僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》   作:Sence

106 / 113
第50話『後悔と現在』

 数時間後、一人聖遺物回収に向けて準備を始めた隼人は、路端で寝ている面々を流し見ながら必要な物をリスト化する。

 

「武器や装備は使ってたやつで良いか……」

 

 日も頂点まで登ろうかという時間でも静まり返っている避難所で必要な物を探る隼人は、背後の足音に気付き、予備のナイフを手に取って振り返った。

 

 振り返った先、紙コップを二つ持った浩太郎が立っており、ため息と共に受け取る。

 

「お前、起きてたのか?」

 

「戦闘の間、ずっと付きっきりだったからね。目が冴えて、眠れもしなかったし」

 

「そうか。容体は?」

 

「止血は出来たよ、傷口も、獣人だから再生が早くて治り始めてる。けど、ブレードが神経まで切ってた上に出血量が多くてね。基地に戻して、再生術式治療を受ける予定だよ」

 

「そうか。じゃあ、しばらくは実働から外す事になるな。……ああ、もちろん、お前もな」

 

 そう言って、コーヒーを飲んだ隼人は目を白黒させる浩太郎に苦笑する。

 

「睡眠不足の奴を連れていくほど、人手不足でもないし、馬鹿でもない。カナと一緒に先に基地に戻っておけ」

 

「でも、俺は」

 

「許嫁のお前が、あいつを一人にするなよ」

 

 そう言って、コップを置いた隼人は浩太郎の肩を叩く。

 

「でも、俺は……。美南の事を忘れて……幸せに、なって……」

 

「あの子に何言われたかは知らんが、だからって簡単に手放して良いもんじゃないだろ」

 

「隼人君……」

 

 空のコップを手に苦笑した隼人は、戸惑う浩太郎に一つ息を吐く。

 

「手放した幸せは二度と帰っては来ない。戻ったとしても、それは似た様な何かだ。俺も、お前も、それはよく分かってる筈だ」

 

「だけど……」

 

「俺もお前も、所詮過去に縛られた男だ。だけど、今が無い訳じゃない。今、守れる幸せが掌にあるなら、守っても良いんじゃないか?」

 

「それを誰かに、恨まれてもかい?」

 

「俺達も恨んでいたんだ。恨まれるくらい、どうって事無いだろ?」

 

 そう言って笑う隼人は、曇った表情の浩太郎を見ると立ち上がった。

 

「まあ、何にしろ、お前は先に戻ってカナの看病をしろ。その間に仕事を終わらせて、お前に決着をつけさせてやる」

 

「決着って……。どうやって」

 

「あの子の所属している部隊は、新関高を襲った連中だった。そして、狙いはロンゴミアント。それも、俺達が入手してから強奪する気らしい。なら、話は簡単だ」

 

「聖遺物を餌に、引っ張り出す気? 正気かい?」

 

「ああ、正気だ。それに、俺もあいつらに話があるんでな」

 

「話……ああ、ダインスレイヴ」

 

「そうだ。あれを取り戻すためにも、俺は奴らを倒す必要がある。そのついでに、お前は決着をつけろ」

 

「無茶苦茶な話だね……」

 

 そう言って笑う浩太郎に笑い返した隼人は、早速1セット大破したラテラの予備を確認する。

 

 残り2セット、武装を含めての数を見た隼人はこの後の作戦を考え始めた。

 

「さて、俺は準備をしてくる。お前は輸送準備か、休むかしておけ」

 

「了解」

 

 コップを渡し、入り口に向かった隼人は、襲撃で殆ど大破したアーマチュラの状況を把握して、輸送作戦を考えていた。

 

(全員のアーマチュラを破棄した上で、再装着させるべきか……?)

