は、少し泣いている美沙里に申し訳なく思いながら、食事に手を付ける。
その時、空いていたドアからノックの音が鳴る。
「もしもし、お話が長くない?」
そう言って入り口を塞ぐ様に、ヴァイスとブラックが立っていた。
「ヴァイス……。ブラックも」
「あんまりこんな所にいると、病気になるわよ。ほら、舞衣も、美波、美秋も。皆上に上がりましょう?」
「うん……」
戸惑いがちに頷く美沙里に微笑んだヴァイスは、彼女とブラックに舞衣、美波、美秋と呼んだ幼女達を任せ、自身は牢に残った。
「随分と楽しそうだったじゃない? お姫様」
そう言ってヴァイスはシルフィの髪を掴む。
「けどね、ここは修道院じゃないのよ。あなたはただの囚人。教えを説ける様な立場じゃないのよ?」
そう言って手放したヴァイスは、くすくすと笑いながらシルフィを見下ろす。
「まあ良いわ、賢人からあなたへ伝言を頼まれたから」
「伝言……?」
「そう、伝言。じゃあ、早速教えるわね。まず一つ目。この戦争の裏であなたのお兄さんがオークと結託して戦争を終わらせようとしている。敵に交渉するとか、何を考えてるのかしらね、あのバカ王子」
「お兄様が……オークと……」
「呆然自失の所、悪いけど二つ目。賢人が国連の構成員にここの事をリークした。直に救助が来るでしょう。良かったわね」
そう言って笑うヴァイスは、希望を目に宿らせたシルフィに、くすくすと笑いながら、顔を近づけた。
「そして、三つ目。これは私から。あなたのお付きの子だけど。死なせた方が、マシかもねぇ」
「どう言う……意味です?」
「それはあってのお楽しみ。私はあれ、立ち会ってて楽しかったけどね」
「まさか……」
「あっは、急かないの。まあ、救助される時のお楽しみ」
そう言ってヴァイスは、不気味な笑みを浮かべ、シルフィの頭を撫でる。
「じゃあ、また会いましょう。哀れなお姫様」
ケラケラと笑い、扉を閉めたヴァイスの笑い声は、シルフィを恐怖させ、絶望の底へ落とすには十分だった。