高周波機構が内応された対軽軍神用の長剣を手に、浩太郎と相対した少女は聞き覚えのある口調に内心衝撃を受けていた。
『ミサ、その軽軍神、抑えられるか』
事後承認の如く通信を飛ばしてきた賢人の声が遠く聞こえる。
『ミサ、どうした、返事をしろ。ミサ!』
賢人の叱咤で、冷静になった少女、ミサは歯を噛みながら通信に応答する。
「頑張る」
自信の無さからそう答えた彼女は、腰のホルスターからマシンピストルを引き抜き、構えた。
ゆっくりと、意識を尖らせた彼女は鋭く息を吐きながら構え、発砲した。
50口径の対物拳銃弾を放つそれは、距離を詰める浩太郎のバックラーに弾かれ、火花を生む。
「ッ!」
抜身の大太刀を袈裟に切り上げた浩太郎に、身を躱したミサは、長剣で突きを放ち、二撃目を踏み込もうとした彼を牽制する。
引きから、足狩りを狙ったミサだが、回避され、足元に振るった刃を打ち払われる。
「強い……」
自分が試して出来てきた事が通用しない。
その事実はミサにとって衝撃だった。
「来ないのかい?」
その一瞬、呆けていたらしく浩太郎の呼びかけでミサは我に戻った。
直後に感じ取った殺気に、身を引いた彼女は、目の前を擦過する脚部に冷や汗を感じ、2、3歩、後退って剣を構えた。
脛のコールドエッジアーマーとつま先と踵の高周波ブレードで剣そのものと化していた脚を引き戻した浩太郎は、呼吸を整えつつ大太刀を構える。
「はッ!」
その隙を逃さず、一気に距離を詰めたミサは、すくい上げの動きで浩太郎の左肩を狙う。
支え手を放し、バックラーで迎撃した浩太郎は、そのまま、スリーブブレードで剣を持つ手首を狙い刺す。
「ッ!」
手首を返し、剣の腹で腕を払ったミサは肘を曲げた体勢でマシンピストルを連射する。
マズルジャンプを抑え、浩太郎の体にばら撒いたミサは、増設装甲に弾かれた事に舌打ちし、弾切れになったそれからマガジンを排出する。
「もらった!」
「何の!」
体のスイングを乗せる浩太郎の一撃を、跳躍からの蹴り飛ばしで相殺したミサはそのままバックステップする。
対物弾を弾けるだけの装甲を剥がすべく、跳躍しつつ、拳銃を収め、腰からセムテックダーツを投擲したミサは、着弾と同時に炸裂したそれが左腕の増設装甲を吹き飛ばす。
(剥がした!)
内心、そう叫んだミサだったが喜ぶよりも早く飛んできたダーツを咄嗟に回避する。
ホルスターに直撃したダーツが炸裂し、内包したマシンピストル諸共破壊する。
「ッ!」
破片となったマシンピストルに舌打ちしかけたミサは、再びスイングを放ってくる浩太郎の一閃を剣で受け止めた。
斬り結んだ一瞬、限定的にリミッターを開放したミサは、浩太郎を圧倒しようとするが、それよりも早く離脱される。
浩太郎が取るパワーを封殺する戦い方に、翻弄され、ミサは姿勢を崩してしまう。
「もらった!」
隙を晒したミサは、頭蓋を狙う大太刀に目を見開いて死を覚悟した。
その瞬間、浩太郎の姿が吹き飛んだ。
「何!?」
驚愕したミサは、突然開いた通信回線に応答する。
通信の相手は、ブラックだった。
「ゲイヴドリヴル……」
『キーンエッジが助けろって言ってたから。大丈夫?』
「う、うん……」
荒れた呼吸を整えながら起き上がったミサは、二重構造だった頭部装甲を破損させ、倒れている浩太郎の方へ近づいていく。
頭部が露出しているのを確認した彼女は、バックアップで装備している対人用の『HK・USP』9mm自動拳銃を引き抜いた。
(バリアシステム無しでレールガンを受けても、無事だなんて……)
辺りに散らばるポリカーポネートと液晶を見回し、踏み割り、跨ぎながら浩太郎へと近づいていく。
10mほどまで近づいたミサは、拳銃を構え、顔が見える位置まで回り込む。
