ネコの手も狩りたい【完結】   作:puc119

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第84話~前にしか進めない~

 

 

 あれは、いつのことだったかな。

 それほど昔の記憶ではないはずなのに、そんなことも思い出せやしない。今だってそうだけど、本当に色々あったもんね。自分のことではあるけれど、私だってなかなかに変わった人生を歩んでいると思う。

 

 それは、時間の流れが遅く感じるあの村の海岸。いつもいつも下ばかりを向いてしまい、その真っ白な毛並みが特徴のアイルーさんが私に言ったんだ。

 

 私の勇気を分けてほしい、って。

 

 臆病な自分が嫌で、そんな臆病を何処かへ連れて行ってほしいから。

 

 それでその時の私はアカムトルムと戦った。

 勝てる気なんて全くしなかったし、どうやって戦ったのかだって覚えていない。ただただ必死だった。あのアイルーさんのため、私のできる限りを出して頑張ろうと。

 私の勇気をあのアイルーさんへ渡すことができたかどうかは分からない。それでも、私にできる限りはやれたんじゃないかなって思うんだ。

 

 そして、どうにかアカムトルムを倒すことができた後、そのアイルーさんは暫くの間、私のオトモになってくれた。

 今はチコ村に戻っているはずだけど、多分、あのアイルーさんなら大丈夫。きっときっとその小さな身体の中にあるおっきなおっきな勇気でチコ村にいる皆を守ってくれているはず。

 

 そんなことを考えてしまったのは、今回戦う相手があのアカムトルムだからってことなんだろう。

 

 勇気、か。

 

 

「でも私、臆病なままだよ。ずっとずっと、ずっと……」

 

 

 無意識のうちに溢れた独り言。

 このクエストをクリアすることができれば、そんな臆病な私と別れることができるのかな。

 

 目的地である溶岩島に近づいている影響か、涼しかったはずの風も随分と温かくなってきている。此処まで来てしまったらもう、戻ることもできない。

 

 臆病な私。

 そんな私は確かに好きじゃない。けれども、そんな私だってきっと私なんだ。そんな私を私が追い出してしまったら、誰がその私を拾ってくれるのだろうか。

 

 その答えはきっと出ない。

 

 あのアイルーさんみたいに、自分の中にある臆病を何処かへやってしまうのも大切なこと。けれども、その臆病だって私の一部だというのなら、大切にしてあげたいなって私は思うんだ。

 それは望みすぎだろうか。

 

「ご主人、そろそろ目的地に着くニャ!」

「うん、了解。ふぅ……よっし、頑張って行こっか!」

「うニャ!」

 

 最初は心配だったネコさんの様子も今では元通りに見える。

 あの時はひとりだった。でも、今はひとりじゃない。それが何よりも頼もしく嬉しく……ずっと続けば良いなって思ってしまう。

 ただ、それじゃあ私は成長しないんだろうなぁ……

 

 今、やることではない。

 でも、今やらないといけない気がした。

 

 だから、このクエストを通して、私っていう存在と真正面から向き合ってみようと思う。

 あのアイルーさんが変われたように、私も変わることができるのかなって思ったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行けそうかニャ?」

 

 クーラードリンクと鬼人薬を飲み、一応の準備は完了。ただ、心の準備ができたかっていうと、そうではなかったり……

 相手はあのアカムトルム。いくらネコさんがいるとはいっても、怖いものは怖い。

 それでも私は前に進むしかない。だから――

 

「はいっ! 行けるよ!」

 

 無理矢理でもなんでも、いくら臆病な自分が足を引っ張ろうとしても、私は止まらない。

 

 アカムトルムとブシドーハンマーでの戦い方は事前にネコさんから色々とアドバイスをもらった。

 アカムトルムの攻撃は一発一発がすごく大きい。けれども、しっかりと動きを見ればジャスト回避も難しくなく、頭に張り付いていられるんだって。

 それができる自信はない。ベルナ村に来てからハンマーをずっと使っているけれど、あのハンターさんのような動きはまだまだできません。

 でも、やらなきゃできないんだ。私にとってあまりにも高い目標だけれど、どうせ目指すのならそのくらいが丁度良い。私はそう思うんだ。

 

 そして、ネコさんに返事をして直ぐ、私たちはベースキャンプからアカムトルムのいるエリアへ飛び降りた。

 

 周りが溶岩で囲まれているせいか、クーラードリンクを飲んだにも関わらず、身体の芯まで届く熱気。暑さと緊張性で、もう手には汗をかき始めている。

 そんな場所にアカムトルムはいた。

 

「最初は咆哮があるから、近づいてソレをジャスト回避ニャ!」

 

 私に届いたネコさんのアドバイス。

 クエストが、始まった。

 

