望むには遠すぎて
諦めるには近すぎて
「わぉ! 相棒、きいてきいて!」
「あの、だからな? 俺はお前の相棒じゃないと何度言えば……」
どうしてこうなったのかは分からない。けれども、また変なのに懐かれてしまったものだ。別に特別なことをしたわけじゃないんだけどなぁ。
何が面白いのだか分からないけれど、今日も今日とて楽しそうにぴょんぴょん飛び跳ねながら、俺へ声をかけて来たちっこいのを前にため息をひとつ。昨日だってアレだけ燥いでいたというのに、元気なことで。
そんな最近の俺の悩みの種であるちっこいのの名前はミルシィという。
そのミルシィだけど、いつ来ても今俺がいるこの集会酒場にいるんだ。んで、そこで何をやっているかっていうと……えと、何やってんだろ。絵を描いている時が一番多いだろうか。一応、ホーンズコインという、クエスト終了後に報酬と一緒にもらえるアイテムの交換も行っているが、どうしてミルシィが此処にいるのかはよく分からない。
てか、そもそも此処は酒場なわけで、そんな場所に小さな子どもがいるのはどうなのだろうか。ミルシィが作るデザートは美味しいらしいけど……
「今日はどこへ向かって飛んでるのかなぁ? とっても楽しみだね!」
「ああ、うん。そうだな。楽しみだな」
可愛らしいし、話しているだけで元気をもらえたりもする。この集会酒場でミルシィはマスコットキャラ的な感じだ。それに俺だってミルシィを嫌っているわけでもない。
じゃあ、何が問題かって……
「それでね、相棒!」
この俺のことを“相棒”と呼ぶことなんです。
いや、別にどう呼ぼうが俺は構わないのですが、俺とパーティーを組んでいるひとりの方がちょいとですね。
「……やっぱり仲、良いね。ミルシィの相棒さん」
冷めた視線と声。マジ怖い。
別に、コイツだってミルシィのことを嫌っているわけじゃないんだとは思う。ただ、ミルシィが俺を相棒と呼ぶ度にコイツは酷く冷めた視線を俺に向けてくるんです。一応、言っておくけど、ミルシィが俺のことを相棒と呼んでいるのは、俺がそうさせているわけではありません。ミルシィが勝手に言っているだけだ。むしろ、俺はその呼び方、変えないか? って何度も言っている。まぁ、聞いてくれないんだけどさ。こんなんどうしろってんだ。
因みにだけど、ミルシィはあのカティ――つまり、ネコ嬢の妹らしい。これだけ可愛らしいのだし、きっと元の世界の方でも人気があるんだろうなぁ。
「え、えと、それで今日はどのクエストへ行くんだ?」
どうにも怖い雰囲気がするから話題転換。この相棒さんったら直ぐ怒るんだ。大雪主かお前は。
「……んとね、イャンガルルガをどうにかしてくれだって」
変わらず、むっすーとした表情の相棒さん。
「あいよ、了解。今日はあの彼女がいないし、まぁ、あまり無茶せず戦おう」
「うん、そだね」
さて、どうして今日はあの彼女がいないかって話だけど……ただの二日酔いです。
先日、というか昨日、俺たちはラオシャンロンの討伐に成功した。そして、帰ってきたら酒場のマスターが大きな宴会を開いてくれたんです。
お酒に強くないってこともあり、普段のあの彼女はあまりお酒を飲まない。けれども、その時はマスターに捕まってしまった。ダメでした。死にました。
そんなわけで今日、あの彼女はお休みです。
んで、ラオシャンロンと戦った感想だけど……なんだろう。そもそもアレと戦ったのがかなり昔ってこともあり、何かが変わったという印象は受けなかった。ただ、エリアがふたつだけとなり、MHP2Gの頃よりはマラソンも楽になるんじゃないかな。貫通ガンナーを揃えればかなり楽に倒せると思う。まぁ、この世界じゃそんなポンポンラオと戦えないわけですが。