 

 そう考え、端末を操作していた隼人は、現状使用できる車両を調べるとその必要が無い事に気付く。

 

(一応車両は全部使えるのか……オーク共の侵攻方向とは真逆に止めてたのが幸いしたな)

 

 安堵の息を吐いた隼人は、固まって寝ているレンカとアキホと香美の元へ移動する。

 

 団子になってすうすうと寝息を立てている三人の傍に座り込んだ隼人は、戦火の最中にいたとは思えない程に安らかな寝顔を見つめていた。

 

(あの時……)

 

 村の奪還作戦の時を思い出した隼人は、僅かに発動しかけていたダインスレイヴの術式を思い出していた。

 

(発動しかかったが、今回は起動しなかった……)

 

『教えてあげようか?』

 

(スレイ……!)

 

『ふふっ、今回は、大人しく見てたけど、そろそろ私が出てくる必要がありそうね』

 

(どう言う事だ)

 

 内心でそう返し、睨んだ隼人は、宙を泳ぐスレイに笑われる。

 

『極限状態と返り血であなたが宿してるダインスレイヴが抜剣しかかってるのよ。たまたま血を浴びなかったから、さっきの戦闘じゃ発動しなかっただけ。

ここから先、一滴でも血を浴びれば、ダインスレイヴは起動する』

 

(起動そのものをお前が制御する、と?)

 

『いいえ、それは出来ないわ。起動する事その物は止める事も、遅延させる事も出来ない。私が制御するのは起動後の出力。あなたが使いやすい様に出力を制御するわ。

バックファイアで苦しまない程度の力で、ね?』

 

 そう言ってクスクスと笑うスレイは、苦々しい表情の隼人の頬に触れる。

 

『でも、そうも言えないみたいね』

 

(……お前にも、因縁があるだろう。あいつには)

 

『ええ。でも、あなたほど深刻には考えてないわ』

 

(そうか。忌々しい)

 

『あっはは。お生憎様、精霊にとって、剣なんてただの器よ。依り代さえあればずっと生きていられるわ』

 

(つまりあの剣自体に力は無い、と?)

 

『ええ、ただ、長くいたせいかあれが一番馴染むんだけど、その程度の代物よ、あれは』

 

 そう言って中でくるりと身を回して見せたスレイは、額を押さえる隼人にまた笑った。

 

『あら、もしかしてがっかりさせちゃった?』

 

(うるさい、黙れ。お前の話を聞いた所で、目的を変える気は無い。剣を奪還し、お前を封印する)

 

『あら、怖い怖い。せっかくの自由も謳歌させてくれないなんて』

 

(立場を弁えろ魔剣妖精風情が。お前のせいで、どれだけ犠牲が出たと思っている)

 

『ええ、知ってるわ。その上で、自由を謳歌するの。それが今までしてきた事なんだから』

 

 そう言って傍らに座り込んだスレイに、睨み目を向ける隼人は、ノイズの様に走った赤い世界に歯を噛む。

 

『あなただって、私と変わらない筈よ? 他者の命と引き換えに自由を謳歌している。

死んだ人間の血で、自分が進む道を塗り潰して、ね?』

 

 そう言い、隼人の肩に身を預けたスレイは、嫌そうな顔をしている彼を見上げて微笑む。

 

 腕を浅く抱き、甘える様な仕草で引っ付くスレイから顔を背けた隼人は、同族であると自覚できる自分が嫌になっていた。

 

『じゃあ、戦いになったらまた出てくるわ。それまで、あなたの中で』

 

 そう言ってスレイの姿は消え、活性化が進んだ術式に苦悶を漏らした隼人は、また走る赤い世界に呼吸を荒げる。

 

 村の捜索で見た無数の死体、村人だったであろう人々が避難所の天井に吊り下げられ、一斉に隼人を見ていた。

 

 どうして助けてくれなかった、と呪詛を吐きながら。

 

「……ッ!」

 

 負荷を抑えるべく、アンプルを刺した隼人はすぐに晴れた視界に安堵した。

 

 救う気が無い、と言えばそうだ、と証明以外何もない天井を見上げた隼人は、広げた手を掲げた。

 

 自分が抱くのは世界から受けた仇だけだ。返すのもたったのそれだけ、それ以上も以下も無い。

 

 だから、救う必要もない。

 

