ネコの手も狩りたい【完結】   作:puc119

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第76話~分かれ道~

 

 

 フラグだとか伏線だとかそんなものは全くない。本当にいきなりのことだった。

 

「えと……改めてはじめまして。狩猟笛を使っていた者です」

 

 真っ白な毛が特徴だったネコの姿から一変。

 けれども、それは見慣れた姿で聞きなれた声。その彼女がそんな言葉を落としてからペコリとご主人へ頭を下げた。

 

 つまるところですね……笛さんが帰ってきました。いや、まぁ、元々いたわけだし帰ってきたって表現もどうかと思うけど。

 

「おっ、おぅ、あっ? お?」

 

 元の姿に戻った彼女の姿を見て混乱気味のご主人。てか、ちょっと落ち着いてください。

 

「……久しぶり、だね」

「ああ、久しぶり」

 

 そして、俺の方を向き、優しく笑いながら彼女はそんな言葉も落としてくれた。

 この世界へ来てからどのくらいの時間が経ってしまったのかは分からない。でも、この彼女の姿を見るのが久しぶり、と思えるくらいの時間は経ってしまったってことなんだろう。

 

「あっ、あと、えっと、握手! 握手をお願いします!」

 

 いや、握手ってご主人……その目の前にいる人は今の今まで貴方のオトモだったわけなんですが。

 

 しっかし、どうしてこのタイミングで元の姿に戻ったのやら……いや、まぁ、俺が一度元の姿に戻った時もいきなりだったわけですけど。

 この世界へ残るという覚悟の言葉を落としたからとかそんな感じなのだろうか。ただ、俺だってその覚悟はしているはずだし、実際に言葉にしている。う~ん、なんか違う気がする。うむ、よく分からんな。

 それに彼女だって俺の時みたく、またネコの姿に戻ってしまうかもしれない。そんなこともあって今の状況をどうにも素直に喜ぶことができなかった。

 

「……握手はいいけど、私は私のままだよ?」

「あっ、うん。それは分かってるんだけど、その、ほらやっぱりホンモノだから……あっ、べ、別に白ネコさんのことを疑っていたわけじゃないよ!」

 

 まぁ、ネコの姿じゃどうしても実感なんて湧かないもんね。

 

 さてさて、彼女が元の姿に戻ったのはいいんだ。それはいいとして……

 

「それで、これからはどうする予定ニャ?」

 

 問題なのはそれ。

 こんなことがあったせいで忘れてしまいそうになるけれど、今は俺たちのことを話したところ。そして、その話を聞いたご主人の反応はまだ聞いていない。

 あんな話を聞かされたんだ。ご主人だって色々と思うところはあるはず。それこそ、今後も俺たちがオトモを続けていいのかってことも含めて。まぁ、彼女がこのままネコの姿に戻らないのならまた違う話になりそうですが。

 

「あー……えっと、そだね。話を聞かせてくれたんだもんね」

 

 自分たちの話をし、彼女は元の姿に戻った。そんな大きな出来事があったというのに、何故かその時の俺は冷静な方だったと思う。それはたぶん、この先の未来を想像できていたからなんじゃないかな。これからの俺とご主人の関係や、彼女のことを。

 心の準備はこの時からできていたってことだと思う。

 

「うん、ありがとね。正直、聞かせてくれたお話がぶっ飛び過ぎていたけど、ネコさんたちと私の間にあったものが何のなのかは分かった」

「……それで、ご主人さんの答えは?」

 

 本当に心の広い人だと思う。このご主人は。

 こんな意味の分からないふたりをオトモにし、こんな意味の分からない説明を受け、こんな意味の分からない状況に立ち会ってしまっている。

 

 それでも、このご主人は前に進む。迷わない。自分の目指すものへ向かって、ただひたすらに。

 悩み、迷ってばかりの俺にとってご主人は眩しい。

 

「これからもよろしくね、ネコさんに、えっと、白ネコさんでいいのかな?」

 

 良いご主人に会うことができました。この人が俺のご主人で本当に良かった。

 それは今まで何度も何度も思ってきたことだけど、改めてそう思わされてしまう。それほどにこのご主人はすごい人なんです。

 

「うニャ、よろしくニャ」

「よろしくお願いします」

 

 とりあえずこれで大きな問題がひとつ解決しました。

 ただ、新しく大きな問題が起きてしまったわけで……いや、喜ばしいことではあるんですが、きっと俺の望んでいるような未来にはならないんだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が元の姿に戻ったことで興奮してしまったのか、それからご主人のテンションがすごかった。握手とかサインとか……

 あの相棒の前だと緊張してしまって何もできないご主人だけど、彼女だと大丈夫らしい。まぁ、今までもずっと一緒に生活してきたもんね。

 

 それで、彼女の姿だけど、俺が元の姿に戻ったときと同じようにネコの装備がそのままハンターの装備に反映されていた。つまり、現在はナルガ防具一式です。ただ、人間の姿なのだし、直ぐに複合装備になると思う。その前にミツネ一式を装備してもらいたいんだけどなぁ……

 

「……これからどうしよっか?」

 