 前脚を地面に付けていた状態から、後ろ脚だけで立ち上がるアカムトルム。そして、今まで戦ってきたどんなモンスターよりも大きな咆哮をあげた。

 

 ネコさんから言われたように、その咆哮をどうにかジャスト回避。

 

「咆哮後に降りてくる頭には判定があるから、攻撃は完全に頭が降りてきてからするニャ」

 

 ジャスト回避から直ぐにハンマーを右腰へ構え、アカムトルムの頭が完全に降りてきたところで、大きく踏み込みながらスタンプ。

 相手はベルナ村に来てから、一番大きく、一番強いモンスター。手足が震え、呼吸が乱れる。

 

 振り下ろしたハンマーがアカムトルムの頭へ当たり、打撃武器独特の光が舞った。

 

 ただ……どうしてなのかは自分でも分からないけれど、調子は悪くなさそうだ。

 

 私は頭が良いわけじゃない。一生懸命考えたって空回りしてしまうことばかり。

 人一倍勇気があるわけでもない。いつだって私は臆病で、直ぐに緊張してしまうし、手足も震える。

 そんな不器用な私。

 

 

 だから、前にしか進めない。

 

 

 カチリ――と自分の中にある何かが噛み合った。

 視界から消える色。遠ざかる音。

 

 そんな世界はいつもよりずっと鮮明で……今ならなんだってできるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

「噛み付き! その後尻尾攻撃が来るから、頭を追いかけるように回避するニャ!」

 

 相手が相手ということもあり、クエストが始まる前、ご主人は見るからに緊張していた。ゲームの中ではなんとも残念な扱いをされることが多いとはいえ、アカムが強いモンスターであることは確か。だから、それも仕方の無いことだろうって思っていました。

 

 けれども、いざクエストが始まってみると、ご主人の動きがかなり良い。

 タゲがご主人へ向くように、俺はご主人の真後ろからブーメランを投げつけているから、ご主人の動きがよく見える。

 そんなご主人へアカムが攻撃をしようとする度に、アドバイスをしているわけですが、そのアドバイス通りの動きを完璧にしてくれます。

 いくらアドバイスをしているといっても、言われたことを実際に行動とするのは簡単なことじゃないというのに。

 

 あれ? ご主人ってこんなに上手かったっけ?

 

 いや、まぁ、ご主人が上手いのは確かなんだけど、此処まで理想の動きをするとは……てか、俺がハンマーを担いだ時より良い動きにも見える。

 アカムさんって頭は大きいけど、首に吸われることが多いんだよね。そうだというのに、ご主人の攻撃は今のところ全てが頭へ入っている。いや、すげぇな、おい。

 

「怒った! 最初と同じように咆哮をジャスト回避するニャ!」

 

 ダメージもかなり入っているのか、アカムはもう怒り状態へ。この調子なら1回目のスタンだってそろそろ取ることもできそうだ。

 

 なんて予想は当たり、咆哮が終わり、アカムの頭が降りてきたところへご主人の強溜めスタンプが当たってスタン。

 

「ナイスニャ!」

 

 おお……もう1回目のスタンか。テオの時は散々だったけれど、今日のご主人はちょっとすごいぞ。

 いくら一度戦ったことがある相手とはいえ、片手剣とハンマーでは戦い方が全然違うはず。それなのに、此処までの動きができるとは……なるほど、これが主人公の力か、

 

 てか、さっきから、俺が騒いでいるばかりでご主人が何も喋ってくれない。

 いつもだと、俺のアドバイスを受けたらちゃんと返事をしてくれるのだけど……それにご主人の雰囲気がちょっと怖い。

 何というか、白疾風と戦っていた時の妹さんに近い感じ。多分、クエストに集中しているってことなんだろうし、俺の言葉は届いているようだから、問題はない。でも、なんだかご主人が遠くへ行ってしまったみたいでちょっと寂しいです。

 

 な~んてことを考えながら、スタンをしたアカムの頭にブーメランを投げつけていると、足元からマグマが吹き出し、ふっ飛ばされた。これだからこのマップは……

 

 

 さてさて、どうやらご主人のことはあまり心配しなくとも良さそうだ。

 そうだというのなら、俺自身が精一杯頑張るだけ。

 

 短く、呼吸を一度。ご主人に何があって此処まで良い動きができているのかは分からないけれど、そんなご主人の足を引っ張ることだけは避けたい。いくら慣れている相手とはいえ、もう一度気合を入れ直し、集中。

 きっと俺がこのご主人のオトモでいられる時間は長くないんだ。確実に終わりが近づいている。

 もうすっかり慣れてしまったこの小さな身体。でもその中身は変わっていないはずなんだ。お前なんかではもう止まらない。

 

 未来もゴールも見えないけれど、今はただ、全力で走ってみるとしよう。

 

 

 


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