「……そろそろ、準備をするか」

 

 誰ともなく呟いて、隼人は駐車場へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 それから1時間後、駐車場に集合した隼人達は、ロンゴミアント回収の為のブリーフィングを始めていた。

 

「良いか、これから向かうのはここから数キロ先にあるカタコンペだ。移動は後ろの車両三台で行く。

到着後だが、チャーリーチーム、お前達はプリンセスと共にロンゴミアント回収を行い、護衛を行え。昨日の今日だ、嗅ぎつかれないとも限らないからな。

残りは、カタコンペ入り口にてチャーリーの任務完了を待つ。兵装は自由とし、各人で最適と判断できる物を用意する様に」

 

 そう言って解散させた隼人は、シュウ達チャーリーチームの方へ移動する。

 

「チャーリーチーム、個別に言っておくことがある。カタコンペ内の構造についてだが」

 

「データ無し、だろう? 予想はついている。カタコンペ内の国連測量記録が無いからな」

 

「だから、十分警戒して捜査を行え」

 

「任せろ。ドローン戦のプロがいる。抜かりはない」

 

「そうか、なら安心だな」

 

 そう言って笑う隼人はシュウと共に、アサルトドローンの準備をしているハナの方を見る。

 

 見られている事に気付いて顔を赤くするハナは、ドローンを盾に隠れる。

 

「ハナ、誤作動が怖いから止めろ」

 

 半目になったシュウに指摘され、慌てて置いたハナに苦笑を浮かべた隼人は、彼の肩を叩いて移動する。

 

 今回同乗者になる咲耶と合流した隼人は、コンテナに納めていた対人用装備の確認をしている彼女と合流する。

 

 眠たそうにあくびをするレンカと共にいた咲耶は、ミドルマガジンを装填したM93Rをホルスターに納め、12インチバレルに換装していた中距離戦用セットアップのHK417を手

に取った。

 

「そろそろ行くの?」

 

「ああ、準備は?」

 

「出来てるわ。レンカちゃんへ装備を渡す事もお話済み」

 

 そう言い、スライドを引いてチャンバーに一発送り込んだ咲耶は、セレクターを切り替えて安全装置をかける。

 

 安全を確かめ、背中のユニットに引っかけた咲耶は、合わせて立ち上がったレンカと共にインプレッサの元へと歩いていく。

 

「待て、貴様ら!」

 

 そう叫ぶ声に得物を構えながら振り返った隼人達は避難所を過ぎる大仰な馬車に気付

いた。

 

 馬車から降りてきた甲冑姿のエルフに、ため息を吐いた隼人は、全員に構えを解かせる。

 

「これより我らが任務を引き継ぐ」

 

「何?」

 

「王子からの命だ。我々、王家親衛隊がロンゴミアントの回収を行う」

 

「知らんな。俺達は国連命令で動いている。王家が関わろうが関係ない」

 

「ッ……、ふざけるなよ外様め! 王家の秘宝を貴様らごときが」

 

 腰の剣に手をかけ、エルフがそう言いかけた瞬間、M93Rを引き抜いた咲耶が、ダブルタップで発砲する。

 

「行きましょう、イチジョウ君」

 

 そう言って隼人を運転席に乗せた咲耶は、銃口を向けつつ、インプレッサを走らせた。

 

 三台が走り出し、馬車が見えなくなって席に収まった咲耶は、M93Rをホルスターに納める。

 

「助かった、咲耶」

 

 そう言って加速する隼人に、バランスを崩しながらも苦笑する咲耶は、M93Rを収めるとカタコンペまでの一本道を進む。

 

 戦時中である、と言う事さえ忘れれば、綺麗な山々と、手つかずの自然を見る事が出来ただろう、と、HK417を握る咲耶はぼんやりと考えていた。

 

「この調子なら早く着けるな」

 

 マルチディスプレイを弄り、そう言った隼人は、アニメの予約だの、とギャーギャー騒ぐ無線にため息をつき、スイッチを切った。

 

「緊張感のない奴らめ」

 