 疲れて寝てしまったご主人を置き、彼女とふたりでオトモ広場へ移動。彼女はまだネコの姿に戻っていない。そして、たぶんもうネコの姿になることもないのだろう。

 人間の姿になった彼女はやっぱり新鮮な感じがした。……ホントに、本当に戻ったんだね。

 

「俺はご主人のオトモを続けるよ」

 

 何度も何度も考えた。今だって考え続けている。もし人間の姿だったら何をしようかって。

 やりたいことはいっぱいある。より強いモンスターと戦うとか、また相棒たちと一緒にパーティーを組みたいとか。

 でも今はネコ。そうだというのなら、俺がしなきゃいけないのはひとつしかないだろう。

 

「君は?」

 

 彼女が人間の姿に戻ったのは本当に嬉しいこと。ただ、やっぱり自分自身がこの姿だとどうにも、ね。ホント、俺がネコだなんて似合わないよなぁ。

 

「これからも貴方とご主人さんと一緒にいたい。いたいけど……それが無理だってことは分かってる」

 

 ……まぁ、そうだろうね。

 この彼女の所属は大老殿。そんな彼女が簡単にこれからも俺たちと一緒にいられるわけがないのだから。

 もし、この彼女が無名のハンターだったらそれもできたかもしれない。けれども、そんなことができないくらいには有名になってしまった。あの相棒を見ているとそれもよく分かる。

 そんなこと全く望んじゃいなかったってのにね。

 

「相棒のことよろしく頼める?」

 

 ご主人以上に、あの相棒には色々な負担も背負わせてしまっている。本当はそれだって俺がどうにかしてあげなきゃいけないもの。

 そうではあるけれど、今ばかりはこの彼女にお願いします。

 

「うん、任せて。貴方こそ、ご主人さんのことよろしくね」

 

 おう、任せとけ。きっとあの相棒や君に負けないくらい有名なハンターにしてみせるよ。ご主人の実力は十分。あとは、その実力をこの世界へ見せつけるだけだ。

 

 ひとりじゃ抱えきれないから役割分担。それはひとりじゃ絶対にできないこと。それほどにこの世界に馴染んでしまったってことなんだろう。

 ありがとう。いつも助かってるよ。

 

「……それじゃ、私はもう行くね」

「うん? もう行くの? ご主人に何も言わなくていいのか?」

 

 流石にクエストへ行くのは無理だと思うけれど、もう少しくらいゆっくりする時間はあるはず。それに、わざわざこんな遅い時間に移動しなくても……

 

「いいの。たぶん……泣いちゃうから」

 

 はにかみながら言葉を落とした彼女。

 ……そっか。それなら仕方無いのかな。

 

「それに、直ぐとは言えないけれどきっと私は帰ってくるから」

 

 ん、了解。その時は相棒や弓ちゃんも連れてきてあげてね。それまで俺とご主人は待っているよ。

 

「分かった。それじゃ、ま、頑張ってくれ」

「そっちこそ、貴方は貴方らしく全力でやって」

 

 分かってます。ご主人に俺たちのことを話したんだ。もう遠慮することは何もないだろう。

 この姿じゃできないことは多いけれど、やれることはたくさんある。やれるだけやってみせるさ。

 

 そんな言葉を交わしたところで、いきなり彼女に抱きしめられた。

 

「……ちっちゃいね」

 

 耳元で聞こえる彼女の声。

 その表情は見えない。

 

「君が大きくなったんだろ」

 

 今まではずっとずっと同じ道を歩んできた。ただ、これからは少しだけ違う道を歩んでみよう。君は君の道を。俺は俺の道を。大丈夫、きっとまた会えるはずだから。その時は俺も元の姿に戻っていたいのだけど……どうなることやら。

 

「浮気は許さないから」

「するわけがないだろうに」

 

 だいたい、この姿じゃ浮気も何もない。

 

「ひとりで何処かへ行かないでよ?」

「その時はちゃんと声をかけるさ」

 

 満天の星空の下に響くふたつの声。

 そんなふたつの声が再びこの星空の下に響くのはいつになってしまうのだろう。

 

「待ってるから」

「うん、俺も待ってる」

 

 俺の言葉を聞いて満足してくれたのか、彼女は抱きしめていた両腕を放した。

 星明かりに照らされた彼女の瞳は湿っているようにも見える。

 大丈夫。大丈夫、きっとまた会えるさ。世界を何度超えても続いてきた君と俺との関係が、そんな簡単に壊れるはずがないのだから。

 

「……それじゃ、またね」

「ああ、またな」

 

 そして、そんな言葉を交わしたところで彼女と別れることに。此方を振り向くこともなく夜闇の中へ彼女が消えていく。

 次にまた会えるのがいつになるか。それは分からない。寂しくないと言ったら嘘になる。これからのことを考えると不安だらけだ。

 それでも、きっと良い機会なんだろう。彼女にとっても、もちろん俺にとっても。少しばかりお互いに依存しすぎていた。そんなふたりが別れ別々の道を歩む。そこで止まってしまうのか、それでも前へ進むことができるのか。それは自分次第。

 

「ん~……っしゃ! 頑張りますかっ!」

 

 星空の下、大きな声を出してみた。自分が前へ進めるような勇気が出るように。

 少しだけ寂しい道のりとなってしまうけれど、進んでみるとしよう。我武者羅に。ひたむきに。

 

 

 


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