俺と彼女が移動式大砲で遊んでいたこともあり、砦の耐久値が半分を切ったのは焦ったけれど、クエスト自体に苦労はしていないと思う。相棒さんは余裕なんて全くなさそうでしたが。
ま、まぁ、結果として無事クリアできたのだし、良しとしておこう。笛さんはどうかゆっくり休んでいてくださいな。
「ん~……このふたりでクエストに行くのって久しぶりだな」
龍歴院にいた頃は、そもそもお互いの所属が違ったし、ドンドルマにいた時だって、相棒とふたりだけでクエストへ行くこともほとんどなかった。なんとも新鮮な気分です。
「何時以来だろ? 昔はふたりだけだったのに、変な感じだね」
懐かしいものです。お互い色々なことがあったっていうのに、よくまぁ、此処まで続いているものだ。
そんじゃま、そんな新鮮な気分のまま行くとしましょうか。相手はガルルガ、とハンマーで戦いやすい相手。3スタンくらい取るつもりで気張っていこう。
「てか、そういえばよく今回は酔いつぶれなかったな。昔なんて打ち上げの度に酔いつぶれてくれたから運ぶのが大変だったんだぞ?」
「へ? あっ、え、えと……あーまぁ、うん。ほら、私もお酒に強くなったんだよ!」
そうなの? まぁ、それならそれで何の文句もありませんが。
メインターゲットはイャンガルルガ。場所は遺群嶺。
それは俺が戻ってきた場所ということもあり、少しばかり特別なマップだ。とはいえ、戻ってきてからもうそれなりの時間が過ぎ、この遺群嶺にも慣れてきてはいるんじゃないかな。
因みにだけど、現在の装備は俺がレウス一式にナルガハンマー。相棒はディノ一式に麻痺操虫棍。そしてあの彼女だけど、基本はベリオ一式にティガ笛。ただ、ナルガライトや毒双剣だったりと色々な武器を使っている。一番楽しんでいるのはあの彼女なんじゃないだろうか。あと、ミツネX防具を装備してもらえるよう現在全力で交渉中です。
せっかくなのだし、俺だって色々な武器を試してみたかった。けれども、如何せんリアルラックがないせいで素材もなかなか集まらず、結局ナルガハンマーを担ぐことに。まぁ、そのナルガハンマーですら天鱗が出ないせいで最終強化までいってないんですが……
ま、まぁ、俺はハンマーが好きだから良いんだけどね! ……はぁ。
最終的には複合装備になるとは思っている。けれども、今までのような知識がないせいでどうにも防具を組みづらい。そんなわけでとりあえずは色々な防具を作らないといけなそうだ。時間はあるのだし、のんびりやっていこう。
「そういえばさ、君ってどうして笛ちゃんと付き合ってるの?」
遺群嶺を目指して進む飛行船の上。風を感じながら、ボーっとこれからのことだとかを考えていると、隣にいた相棒から何か聞こえた。
「…………」
「なんで黙るのさ」
いやだって、何て答えれば良いのか分からないんだもん。てか、コイツはいきなりなんてことを言い出したんだ。
あの彼女と付き合い始めてなんだかんだ長い時が過ぎた。どうして俺があの彼女と付き合ってるのかっていったら、あの彼女に告白され、それを俺が承諾したからってことだけど……この相棒が聞きたいのはそういうことじゃないんだろう。
「えっと……いきなりどうした?」
「だって、聞いたことなかったんだもん」
そりゃあ、そうでしょ。そんな恥ずかしいこと俺だって言いたくないし。
え? なんですか? もしかして俺に言えと? アルコールが入っているならまだしも、素面の状態でそれを言えと?