自分の中でくすぶっていた、ある仮説を証明する為に。
「く、そッ!」
2撃放たれていたらしく、へし折れた大太刀を投棄した浩太郎が上体を起こし、太もものホルスターに手を伸ばす。
ヴェクターを掴んだ浩太郎は、両手で支え、銃口を向けてきたミサに返す様に銃口を向ける。
「やっぱり……」
目を見開き、そして殺意を込めて睨んだミサに、事情が分からず首を傾げた浩太郎は、秘匿用のバイザーに手を掛けた彼女に下げかけた銃口を上げた。
「覚えてないんだ。ま、そうだよね、今分かる訳無いもん」
「まさか……」
「久しぶり、お兄ちゃん」
「美沙里……!」
「殺しに来たよ」
にや、と笑ってUSPを構えたミサは、フィンガーガードに添えた指を震わせた浩太郎に躊躇なくトリガーを引いた。
咄嗟に装甲で弾いた浩太郎は、撃ち続ける彼女を他所に、脳裏に過ぎるフラッシュバックに呼吸を荒げていく。
「止めろ、ミサ! 止めてくれ!」
「今さら命乞い……? あの時、お姉ちゃんを殺したくせに!」
「ミサ!」
「うるさい! 私はこの時を待ってたんだ、お姉ちゃんを、お父さんを、お母さんを、家族みたいだった人を殺したアンタをこの手で殺す為に!」
「俺を、殺しに……」
真意を知り、愕然とした浩太郎を他所に、怒りのまま撃ち続ける美沙里は、スライドオープンしたのに舌打ちし、次弾を装填する。
ストップレバーを下し、装填した彼女は、ボロボロの装甲を撃ち外す。
「だから死んでよ、お兄ちゃん」
頭部を照準し、ニヤリと笑った美沙里は、警告と共に大地を走った電撃を回避。
続けて、刃にチェーンソウと雷を展開し、回転して突っ込んでくる二振りの大戦斧に舌打ち。
引き抜いた長剣でそれをパーリングする。
「ッ!?」
大戦斧には重量倍加も掛けてあったのか、過負荷で砕け散った長剣に、美沙里が驚愕する中、軌道を逸れた斧がワイヤーに引かれ、ヨーヨーよろしく一点に戻っていく。
空中に跳躍した影がそれを掴み取り、対軽軍神用ナイフを引き抜いていた美沙里に、左の一つを振り下ろした。
「その人に、手を出すな」
地面を削り、唸る様に言葉を放ったカナは、殺意と共に電撃を飛ばす。
バリアで電撃を受け止めた美沙里は、その間に接近してきたカナの斧で殴り飛ばされる。
「う……」
成木の樹木を三本薙ぎ倒し、呻いた美沙里は、大戦斧から鳴り響くチェーンソウの爆音に怯える。
「あなたは、あなただけは、殺す」
そう言いながら歩み寄るカナに、後退ちながらも、そうまで想われている事に怒りを覚えていた。
「どうして、アイツの事……そんなに庇うの!」
恐怖を塗りつぶす様に怒りが勝り、碌に狙わず発砲した美沙里は、電撃からのローレンツ力場に弾かれる弾丸の行方に歯を噛んだ。
「どうして、あなたは浩太郎を憎むの」
電撃で弾丸を弾き、脳裏の殺意を限界まで満たすカナは、大戦斧のリーチまで近づいた。
「それはあいつが、お兄ちゃんが私の家族を殺したから!」
苦し紛れに叫んだ美沙里の一言に、目を開き、思わず得物を落としたカナは、駆け寄って来た浩太郎に庇われ、直後、ライフル弾の弾雨から守られた。
突然の事に驚く美沙里は、自分を庇う様に降りてきた賢人達に戸惑い、ブラックとヴァイスに両脇を抱えられる。
「退くぞ、ミサ」
「……了解」
パトリオットを下ろし、振り返った賢人に頷いた美沙里は、体を起こした浩太郎を見据えながら空中浮遊し、光学迷彩を展開して姿を消した。
ヴェクターを構えたまま、それを見続けていた浩太郎は、その姿が見えなくなった直後に気を失った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