「だから、気が楽で良いわ。変に張り詰めるより、楽ですもの」

 

「それもそうだがな、咲耶。さっきの連中、追ってくると思うか?」

 

「ええ、追ってくるでしょうね」

 

「そうか、なら……。警戒、怠るなよ」

 

 そう言って車を走らせた隼人は、1時間後、カタコンペの前に到着した。

 

 エンジン音を轟かせ、停車したインプレッサから降りた隼人は、順次停車する車を誘導し、丘の上にある入り口付近へ全員を集めた。

 

「よし、ここが入り口になる。この付近を野外指揮所とし、入り口を固める。捜索班、チャーリーチームはこれより王女殿下達と内部を捜索。

ロンゴミアントの回収に当たれ」

 

 解散、と締めた隼人は一斉に動き出す面々の中で、ハナとデータリンクをしている香美の元へ移動する。

 

「リンク18で接続するから、通信もそこに乗せる様にして。接続切れそうになったらチャンネルを切り替えて」

 

「はい」

 

 ブックレットサイズのノートパソコンを操作しながらそう言うハナに、頷きながらウェラブルコンピューターを操作した香美は、リンク対象の機器を確認する。

 

「調子はどうだ?」

 

「あ、隼人さん。良好ですよ」

 

「そうか。良かった」

 

 そう言って端末を操作し、接続を確認した隼人は覗き込んできた香美に苦笑した。

 

「心配か?」

 

「え?! あ、いえ。そんな事は」

 

「だったら、覗き見は感心しないぞ」

 

 そう言って香美の頭を優しく押さえた隼人は、不思議そうな顔をして笑うハナの方を振り返った。

 

「えへへ。ハヤト君、香美ちゃんには優しいんだね」

 

「まあ、あいつ等みたいな問題児でもないからな。厳しくする理由も無い」

 

「大人しいもんね、香美ちゃん」

 

 そう言って笑うハナは、いつの間にか両脇に立っていたレンカとアキホに気付き、肩を竦めた。

 

 不満そうな彼女らを見て半目になった隼人は、ため息をついて、香美を作業に戻らせた。

 

「何だお前等」

 

「待遇改善を要求しまーす!」

 

「何を言うかと思えば……グレードダウンされたいか馬鹿共。さっさと持ち場に戻れ」

 

「だったら何とかしてよ!」

 

「締め落とすぞ」

 

「どうしてそう暴力に訴えるの!?」

 

「さあな」

 

「理由のない暴力はいけないと思いまーす!」

 

 そう言ってピョンピョン飛び跳ねるアキホは、跳ね上がった体をホールドされ、小さく悲鳴を上げる。

 

 そのままベアハッグを仕掛けた隼人は、苦しみ悶える彼女のタップを受けて解放する。

 

「分かればいいんだよ分かれば」

 

「説得じゃなくて脅迫でしょこれ!?」

 

「うるせえ、ごちゃごちゃ言いやがって」

 

 そう言って、仮設テントに置いていたボストンバッグからフレームを取り出した隼人は、バッグからアークセイバーに加えてフレーム装着対応のコンバットナイフを両腕に装備した。

 

 それに加えて特殊ベルトへ装填されたおびただしい数の投擲用ナイフを太ももに装着した隼人は、薄刃になっているそれのリリースレバーを押しながら引き抜いた。

 

 ファイトナイフとして使用する際の使い方で引き抜いた隼人は、太ももを一周する様に配置された鞘を確認する。

 

「フレーム用の新装備だったな?」

 

「ええ、ラウンドシース・スローインダガー。ETCが特殊部隊向けに開発してたものを特別に発注したの」

 

「リボルバー構造、レバーのプッシュ無しで抜くとオートパージで鞘が排除されるのか」

 

 フレームから送信された説明書を読んだ隼人は、ナイフを戻すと出発準備が終わったシュウ達の方へ移動する。

 

「それじゃあ、チャーリーチーム、行ってこい」

 

 そう言って、隼人はカタコンペへと降りていく6人を見送った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。