「あー、どうしてかって言ったら、そりゃあまぁ……」
「うん」
うっわ、なんだこの状況。どうやったって逃げられそうにない。
ホント、なんだって今日の相棒さんはこんなにグイグイ来るんだ。もしかして、まだアルコールが抜けていないんじゃないだろうか。
「お互いに協力して色々な困難を乗り越えてきた……とかかなぁ」
自分でも何を言っているのかよく分からなかった。我ながら酷い回答だと思う。流石にこれはない。
「じゃあ、私でも良かったじゃん!」
「それはダメだろ」
「なんでそこだけ即答なのさ……」
むしろ、即答できない方がマズいだろうに。
もし……もしも、の話だけど、あの彼女よりこの相棒の方が早く俺に告白していれば、俺はこの相棒と付き合っていたのかもしれない。
バルバレにいた加工屋や弓ちゃんにも言われたこと。俺はこの相棒と付き合うだろうと思っていた、と。けれども、そんなことを考えたって仕様が無いし、何よりこの相棒と付き合うってことが全く想像できなかった。
確かに、この相棒とは仲も良いし、男女の関係としては少し近すぎるのかもしれない。でも、なんだろうね。この相棒は相棒なんだ。俺自身よく分かっていないけれど、そんな答えがしっくりくる。
……さて。
良い加減、俺の中にあるちっぽけな勇気を振り絞らなきゃいけない時だろう。
どうして相棒がこのタイミングであんなことを聞いてきたのかは分からない。それでも、いつもみたく適当に流しちゃダメなことくらいは分かる。
「好きなんだ。あの彼女のことが」
だから、一瞬だけ恥ずかしさだとか、俺の邪魔をしようとする奴らを追いやり、素直な気持ちを乗せ言葉にして落とした。
どうして、俺があの彼女と付き合っているのか。そんなもの、ひとつしかない。ただ、あの彼女のことが好きだから。それだけなんだろう。
細かい理由だとか、小さな要因はいっぱいある。けれども、一番の理由は俺があの彼女のことを好きだったからってこと。
「……そっか」
ぽっぽこ怒っていた表情から一変。急に憂いを帯びた表情に。そんな相棒の顔がやたらと大人びて見えた。
この世界では一番付き合いの長い相手。最初は頼りなく見えたし、そんな奴とパーティーを組んで良いものか本当に不安だった。
そうだというのに、今じゃこのパーティーどころか、この世界で一番のハンターとなっている。いつまで経っても成長できないどっかの誰かとは大違いだ。
「はぁ……うん。それなら仕方無いね」
――ごめん。
なんて言葉がついつい出かかったけれど、どうにかその言葉を飲み込む。
「遠いなぁ。嫌になっちゃうくらい遠い」
「こんなにも近くにいるのにな」
「ホントだよ……」
好きとか、嫌いとか、難しいよね。これなら古龍討伐の方がよっぽど簡単だ。
「じゃあさ、それ、笛ちゃんにちゃんと伝えてあげてる?」
「そりゃあ、もちろん、もち……うん?」
あれ? そういえば、あの彼女に直接、好きだって言ったことはないような……い、いや、流石にそれは……
あー……うん。
「一度もないな」
「何やってるのさ!」
そんなこと言われても、ないものはないんです。自分でも驚いているくらいだ。
おっかしいな、付き合い始めて結構長いはずなんだけど……まぁ、そういうこともあるか。別段、珍しいことでもないだろう。よくあることだ。
「いや、ほらアレだ。言葉にしなくてもあの彼女とは通じ合っているから」
「はっ倒すぞ」
怒られた。マジ怖い。
「え? ホントに? 本当に一度も言ったことないの?」
「はい、ありません」
そんな俺の言葉に対して相棒さんはため息をひとつ。
なんだか、今日は相棒さんに振り回されっぱなしだ。いや、いつものことか。クエスト以外のことはだいたいこんな感じですし。
「ちゃんと言葉にして伝えてあげようよ……」
やめてください、心が痛みます。
いや、だってねぇ? その、ほら、そんな言葉を落とす機会ってなかなかないじゃないですか。流石に一度もないってのは自分でもどうかと思うけど。
「言葉にして伝えた方が良い感じですか?」
「フラれちゃうよ?」
……マジか。そこまでか。
でも、いざ言葉にするってなると……いやぁ、やっぱり難しいものですよ。今更恥ずかしがるようなことでもないはずなのに、おかしなものです。
その後も、相棒さんから説教をされ続けた。俺のメンタルはボロボロだ。まさか、こんなことになるとは……
そんな状況で挑んだクエストだけど……まぁ、うん。一乙だけで済んだのだし良しとしましょう。
……ちゃんと言葉にして伝える、か。
流石にフラれるってことはないと思う。とはいえ、このままってもの良くはないだろう。
いつもいつもあの彼女には負けてばかりだった。そんな俺があの彼女に勝てるとは思っていないけれども……まぁ、やるだけやってみるとしよう。
次話で完結となります
では、次話でお会いしましょう