何の夢も見ず、唐突に目が覚めた浩太郎は、夕焼けの空と、それを背景に俯いて眠りこけていたカナの顔が見えた。
寝息を立てるたびに、少しだけ膨らんだカナの胸が揺れ、安堵を抱いた浩太郎は、顔を起こし、戦後処理に追われる周囲を見回す。
「そうか……終わったんだ」
そう呟いて、起き上がった浩太郎は、物々しい音を立てて歩み寄って来た隼人に気付いた。
彼の方を見上げた浩太郎は、頭部装甲の半分を露出させた隼人のひび割れた装甲に気付き、目を見開いた。
「隼人君、その姿は」
「やられたよ、奴らに」
表情を曇らせる浩太郎へ、そう言って笑った隼人は、後を追ってきたレンカに振り返る。
「隼人、シュウが事後処理終わったって」
「そうか。シグレの容体は?」
「ハナと美月が言うには落ち着いてきてるって」
端末からデータを送りつつ、そう言うレンカに頷いた隼人は、全域のステータスを確認すると、次の行動を考えた。
「分かった。後続部隊に任せて撤収しよう。浩太郎、ハナを起こして後で来い」
「……了解」
「俺の事は気にしなくて良い。俺も、お前をフォローできなかった訳だしな」
肩に手を乗せ、その場を後にした隼人の方を振り返った浩太郎は、眠りこけているカナの方へしゃがみ込んだ。
「カナちゃん、起きて。撤収するよ」
「ん……。んぅ? まだ寝たい……おんぶ」
「……分かった。ほら」
そう言ってしゃがんだ浩太郎は、ずるずると背中に乗ったカナを背負うと、最低限の装備しか身に着けていない彼女を、合流地点まで運んでいく。
装甲に遮られて、ぬくもりを感じられない事に少し寂しさを感じた浩太郎は、うなじに潜り込む様に寄せてきたカナに微笑むと、夕焼け空を見上げる。
「浩太郎」
うなじの匂いで目を覚ましたカナが、思い出した様に呼びかける。
「どうしたの、カナちゃん」
「浩太郎が戦ってた女の子って、知り合いなの?」
「……ううん。初めて会ったよ」
「嘘、吐いたね。あの子、浩太郎君の事、お兄ちゃんって言ってた。妹なの?」
「そっか、聞いてたんだ。でも、あの子は、美沙里は妹じゃないよ。従妹なんだ」
そう言いながら歩みを緩めた浩太郎は、抱き付く力を強めるカナに頬も緩める。
「そう、なんだ……」
「唐突にどうしたの、カナちゃん。妙な事、言われた?」
「家族を、殺したって」
周りに聞こえない様に、カナがそう言ったのを、浩太郎は聞き逃さなかった。
歩みを止め、バクバクと暴れはじめる心臓の鼓動を聞きながら、浩太郎は影を見下ろす。
「本当、なの?」
信じたくない、と腕から伝わる思いとは裏腹に、嘘を聞きたくないと言う感情も感じた浩太郎は、片手を彼女の腕に乗せた。
牽制しよう。そう思って、浩太郎は、砕けそうな心から精一杯の言葉を紡いだ。
「俺が本当だって言ったら、君はどうするの?」
「それは……分からない」
「じゃあ、言えないな。逃げかもしれないけど、さ」
自嘲気味に笑ってそう言った浩太郎は、締め付ける様に抱き付いてきたカナから、意識を逸らす様に歩き始める。
『逃げるの?』
いつの間にか現れた美南の幻が、笑いながらそう問いかける。
その声を無視した浩太郎は、合流地点に到着すると、カナを下ろした。
「ゴメン、遅くなっちゃった」
「いや、良いさ。さあ、撤収しよう」
「うん」
頷いた浩太郎は、歩き出す隼人達の後ろから付いて行くと、振り出した手をカナに取られた。
振り解こうと思えば出来る強さのそれに、思わず握り返そうとした浩太郎は、振り返った先で頑なな目を向ける彼女に気付き、視線と共に振り解いてしまった。
「あ……」
名残惜しげな声を背に浴び、歯を噛んだ浩太郎は、太ももからヴェクターを引き抜くと、ストックを展開した。
後ろからの足音に恐怖心を抱いた浩太郎は、基地に戻るまでの間、後ろを振り向く事は無かった。